Unconditional | ナノ


▼ 4.To infect(感 染)

ドクターやナース達が籠城していた3階部分にはトイレがあった。幸運にも貯水タンクが利用出来たので、用を足す事に不便はしていなかったのだが、トイレの排気ダクトが仇となった。人が1人、ぎりぎり通れるダクトは外に通じていて、そこからアンデッドが入り込んだのだ。

偶然トイレに来たナースはそのアンデッドに襲われ、その場はどうにか逃げおおせたが、噛まれたことを言わずに個室に籠った。今日、やっと自由の翼フリーフライから救援が来る所だったのに。どうして私だけがアンデッドにならなければいけないの?と。

「オイオイ……何の冗談だ」

薄暗い中に座り込むナマエ。すぐにでも近寄って抱きしめ、いつものようにキスをしたい気分だった。でも、出来無い。そんなことをすれば、きっとリヴァイだって感染してしまう。

ナマエが噛まれたと窓から叫んだのはペトラだった。リヴァイは耳を疑った。どうして、何故。生存者しかいないはずの院内で。

「兵長、それ以上近付かないで下さい。一歩でも進めば、俺が撃ちます」

リヴァイのすぐ側でエルドがリボルバーを回したので、リヴァイの耳にはその音がいやにリアルに聞こえた。

「……大丈夫、エルド。ちゃんと、自分で……撃つから。でも、最期にリヴァイに言っておきたくて」

痛みからか感染からか、ナマエの意識はすでにぼやけていた。しかしどうにか体を起こし、ライフルのバットプレートを床につけ、銃口をこめかみに当てた。

「よせ。死に際みたいに言うな」

「リヴァイ、どうにもならないよ。我々は、同じように何人も仲間をこの手で葬った」

「ああ、その通りだクソメガネ」

周りではオルオやペトラも銃口をナマエに向けている。泣き出してしまいたい気分は皆同じだった。けれどそれがどんなに無意味かも、全員が同じように理解していた。

「先に救助対象者を全員下の車に乗せろ。いつでも出せるようにしておけ」

「兵長?」

「意識が無くなるまで、俺が見届ける」

それはリヴァイが引き金を引くということで。

「兵長、俺も残ります!」

オルオが身を乗り出したが、それを制止したのはハンジだった。

「わかった。じゃあリヴァイに任せよう。他の皆は撤退準備だ。頼んだよ、リヴァイ」

「……ああ」

厚いゴムソールの足音が室内を埋め尽くす。程なくすると、静寂が訪れた。

「苦しいか、ナマエ」

「うん……痛い。早く、撃ってくれていいのに」

「お前がお前である以上、殺すことは出来無い」

「リヴァイを襲って死ぬなんて嫌だよ」

「そうか?最期の瞬間まで、俺を見ていろ」

「そんな冗談……」

言っている場合では、無いのだ。噛まれてどれくらい経ったのかナマエにはわからない。10分?15分?それでも、ナマエに残された時間は同じくらい。

「ねぇ、リヴァイ。やっぱり聞いて?話しておきたいことが……あったの」

「何だ」

意識は1秒ごとに朦朧となる。耳鳴りも止まらない。全身が氷で刺されたような、キンとした痛みがナマエを襲う。

「私、リヴァイが好き。最初は……ほら、なんだか、勢いでしちゃったけど」

「モールでのことか」

「うん……でも、あの時私、リヴァイのことが好きになってた。愛想も言葉遣いも悪いけど……本当は優しくて、強くて……」

「ナマエ」

座ってナマエを見ていたリヴァイは、あの日、モールでアンデッドになった仲間を殺してナマエの所へ戻って来た時と同じようだった。座り込み、気が立っているのに静かで。

「リヴァイは?リヴァイは、私の事……」

「愛している。愛しているに決まっているだろうが。こんな形で……言いたくはなかったが」

涙が溢れた。もういいや、リヴァイの心がこんなに手に入ったんだもの。これ以上はどうしても持っていけないから。リヴァイの気持ちだけを持って逝けるなら──

「リヴァイ、もう撃って!」

ナマエは顏を上げる。しかしリヴァイは静かに目を見開き、何も言わずにズボンの後ろポケットに入れていた小型の懐中電灯を取り出した。小さいのにしっかりと照らすことの出来る、優秀なものだ。

「ナマエ……そのまま動くな」

懐中電灯から放たれる、一筋の強い光にナマエは目を細める。リヴァイはそのまま立ち上がり、後ずさるようにしてその場を離れる。

(リヴァイ?……どうしたの?)

もう気を失う寸前だった。気力だけで、どうにかリヴァイが戻ってくるまでは、とナマエは下唇を噛む。

ほどなくするとリヴァイは戻って来た。ナマエは気付かなかったが、ハンジとドクターの1人も一緒だった。

「まさか!もう優に30分は経っているのに!」

「だが現にナマエは感染していない。そもそも奴らに噛まれちまえば、負傷した部位は5分も経てば腐っていく。ナマエが噛まれたのは首辺りだが、それも見当たらねぇ。ドクター、応急処置を頼めるか」

ハンジの背後に控えていたドクターは「ああ」と頷きはしたものの、恐る恐るナマエに近付いた。

座り込み、ライフルを片手に項垂れるナマエには、ほぼ意識が無かった。しかしリヴァイの言う通り、アンデッド化の兆候は全くと言っていいほど見当たらず、むしろ噛まれた傷は「普通の傷」として酷かった。左の首元が、抉られるように噛まれている。

「ここじゃ暗いな」

ナマエのライフルを肩に下げ、リヴァイはナマエを横抱きにして窓辺へと移動させる。仰向けに寝かせると、顏は酷く青白く、傷口からは鮮血が溢れ続けていた。

リヴァイはナマエの頭の方へまわり、さりげなくナマエの頭を固定しながらドクターが処置をし易いようにサポートをした。いくら感染の兆候が見られないと言っても、きっとドクターは恐れているであろうことがわかったのだ。

「ん……リヴァイ……?」

「ナマエ、さっきの話しの続きは……基地に戻ったら仕切り直す」

「何言ってるの……もう……」

ナマエは震える手でリヴァイの頬を撫で、ゆっくりと瞳を閉じた。力が抜けて行く手を、リヴァイは握りしめる。おもむろにキスをして、また自身の頬へとあてがった。

「危ないな。とりあえずの止血はしたが、抗生剤も必要だ。自由の翼フリーフライに行けばあるのか?」

ドクターは額を拭いながら言う。

「ああ。最低限の医療器具は基地に戻ればあるよ。急いで帰還しよう。まさか壁の外で怪我をして……帰って来れる人間がいるだなんて思ってもみなかった」

車内へと戻れば、ナマエに感染の兆候が見られないことに喜んでいいのか、驚いていいのか、戸惑いを隠せない面々が待っていた。それもそうだ。このアンデッド化のパンデミックは一夜のうちに街1つを壊滅させるほどの脅威。ほんの少しの傷跡で皮膚は腐り、アンデッドになってしまう。特例なんて無い。

「こっちの車で先導するよ。めちゃくちゃ急ぐからな、しっかり着いて来いよ!」

ハンジはリヴァイ班のハンドルを握るオルオに向かって叫ぶ。そして後部座席の窓を覗き込み、ナマエを抱きしめたままのリヴァイに向かって言った。

「もしナマエにこのまま感染の兆候が見られなければ、彼女は抗体を持っているということになる」

「……そうだな」

それが何を意味するのか。凶事の前兆なのか、はたまた希望であるのか。

ただ愛する彼女が昨日までと同じ笑顔でまた、自身を抱きしめてくれれば──そう願いながら、リヴァイはナマエを抱きしめていた。


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