Unconditional | ナノ


▼ 神話を解く旅(The beginning of myth)

自由の翼フリーフライの独立宣言。

それはエルヴィンを中心とした私兵軍隊が、パラディ政府にも、もちろんマーレ側にも属さないという決断であった。

国内は最早国としての機能を保っておらず、軍の力は衰退している。そもそも主力であったエルヴィンが脱した時から、軍としての体裁は崩れつつあった。

パンデミックの中、逃げ惑う市民らは自由の翼フリーフライの管轄する施設(発電所)へと身を寄せた。政府が市民らに助けの手を伸ばすことは無い。政府は自らが選んだ人間以外を全員アンデット化させることを目的としていたのだから。

自由の翼フリーフライが目下問題とするのは──

「土地だ」

定期ミーティングの場で、エルヴィンはパラディ島の地図を背にしてメンバーに向かって言った。ナマエとリヴァイは、エルヴィンから程近い場所に並んで座っている。

「発電所を中心に軍の病院、貯水施設も制圧したが……最近では我々の噂を聞きつけて、島中の市民がここ発電所へ集まりつつある。さすがに手狭になってきた」

エルヴィンの持った赤いペンが、地図上にラインを引いた。

発電所より南に下がった場所、シガンシナ区画に人口約五千人が優に暮らせるほどの街がある。街の周囲は雑木林がぐるりとめぐり、アンデットの侵入を防ぐバリケードを張るにしても都合が良い。

「シガンシナ区を我々の最初の土地にしようと思う。政府からしたら侵略者……といった所だが」

「異論はないと思うよ。この発電所で暮らす人間はね」

ハンジが手を挙げて言う。エルドやグンタが軽く机を叩いてから、「俺も同じ思いです」と賛同の意を示した。

「侵略ではなく奪還、だな。各自、準備にかかれ」

了解、と声が揃った。

ミーティングルームから出て行くメンバーを見送りながら、リヴァイとナマエはしばらく座ったままであった。

「奪還作戦とやらには、お前も来るのか」

「行くよ。リヴァイがまた、アンデットに噛まれたら困るもん」

「今度はアンデットだけじゃなくて、政府の軍が介入してくるかもしれねぇ。そうなっちまえばただの戦場だ」

「銃の練習頑張るね。短機関銃H&K UMP持って走れるように!」

「ありゃあハンジの専売特許だ。変なとこ真似しなくていい」

短機関銃H&K UMPは30発が連射で撃てる。発砲音が太鼓の上でふざけて踊ってるような音で、リヴァイはそれが気に食わないのだ。

しかし元より、ナマエはよくハンジに銃を借りている。小柄なナマエでも使いやすいものを、ハンジはよく使っているから。

「……部屋に戻る。俺は一旦エルヴィンの部屋に顔を出してくるが」

「見てなくて平気だよ?部屋、目の前だし」

「駄目だ。お前が部屋に入って、鍵をかけるまで見届ける」

誘拐の前歴は二人の間に僅かな影を落としている。ナマエが困った様に「心配性だなぁ」と言うと、リヴァイはナマエの肩を抱いて「当たり前だ」とキスをした。

廊下の壁にもたれ、腕を組んだままナマエが部屋に入るまでを見届けるリヴァイ。ナマエは一度も振り返らずに、部屋に入るとすぐさま鍵をかけた。大げさにノックしながら。

「リヴァイ、ありがとう!愛してる!」

「俺もだ。すぐ戻る」

いつもの光景だ。リヴァイの隣を通り過ぎるミケやナナバは、二人のやり取りに見向きもしない。

ナマエが内側から軽快にノックしていた扉を、今度は外側からエレンがノックする。リヴァイがいなくなったのを見計らって、だ。

「リヴァイ?」

「俺だ」

声で弟だとわかったナマエは扉を開いた。因みに、この狭い部屋の中、誰かを招き入れるのはリヴァイによって禁止されている。

「どうしたの、エレンがこっちの棟に来るって珍しいね」

「ちょっと話があってさ。出てこれるか?」

「うん。今リヴァイがエルヴィン団長のとこに行ってるから、戻ってきたら……」

「兵長がいない所で話したい」

急にエレンの声のトーンが下がった。声が低いせいか、表情も暗い。

「ここじゃ駄目なの?今、誰もいないけど」

ナマエは怪訝に眉を顰める。エレンがよからぬ話をしようとしてることは雰囲気でわかる。なんといっても、姉弟であるのだから。

「……そうか。兵長がいないと、姉ちゃん外に出れないんだっけな」

「そうだよ。私がいなくなったらリヴァイが心配する」

「じゃあ手短に済ますから黙って聞いてくれ。俺は一人で、ジークに会ってくる」

「は?!」

部屋の一歩内側にいたナマエは、一歩外に出てからエレンの服の袖を掴んだ。掴んでおかないと、すぐに飛び出して行ってしまいそうだった。

「場合によってはマーレに行ってくる。親父の話しも聞きたいし……」

「駄目に決まってるでしょ?敵国だよ?一人で行かせるわけないでしょ?」

「でも俺か姉ちゃんしか行けない。アンデット化しない保証があるのは未だに俺か姉ちゃんだけだろ?それに姉ちゃんはこの部屋からも出られねぇんじゃ、俺が行くしかない」

今度は両手でエレンの服を掴んだ。首を横に振り、真っ直ぐと目を見つめて。

「絶対に駄目。ミカサとアルミンにも言う。絶対に行かせない」

「気にならねぇのか?ロッド・レイスは俺達の親父が天国の印スタンプをマーレに渡したって言ってたんだろ?」

「でもそれは……」

「これだけ色んなことが俺達と父さんを中心に巡ってる。母さんが死んだ理由も、本当は病死じゃなかったのかもしれない」

「エレン!」

エレンの服を掴んだまま、ナマエは泣いていた。どうしてとめどなく涙が溢れてくるか、よくわからなかった。少し経ってから、恐怖からなのだと気付いた。怖い。自分を取り巻く環境が、このアンデット化した世界よりも怖い。

「姉ちゃんは兵長達と一緒にいてくれよ。それにさ、ほら。もうすぐクリスマスだろ?」

「……クリスマスに何の関係があるの?」

「ああ、知らねーのかな。クリスマスはさ、戦争してる国同士だって、休戦することもあるんだぜ」

「知らないわよ!私は軍人じゃないったら!」

妙に大人びたエレンの口調が、士官学校に入るとナマエに伝えた時と同じようだった。相談ではなく報告。覚悟を決めたエレンを、止めることは出来ないのだ。

「ここからエレンがいなくなったら、私はすぐにリヴァイの所に走って行く」

「ああ。それくらい見越して、俺もここから出る算段を立てた」

瞬間、エレンはナマエの両肩を押した。突き飛ばした。ナマエの背中は真後ろにあったベッドに受け止められる。

「エレ……ッ」

扉が閉まる。がちゃん、と外からかかる鍵の音。部屋の内鍵では無い。恐らく、エレンが外から南京錠か何かで扉に鍵をかけた。

「エレン!開けなさい!エレン!エレン!誰か……リヴァイ!」

力の限り、扉を叩く。悲しいかな、幹部達が集まる中枢区画には人通りが少ない。エレンの気配はすでに無い。

「お願い……誰か!」

「ちょっとちょっと。まだリヴァイと遊んでるのかい?」

扉の外から揶揄うような声。さっき通り過ぎて行ったナナバだ。

「違うのナナバ!ここを開けて、エレンに閉じ込められた!エレンが逃げたのよ……!」

え?という一言と共に、扉に響く衝撃。取っ手ごと、回し蹴りで壊したのだ。扉を一瞬で開いたナナバは、颯爽とナマエに手を差し出した。

「怪我はない?」

「無い……ありがとう。でもそれよりエレンが」

腰に無線機を挟んでいたナナバは、すぐにそれを取り出してスイッチを入れた。

「こちら中枢区画のナナバ。前班応答せよ!中枢区画よりエレン・イェーガーが壁外へ脱出した模様。手が空いてる人も全員警戒体勢に!」

無線機は再び、腰とベルトの間へと挟まれる。

「門の見張りにも伝達がいった。これで流石に……」

ナナバがなだめるようにナマエの肩を置いた、その時。

「こちら南門見張り台!エレンが壁の外にいるのを確認!」

あっという間だった。

わずか五分から十分ほどの時間。恐らく逃走ルートは事前に決められていたのだろう。リヴァイがエルヴィンの部屋で話し込んでいるのを見越し、ナマエに声をかけ、中枢区画の地下水道を通って外に出る。アンデットはエレンに道を開けているようだった。

報告を受け、南門の前へ出て来たナナバとナマエ。途中でハンジも合流した。

「エレン、この間リヴァイを助けにアンデットの群れに飛び込んでいっただろ?その時に何か気付いたのかもしれない」

とっくにエレンの姿は見えなくなった南の方角を向いたまま、微動だにしないナマエにハンジはそう声をかけた。

「エレンもアンデットを操れるってこと?あの、マーレの人達みたいに?」

「それで何か思う事があって、ジーク・イェーガーにコンタクトを取りたくなったのかも。真相は彼にしかわからないけどね。どうする、エルヴィン」

エルヴィンとリヴァイが、同時に中枢区画の棟から姿を現した。リヴァイはナマエに駆け寄り、そっと肩を抱いた。

「ああ、やっぱり俺がお前から離れちゃいけねぇ運命だな」

「ごめんなさいリヴァイ……」

リヴァイはちゅ、と音を立てながらナマエの額にキスをして、まだ涙目のナマエを顔を自身の胸の中へと抱きしめた。

「で、どうするエルヴィン」

「そうだな……作戦を立てようか。我々は今、思っている以上に忙しい」

この日はエレンの言った通り、もうすぐクリスマス。12月21日のことで、空からは今年初めての雪が舞っていた。荒廃した世界に降り注ぐ真冬の足音。自由の翼フリーフライの、最後の戦いが始まろうとしていた。


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