「さっさと開けてくれるかい?」
リヴァイが扉を開くと、そこに立っていたのはファーランとイザベルの2人だった。ついさっき、リヴァイが捕縛して特殊三課に連れ帰って来た2人である。
頭に疑問符を浮かべるリヴァイを見て、ファーランはにやりと口角を上げた。
「俺達Kって奴らから金で雇われたんだ。派手に特殊三課に捕まってみせて、公安局内に侵入しろってさ」
「そうそう!そんで、リヴァイって奴が逃げる手助けをしろって!まさかアンタがリヴァイだったなんてなー」
世の中狭いよなぁ、とファーランがため息を吐きながら腕を組む。
──タブレット端末のメッセージの中に「協力者」がいるとKは言っていた。
「……Kって奴は、よっぽど俺を外に出したいらしいな」
リヴァイがそう言うと、ファーランはヘラヘラと笑っていた顔を潜め、一歩、リヴァイへにじり寄った。
「どういうわけだか俺もよく知らねぇが……あんたら一族に、うちの従妹が巻き込まれちまったのは事実だ。責任取れよ、リヴァイ」
ファーランのこぶしがリヴァイの顔を掠めて通りすぎる。そしておもむろに、こぶしの中からは鍵の束が投げだされた。
「西側の12-3って門の前にバイクがある。それ、使えよ」
「ファーランが必死に小銭集めて買ったやつだかんなー!」
リヴァイはぎゅっと鍵を握りしめる。自然と、足は踏み出していた。
「……助かる。お前らはどうする。ここから脱出するツテはあるのか」
「俺達はどうとでもなる。特殊三課が俺達を逮捕したのも、虚偽の罪状のはずだ。俺とイザベルは金髪野郎とやらを足止めしてくる。その隙に行け」
金髪野郎、と言われてリヴァイが思い当たるのは1人しかいない。エルヴィン・スミス、現在の主。
またうなじが痛む。音にならない不協和音が頭の中で鳴り響く。
「行け、リヴァイ!早く!」
追い打ちをかけるようにファーランが叫ぶ。リヴァイは少しだけ壁に手をついて頷くと、振り返る事もせずに走り始めた。
バイクが停めてある場所までは距離がある。建物間の窓から窓へ、ショートカットのためにいくつか突き破り、ひたすら駆ける。
3枚目の窓を破ろうとした時に、けたたましいサイレンが局内に鳴り響いた。
(あいつら……捕まったな)
ナマエの従妹だという2人は気がかりだ。しかしここでリヴァイが戻ってしまっては全てが無意味なことになってしまう。
後ろ髪を引かれる思いで、リヴァイは3枚目の窓を割る。そこから飛び降りると、ちょうど12-3とナンバリングされた門の前へと出た。門の影に隠れるようにして、ファーランのバイクが乗り着けられている。
黒いボディにメタリックなエンジン。大型なのに小回りの利くタイプ。最近ではキーを挿し込むタイプも珍しい、アンティークなバイクだ。2人乗りで来たのか、ご丁寧にヘルメットは2つ用意してある。ヘルメットを被ると、視界がミラーシールド越しに薄闇になった。
目下の行き先は決まっている。Kと名乗る男の所じゃない。
任務の度によく通っていた道。ナマエが庭先でよくサンドイッチを食べていたあの家。ナビゲーションが無くても迷わず辿り着く。急げ、とリヴァイの直感が言っていた。嫌な予感がした。何故なら──
(クソッ、遅かったか!)
ナマエの庭先の前には軍用のバンが数台、列を連ねて停まっていた。特殊公安三課に間違い無い。リヴァイの逃走も、そしてナマエの存在も、すでにエルヴィンの耳には入っていたのだ。
少し離れた場所にバイクを停め、リヴァイは姿勢を低くしながら庭先に近付いた。庭先にはちょうど柄の長いシャープなシャベルが土に刺さっている。そっとそれを引き抜き、薄い灯りが灯る室内を覗き込む。
課員は肉眼で確認するだけで15名。ミケ・ザカリアスが率いるチームだった。ナマエは部屋の中央、カントリーなダイニングチェアに縛りつけられている。
チーム全員が完全武装。ここにリヴァイがやって来るのを見込んでの事だ。
(こっちはシャベル1本か……問題ねぇ)
慎重に気配を殺し、リヴァイは雨樋を伝って屋根へと上がる。1階建ての小さな一軒家。おそらく屋根裏にも人員は配置されている。突入口が肝となる。
屋根に上がれば、覆面した課員が2人、一斉にリヴァイに向かって銃を向けた。リヴァイはすぐさま駆け寄り、一方にはシャベルを投げつけ、もう一方を屋根の上へと伏せた。
この間音は無い。
双方のインカムを潰した後で、リヴァイは彼等の持っていた武器の類を拝借する。
「お前ら……あとでミケのやつに言っておけ。俺とやり合う気なら、戦車でも用意してくる事だってな」
部屋の中には何よりナマエがいる。手榴弾やライフルの類はリヴァイも使いたくは無い。リヴァイはシャベルで潰した方の課員の、ベストの中を探った。
「なんだお前、これは俺に使ってくれってことか?」
見た目は手榴弾のような丸いそれは、煙幕だった。あまり公安特殊三課が使用することは無い。リヴァイがいれば、大抵の作戦は上手くいっていたから。
リヴァイは2人を簡単に縛り上げると、煙幕を手に階下を覗き込む。突入口はトイレからと決めた。見張りも1人で、後々後片付けをするにもトイレが一番無難だ。まかり間違ってキッチンから突入して、ナマエが料理を作れなくなってしまっては困る。
トイレに侵入し、静かに扉を開けた所で、リヴァイは窓の外に向かって派手に銃を乱射させた。けたまましい銃声が響く。一斉に数名がトイレへと向かって立ち向かって来る。
「2、3発当たった所で奴は死なない!絶対に捕えろ!」
部屋の奥からそう叫ぶのはミケの声だ。
リヴァイはシャベルを構え、向かって来る課員らの束に立ち向かう。課員が放った銃弾が数発、シャベルに当たって弾けていく。
そして課員らが数人、束になっているタイミングを見計らい、リヴァイはシャベルを振りかぶった。ただのシャベル。しかし常人よりも遥かに力の強い彼が振るうことで、それは凶器になり替わる。一瞬で、数人の武装兵が飛び散った。
「ナマエを渡してもらおうか」
空気が変わる。
この初動で、室内は完全にリヴァイに制圧されていた。
「ッ……リヴァイを取り囲め!」
「俺を殺さず捕えるだと?この人数で土台無理な話しだ」
まだ立ち上がることの出来る課員はミケを含めて5名ほど。ミケ以外がすぐさまリヴァイの周囲へ立ちはだかる。
「リヴァイ!危ないからっ……早く逃げて!」
それまで恐怖で押し黙っていたナマエが口を開く。目尻には涙の痕がいくつも残っていた。
「待ってろ、すぐに片付けてやる」
リヴァイの足元にはライフルが一丁、転がっていた。そのグリップの部分を踏みつけると、ライフルは勢いをつけて立ち上がる。それをリヴァイが手にした瞬間、勝敗は決まっていた。
数人相手でも全く問題は無い。四方から放たれる銃弾を避けながら、リヴァイはライフルのバヨネットだけで受け身を取り、リヴァイを取り囲んでいた数人はすぐに床へと平伏した。
残るは班長であるミケ、1人だけ。
「お前とやり合うのは久しぶりだな、リヴァイ」
「今はもう、負ける気がしねぇがな」
ミケは銃を置き、コンバットナイフを取り出した。刃の部分が包丁のように丸くなった、大きなタイプのナイフだ。
「……リヴァイ!」
ミケはどう見ても班長各の男。ナマエは一騎打ちに相成ってしまった展開に驚き、思わず瞳を閉じる。
(私が逃げなきゃ……リヴァイは多分、私を助けようとしてくれている……!)
どうしてこうなってしまったのか。ナマエには一切の事情がわからない。
シャワーでも浴びようとバスタブに向かおうとした刹那、ミケを筆頭にした公安特殊三課の課員達が唐突に家の中に入って来た。驚くナマエを縛りつけ、ミケと呼ばれる男は常にインカムで誰かと連絡を取っていた。
見た目は特殊部隊そのものの彼等。一般人であるナマエが何か事件に巻き込まれたのは薄々察する所であったが、まさかここへリヴァイが現れてくれるとは夢にも思っていなかった。
目の前ではミケとリヴァイが戦っている。ナイフと、ライフルの先に付いたバヨネットが重なる度に、キンと高い音が鳴る。
ナマエが視線をテーブルに滑らせると、テーブルの上には夕食の時に使ったパン切りナイフが残ったままだった。パソコンや通信具に押しつぶされているけれど、あれはナマエが置いたままのナイフ。
そっと椅子ごと体を動かせば届く位置。ナマエが椅子をずらした瞬間、リヴァイはそれに気付いた。
『それで縄を切れるか』
リヴァイの瞳はそう言っているようだった。途端、リヴァイはミケに飛びかかり、彼にナマエが見られないよう、死角を作りだした。
(今だ!)
足も縛られている。しかし少しだけ立ち上がることは出来る。無理矢理ナイフに手を伸ばし、すぐさま腕の縄を切り、足の縄も切り離した。
「続きはまた今度だ、ミケ。今は女を待たせてる」
リヴァイはそう言い放つと、屋上で失敬した煙幕を投げつける。
「ナマエ!」
「リヴァイ、どこなの?!」
部屋中が白い煙で包まれる。ナマエは盛大に咳き込みながら、慌ててリヴァイの姿を探した。しかしナマエがリヴァイを見つける前に、リヴァイはナマエを抱き上げていた。
「少し走る。俺に掴まっていろ」
リヴァイの腕の中でナマエは頷く。
ナマエに選択肢は無かった。既にどうしようも無く、リヴァイに焦がれていたから。
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