瞼の向こうが明るいことに、リヴァイは違和感を覚えた。
特殊三課内にある自室は地下のように暗い造りになっている。体を故意的に休ませる為もあるらしい。だからこれは、リヴァイにとって初めての明るい朝。
「あ!起きた?」
フローリングの上を軽い足音が駆けて来る。どうしてか楽し気に聞こえる足音は、すぐにリヴァイの前に現れる。
「お前……」
「熱は無いみたい」
無遠慮に額に伸びてくるてのひら。ひやりとした指先で視界が遮られるけれど、リヴァイはそれが嫌ではなかった。
「救急車を呼ぼうと思ったんだけど。スマホ、壊すくらいに拒否するから……」
「悪かった」
ベッドのサイドテーブルには、画面の割れたスマートフォンが置いたままになってある。リヴァイは体を起こして、少しだけ肩をすくめてみせた。
「リヴァイだ。お前は……」
「私はナマエ。家族にぐらい連絡した方がいい?それともリヴァイは1人暮らし?」
「いや、連絡はいい」
端から見ればリヴァイは不審者そのものだろう。太ももや二の腕や。どう見ても一般的には使用しないベルトの類を装着し、ナイフだって着けたままだ。やけにあっけらかんとした様子で、ナマエはリヴァイを見ている。
「……じゃあ、何か食べて行く?今ちょうど、私も朝ごはんにしようと思ってて」
「いや、俺は」
「うちの庭で採れた野菜のサンドイッチ。野菜は嫌い?プロテインばっかり飲んでそう」
待ってて、と言い残してナマエはキッチンの方へと引っ込んで行く。そんなに広い家では無い。一軒家の造りだけれど、リヴァイが眠っている寝室からキッチンもリビングも見渡せた。
振り返るナマエの手には大きなプレート皿があって、分厚いサンドイッチがのっている。野菜のたっぷり挟んであるやつだ。ニンジンの千切りにルッコラ、トマトにグリーンケールそれからトレビスも。
リヴァイが押し黙ったままだったので、ナマエは「どうぞ」と言って、サイドテーブルにプレート皿を置いた。
陽だまりの部屋、柔らかな朝、野菜のサンドイッチ。何もかもが、まるで夢のようだとリヴァイは思う。そしてサンドイッチに手を伸ばした瞬間、実は自分が思っていた以上にそれらが欲しかった物だと気付いた。
「……悪くない」
「本当?よかった。あ、紅茶もあるよ。ちょっと待ってね」
ティーカップの中身は暖かな太陽の光を集めたようだった。目を細めると、お茶の水面が黄金色に輝いて見える。リヴァイは片手にサンドイッチを持ったまま、カップの取っ手に手を伸ばした。
「あ!」
「あぁ?」
元からカップが脆かったのか、それともリヴァイの力の加減がおかしかったのか。取っ手とカップの部分が綺麗に割れてしまい、リヴァイの指先にはカップの取っ手部分だけがある。
「安物だったからかなぁ……ごめんなさい。指、切ってない?」
「いや。問題ねぇ」
よく見るとカップが乗っているソーサーも欠けている。リヴァイは割れてしまった取っ手をソーサーの上に起き、カップのふちに指をかけて紅茶を飲んだ。
リヴァイの中も何か欠けていたのだろうか。紅茶とサンドイッチ。胃の中に流れ込むそれらは淡々とリヴァイを満たしてゆく。欠けていたものが満ちてゆく。
ナマエは床に座り込み、ベッドに頬杖をついてリヴァイを見上げた。
「あのね。本当は私、少し前からリヴァイのこと知ってたの」
ナマエの頬は紅潮している。感情が波打っているのがリヴァイにもわかる。
「奇遇だな。俺もだ」
12月26日
初めて任務に失敗した。
三課に帰還すると技術班のクソメガネが血相変えて襲い掛かって来た。迷惑な話しだ。急に倒れ込んだのはメンテナンスを怠ったバグらしい。
しかしサンドイッチは美味かった。紅茶も美味かった。カップの取っ手が壊れちまうのは頂けねぇ。あんな脆いモンなら、最初から使わない方がいい。
ナマエ
組織の人間以外と話すのは初めてだ。明日はすぐに任務を片付けて、またナマエの家の前を通る。ナマエのことを考えるとうなじの辺りが痛む。でも考えちまう。
わかんねぇな。日記ってのも難しいもんだ。
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