▼ 3.Battle of the hospital(病院攻防)
発電所から近く、軍病院に取り残されたドクター他数名を救出せよ。
ナマエが初めて参加する作戦はシンプルなものだ。事前のハンジの調査により、周辺のアンデッドも数が少ないことが報告されている。戦う意思のある者は経験が無くとも参加してほしい──そんなエルヴィンの指針に、ナマエが一番に乗ることになった。
「緊張しなくていいわ。うちの班は最強なんだから」
軍用車両のハンドルを握るのはリヴァイ班のペトラだ。隣には彼女の同期生であるオルオ。後ろの座席にエルドとグンタ。それから見張りにリヴァイとナマエ。
「うん。今回はハンジさん達も一緒だし……何より救出が最優先なんだよね」
「そうだ。アンデッドの殲滅は俺とグンタとオルオが優先的にやる。他の奴らはハンジらと一緒に救護に回れ」
了解、と車内の声が揃う。ナマエも一緒になって口を開いた。
エルヴィンがナマエの初陣の作戦と名指しただけあって、道中は比較的穏やかであった。アンデッドとの接触は無し。1時間程車を走らせると、例の病院が見えてくる。
砂ぼこりが舞い、車両が揺れた。
「リヴァイ!ドクター達が籠城しているのはこの裏の3階なんだ」
リヴァイ達の乗っている車両に横付けする形で、ハンジ班の車両が並ぶ。窓から顏を出したハンジは、大きく手を伸ばして3階を示した。ナマエも目を細める。ペトラやオルオの頭の間から見えるそこは、3階部分だけが突出した建物だ。1、2階がロータリーのようになっていて、吹き抜けになっている。
アンデッドは動きが遅いので階段の昇降が苦手だという報告がある。
「作戦通りだ。ハンジ班が先行、院内の安全を確保。ペトラ、ナマエ、エルドが続け。中ではうちの班3人が救助対象者の傷の確認をしろ」
ハンジ班の車両は
今日はその車両から大きな梯子を取り出し、ハンジ達はするすると3階を目指して登っていく。窓を開け、病院に取り残されたドクター達が手を振っていた。
「よし。ハンジ達が全員行ったらお前らも行け」
ナマエも身を乗り出す。リヴァイはナマエの二の腕を掴み、離れ際にキスをした。矢張りエルドが「天使のご加護だ」と揶揄ったが、リヴァイは気にしている風では無い。
結局、リヴァイに好きだとは言えていないし、言ってもらっていない。
(それに……こんな時に言うと完全に死亡フラグってやつだもんね)
ペトラが梯子に足をかけた時だった。
「兵長!2時の方角です!」
オルオが叫ぶ。数体のアンデッドが群れを成し、病院前に止まる車両へと近付いて来ていた。
「チッ。お出ましか」
ナマエは一瞬「リヴァイ」と言って振り返ったが、エルドは「行くぞ」とナマエの背を押した。
「あの位、兵長にとっちゃ朝飯前だ」
ナマエも梯子に足をかける。しかし視線の先はリヴァイを追ってしまう。リヴァイは少し沈黙した後、車両から飛び降りた。
「リヴァイ!」
真っ直ぐ、一目散に、リヴァイは人よりもずっと早い脚でアンデッドに向かって走り出す。素早い動作の中でポケットから手榴弾を取り出し、口の端でピンを抜いた。
「くれてやるよ」
楕円形をした手榴弾はリヴァイの手を離れ、大きく弧を描いてアンデッドの群れへと飛んで行く。爆音、そして続けざまに銃声。
「ほら、もう終わった。安心しろよナマエ」
白煙の中に舞うシルエット。リヴァイが手に持っているのは小型の手斧だ。ナマエが先達て練習していたみたく、ライフルでもきちんと狙えば項は削げる。しかしリヴァイにとって、斧という物理攻撃は一番確実で、且つ迅速に片付けられる手段であった。
全てのアンデッドは蒸気を放ちながら倒れ、リヴァイは斧を振りかぶり、付着した返り血を掃っている。
「……よかった」
「理屈じゃないんでしょうね、ナマエがリヴァイ兵長を心配するのって。なんか、いいわよね」
ペトラも悪戯っぽい笑顔でナマエを見下ろしている。エルドは半分笑いながら「急げよ」と2人を急かした。
ナマエ、ペトラ、エルドの3人が3階の窓に到達すると、そこにはすでにモブリットが立っていて「ハンジさん達は周囲の警戒に当たっています」と笑顔を見せた。ハンジ達は部屋の外の廊下にいるのだろう。
「皆さん、足元に気を付けて」
窓の付近にいたナース達が口々にそう言う。ナースといっても、皆汚れたTシャツを着ているのでその面影は無い。1カ月近くの籠城生活は酷く堪えたのだろう、表情も疲弊しきっていた。
「じゃあ早速私とナマエはナースさん達を。エルドはドクター達の傷の確認を」
「ああ。部屋を分けることは出来るのか?」
こんな時でも、女性に敬意を払うのがエルドらしい。
「この奥に個室が2つあります。私達が寝室にしていて……」
「今は奥で1人寝てるわ。トイレから帰ってきて寝込んじゃったのよ。鎮痛剤がとうとう切れたからね」
2人のナースの言葉に、ああ、とペトラとナマエは顔をしかめて笑った。どんな時でも、生理が重い人は重いのだ。
「そっちは任せた。じゃあドクター達はこっちに集まってくれ」
エルドがそう言うと、ドクター達は窓辺へと集まる。ナマエはちょうど、生理痛で寝込むナースがいるという方の個室の前にいた。そのまま、扉を開く。ペトラはナマエの肩を軽く叩くと「そっちはよろしく」と微笑む。反対側の個室には窓辺にいたナース達が集まった。
「お腹が痛いのは気の毒だけど、確認させてもらうね」
ナマエが開けた方の室内から返事は無い。
「
薄暗い。床は布が敷き詰められていて、彼女らがここを間に合わせのベッドにしていたことがわかる。
「うぅ……」
「お腹痛い?ごめんね、でも傷の確認をしたらすぐに車に乗れるから……発電所の方に行けば、アスピリンがあるよ」
そこにいるナースも、薄汚れたTシャツを着ているようだった。床の上に四つん這いになって蹲り、何かに耐えているようだった。
「ねぇ……お願い、ちょっとでいいから」
部屋の隅にあった、キャンプ用のオイルランプが揺れた。危険だと身を引いたのと、ナースが起き上がったのは全く同時。引き金に指をかける暇は無かった。対象との距離を取ろうとした時には、ナースであった筈のアンデッドはナマエの首筋に歯を立てていた。
「感染者!」
アンデッドの動きはそう機敏では無い。しかし完全に抱き付かれた状態で、そこからナマエが抜けだすのは難しかった。所持しているのはライフル銃。対象に銃口を当てるのも難しい。
(でも、報せなきゃ……)
アンデッドの足の甲を狙い、ナマエは引き金を引く。音さえ聞こえれば、ペトラ達はこの事態を察知してくれるはずだ。
乾いた銃声が室内に響く。
足を撃たれて驚いたのか、アンデッドは再び深く、ナマエの鎖骨辺りを噛み付いた。あまりの痛さにナマエが悲鳴を上げる。しかし次の瞬間、銃声と共にアンデッドは部屋の端まで吹っ飛んだ。
「……何ってことだ」
部屋の外から銃口を向けていたのはハンジだった。ハンジの所持しているのは一般的な拳銃であるベレッタだ。アンデッドを吹き飛ばしても尚、その拳銃はハンジの腰のホルダーには戻らない。
部屋の中には崩れ落ちるようにして、座り込むナマエ。
続けざまに銃声。ナースだったアンデッドは項を抉られるように撃たれていた。
「ハンジさん……お願い、ちょっとだけ、待って」
「ナマエ、悪いが時間は無い。アンデッドに噛まれれば15分から30分程で自我が無くなり、生きた人間を食おうとする。そこのナースみたいにね」
今しがた自身が撃ったナースに向かって、ハンジは顎をしゃくった。
「わかってる、わかってるけど。リヴァイが来るまで……待って」
後ろではペトラが「すぐ呼んで来るから!」と振り返っている。
(ああ、ツイてない。それとも、私が迂闊すぎたのかな)
ラッキーガールはリヴァイに出会った時に運を使い果たしてしまったのか。やっぱり好きだと、言葉でも伝えておけばよかったとナマエは思った。
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