「強力な麻酔銃だ。本来は人間兵器であるリヴァイに向けて準備してただろうからね。そりゃキッツイよ」

──ハンジの自宅兼研究室もとい秘密基地セーフハウス

到着してすぐに、麻酔銃の弾が当たったナマエの腕には包帯が巻かれたが、他にはそれといった処置は施されなかった。ハンジの見解によると発熱の方はもともとの体調不良らしい。急な逃避行で無理がたたっていたのだ。

「気にすんなよ兄貴!ナマエってばさ、昔っから俺達の中でも一番風邪っぴきで、鈍くせーんだ。だから俺とファーランの仕事にはついて来なかったんだぜ」

イザベルはナマエがベッドに横にされてからずっと、側に寄り添っている。軽快な口調とは裏腹に、ひどくナマエを心配している様子だ。少し離れた丸椅子に腰掛けていたファーランが、怪訝そうにイザベルを睨んだ。

「だから。なんでリヴァイのこと兄貴って呼んでんだよ」

「だってナマエの旦那がリヴァイの兄貴なんだろ?俺から見たら兄貴じゃん」

「まだ結婚してないじゃねぇかよ」

立ち上がったファーランはイザベルの額をつつき、そのままナマエを覗き込んだ。数日ぶりに見る妹分は、文字通り衰弱し切っている。

「……俺の不注意が招いた事態だ」

ナマエのベッドの足元のあたりに腰掛けているリヴァイ──も。憔悴していた。イザベルとファーランは気付いていないだろう。毎日細かくメンテナンスをしていたハンジにだけ、それはわかった。

「いや。イザベルの言う事にも一理ある。ナマエはそそっかしいからな……リヴァイだけの責任じゃない」

やっと力を合わせることが出来るメンバーが揃ったのに。室内の空気は暗い。

「反省会はそれくらいにしてさ!イザベルとファーランはもう休んだら?明日は朝イチに買い物を頼みたいんだ。ナマエの着替えも、私達の食事も何も無いからね」

少し視線を泳がせながら、ファーランはリヴァイを見遣る。

「……そうだな。ようやく俺のバイクも戻って来たし」

「助かった」

リヴァイはポケットの鍵の束を取り出し、ファーランに手渡した。受け渡す刹那、ファーランは少しだけ握る手の力を強める。

「結構走るだろ?あのバイク」

「ああ」

じゃあおやすみと言いながら、イザベルは眠るナマエの頬に挨拶の軽いキスを一つ。2人が寝室に引っ込んで行くと、眠るナマエとハンジとリヴァイだけの室内は急に静かになった。

「仲良しだよねぇ。随分小さな頃から3人一緒に育ったらしいよ。従妹というより、あれは兄弟って感じだ」

「そうだな……エルヴィン達から、何かコンタクトは」

リヴァイはナマエの枕元の辺りに座ると、そっと髪を撫でた。優しいてのひらは、何度もナマエの頭を往復する。

「きてるよ、怒涛のコールだ。無視しているけどね」

「まだそうしておいてくれ。探知されちまったら困る」

「んん……わかるんだけど。本当にいいのかい?」

「何がだ」

部屋の隅にはハンジの研究デスクがある。雑多とした書類や書物の間にひっそりと佇む写真立て。現在の公安特殊三課が設立された時、メンバー全員で記念に撮ったものが飾られている。エルヴィンとリヴァイが真ん中で。

「私はリヴァイの味方だよ。それは絶対だ。でもね……エルヴィンとリヴァイの間にあったのは、単にアッカーマンとしての強制的な制約だけだったのかな」

「何が言いてぇんだクソメガネ」

「リヴァイは覚えて無いだろうけれど。覚醒する前のリヴァイもそりゃあ十分に強かった。その時からすでに、貴方とエルヴィンの間には信頼関係があったように見えていたからね」

──次期公安特殊三課の人間兵器アッカーマンとして。リヴァイが特殊三課に来た時、すでにリヴァイはエルヴィンを慕っていた。

政治や国や大きな闇組織が絡み、通常の公安組織が表立って解決が出来ない事件の数々。エルヴィンの知恵をもってかかれば、そんな難事件も簡単に解決してしまう。リヴァイは覚醒前から指揮をとるエルヴィンの姿を側で見て、自ずと彼の力になりたいと願っていた。

首に特殊なマイクロチップを埋めることで強制的に覚醒を起こさせる。しかし強制といっても、すでにあるじは決まっていて、出会いやチップを埋めるタイミングは運命のように決まっているのだ。それもまた、血の定めの一種だ。科学では図り切れない、もっと別のベクトルの運命というもの。

「でもさぁ。人間兵器として生きてきた貴方が、ナマエに惹かれる理由もわかるんだ。何となくだけど。それがバグだとかは、私にも思えない」

「当然だ」

「今リヴァイからマイクロチップを抜いたら、消えるのはナマエの記憶だけなのかな……エルヴィン達とのことは、どうなるんだろう」

「俺が知るわけがねぇ。ただ感じるのは……俺の今のあるじはナマエだということだ。ケニーから言われて不思議と腑に落ちた。最近メンテナンスをしても項の辺りが痛むことが多かった。今思えばあれは……あるじ以外からの命令を受けちまって、体が拒否反応を起こしていた」

ナマエの家で朝を迎えたあの日から、人間兵器としてのリヴァイはあるじを求めてやまなかったのだ。

「私は貴方が長生き出来るように研究を続けるけれど。問題はそれだけじゃない。こんなことが……きっとこれから多くある」

ハンジの視線の先は、栄養剤の点滴の管に繋がれたか細いナマエの姿だ。

もしリヴァイの寿命が残り10年という制約が無くなったとしても。きっとリヴァイが生きている限り、公安特殊課はリヴァイを追い続けるだろう。

「ナマエの人生も犠牲になるかもしれない。俺がいればいいって言葉だけで、それが払拭出来るかな?彼女は普通の女の子だった。仲良し兄弟3人で暮らす、普通のね」

リヴァイの脳裏にはあの日の、まだ言葉すら交わした事がなかった時のナマエの姿が過ぎる。

太陽のスポットライトを独り占めにしたような庭先で。瑞々しい野菜のサンドイッチを頬張るナマエは、多少貧しくともヒトとしての幸福の象徴のようだった。春の小道をずっと行くような人生。きっと、リヴァイと出会わなければこれからも。

「……てめぇ、結局誰の味方だ」

「リヴァイだって言ったじゃないか。ただ、事実を確認する作業は必要だ。貴方の選んだ道がどんな道かは、知っておいた方がいいだろう?」

おもむろに立ち上がったハンジは、替えの点滴パックをリヴァイに押しつけた。

「私もそろそろ休むよ。リヴァイの部屋も一応用意したけど、今夜は必要無いよね?」

「ここで構わねぇ」

「そう言うと思ったからさ。この点滴のパック、今している栄養剤とは別のものだ。切れたら交換頼むよ」

ハンジは軽く手を挙げて扉へと向かう。部屋を出ようとした所で振り返り、腕を組んだ。

ベッドの上で全く姿勢を動かさないリヴァイ。ずっとナマエの頭のあたりを撫でる様子は、眠る彼女に繰り返し愛を伝える作業にも見えた。

(本当はみんな思ってるんだ。リヴァイが幸せになるのが一番だってね)

アッカーマンとして生まれた定め。人間兵器の必要性。それらは全て、感情論だけでは淘汰出来無い。

それでも今、出来る事の精一杯をしよう──そう思いながら、ハンジは明日からの予定を脳内で組み立てるのであった。


12月30日

ハンジのセーフハウスに着いた。

ナマエが撃たれたのは、俺の責任だ。誰も俺を咎めない。多分ナマエが目を覚ましても、ナマエも俺を責めはしねぇだろうな。

ハンジの奴と話したせいか、エルヴィンだったらこういう時は俺を責めただろうとか、そんなどうでもいいことばかり考えちまう。

習慣になっちまったこの日記も、最初はエルヴィンから言われて書き始めた。今やこの逃走生活を記す手記みてぇなモンに成り下がったが。

いつか落ち着いて生活出来る場所が出来たら、ナマエに見せてみようと思う。今は……そうだな、眠っていて聞こえねぇだろうから。

今夜も愛を込めて。


▼ ごめんおやすみまた明日

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