昼食と休憩を兼ねてサービスエリアに入った時。ターキーのサンドイッチを目の前にして、リヴァイが呟いた。
「ナマエが作ったやつがいい」
いつもは固い表情を崩さないリヴァイが、子供みたいにむくれて言ったのだ。ふいを突かれたナマエは思わず笑ってしまう。
「最初に作ったやつ?そんなに気に入ってくれてたの?」
「お前が……庭先で食ってるのが、美味そうに見えていた。実際美味かった」
ちょうど紅茶を傾けていたナマエは、口の中でお茶を詰まらせる。リヴァイとちゃんと出会ってからこちら、彼の前で庭先に出たことは無いのだ。
「っん!庭でランチするの習慣だったんだけど……リヴァイに見られてたのね」
「よく通る道だからな。まぁ、今は仕方ねぇか」
そう言ってリヴァイはターキーのサンドイッチを持ち上げた。ナマエのサンドイッチは、ナマエの家でないと食べられない。口に押し込んだぱさぱさのターキーは味気無い。ナマエはそれでも、楽しそうに頬張っていたけれど。
ハンジの自宅兼研究室は国立公園からは距離がある。しばらくはまた、バイクでドライブだ。幸いにも天候は2人の味方をしていて雲一つない冬の空。穏やかなドライブは夕方まで続いた。
高速道路越しに見える街並み。真っ黒なビルや住宅街のコントラストが、煌々としたオレンジの光で浮き彫りになってきた頃。
(……尾けられてるな)
リヴァイ達の乗るバイクの背後に、普通乗用車が3台。一見何の変哲も無い車に見えるけれど、リヴァイがミラー越しに見るとフロントガラスが淡く虹色に見えた。防弾ガラスや強化ガラスの特徴だ。最近の乗用車のフロントは割れやすいガラスで出来ている。
「しっかり掴まってろ!」
バイクはスピードを上げる。すぐに反応したナマエは、腰に回した手の力を強める。
追手は公安特殊一課だ。
従来の警察官としての役割が色濃い特殊一課。公安内での不祥事など、先陣切って片付けにかかろうとするのが彼等である。
リヴァイが操るバイクは、等間隔に走る車の間を滑らかにすり抜けて行く。ナマエに負担がかからないよう軽やかに、でもスピードは落とさずに。3台、4台、5台……6台目の車の横を曲線にやり過ごし、バイクが先頭へと躍り出る。先に走る車はもういない。一気に加速し、今度は直線を走る。
「追手なの?!」
ごうごうと風が唸る最中、ナマエはヘルメットのシールドを持ち上げて叫んだ。
「振り切るまで絶対に手を離すな!」
そう言った瞬間、リヴァイは腰に挟んでいた自動拳銃を取り出した。狙った先は、対向車線。
後ろから追って来ている3台の乗用車はフェイクで、リヴァイらの位置を確認しながら対向車線から狙ってきているのが本命なのだ。向かって来る、遠くに見える乗用車にも虹色が見える。そして少し開いた窓からは銃口。
右手に銃を握り、手首のあたりでハンドルを押さえながらバイクを転がすリヴァイ。狙えるのは一瞬なので、きっとそんなに台数は無い。タイヤさえ撃ってしまえばいい。先に引き金を引いたのは、特殊一課の方だった。
リヴァイの中に電波音が響く──
人間離れしたその能力は、弾道すらも回避することが可能だ。放たれた弾が放物線を描く様を目視するというより、恐るべきスピードで予測をし、バイクのハンドルを切った。高速道路のアスファルトに小さな穴が、まるでピンポン玉でも跳ねたかのようにぽんぽんと丸い跡を作る。
次はリヴァイの番だ。
対向車線といってもまだ遠い。距離にして100メートルくらいはある先の車、2台。そのタイヤ目掛けて引き金を引く。
バイクに乗っていても響く振動。銃声と共にじんとした痺れは、リヴァイに抱き付いているナマエにまで伝わる。対向車線を走っていた2台は、呆気なくガードレールへと突っ込んでいく。
背後から追って来ていた3台。対向車線の2台。それぞれの車には2人ずつ乗車していたからこれで計10人。公安特殊一課は10人でチームだ、これでまた振り切ることが出来た。そう思ったのが、リヴァイの僅かな油断だった。
「……ナマエ!」
リヴァイが叫び、バイクを傾けたのはほぼ同時。
高速道路に隣接して建つビルの屋上から狙撃されていた。赤い光は最初からナマエを狙っていたのだ。スナイパーのライフルから放たれた弾はナマエの左腕に命中し、ナマエの体は一瞬で重くなる。崩れ落ちそうになる体。
リヴァイはすぐさまバイクを止め、ナマエを向かい合わせになるように抱きかかえる。右手では、スナイパーに向かって発砲を続けながら。いつも着けているベルトでナマエと自身をしっかりと固定し、再びバイクを走らせる。
(出血が無い上に体が熱い……普通の弾じゃなかったのか?)
スナイパー達はすぐに撤退していく。彼等は所在地が対象に露見した時点で負けだ。
(クソッ……)
ナマエの呼吸がいつもより荒い。すぐさま病院に駆け込みたい。しかしそれは叶わない。
ハンジの所まで、先を急ぐしかない。
リヴァイの力だけを持ってなら、さっきの特殊一課のチームも、スナイパーも本当は一瞬で片付けられる。バイクを止め、狙いを定めて引き金を引けばい。
ナマエがいると無理だ。少し気を抜いただけで、こんな風になってしまう。リヴァイなら避けられる弾も、彼女は避けられない。普通の人間だから。
陽が暮れる速度が増していく。2人を覆う闇が濃くなるように、滔々と。
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