初めまして、恋




僕が真希に最初に出会ったのは、大金の代わりに恵の身柄と親権を得てすぐ後のことだった。




「えぇ〜、僕「禪院」嫌いなんだけど。てか、この前行ったばっかりだし、そんなに僕の顔見たいの?キモいジジイどもめ。僕ノンケなんですけどぉ、ヘテロなんですけどぉ」

伏黒恵。
伏黒甚爾、旧姓禪院甚爾の息子で、禪院家相伝術式を持った男児。そのせいで、10億という大金で禪院家に売られた可愛い僕の息子。その倍額で買い戻したはいいけれど、禪院家はそれに納得しなかったらしく、こうしてお呼び出しがかかった。

たっく、自分の思い通りにならなかったからって嫌がらせするとか、小学生かよ。

なんて悪態を付きつつも、逆らえば余計に面倒になることは明白。恵と津美紀にも危害が及ぶ前に黙らせてやろうと、仕方なく重い腰を上げた。



無駄に派手な外観の、だだっ広いだけの悪趣味な屋敷。
あぁ〜、試作品のグレネードランチャーぶっ放してぇな。マシンガンでもいいし、ガトリング砲でもいい。このふざけた屋敷をめちゃくちゃにできるなら、なんでもいいや。
術式くらいしか能の無い、呪いがいなけりゃおまんま食いっぱぐれる愚か者どもが五月蠅いから、大人しく怒鳴られてやろう。
「不測の事態」が故意に起きてもいいように備えては来ているから、…まぁ、ある程度は大丈夫。

「老い先短いくせにしぶとく上層部にのさばる死にぞこないのおじいちゃんたち〜、三条家当主、呪具職人にさせられた三月様が来てあげたよ。ほら、拍手〜」

趣味の悪い模様の入った高そうな襖を蹴って吹き飛ばす。
中に座っていたじじいどもは案の定、苦虫をかみつぶしたみたいな、心底嫌そうな顔をしていた。


さぁ、ふざけたお茶会の始まりだ。





「あぁ、くっそ。容赦なくやりやがったあのバカ共。こちとら唯一現役の特級呪具作れる職人だぞ?…まぁ仕返しに暴れて、毒仕込んでやったからいいけど。ったく、恵の命を何だと思ってんだよ。マジであいつらみんな死ねばいい。…癪だけど、五条の坊に期待だな、こりゃあ」

説教、𠮟責、罵詈雑言。

厳重注意なんて優しいものじゃない、死刑一歩手前の忠告によく似た脅し。
恵の人生がかかってるのだ。そんなものに屈するものか。喚き散らす老害には抵抗に抵抗を重ねた。
最終的には黙らせたし、恵と津美紀に手を出さないことを約束させた。さすがのあいつらも、三条家の刀鍛冶が打った刀を呪具として使えることで受ける恩恵の大きさは理解していたようだ。

だが、しかし。一度は受け入れたとしても、腹が立つ上に気に食わなかったのだろう。
呪具職人としては優秀でも、呪術師としてはせいぜい4級。そのせいで、随分と舐められたものだ。
恥を捨てて拳で言い聞かせて来た。
なので僕も、僕を殴るためにと使役されたそれを、呪骸だと思ったので仕返しはしっかりやった。手応えはそれなりにあったので、もしかしたら壊したかも。……もし万が一、生身の人間だったとしてもどうでもいい。禪院当主諸共、あんなクソども死ねばいいと本気で思っている。

「立てば大太刀、座れば拳銃、歩く姿は戦闘機」と、ふざけ半分に僕をたたえたのは庵さんだったか、冥さんだったか。
「歩く武器庫」、「人型戦闘機」と先輩方に言われた僕の戦い方…というか隠し持った武器は評判だった。あらゆる部位に隠した武器と、仕込み暗器には触れたら即死の毒を付与して。
手持ちの武器が尽きてもこの身に宿る無尽蔵と言っても過言ではない呪力をぶっ放せばいい。

とはいえ、こちとら体術なんて大層なものは持ち合わせていないので、さすがに無傷では済まなかった。
赤く腫れあがった頬、血が滴るほどの傷を負った額。仕方なく持っていた毒をいくつか組み合わせて痛覚を少し鈍くする。病院に、…いや、家入さんのとこに行こう。彼女の練習台になってあげたい。

「まじで早く死なねぇかな」

老害どもめ。
なんて悪態を付きながら、袖で適当に血を拭う。目に入ったら大変だ、眼下に行かなきゃいけない。かかりつけの眼科の女医さん、苦手だから行きたくないんだよね。
座り込んでいた廊下に、一つの小さな足音が聞こえた。立ち上がって見回せば、小さな女の子が近づいてきていた。小さな掌が握っていたのは薄汚れた雑巾と、

「これ、どうぞ」

差し出されたのは綺麗なガーゼ。心配そうに見上げられたその姿に、恵と津美紀の姿が重なった。
ぼろ布を纏ったみたいなみすぼらしい服装に、子供らしくない痩せた身体。小さな擦り傷がいくつもある手足。

「真希、…いや、真依だったか?」
「私は真希だよ。真依は妹」
「そうか。…真希、ガーゼくれてありがとう」

禪院家には出来損ないの双子の女児が居る。そんな噂を聞いたことがあった。
古来より、「双子は縁起が悪い」とされているし、江戸時代には「丑三つ時に生まれた女児は悪霊だ」なんて迷信があったくらいだ。この頭のお固い古めかしい愚か者どもは、おそらく未だに信じているのだろう。そんな中、本家に生まれた女児、しかも双子。それも片割れには呪力が無いときた。術式第一主義のこの家では、恰好の差別対象だろう。

禪院家当主の娘、真希と真依。
当主の娘として生まれたが、そんな理由から使用人以下の扱いを受けていると、祖父・三条 雅月さんじょう まさつきが言っていた。
「三月。…妹、欲しくないか?」なんて祖父ちゃんに聞かれたのは高専三年の終わりごろ。僕に当主の座を譲る前に、訪れた禪院家でその酷い扱いを目の当たりにして双子を養子に迎え入れようと奮闘したが、なぜか禪院家当主に阻まれたと珍しく怒っていた。

「いいか、三月。どんな理由があろうと、女と子供にだけは手を上げちゃならん。優しくして慈しみ、敬うことはあれど、その逆は絶対に駄目だ。女を大切にできない男は、男の風上にもおけぬ馬鹿者よ」

政略結婚が主流だった時代、珍しくも恋愛結婚で祖母ちゃんを嫁にした祖父ちゃんはいつもそう言っていた。結婚して僕の母を生んですぐに亡くなったという祖母ちゃんは、それはそれは良い女で、祖父ちゃんの生涯の宝物なのだそうだ。
そんなわけで、フェミニストな祖父ちゃんに育てられた僕も立派に刀鍛冶になった。…え?脈絡がおかしい?




「ごめんね、真希」

祖父ちゃんが無理だったのだ…故に、僕にも無理だ。二人をこの魔窟から連れ出してはあげられない。同じ禪院家の血筋でも、恵は助けられた。それだけに、二人をすくってやれないことが、ひどくもどかしい。

謝られた理由を理解していない真希がきょとんとした表情をしている。
綺麗な黒い髪を撫で、後ろ髪をひかれる思いはしたけれど、それを振り払って禪院家の屋敷を後にした。



これが、将来嫁にする予定の禪院真希との最初の出会いだった。






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