Day Dreamを取り出して見た。ジャケットは海辺の工場地帯。赤錆と海。古びた感じ。彼らはほとんど世間の目前に躍り出ることなく、あるメンバーの急逝により唐突な終わりを迎えた奇妙なスリーピースバンドだ。動画サイトを渡り歩いた僕は莫大なデータの深い底に沈んでいた彼らの音に偶然出会い、収集をはじめた。残されたわずかな音楽データと、わずかなPVと、そしてわずかなCD。プレミアがついているかといえばそうではない。誰も彼らを知らないから誰も価値を与えないのだ。
 歌詞カードには汚れも傷も折り目もなく新品同然だった。裏のレーベルを見て、復刻版なんだと理解した。ディスクが生きているかはここでは不明だけれど、きっと大丈夫な気がする。
 歌詞が、DriveのDriveたる最重要点と言われる。ほとんどベースが書いた、詩性とか文学性による、短編小説のような世界観。それがDriveのすべてでDriveの謎。謎のスリーピースバンド。どこかの批評サイトがそうインテリに語っていたけど、僕はDrive to Plutoがすごく好きというだけだ。はじめて手中に収めるフルアルバムに嬉しさを噛みしめている、それだけだった。

 荻原はとっくに食べ終えていた。僕も何か食べればよかった。

「ホズミん、すっごいにやついてるね」

 かくいう荻原も僕を見て笑いを浮かべている。

「いいだろ……好きなんだから」
「分かるよ。そんなの。見てわかる」

 見せて、と荻原に言われて差し出す。荻原は他人のものを本当に大切に扱う。

「Day Dream……洋楽じゃないよね?」
「邦楽。ジャンルはたぶんロックだと思うけど、エレクトロニカなのもある」
「……なんだっけ。インストじゃないんだよね」
「そう。ボーカルが死んでも歌わないバンド」
「なんでだろう? 話題づくりじゃないよね」
「多分ないだろ。ギタボなんだけど、その人は一貫してギターじゃなくてボーカルを名乗ってる。声が残ってないんだよね。男か女かも分からんし。
 もともと存在が都市伝説的っつーか、不透明なところが妙に多くって。ボーカルが歌わないってのもあるし、無告知無人ライヴをやったらしいって話だし(「何それ?」「ボーカルの気まぐれらしいよ」)、ベースが作詞してるんだけど歌詞が実は暗号だっていう噂もあるし。解散の時が一番……というかもう、伝説的すぎて」

 荻原は人の話にとても丁寧にあいづちを打つ。どんな話にも、うん、うん、といちいち答えてくれる。聞くのが上手いんだと思う。そして本人もけっこう喋る。“社交的”なようには見えないけれど、きっと人付き合いは上手いのだ。
 語り下手な癖に話が長い、と自覚している僕は話を続ける。

「調べた限りじゃあ、デビューから十年経たないうちに解散してる。ドラムの突然死。でも死因ってのが今でもイマイチ分かってないみたいで、いつ死んだのかも分からないし……死んだのが最後のアルバムの収録途中で、一部の曲はその人が叩いたんじゃないって噂もある。
 葬儀っていうのか、お通夜の日なんだけど、マネージャーかプロデューサーかが霊安室? に行ったんだよ。そしたら、その部屋、空っぽで、棺が無くなってて、メンバーもいなくて……
 部屋の壁に書き置きがあったらしい。ベースの筆致で、歌詞を書くときと同じような感じで、

“冥王星に葬ります”

 で、駐車場を見ると、ベースの車が無くなってた……!」
「それで、Drive to Plutoなんだね」
「いや、デビューした時から名前は変わってないから……このパフォーマンスがやりたいがためにドラム死亡はガセだったんじゃないかって、当時のファンの中では荒れたみたいだ。
 結局、ドラムもベースもボーカルも永久に見つからなかった。車の目撃情報もゼロ。謎のバンドとして、解散してから脚光を浴びるようになって、こんな感じに復刻版が出たりするようになったけど、それももう忘れ去られて、今はもう、誰にも知られないバンド」
「……なるほど」

 これを人に語るのは初めてだった。僕の収集した範囲だから、これが真実ではないはずだ。

「妄想なんだけど」

 僕は多分、妄想しか語れない。

「もうちょっと早く生まれてたらなーって、すごく思う」

 そしたら、Driveの無人ライブにも行けるし、当時の音源を聴いて、最期の劇的な葬儀に立ち会って。そして今の悪霊をめぐるわずらいからも解放されるのに。


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