Unconditional | ナノ


▼ 真冬の英雄(Midwinter hero)

リヴァイが瞼を伏せた時、空から降って来た氷の粒が睫毛の先にとまった。

「雪か」

開いた唇から温かな吐息が零れ、リヴァイの睫毛は急に涙で濡れたようになる。

「道理で寒いわけだねぇ」

「本格的に降り始めましたね」

ハンジとモブリットも同時に空を見上げた。さっきまで暗い雲だけが覆っていた空には、白のドット模様が広がっている。

今だな、と思ったナマエは軍用車両の中へ飛び込んだ。4人は現在、軍用車両の上にバリスティックシールド   防御壁   巡らせて待機中なのだ。武器の類は所持していたが、私物は車内へと置いたままになっていた。

「ナマエ?」

どうした、という風にリヴァイが声を掛ける。窓からするりと助手席に身を滑らせたナマエは、カバンの中から保温性のタンブラーを取り出した。

「これ」

どうぞ、と窓から身を乗り出しつつ、ナマエは車両の上に座るリヴァイにタンブラーを差し出した。中には、温かな紅茶が入っている。

「いいもん持ってるねぇ!戦場にタンブラー持って来る人なんて、初めて見たよナマエ!」

あっははは、と盛大な笑い声と共にハンジが茶化す。いささかハンジの方を睨みながら、ナマエも車両の上に戻った。

「いいでしょ、別に」

「ああ、悪くない」

ありがとう、とリヴァイはナマエの耳元だけで囁いて、タンブラーに口をつけた。紅茶の香りが漂う。

ここへ来てからまだ一度も発砲していないものの、使い慣れた武器からは火薬のにおいがする。紅茶だけが場違いなにおいだ。

エレンの追跡には104期士官兵が。シガンシナ区画を奪還──区画を包囲してアンデットと政府の軍を追い出し、自由の翼フリーフライが壁を築いて占拠する作戦には、エルヴィンを中心に古参メンバーであたっている。

ナマエが所属するのは後方殲滅班。リヴァイを筆頭にハンジとモブリットも一緒だ。大きな国道が一番近い後方は、政府の軍が近付いてくる可能性が高い。リヴァイらが軍を引きつける間、ミケ達の班が区画の外周に壁を築いていく。

「あの家とかどうだ」

ナマエにタンブラーを押し戻しながら、リヴァイは呟く。

「あの家?」

唐突なリヴァイの言葉に、ナマエは頭に疑問符を浮かべる。

「あの家だ。庭にはプールもある。二階建てじゃねぇのが難だが、エクステリア  外装  のセンスも悪くねえ」

「……住むならって話し?」

急に始まったリヴァイのジョークに、ナマエだけが笑い声をたてる。

「この辺は海からの風が強いんだ、リヴァイ。二階建ての建物は少ない」

「分隊長、ジョークですよ。兵長の……」

「わかってて言ってるんだよォ」

実際にこの住宅街に入植出来るかどうかも、今回の作戦にかかっている。こうして冗談を言っていられるのも今だけだ。

リヴァイとナマエが紅茶を飲み終える頃、車両の無線から通信が入る。「私が出ます」と言って車両に飛び込んだのは、モブリットだ。

「こちら後方殲滅班、モブリット・バーナーです」

寒い空気の温度を、もう一度下げるくらいのはっきりした声が通る。残された3人は銃のグリップを握り直しながら、耳を傾けた。

通信はすぐに切れる。

「ハンジさん!」

「エルヴィンだろ?何だって?」

「本部より入電!政府軍がこちらに向かっている模様です」

モブリットが言い終えると同時、リヴァイが立ち上がる。小さな舌打ちを零しながら。

「報告と対象が同時に来るってのは、どういうことだ」

バリスティックシールド   防御壁   の小さな窓からリヴァイは瞳だけで周囲を警戒する。手元ではアサルトライフルHK416マガジン弾倉を取り付け、すぐに銃口を定めた。

「来たね」

ハンジは短機関銃H&K UMPを構える。リヴァイはハンジの方をちらりと見て「はしゃぐんじゃねぇぞ」と呟いた。

「ナマエはこっちだ、車両の準備を」

逃走用の車両準備だ。ナマエはモブリットに言われるまま、車両の方へと移る。

「リヴァイ、気を付けて」

「ああ。さっさと中へ……」

リヴァイが言葉を続けるより先に車両が揺れる。体が撃ち抜かれたのではと錯覚するのような鋭い音が通り、続けざまにリヴァイが引き金を引いた。

30発分の薬莢が、車両の天井に雨のように降り注ぎ。

「1……2、3……45……678……敵数はおよそ一分隊!このまま迎え撃つ」

ちらちらと粉雪が舞う中に。リヴァイとハンジ、そして敵が放つ銃声がカルテットになって絡み合う。

「ハンジ、2時の方角だ。狙撃手がいる」

「わかってる!」

アンデットに対抗する時にはまるで聞こえなかったBGM。思わず耳を塞ぎたくなったが、ナマエはエレンのことを思った。

(今、どこにいるんだろう……)

ナマエは奪還作戦の方にあたってくれ、と言ったのはエルヴィンだ。リヴァイの一件があってから、ハンジがそれなりの血清をナマエとエレンの血液から作っているものの、まだ数は少ない。多くのアンデットや軍を相手にする奪還作戦に、ナマエがいるべきだと判断したのだ。

104期士官学生の班からの連絡も無い。

「こっちが的になってるっていうのに、もう終わりかな」

段々とBGMのボリュウムが小さくなってきた時、ハンジが愉快そうに言った。ナマエは車両から顔を出し、再びリヴァイの隣に隠れるようにして座った。

「最初に隊長格をやっちまえば簡単に崩れる。もう軍としての力は残ってねぇな……」

「あっちの人達は何の為に戦ってるんだろう」

「さぁな。往々にして戦争っつうのはそんなモンだろう……撤退していった。ミケ達の班に連絡を」

遠くなっていく銃声はお誕生日のクラッカーみたいだ。

「アンデットの方はどうだろう。エルヴィンの方にも連絡をとってくれるかい、モブリット」

「了解しました」

車両内でモブリットは順に無線を繋ぐ。

ミケ班は軍の一時撤退の連絡を受け、区画外周に壁を築く作業に入った。この壁というのはハンジ考案のアンデットを防ぐに適した金網のようなもので、一時的な侵入を防ぐことだけが可能だ。外周を完全に塞ぎ、区画内からアンデットを一掃したら壁の守りは段々と強固なものにしていく予定である。

「エルヴィン団長の方も、アンデット討伐は問題無いそうです。そんなに数は見当たらないとか……」

「そうか!よかった。ナマエとエレンの血清も何本かあるしね……今の所、順調だ」

四人は再びバリスティックシールド   防御壁   の内側に並んで座った。

気付けば雪は強くなって、辺りがうっすらと白い。

「ナマエ、さっきの紅茶はもう残ってないのかい?」

グローブをしていても手先は冷える。指先を擦り合わせながら、ハンジがナマエの方を見やった。

「ごめんね、全部飲んじゃった。あとは水と野戦糧食だけかな……」

「残念。せめてクリスマスまでにはこの作戦が終わるといいけどね。発電所の方で、温かいスープが飲みたいや」

バリスティックシールド   防御壁   の覗き窓から軍の行方を見張っていたリヴァイが、持っていたアサルトライフルHK416を置いてナマエの方に向き直った。リヴァイの視線に気付いたナマエは、頭だけをリヴァイの方に傾ける。小さな頭は、サポーターやボディーアーマーでガードされたごつごつの腕に抱きしめられた。

ハンジが小さな口笛を吹く。ひゅうと儚い音色は、冷たい冬の風の中に消えていった。

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