▼ 運命が決まる(seal one's fate)
エレンがアルミン達と合流した頃──
未だシガンシナ区画では作戦が続行中であった。政府軍からの侵攻は、最初の攻撃以降途切れている。ミケ班は区画周囲に壁を巡らせ、エルヴィンの班がアンデットの掃討に追われていた。
「このまま軍も引き下がるかな。
空の際が強いオレンジ色になっている。荒廃したビル街が黒色に切り取られて浮かび上がり、強くなる降雪と共に視界の明度を下げていた。
「ねぇ、ハンジさん?」
「何?」
「今日政府軍からこの区画を守ったとしても、また攻撃されたりするんじゃない?」
「まぁ、あるだろうねぇ。でも壁さえ築いておけば、迎え入れる入口は一か所になるだろ?そこの守りにリヴァイでも置いておけば、後のことは大丈夫さ」
なるほど、とナマエが納得すると、リヴァイは鼻で笑って見せる。
ハンジの隣ではモブリットも穏やかに笑っていた。このまま何事も無く作戦が完了すれば
リヴァイが耳をそばだてた。眉間の皺を一層深くし、片手でナマエの肩を押さえながら、視線は国道の方へ。
「……リヴァイ?」
「静かに。デカイやつがきた」
ハンジとモブリットも口を噤んだ。回転するキャタピラ音。調律が狂ったピアノを叩き鳴らすように、それは段々と近付いてくる。
「持てるだけの武器を装備して移動する」
言うなり、リヴァイはありったけの弾倉やライフルを肩から下げ、腰にはいつもの斧を装備し出した。
「な、何が来るの?」
「多分戦車だね。ナマエも急いで準備して……あまり重いと疲れてしまう。持てるだけでいい」
「戦車?」
四人は乗っていた車両から降りると、周囲の民家の裏手へと身を隠した。近付いてくる戦車。更に周囲にはまだアンデットも潜んでいるかもしれない。先頭にリヴァイ、次にナマエ、ハンジとモブリットが続き、建物に隠れつつ戦車と距離を取る。
「リヴァイ、どうする?戦車がくるなら、どこか高い建物の上から狙った方がいい」
「そうだな……」
ハンジが視線だけでちょうどいい場所が無いか探す中、リヴァイは遠くに見えた看板を注視していた。
「あそこ、まだ馬はいると思うか」
「馬ぁ?」
ハンジとナマエが声を揃える。今、馬がなんだって?
「私が見てきます」
リヴァイが見ていた乗馬クラブの看板に気付いたモブリットは、ライフルを携えながら走り出した。リヴァイはいつアンデットが現れてもいいよう、モブリットの周囲に照準を合わせる。
看板の奥には広い馬場が見える。そこまでたどり着いたモブリットは四人に振り返り、両手を大きく頭の上に挙げて丸を作った。
「馬、いたみたいだけど?」
「よし。お前とモブリットはあそこの馬でミケの所まで行って来い」
は?とハンジは首を傾げる。傾げた拍子に僅かな夕陽が反射して、ハンジの眼鏡が光って見えた。
「ミケのことだ。もう匂いで戦車の存在には気付いている。戦車は俺とナマエで片付ける。壁の作業の方を止められると面倒だ」
「そうは言っても」
再びキャタピラの音が響く。リヴァイは建物の影に身を隠しながら、音の方を伺う。ハンジとナマエもリヴァイに続いた。
「わ……戦車って初めて見た」
住宅街のど真ん中、二車線の道路を丸々使って戦車は進んでいる。渋いカーキ色のボディは、所々が汚れていた。
「随分アンティークな代物引っ張り出してきやがって」
リヴァイが言うのも無理は無い。音だけではわからなかったが、政府軍が乗り込んで来た戦車はU号戦車。型の古いタイプで、昨今の実戦ではほぼ使用されることが無い。
「歩兵部隊も見当たらねぇ。三人乗りの戦車で、どうやって俺と戦おうってんだ」
「そうか……あの戦車なら二人に任せても大丈夫かもしれない。わかった。私とモブリットはミケの方に伝達に行く」
「ああ。頼んだ」
乗馬クラブの中にいた馬たちは放し飼い状態になっていた。数頭が優雅に蹄音を響かせながら、時折厩舎に戻っては乾草をつまんでいる。
ハンジとモブリットはそれぞれ馬へ跨り、戦車とは反対の方へと走り出した。無人の住宅街を馬が駆けてゆく様は、なんだかちぐはぐに見える。
「お前はこっちだ、ナマエ」
「戦車相手に二人で大丈夫なの?」
「問題ねぇ。そもそも戦車は歩兵部隊とセットで威力を発揮する。周りに指揮する人間がいなけりゃあ、ただの的だ」
こっち、とリヴァイがナマエを促した先は、大きな家の真っ青な屋根の上だった。梯子も何も無いので、リヴァイがナマエを持ち上げる。
「戦車っつうのは威力はでけぇが視界が狭い。この高さからだとまず見つかることはねぇ。お前はそこから狙撃しろ」
「リヴァイはどうするの?」
「俺は中に乗ってるやつを引っ張り出す。いいか、ハッチから顔を出した所を狙え」
「わかった」
リヴァイは雨樋に手をかけ、ナマエに顔を近づけた。いってきますのキスを一つ交わすと、二人は互いに背を向ける。
戦車から見つからないように、ナマエは姿勢を低くしながらライフルを構えた。スコープを覗き込むと、丸い円の中に十字線が見える。照準をずらすと、走っているリヴァイが見えた。
リヴァイは銃では無く斧を構えている。
彼の脚は早い。きっとすぐ側にいたら、風の音が聞こえる。ナマエは静かに深呼吸を一つ。高鳴る心臓。鼓動するリズムが、リヴァイのスピードに重なる。
戦車がリヴァイに気付いた──錆びついた主砲が億劫そうに、リヴァイの方に狙いを定める。
(避けて……!)
リヴァイならきっと避けられる。そうわかっていても、無意識に祈っていた。ナマエの覗くスコープの中には戦車とリヴァイ、それから放たれた砲弾が白煙を上げて曇って見える。
白煙の中をリヴァイが切り裂くように走り抜け、到達と同時にハッチが開く。中からミリタリーヘルメットをかぶった男が現れ、ライフルの先をリヴァイへと向けた。
(今だ)
戦車へと乗り上げるリヴァイ、リヴァイへと引き金を構える軍人、そしてナマエの深呼吸。しんと音が消え、クリアになる意識。ナマエが引き金を引く。
放たれた弾だけが全力で息をしながら、真っ直ぐと軍人目がけて飛んでゆく。終焉の合図か否か、高い金属音が響いた。弾はミリタリーヘルメットに命中し、軍人は大きく体のバランスを崩した。続けざまに、リヴァイの斧が首元へ辿り着く。
「動くな」
ハッチの下の方では、同乗していた他二人の軍人がリヴァイに向かってライフルを構えた。しかしリヴァイの斧がハッチにいる軍人の喉元を捕えているのを確認して、すぐに動きを止めた。
陽はすっかり暮れている。暗い中にリヴァイの低い声だけが響く。
「よくこんな装備で俺達に挑もうと思ったな。その勇気だけは褒めてやる」
首の皮から薄っすらと血をにじませつつ、軍人らは舌打ちを零した。さて、とリヴァイが彼等を引き摺り出そうとした時。
伝令、伝令──!政府本部に大量のアンデットが流れ込んで来た!繰り返す、故意的なアンデットの襲来だ!全隊至急帰還、応援にあたられよ!
無線から聞こえて来たニュースは、政府側にとってあまりにも絶望的なニュースだった。三人は三様に動揺を見せる。
「あんたらも大変そうじゃねぇか、とっとと帰れ。あと上の奴らに言っておけ。俺とやりあうには、戦車一台じゃ役不足だ。まぁ、お前らにそれだけ戦力が残ってればの話しだが」
リヴァイは斧を降ろすと、戦車から飛び降りた。片手に斧を携えたまま、段々と小さくなっていく戦車を見送る。ハッチは開いたままだった。
「……リヴァイ!」
ライフルの類をそこいらじゅうに投げ捨て、ナマエは豪快にリヴァイに抱き付いた。助走をつけたジャンプは、がっちりと彼の腰に脚を巻きつけた状態で着地する。
「オイオイオイ、あぶねぇ」
「よかった!撤退?していったの?」
「何があったかよくわからねぇが、政府本部とやらにアンデットが大量におしかけてるらしい。無線の連絡が故意的だとか言っていたが……」
そうなの、と言いながらナマエはリヴァイの頬にキスの嵐を送る。リヴァイは片目を閉じ、ナマエの頭を撫でながらキスを受け入れた。
「当面政府側からの攻撃は無さそうだと見ていい。ミケ達に合流するぞ」
「わかった。車両に戻って連絡を入れて行く?」
「ああ。無線は使えるが、もう車としては使えねぇからな……俺達も馬に乗っていくか」
「馬!」
馬場の入口で、リヴァイは手慣れた調子で指笛を吹いた。黒毛の一頭が反応して、リヴァイの側へと寄って来る。鼻の辺りを撫でる様子はさながら長年の主人と相棒のようで、リヴァイが黒毛の馬に跨るまで、何の違和感も無かった。
「慣れてるんだね、乗馬」
「どうしてだかな」
ナマエには乗馬の経験が無いので、ハンジらとは違ってリヴァイと相乗りだ。背後を気にしたリヴァイは、ナマエを自身の前に座らせた。
灯りはペンライト一つだけで、頼りない一筋の光で夜の住宅街を進む。車両は銃撃戦の時に駄目になってしまったが、リヴァイの言う通り、無線は問題無く繋がった。
「こちらリヴァイ・アッカーマン。応答せよ」
ほどなくして、ノイズと共に返答。
「こちらエルヴィン・スミス。リヴァイ、軍はどうした」
「本部にアンデットが現れたらしい。あっさり撤退していきやがった。これからミケ班に合流する」
「そうか。しかしミケ達ももうすぐ作業が完了するらしい。皆、私の班の方へと集まってきている。リヴァイはナマエと二人だったな?」
「そうだ」
「今私がいるのが、区画内最南端のショッピングモールだ。アンデットは見当たらないが、お前達がいる場所からは随分距離がある。朝を待って、明るくなってから来るといい」
軍もアンデットも掃討したとはいえ、慣れない土地を頼りないペンライトで進むのは危険だ。幸いに身を隠す住宅街は多分にある。一晩、籠城した方がずっと安全なのだ。
「了解だ、エルヴィン」
「クリスマス終戦だな。お誕生日おめでとう、リヴァイ」
最後だけ、エルヴィンは少しだけおどけた風に言った。リヴァイも口角を上げてから無線を切る。
無線を切ってから、リヴァイとナマエは同時に腕のアナログ時計に目をやった。時刻は午前零時を回っている。12月25日になっていた。
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