12月25日

支援団体という奴らからバースデープレゼントが届いた。

その中にこの日記帳が入っていたわけだが、今どき紙媒体で記録を残すなんてどうかしている。だがエルヴィンの奴が日記をつけてみろと勧めてきたので、今日から書いてみる。

何しろ俺の記憶はここ1年分しかねぇわけだ。覚醒してから1年、その前の記憶は曖昧だ。記憶が無い分残しておけって意味だろうな。聞いたわけじゃねぇが。

今日の任務はもう終わっちまった。1人で片付けたから早かった。1人でやる任務が俺には向いている。空いた時間に街の中を観察出来るのも悪くねぇ。

そういえば、先週から同じ場所で同じ奴を見る。庭先で野菜が入ったサンドイッチを食ってる奴だ。俺はまだ組織の食い物以外を食った覚えが無い。一度食ってみたいと思う。



リヴァイが万年筆を置いたと同時に、扉を叩く音がした。鉄の重い扉には、場違いなライオンの頭がついたドアノッカーが付いている。一度それでノックするだけで、脳天まで貫きそうな音が響く。

「リヴァイ、いいか?」

「いいも何もあんのか。鍵は開いてるぜ」

入って来たのはリヴァイが日記にも記していたエルヴィン・スミス。リヴァイの現在の「あるじ」だ。

「休んでいる所に悪いな。急ぎの任務が入った」

「そりゃあ……急だな」

「メンテナンスの時間は取れそうにないが、そのまま行けるな?夕方の様子を見る限り、大丈夫そうだ」

耳には届かない電波音。それはリヴァイのうなじの辺りに埋め込まれたマイクロチップが、ピンと集中した時に響く。実際に音がするわけでは無い。意識──というより血。脈々と受け継がれた血筋の中に、それは直接轟くのだ。

そんな一筋の音の後、リヴァイはエルヴィンに向かって頷く。

「問題無い、エルヴィン。お前の判断を信じよう」

そう言うなり、机の隣にある鏡面張りの壁を押した。そこをてのひらで軽く押せば、壁がくるりと回って整然と並ぶ装備品が現れる。

まずは黒のベルト。このベルトは肩から腰、ふとももから脚のふくはぎにかけて装着する。リヴァイの力を遺憾なく発揮できるもので、全身の筋肉のサポートと武器の一式を携えるのに使用する。

それから仕事着と呼んでいる服。体にフィットするタイプの黒のTシャツと長ズボンだ。技術班はいつもリヴァイに長袖を勧めるが、二の腕のベルトにナイフを挿している時、素肌の方が抜きやすいとリヴァイは半袖を好む。

最後に武器の入ったアタッシュケース。任務に応じて、この中から必要な物を選んでいく。

全ての装備を終えるのにリヴァイは3分とかからない。ベルトを装着し終え、アタッシュケースを開いた所で、エルヴィンはリヴァイにタブレット端末を差し出した。

「任務内容だ」

リヴァイが画面を覗き込むと文字は高速に流れていく。文字の速さに合わせ、リヴァイの黒い瞳が左右に動く。

「……記憶した」

内容は対象となる2名の捕獲。大きな事件に関与している可能性がある人物が、近くに潜んでいるらしい。

「流石だな。頼んだぞ、リヴァイ」

リヴァイはデザートイーグル(銀色のボディをしたグリップが黒の自動拳銃)とカートリッジをベルトに挟みこむと、静かに立ち上がった。

──公安局特殊三課。

ボスのエルヴィンを筆頭に、表立っては存在しない組織だ。テレビのニュースでは流せないような事件を秘密裏に処理している。危険な事件ばかりを扱うため、三課の主戦力として存在するのがアッカーマン一族。現在はリヴァイのみ。

アッカーマンの一族は一旦あるじを定めるとその者に絶対忠実、更にはあるじが定まると同時に「覚醒」し、肉体的・精神的にも強靭な、文字通りの人間兵器となる。

特殊三課はアッカーマンの存在の為に設立されたと言っても過言では無い。アッカーマンの血を戦場に立たせるため、公安としての仕事とアッカーマン一族の研究も同時に行う。

今日もテレビのニュースは仮初めの平和で溢れている。それはリヴァイのたった1年分の記憶と、覚醒によって手に入れた強さの上に成り立つ物だ。

そして今夜もまた、いつもと違わぬ任務になるはずだった。

捕獲対象2名が潜伏しているとみられる住宅街。なるべく人目に付かないよう、リヴァイは壁や物陰の間を点々と飛んで行くように走って移動する。左の耳にだけ、ワイヤレスのイヤフォン型になったインターカムが装着されていた。今夜はリヴァイ1人での任務だが、エルヴィンとは遠隔で連絡を取り合っている。

「リヴァイ、目標の潜伏先まであとおよそ10メートル」

小さなノイズが混じりながらも、リヴァイの左の耳にはエルヴィンの声が届く。

「了解だ。肉眼でも潜伏先と思われる民家を確認。ゴーサインをくれ」

「……周囲の状況を確認している。突入先の燐家には民間人がいるようだ。大きな爆発は控えろ」

「あぁ?2人ならナイフで十分……」

リヴァイが軽口を叩くような調子で言い返そうとした時だった。

ノイズとも電波音も違う、まるで雑踏の中に意識だけを落っことしてしまったような、ひどい頭痛がリヴァイを襲った。

一瞬でエルヴィンの声が遠くなり、埋め込まれたマイクロチップがずきずきと痛んだ。声にならない呻き声を上げ、リヴァイはその場に蹲る。不審に思ったエルヴィンが左耳から必死に返答を求めていたが、それすらが苦痛だった。リヴァイはインカムをその場で外し、壁にもたれながら襲い来る「何か」に抗った。

「……大丈夫?ねぇ、聞こえますか?」

ぐちゃぐちゃに痛む頭の中、そこを一筋の光がかき分ける。真っ直ぐ、リヴァイに向かってそれは辿り付いた。

「お前……サンドイッチの奴……」

真っ暗な視界の中、彼女の顔だけがはっきりとリヴァイには見えた。ぼやけた縁取りの中でも確かに。

彼女は不思議そうにしながらも、慌ててスマートフォンを取り出した。今すぐ救急車を呼ぶから、そんな声がリヴァイの耳に届く。

「やめろ……呼ぶな。誰も呼ぶな……!」

頭痛は益々酷くなり、意識は混濁していく。渾身の力を込めてスマートフォンを奪い取った瞬間、リヴァイはナマエの腕の中に倒れ込んだのだった。

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