深夜の高速道路。

淡い橙色の街路灯が等間隔に通り過ぎて行く。ヘルメットを被っていても強い風の音でそれ以外が遮断され、ナマエはただ、しっかりとリヴァイの腰に巻き付いていた。

ぼんやりとした光の中、夢の中に迷い込んだような風景。曖昧な視界が意識をも鈍らせる。

ようやくリヴァイがサービスエリアに入り、バイクを停めたのは2時間以上も高速を走らせてからだった。

「……さ、寒い」

「ああ、そうか。悪かった」

ナマエは部屋着のままだ。薄いTシャツにショートパンツ。むき出しの二の腕を、リヴァイは温める様に撫でた。

「あ……りがと」

「中に入るか。色々、説明したいことがある」

「うん」

リヴァイはナマエの肩を抱き、サービスエリアの中へと促した。深夜帯というのにフードコートは営業中だ。比較的薄暗い、人の少ない場所に腰を降ろし、リヴァイはナマエに温かい紅茶の紙コップを差し出した。

「リヴァイって、紅茶好きなのね」

「こんなのを買ったのも初めてだ」

真っ暗な屋外。点々と光るブレーキランプやテールランプの灯りが瞬く。窓ガラスに映る2人の姿。向かい合いのボックス席なのに、何故かリヴァイはナマエの隣に座っていた。僅かに触れ合う二の腕と二の腕。しばらくしてそれが、リヴァイがナマエの腕を温めようとしてくれている意図なのだと、ナマエは気付いた。

「……それで、説明したいことって?」

テーブルの上には2つの紙コップが並ぶ。まだ、湯気が立っている。

「さっきお前の家に突入してきた奴らは公安特殊三課っつぅ……まぁ、公安の秘密組織みたいなモンだ。俺はそこの研究体である人間兵器ってやつだった」

「え……?」

「俺は一年前、力の覚醒をした。アッカーマン一族だからだ。どういうわけか俺もよく知らねぇが、俺の一族は覚醒すると同時に主人みたいな人間を一人選び、そいつが決まると突然強くなる」

「ま、待って待って!ちょっと話しが難しくて……」

「だろうな」

ふぅ、と長いため息を吐き出して、ナマエは紅茶を口へ運ぶ。幾分か、体温が戻ってきた。

「リヴァイは、普通の人じゃないの?」

「ああ。だが俺を知っているという奴からコンタクトが来た。これだ」

リヴァイは腰に挟んでいた日記帳から、タブレット端末だけを取り出した。

「俺も普通の人間に戻れるらしい。このKって奴の所に行けばな」

液晶画面には地図が表示されている。赤い、旗印。

「ここにKって人がいるの?その人の所に行けば……その、公安?に関係無く、リヴァイが普通の人に戻れるってこと?」

「概ねはそれで合ってる。それからお前の従妹とかいう2人組がこの件に一枚噛んでいる。Kに金で雇われたと言っていたが……」

「ファーランとイザベル……」

「そんな名前だった」

ナマエはがっくりと首を項垂れる。

「あの2人がやりそう。いつも危ない仕事ばっかりして……」

リヴァイも紅茶に口を付けた。紙のコップなのに、コップのふちに指をかけて。そしてふいに、ナマエの方へと向き直った。

「今まで俺は俺自身に何の疑問も持たなかった。だがお前の家に行って……」

少し指先を動かせば、手と手は繋げそうだった。互いを見つめ、向かいあう姿は、遠目から見るとほとんど重なっている。

「お前を、ナマエを見つけたから」

ナマエの頬が赤く染まる。温まったからでは無く。

「待って、リヴァイ。それ以上言われちゃったら駄目……私、リヴァイのこと」

急にリヴァイの声が、思考が、ナマエへと向く。眉間に皺を寄せたまま。

「好きになっていい。だから俺は今、ここにいる」

鼻先が触れる。どちらからともなく。まるでそうすることが自然なように。

「ん……」

唇が触れ合ったのはほんの一瞬で。ナマエの頭はすぐにリヴァイのてのひらに捕えられ、逃げ出せなくなってから、2人の舌が口内で絡み合った。

遠慮がちに手を縮こまらせていたナマエも、口の中から順にほぐされ、すぐにリヴァイの首に手を回してた。

「ふぁっ……あ、待って……」

急にフードコート内のBGMが大きくなったようだった。くっきりとした現実の輪郭が、ひと昔前のパンクロックに乗せて、ナマエの耳へ届いた。

「嫌だったか」

「違うの。なんだか、ずっと夢見てるみたいで」

エレキギターの低い音がアルペジオを刻む。リヴァイの声はそれよりずっと優しい低音で、素敵だった。眉間の深い皺も柔らかい。リヴァイが、微笑んでいた。

「そろそろ行くか。もう少し離れたい」

「うん」

改めてバイクに戻ると、ナマエはそれがファーランのバイクだということに気が付いた。細々とした所に彼なりのカスタムが施されているのだ。シート下にはいつもファーランがウインドブレーカーを収納していることも知っていたので、今度はそれを羽織る。

体がぽかぽかするのは、ウインドブレーカーのお陰だけじゃない。ぴったりと触れているのは気持ちが通う相手。それだけで温まっていく。

バイクは再び緩やかに走り出す。大きなジャンクションを越え、インターチェンジを越え。料金所を降りてから、薄暗い脇道に入る。バイクの行き先は揺ぎ無い。

ヘルメット越しの視界に入った建物を見て、ナマエは目を見開いた。

剥がれかけたショッキングピンクとパープルの看板。そこはドライブ旅行者がよく利用する古びたモーテルだった。2階建ての横長な造りで、フロントですぐにチェックイン出来る。

リヴァイは空き部屋と思われる、1階の角部屋の前にバイクを停め、ナマエをバイクに乗せたままバイクを降りた。ヘルメットを脱ぐと、ふるふると頭を左右に振ってみせ「少しここで待ってろ」と言う。

「チェックインしてきてくれるの、ね。あの、リヴァイ。まだ癖がついてる」

右側の髪の一束が、僅かに流れを無視した動きで遊んでいる。

彼の三白眼がナマエの視線が向いている方へと釣り上がる。照れ隠しなのか、リヴァイは振り向きざまにナマエの頭を荒っぽく撫で、フロントの方へと向かって行った。

真っ暗な夜空にはちょうど半月が浮かんでいる。淡い橙色のそれは、街路灯の続きにも見えた。フロントの入口の辺りでは他の旅行者が煙草をふかしている。白い煙が泡沫を誘う。夜は、静かに更けていく。

▼ CB160に乗って

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