目に映る光は青白い。その中にぽつぽつと、航空障害灯の赤い光がクリスマスツリーの飾りのように浮かぶ。
「こちらフラゴン。リヴァイ、聞こえてるか?援護は俺とサイラムで回る。無茶するなよ」
強いビル風が無線の声を聞き難くする。インカムからどうにか拾った音に、リヴァイは顔を顰めた。
「援護のタイミングは合図する。特にあのボウズにはしっかり手綱つけとけ。ウロチョロされると迷惑だ」
今度は無線から「誰がボウズだ!」と怒鳴り声が入る。声の主はもちろんサイラムだ。
──昨夜リヴァイが失敗した任務。
しっかりとリヴァイ自身のメンテナスも行ったものの、エルヴィンの判断で今日は2人の援護が付くことになった。
高層ビルが立ち並ぶパラディのど真ん中には地下街と呼ばれるある種の無法地帯がある。大抵の犯罪者が逃げ込む場所で、今回の捕縛対象者2名もそこへ隠れていると特殊三課はアタリをつけた。
しかし地下街へ足を踏み入れるには、公安といえど幾つかの手順が必要だ。円形になっている地下への入口の検問所には、いつも強面の男達が立っている。
文字通り地下の街となっているそこは、一旦逃げられると物理的にも広く、追跡が困難になる。急ぐに越した事は無い事態に、リヴァイはビルの屋上からの突入を決めた。
検問所の人間も、真上から降りて来た人間には驚いて道を開けるだろう。
「こちらリヴァイ・アッカーマン。21時、突入を開始」
「……こちら本部よりエルヴィン・スミス。周囲の民間人の避難は完了。リヴァイ、絶対に捕まえろ」
「了解だエルヴィン」
検問所入口の付近で待機しているサイラムが「あいつボスの言う事だけは真面目に聞くんだよな」と皮肉を零した。が、それはインカムを通していないのでリヴァイの耳にまでは伝わらない。隣にいたフラゴンだけが「アッカーマン一族だから仕方無い」と彼をなだめた。
アッカーマン一族。
その強靭な肉体は人間離れした技をも可能にする。フラゴンとサイラムが待機ポイントからビルを見上げると、ビルの屋上には小さな人影。なびく黒髪が、地上から吹き上げる風の強さを語っている。
リヴァイの影がゆらり、ビルの手すりを越え、屋上の縁へと足がかかる。そしてビルと体を垂直にしたまま、彼は地上へ向かって滑走を始めた。
ものすごいスピードなんだろう。それがまるでただ反転させた地上のように見えるのは、ビルの高さと、リヴァイのぶれない走るフォームのせいだ。少し背を屈めて滑走するその様は、風を切ると言うより風になっている方が近い。
「……リヴァイの奴が走ってるビルの中って、退去命令出してましたっけ?中から人が見ていたら、トラウマになりません?」
サイラムが心配半分の声でそう言えば、フラゴンは口角を上げて笑って見せる。
「もうすぐ俺達も援護の出番だ。替えの弾はたっぷり持てよ、サイラム」
「はい」
リヴァイは予定ポイントまで滑走すると、そこから大きく跳躍する。地下街の検問所の、文字通り真上までを目掛けて。
「援護だ!」
リヴァイの合図。反射的にフラゴンとサイラムの2人は検問所の前に躍り出て、威嚇射撃を放った。場慣れした検問所の男達は、途端にそれに反応する。
「公安の特殊課の奴らだ!」
飛び交う散弾の間を、リヴァイは縫うように避けて入口へと転がり込んだ。地下へと続く階段へと出れば、銃声が遠くに聞こえてくる。
「地上は任せた。俺は地下へ潜って対象を捜索する」
インカムを通してフラゴンとサイラム、2人の声が揃って「了解」と返事をした。
地下の方からは報告を受けたのか、リヴァイに向かって数人の男らが駆け上がって来る。リヴァイはベルトからデザートイーグルを取り出すと、照準を定めた。威嚇射撃でいい。右手で引き金を構え、左手でグリップを支えて。顔の中心から銃口は男達へ向けて、1発、2発──
「こいつ、アッカーマンの奴かッ……!」
鬼神が具現化されて駆け下りて来る。地下の男達はどよめき、喧噪は階段から地下の街へとあっという間に広がっていく。
長い階段を駆け下りて行くうちに、リヴァイの中に音が響く。
うなじのマイクロチップがキンと研ぎ澄まされ、リヴァイは目を細めて周囲を見回した。ほとんどカンに近い。
地下の街へと辿り着き、それでもリヴァイに襲い掛かって来る連中をなぎ倒しながら、探していた人影が視界を横切る。
リヴァイは民家らしき建物の壁を駆け昇り、一旦屋根に飛び上がってから目的の人物の前へと躍り出た。
「……ファーラン・チャーチだな。逮捕命令が出ている。一緒に来い」
ファーランと呼ばれた人物。彼は口角を上げて笑って見せると、一歩、リヴァイから退いた。
「公安の特殊課の奴が追ってきたのかよ。迷惑な話しだな」
「イザベル・マグノリアはどこだ。行動を共にしてるらしいじゃねぇか」
そう言った瞬間、リヴァイの頭上から気配。屋根の上から、木の棒を振りかざしつつ飛び降りて来た赤毛の少女。しかしリヴァイはいとも簡単に木の棒を掴み、少女をファーランの方へと投げ飛ばした。
「てめぇがイザベルか」
「くっそー!こんな所で捕まってたまるかよって……あんた!」
ファーランの上に投げ出されたので、2人は地面に倒れ込んでいる。イザベルはどうにか顔を上げ、リヴァイを見て目を見開いた。
「あんた……昨日、ナマエの家に泊まってたやつだろ?」
「あぁ?」
思わぬ名前が出てきたので、リヴァイもつられて目を見開いた。
「なんたって、てめぇがナマエのことを知ってやがる」
「知ってるも何も。俺とファーランはナマエの従妹なんだ」
なぁ?とイザベルがファーランに振り返ったので、ファーランは「馬鹿、言うな」とイザベルを睨んだ。
「タチの悪い冗談だな。ナマエの従妹が犯罪者だと?」
リヴァイはデザートイーグルを構え、2人ににじり寄る。その様子を見たファーランは、やれやれと零しながら立ち上がった。
「タチの悪い冗談だと思いたいのはこっちの方だ。まさかあんたがリヴァイだなんてな……」
ファーランは両手を挙げ、降参の意を示しながらリヴァイへと歩み寄る。一瞬だけイザベルに向かって振り返ると、彼女もまた、ファーランと同じく両手を挙げて立ち上がった。
「ナマエの生活が脅かされるのは俺達だって望まない。大人しく連行されてやるから、それ、下せよ」
リヴァイは黙って拳銃を収め、代わりに手錠を取り出した。
ファーランとイザベルに手錠をかけ、リヴァイが背後にまわって階段を昇り始める。また、マイクロチップの辺りが痛む。雑音がひどい。しかしナマエとの出会いも、イザベルとファーランの捕縛任務も全てが偶然では無い気がして。
胸騒ぎに近い不安をやり過ごしながら、ただナマエに会いたいと。穏やかな朝を思ったのだった。
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