一年くらい前からだろうか。家庭菜園で生い茂る緑の視界の隙間から、印象的な瞳を持つ彼の姿を見るようになったのは。
艶のある黒髪、小柄でスマートなのに男性的なシルエット、時折こちらを見つめる鋭い目。
そのどれもはナマエの生活の中に突然飛び込んできて、気付けばナマエはいつもリヴァイを探していた。
リヴァイはこの街のどこかに住んでいるらしく、姿を見かけることは度々あった。走っていたり、歩いていたり、たまに車に乗っていたり。黒塗りの高級車に乗るリヴァイは、別世界の人に見えた。
彼を纏う雰囲気はナマエ達一般人とどこか違う。それにナマエや従妹らのファーランとイザベルは、あまり裕福な方じゃない。だから昨夜までは、ナマエから声をかけるなんてことはしなかった。
(でも、もう……行ってしまった)
やっと話せるきっかけが出来たのに。やっと互いの名前を知ったのに。ナマエは項垂れてベッドへと手を伸ばした。リヴァイが眠っていた場所。
彼は朝食を食べ終えると、そそくさと出て行ってしまった。住んでいる場所も、連絡先も教えずに。
これは脈無しなんだろうか。ナマエは悩み、ベッドの上へと倒れ込む。まだどこか、枕のあたりには慣れない香りが残っている。きっと、リヴァイ自身の香り。
切なさで体が痺れてしまいそうだった。
やっぱり恋なのだろうか。そうだとしたら酷いものである。まだキスをしたことも無いのに、体の一部が切り離されてしまったかのように寂しい。
恋とはこんなにも、相手を求めて止まないのだろうか。
今まではそっと遠くから彼の姿を見つけるだけで満足していたのに。少しだけ触れてしまったら、もっとその先が欲しくなってしまう。
欲しくて欲しくて、頭がおかしくなってしまいそうなくらいに。
(また、会いたい)
12月27日
もうすぐ日付が変わっちまう。
任務を片付けて来た。ナマエの従妹って奴らの捕縛だ。
癪全としねぇ。エルヴィンの指示通り動いただけだ。俺は任務を全うした。
どうしたって、こんな風に思う。
ナマエの顔が頭から離れねぇ。ナマエは泣くのか。捕まった奴らを思って。
あの部屋……
そこまで書いた所で、リヴァイは荒々しく日記帳を閉じた。半ば机に向かって投げつけたといってもいい。
メンタルコントロールの訓練だって積んでいる。それなのに何故か、乱される。
「クソッ……」
やけにうなじの辺りが痛む。今日のメンテナンスも問題は無かった。問題無く、リヴァイは人間兵器だと組織の人間らは言っていた。
「……あ?」
投げつけた日記帳の装丁が、剥がれかけていた。リヴァイが投げたから──否、故意的に剥がれやすくしようとする意図が、垣間見える。
ちょうど裏表紙の装丁を、パリパリと剥がしていく。するとその一面は、タブレット端末になっていた。
持った時に不審に思われないよう、重さも特別な物らしい。リヴァイが画面に触れると、液晶の画面に灯りがついた。
画面は真っ白で、端っこの方に洒落た字体で「K」とだけ表示されている。そしてさも当たり前のように、音声が流れ始めた。
『よぅ、リヴァイ。久しぶりだな。
と言っても、もう俺のことなんか忘れちまってるだろうな。そっちの様子がわからねぇが、まだ特殊三課内だろうよ。
だからまぁ、俺は「K」と名乗っておく。
俺はな、アッカーマン一族が研究対象になるなんていう、馬鹿げた道理が通るってことがどうにも許せねぇ。俺の所へ来い。呪縛を解く方法を教えてやる。
端末に俺の所在地を記録してある。それを辿って来るといい。失ったお前の一年以上前の記憶も返してやる。
……ああ、そうだ。
ちょいと協力者も雇っておいた。感謝しろよドチビが。いや、もうお前は結構なトシになる頃だな』
タブレット端末には地図のアプリケーションが入っている。Kと名乗る人物の居場所らしきポイントに、赤い旗印がついている。
アッカーマン一族?
研究対象?
呪縛?
リヴァイは覚醒してからの生活に違和感を感じたことなんてなかった。ただエルヴィンの指示を仰ぎ、常軌を逸した力でもって任務を遂行する。そんな毎日を疑問に思うこともなかったのに。
運命が変わる瞬間、幕は一瞬にして上がる。
鉄の扉を不格好に叩く音が響く。エルヴィンが叩く時はライオンのドアノッカーを使うので、外にいるのはエルヴィンでは無い。
リヴァイは立ち上がり、部屋の中を見回した。装丁が破れかけた日記帳だけを腰に挟み、振り返ってから扉を開いた。外へ、出るために。
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