Unconditional | ナノ


▼ 5.Unconditional myth(無条件の神話)

リヴァイが目を覚ますと、包帯だらけのナマエが寄り添うように眠っていた。ハンモックとエメラルドグリーンと満天の星空を探したけれど、すぐにそれは薬品のにおいとナマエの包帯とにすり替わった。

「オイ……ナマエ、お前どうして……」

自分の声も掠れている。発して初めて気が付いた。いつもよりワントーン低いアルト。

「リヴァイ……!」

大きく肩を震わせて、ナマエはすぐに起き上がった。丸い瞳は一層丸く、つんと鼻先を赤くして。

「私がわかるの……?わかるのね!」

「わかるも何も、どうした」

「ハンジさんを呼んでくる!」

そう言ってナマエは立ち上がると、棚にぶつかり、丸椅子を蹴飛ばし、ドアを二回開け損なってから出て行った。

リヴァイは改めて周囲を確認する。ハンジの研究室だ。何故か中央の手術台に縛りつけられており、ちょっとやそっとじゃ動けない程の頑丈な拘束だ。アンデッドを捕獲しておく為の牢屋にはシャッターが降りていた。鉄板の向こう側からは、強化ガラスを叩く音が絶えず響いている。音の正体はきっとソニーとビーン。

「リヴァイ!」

再びドアを蹴飛ばし、転びそうになりながらナマエが戻って来る。後ろからついて来たハンジはリヴァイを見て、泣き出しそうな顔をしていた。

「ああ、本当だ……リヴァイ、よかったなぁ」

「何がどうした。オイ、これをほどきやがれ」

ハンジは頷きながらも、拘束を解く前にペンラントでリヴァイの瞳を確認し、包帯の下の傷口も確認する。それからやっと、拘束を解いた。

「何も覚えてないのかい?」

「記憶が曖昧だ。俺がここでこうなってる理由がわからねぇ。随分、長い夢を見ていた気がする……」

「エルヴィン達と同じだな」

エルヴィン達がどうした、とリヴァイは口を開こうとしたが、ナマエがそれを遮る。

「ねぇハンジさん、もう大丈夫なんだから、リヴァイも部屋の方に移っていいでしょう?」

「そうだね、部屋の方が落ち着くだろ。ナマエもよく頑張ったね」

「ようやく静かな所で眠れる……」

心底ほっとしたようにするナマエに、ハンジは声をたてて笑う。リヴァイがここに運び込まれてから、リヴァイに対する心配はもちろんだが、ソニーとビーンが常に暴れる音を聞きつつ、じっとしておかなくてはならないのには心が折れそうだった。

「あとで水や替えの包帯を持って行かせるよ。エルヴィン達もそのうち顔を出すだろ」

「わかった。リヴァイ、立てる?」

リヴァイが口を挟む間も無く、話しはトントンと進んで行く。ナマエが立てる?と首を傾げたので、リヴァイは黙って体を起こした。全身に引き攣るような痛みが走る。しかし歩けないことは無い。

「……問題無い」

「掴まって」

リヴァイの腕の下にナマエは肩を潜り込ませた。自身で思っていたよりずっと、リヴァイは重症だ。

ナマエの細い肩ではリヴァイを支えるのに頼りない。しかし二人はゆっくりゆっくりとハンジの研究室を出て、自室へと向かう。

「どうなってやがる……全く」

「リヴァイ?さっき夢を見てたって言ってたでしょ?どんな夢だったの?」

どんな夢──それはとにかく幸せな夢だ。

幼い頃に行ったあの南の島のビーチに、ナマエと行っていた。全てが幸福に、包まれていた。邪魔するものは何も無い、二人だけの世界。

「そうか……あれが天国か」

「へ?」

狭い自室のベッド。でも今は、それがとても安心できる。夢の中の、広すぎる豪華なベッドとは似ても似つかないけれど。

「夢だ。俺は……アンデッドになってたんだな」

「アルミン達も同じこと言ってたの。感染する前の記憶が曖昧になって、ずっと幸せな夢を見てたって」

「アンデッド化の注射を天国の印スタンプなんて馬鹿げた名前で呼ぶはずだ」

リヴァイが横になると、ナマエはすぐに枕の辺りに肘をついてリヴァイの頬を撫でた。

「戻って来てくれてよかった。リヴァイが……夢から覚めてくれてよかった」

「さっきエルヴィンとアルミンがと言っていたな。血清はどうした。二本しか無かったはずだ」

「私の血を使ったの。土壇場で……ハンジさんが私の血が使えるんじゃないかって、気付いてくれて。エレンがリヴァイを連れ戻しに行ったんだよ」

なんだって、と呟いてリヴァイは眉をしかめた。

「でもすぐに血清が作れるわけなくって。遠心分離機?だっけ?血清を作る為の機械がいるんだって。だからリヴァイには私の血を直接注射したの。随分乱暴な方法だってアルミンは言ってたんだけど……でも治るって信じてた」

「そうか……エレンにも迷惑かけちまったな」

「よかったら後でお礼言ってあげて?エレンも、リヴァイのことすごく心配してた」

リヴァイは人差し指を曲げて、ナマエを手招いた。ナマエはすぐにその意図に気付く。唇を重ねると、柔らかな感触が二人を繋ぐ。

「ナマエもよく頑張ってたな」

そう言ってノックと同時に顔を出したのはエルヴィンだ。

「リヴァイ、どうだ調子は」

「ご覧の通りだ」

「何よりだ」

茶化したように笑うエルヴィン。アルミンに噛まれた傷はほんの僅かだったエルヴィンは、すでに本調子だ。

「今回はたまたま全てが上手くいった。ロッドの所から持ってきた血清はこちらの読み通りで、お前が感染したことで、ナマエとエレンからもアンデッド化を治す血清が作れることがわかった。しかしだ。お前の判断と行動で、ナマエが危うくハンジの頭を撃ち抜く寸前だったということは伝えておく」

「……あぁ?」

ナマエはバツが悪そうにエルヴィンを睨む。

「ナマエにはそれ相応の罰は受けてもらった後だ。リヴァイ、お前はいつも状況を見て冷静に判断を下すが……今回の件は手放しで褒められない」

「何言ってやがる。あの状況じゃ、ああするしか無かった。この自由の翼フリーフライはお前がいなくちゃ成り立たねぇ。それにアルミンも頭のキレる奴だ。周囲のアンデッドの数もなるべく減らしたい。なら俺が外で戦うのが一番良いに決まっている」

「お前はお前が思っている以上の人間に愛されている。リヴァイ、ここはもう戦場じゃない。アンデッドも敵では無い。治す方法も見つかった。これからは、お前がまずお前自身を愛せ」

は、とリヴァイの口から乾いた笑い声が零れる。なんだか面白おかしかった。世界はこんなにも悲惨なのに。

「そっくりそのまま、今の言葉を返してやるよ。お前がいなけりゃ自由の翼フリーフライも、これから生き残った人間達も、立ち行かない」

エルヴィンも笑う。今度は本当に、慈しむような微笑みで。

「ナマエ、これからのことはもうリヴァイに話したか?」

「ううん。まだ何も……あ、やっぱりリヴァイも同じように夢は見てたって」

これからのこと──

それはナマエとエレンから血清が作れるようになったことと、ロッド・レイスの話しが本当なら、敵はマーレだけでなくパラディの政府側にもあったということだ。

マーレにせよパラディにせよ、目的の意図は多少違えど、この「幸福な夢を見続ける」というアンデッド化現象が、思考を湾曲させているのではないか、とエルヴィンは思う。

例えばジーク・イェーガーの方の目的は完全にそれだ。ナマエとの会話から推測するに、全人類に「夢を見させてあげる」ことが目的となっている。

そしてパラディ政府の方は、もともとは決まった人間以外を全てアンデッド化させる魂胆であった。おそらく政府の要人や、彼等の生活に必須な人間だけをシェルターかどこかへ避難させるつもりであったのだ。マーレによって、それは阻まれたわけだけれど。

自由の翼フリーフライは独立しようと思う。この発電所跡を拠点に住める拠点を広げ、少しずつでもアンデッド化した人々を人間に戻して行く。人口を増やし、政府と軍を鎮圧し、マーレからの侵攻に備える」

「……ナマエとエレンから血清が作れるとなりゃあ、今までより希望は持てる。が、ナマエに無理はさせるな」

「それはもちろんだ。やることはそう変わらない。しかし今までより希望がある。これは大きい。これからも頼むぞ、リヴァイ」

リヴァイが意地悪そうに口角を上げて微笑む。

「こっちの台詞だ」

そんなリヴァイの表情に、ナマエも微笑んだ。二人が目を見合わせているのを眺め、エルヴィンは「長居してしまったな」と肩をすくめる。

「あとで順番に見舞いに来させる。皆、お前の無事を確かめたくて必死だ」

「そうか」

エルヴィンは軽くてのひらを掲げ、ナマエに視線を送ってからドアを閉めた。静かになった狭い部屋の中で、ナマエは再びリヴァイにキスをする。今度は長く、リヴァイの中に舌を入れ、彼の頬を撫でながら彼の存在を確かめた。

「……ねぇ、リヴァイが見ていた夢の中に、私は出てきた?」

「そうだな……夢は夢だ。お前がいれば変わりねぇ。夢の中でも、結局ヤってることは同じだ」

妙に真顔で言うリヴァイに、ナマエは「どういうこと?」と疑問符を浮かべながら笑う。

「お前さえいれば、どこでも夢の中みたいなモンだってことだ」

「あはは。ねぇ、愛してるって言ってくれる?この間、ちゃんと聞き取れなかったから」

リヴァイが腕を伸ばす。ナマエの首に手を回すと、頬と頬がぴったりくっつくほどの距離でリヴァイは口を開いた。

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