▼ 最果ての義務(Ultimate duty)
12月24日
エレンはイェレナの手引きにより、シガンシナ区画に程近い、港に停泊していたイージス艦の中にいた。
目的はジーク・イェーガーとのコンタクト。しかしジークは既に、マーレへと帰還している。連絡係りとしてイェレナと他数名だけが、このイージス艦の中に留まっていた。
「ジークとはこちらから無線で話すことが出来ますよ」
通されたのは大きな舵輪が備えられた司令官室。窓の外には遠い水平線と煌めく水面が広がっていて、視界が僅かに上下する。
「エレンが協力してくれると知ったら、ジークもどんなに喜ぶことか」
うっとりと語らうイェレナにエレンは返事をしなかった。黙って手渡されたインカムを装着し、モニターを覗き込む。電子音、砂嵐、明瞭になる画面。イェレナが「繋がりました」と言った同時に、ジーク・イェーガーが映し出された。
「エレンか……?」
エレンもナマエからジークの話しは聞いていた。さして驚きも落胆も、かといって感動も何もなかった。感情の乗らない声で、エレンは口を開く。
「……ああ」
「姉さんから俺の話しを聞いたのか?」
「そうだ。言いたい事と聞きたい事がある。場合によっては、マーレにまで行ってもいい」
画面の中のジークは頬杖をついて微笑んでいる。初めて会ったというのに、久しぶりに会った弟を慈しむような調子で。
「じゃあ先ず、エレンの話しから聞こうか?」
「ああ。今から地図を送る。パラディ島の地図だ。その中のマーキングがあるエリアを確認してくれ」
エレンはそう言って、隣にいるイェレナに地図を突き出した。イェレナは黙って地図を受け取り、すぐにスキャンしてジークへと転送した。
「……これは?」
「二か所あるのがわかるか?一つは発電所を中心にした場所、もう一つがシガンシナ区画だ。
ジークは一瞬黙り込み、それから声を立てて笑った。滅多に無い本気のジークの笑い声に、隣で控えていたイェレナはぽかんと兄弟を見つめていた。
「大胆なことを言ってくるな?」
「政府は俺達の敵だったわけだ。敵がどうなろうと知ったことじゃねぇ。俺は仲間や……姉ちゃんが助かればそれでいい」
本当なら、エレンの信念には外れている思考だ。
ヒトの手で造られた壁の内側に籠り、生き残った人間(
しかし国の中枢である政府はエレン達をアンデットにしようとしていたわけだし、ヒトがヒトとして生きようとしているのはもう
「さっき、聞きたい事があるって言ってたけどさ。あれってひょっとして、親父のことかな?俺達の」
「あんたが兄さんってのも……俺はまだよく信じらんねぇけどな」
口ではそう言ったものの、ジークにはどこかグリシャの面影があった。母親が違うせいだろうか、髪色はエレンともナマエとも違う色をしている。
「アンデット化を操る
──それはまだエレンもナマエも産まれる前。
マーレで暮らしていた医者であり研究者であったグリシャは、(リヴァイ達が進軍した際に発見した)研究施設で
しかし
グリシャはパラディ政府に助けを求めた。
そのうちにジークはカルラと出会い、ナマエとエレンが生まれる。
ほんのひと時の幸せが訪れるが、それはカルラの死によって終わってしまう。グリシャはカルラが死んだ失意のうちから、
唯一の抗体源である
ほどなくしてマーレは、パラディにパンデミックを起こした。
「人間を生き返らせるなんて無理なんだ。夢だけ見てればいいんだよ。俺の母親も死んだ。
長い沈黙がおりる。エレン自身、知りたかった真実に触れた瞬間であったのに、言葉は見つからなかった。
恨みや憎悪も見当たらない。ただ、思うのは。
「なんつうか……気の毒だな」
「あ?随分上から物を言うんだな、エレン」
「いや。俺には姉さんや仲間がいてよかった」
ジークが眉を顰める。
「五年前、マーレに帰った親父の行方はわかってるのか?」
「研究施設付近で目撃情報があったが、それっきりだな」
「そうか」
その頃にはすでに施設内にアンデットがいたのだ。
今頃グリシャも夢を見ているのかもしれない。終わらない、幸せな夢だ。
「俺達
再びジークが大声で笑う。今度はイェレナも、つられて笑っていた。
「お前達
「ああ」
「随分身勝手な英雄だ」
は、とエレンは笑う。このイージス艦に来て初めて、表情が和らいだ。
「本当の英雄は、姉さんの英雄に任せてんだ。これは、俺にしか出来無い交渉だろ?」
ふいにイェレナが別のモニターを映し出した。イージス艦の周囲に付いたカメラの映像だ。そこにはミカサを初め、アルミン、ジャン、サシャ、コニー、104期士官学生らの姿。
「エレンのお友達ですか?」
「……そうだな。俺ももう行くよ」
「そうか。エレン、またな」
モニターは張り詰めた糸がぷつんと切れるようにして真っ黒になった。イェレナはエレンに向き直り「お友達の所へ行きますか?」と微笑んだ。
イェレナが背後から見守る中、エレンはイージス艦の外にいるアルミン達の元へと走る。彼等はエレンの姿を見つけた瞬間、ほっとしたようにエレンの名を呼んだ。
「何をやってるの……!エレン!」
「ミカサ。追ってきたのか」
「追うに決まってる。ナマエもすごく心配していた。すぐに帰ろう」
今にもエレンの腕を掴んで走り出しそうなミカサ。エレンは彼女をなだめる様にしながら、アルミンの方に「状況は?」と尋ねた。
「エレンがいなくなってから大変だったんだ。予定通りシガンシナ区画の奪還作戦が決行されてる。政府の軍も攻めてきてるし、状況は多分
「ああ、それなら……そんなに心配しなくてもいいかもしれない」
イージス艦の方に振り返りながら、エレンが言う。ジャンはいぶかしげに「どういうことだよ」とエレンを睨んだ。
「もう日の入りだ。日付が変わるまで約6時間。クリスマスだろ?」
クリスマス休戦なんて士官学校の授業の教科書に載っていたような話題だ。「クリスマスに浮かれてエレンの頭はおかしくなっちゃったんですかねぇ」とサシャが言うと、コニーは「かもなぁ」と後ろ頭を掻いた。
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