恋愛という呪い


「あ、居た。真希―、頼まれてた槍の手入れと調整終わったよ。ついでにまた新作持って来たから使ってみて、って、…ごめん、お取込み中だった?」

野薔薇をボロボロにした真依と向かい合い、依然野薔薇に銃を向ける真依を得物で制している。
そんな緊張感のある空間に、場違いにも三月の気が抜けた声が響いた。

「うわ、野薔薇ちゃんぼろぼろじゃーん。真依たん、またツンデレのツンの方全開でいじめちゃったの?」
「真依たんって呼ばないで!」
「え?真依たんダメなの?じゃあ、真依っち?真依ぽん?」
「真希みたいに普通に真依って呼びなさいよ」
「じゃあ真依たんで」

ヒステリックに叫ぶ真依に、面白がった三月がさらにふざける。真依も、そんなムキになって反応すれば三月がつけ上がることくらいわかっているのだから、大人しくすればいいのに。

そんなやり取りをしているうちに野薔薇が静かに起き上がり、気取られないように近付き真依を締める。
やんややんやと、喚く真依と怒った野薔薇、二人を煽る三月。なんともカオスな光景が広がった。

「帰るぞ、真依」

恵をいたぶって遊んでいたであろう東堂がやって来る。その筋骨隆々な肢体を視界に入れた三月はにこにことした顔のまま、またもふざけたことを宣う。

「あ、京都校の筋肉マッスルマッチョくんだー。相変わらず大きいおっぱいだね」
「あぁ、三条の刀鍛冶か…。東堂葵だ、その呼び方は止めてくれ。あとこれはそんな脂肪じゃなくて胸筋だ」
「え、何?『お願い〇ッスル』踊ってくれるの?」

それともビリー〇ブートキャ〇プ?
なんて、相変わらず興味の無い人間相手には一貫してふざけた態度を取る三月。変なものを見る目で三月を見る東堂は、慣れたように適当に返事をしながら上着を拾い、未だに怒っている真依に帰るようにと促していた。
なんでも推しているアイドルのイベントがあるとか。東堂がドルヲタか……うわぁ。

「あんたたち、交流会はこんなもんじゃ済まないわよ」
「何勝った感出してんだ!」
「真依たん、じゃあねー」
「真依たんって呼ばないで!」


本当に、三月はどうしてこうもめんどくさい絡み方をするんだろうか。





京都、三条に居を構える三条家。
平安から続く刀鍛冶の一族で、いつの時代も美術品としても実戦刀としても価値のある刀をこの世に生み出して来た。由緒正しい、歴史ある名家。
三条三月は、その一族の子孫で、三条の刀鍛冶の中でも他に類を見ないほどの天才であり、変人であった。

初めて会ったのは5歳の時。
禪院家の相伝術式を持つ恵をかっさらった盗人として本家に呼ばれ、当主を始めとした上の人間との激戦の末、恵の人権と親権を死守して大怪我したお人好し。

あの時のことは良く覚えている。突如として凄まじい衝撃と爆風、爆発音が響き、飛び交う悲鳴と罵詈雑言の数々。慌てる大人たちと、非難させられる術式持ちの子供たち。

「まじで早く死なねぇかな」

頭から血を流したまま、棒立ちしてそんなことを言っていた一人の青年。
彼こそが三条三月だった。鬱陶しいと言わんばかりに袖で血を拭う姿に、気が付けばガーゼを差し出していた。
私と真依の存在は知っていたようで、双子の見分けがついていない三月に自分は真希の方だと教えた。それから、ガーゼで血を拭うと三月は顔を歪めて私に謝ると、すれ違いざまに頭を撫でて、屋敷を出て行った。

三月が帰った後に片づけをさせられた部屋は、対術式用の強固な結界を張っていたとは思えないほど見るも無残なほどにぐちゃぐちゃになり、当主が雇っていた術式持ちの頑強な男は身体にいくつも傷がついて、毒で死んでいた。

「三条の若造は最底辺の術師だが、呪具に関しては天才であり狂人だ」というのは呪術界ではよく知られた話。
刀鍛冶でありながら、珍しくも呪術師としての素質があり。おおよそ一人の人間が持つには莫大過ぎる呪力を持ち、それを物に込めることに関しては天才的な才を持った、稀代の天才呪具職人。
優しそうで人の良い風貌からは想像もつかないほど、興味と関心の無いことには残酷なほど無慈悲なその男に、数年後には求婚されるほど気に入られるとは、この時には想像もつかなかった。





「真希さん。さっきの本当なの、呪力が無いって」
「本当だよ。…だから、この眼鏡が無ぇと呪いも見えねぇ」
「呪力は無いけど、それを補って余りあるほどの身体能力と呪具を扱う才能が、真希にはあるよ」

野薔薇の怪我を硝子さんに治してもらうべく、医務室に向かう道すがら。話題は私の呪力について。

「私とは対極に、三月は常人なら耐えきれないくらい莫大な呪力を持ってる」
「イエーイ。…それを物に込めて呪具にして真希に貢いでるんだ。僕、術師としては最底辺だからさぁ」
「…は?」
「なんだ、野薔薇。知らなかったのか?」
「すごい人だとは思ってたけど、…え、…はぁ?」
「久しぶりに新鮮な反応だなぁ」


三月は、呪具職人としては「特級呪具」をホイホイ作れるほどに優秀なのだが、術師として呪霊を祓う能力に関しては最底辺。呪術高専初、「4級術師」で卒業した呪術師であった。
卒業後は呪具作りの才能を活かしてそれを職にしており、刀を始めとした刃物を作る傍らで、手遊びとして銃火器類をも作っては呪具にしている。
銃火器類は、呪具にせずとも禪院や加茂、五条といった御三家の上層部に呼び出され、理不尽を押し付けられた時に抵抗する術として使っており、その被害はとんでもない。
呪力や術式、呪霊に対抗することに関しては強い御三家も、さすがに文明の利器と科学が融合した強力な物理攻撃までは防ぎきれないようだ。


前に自衛隊駐屯地の祭りに行ったとかで、それをきっかけにここ最近は戦闘機にも興味を示し、「真希、…オスプレイとか欲しくない?」と真面目な顔で聞かれた。
欲しいと言えばくれるのかと尋ねれば「真希の頼みなら作るけど…」と、返ってきた。

五条曰く、過去に五条を刺す為だけに、かの特級呪具「天逆鉾」と同等の呪具を一年足らずで作ったらしい。そんな三月のことだ、恐らく私が本気で頼み込めば来年には高専の敷地にオスプレイが鎮座することだろう。一機あたり日本円にして約76億するらしいとは、気になってググった恵から教えてもらった。
あいつの金銭感覚、ガバガバにもほどがあるだろ。

ちなみに、三月としては戦闘力を重視するならオスプレイよりも、個人的には特にF-35Aがおすすめらしい。
高いステルス性能と、これまでの戦闘機からは格段に進化したシステムをふんだんに有した、自衛隊の主要装備の期待の最新戦闘機だとかなんとか。…いや、知らねぇし、聞いてもねぇよ。

他にも、一時期、美少女擬人化ゲームで話題になった戦艦とか、昔から根強い人気を誇る機動戦士系のアニメに登場するプラグスーツやらモビルスーツやらもカッコイイよねとか言っていたので、そのうち本当に作るのではないだろうか。
それを聞いた夜蛾学長が胃を抑えて震えていた。可哀想に。現実逃避を始めた他の教員たちは「男の子らしいねぇ」と仏顔になっていたし、五条は爆笑していた。唯一、七海さんくらいじゃないだろうか、三月に「止めてくださいね」と声を掛けていたのは。
それでいいのか呪術界屈指の術師たちよ。

戦闘機型の呪具なんて前代未聞だ。そんなに武装を固めてどうする。そうじゃなくたって戦闘の後の現場の損壊が酷いというのに。

国宝級の刀を打てるのだから、大人しくそこで留まって欲しいというのは主に御三家の上層部からの切実な願いだ。
切れ味はもちろん、実用性も美しさも兼ね備えた三月の作る刃物はその手のファンが多く、国内外問わず人気が高い。小さなペーパーナイフ一つに云千万という値段が付くほどだ。高いものだと億を超える。
過去に一番高値で売れたものは、最終的に位が兆まで行ったとか。事実かどうかは知らないが、20億という金を即金で支払えるのだ。そういうことだろう。




「人間としては規格外っていうか、スペックが無茶苦茶ね。三月さんて」
「バカと天才は紙一重だからな」
「どんな家庭で育ったらそうなるか、想像できないわ。真希さんのこと嫁にする発言のこともあるし」

私のことが好きだと言いふらして、将来娶ると公言している三月。
愚直にその言葉を受け入れるほど素直ではないし、言葉の裏を読めない阿保でもない。

「三月は私のこと大好きだからな」

三月の思惑に乗っかってやるのは、あんな奴でも私にとっては大切な恩人だからだ。
無償で高価な呪具を惜しみなく与えてくれて、努力を認め、褒めて甘やかし、人間らしく、子供らしく扱ってくれるちゃんとした大人だからだ。
そうじゃなかったら、とっくにロリコンとして訴えている。







「ほんと、いい年した大人がめんどくさい恋愛してるわよねぇ」
「普段、あれだけ上層部をコケにしてるってのに、そういうところは変に臆病なんだよなぁ」

任務の後、硝子さんのところで治療してもらっている時の話題は大抵五条と三月のこと。
学生時代の先輩であり、解剖用のメス等を作ってもらっているという三月のことを、硝子さんは「外側を取り繕うのが上手いだけのバカ」と称していた。
善悪を区別できないお人好し、この界隈には珍しいフェミニストで自覚の無い人誑しなのだと。

「学生時代から、あの人のそういうところは変わらないままだ」
「へぇ」
「刀のことしか頭に無いように見せて、…考え込んでため込んで飲み込んでる。ちょっとくらい吐き出せばいいものを…」

確かに、三月はいつもにこにこと朗らかに笑っている。五条が現れれば不機嫌になるものの、嫌いだと口にするくせに五条を突き放したりしない。

彼が怒りを露わにするのは、三月が大切にする人を蔑ろにされた時だけ。自分のことをどれだけぞんざいに扱われても、気にも留めない。
そのくせ、自分の命に付随する価値だけはしっかりと理解しているのだから、なおさら質が悪い。

「禪院も、嫌ならちゃんと断れよ。そうじゃなきゃ将来本当に娶られるぞ」
「そうですね」

本家で当主になったとしても、適当な男を婿として宛がわれるくらいなら三月と結婚してやると心に決めていることは秘密だ。墓場まで持っていく。

三月が好きなのは私ではなく、私の持つ「あらゆる呪具を扱う才能」である。
私を好きだと公言するのは、禪院のクソどもから私を守るため。「三条三月は禪院真希を嫁にしたがっている」という噂が流れれば、三月の見合いの申し込みは減るし、禪院家は下手に私に手を出せないことを分かっているから。
そうするのは、恵と違って私のことはあの魔窟から連れ出せなかったことに罪悪感を持っているから。そこに、恋だの愛だの、甘ったるい感情は介在しない。あるのは憐れみと罪悪感だけだ。
三月自身がそれを自覚しているのかと言われれば、確信は持てないが否定する。
たぶんはっきりと自覚はしていない。三月はそういう男だ。


愛と憎悪は紙一重、愛の対極は無関心。


三月が五条に向ける憎悪はつまりそういうことで、五条が三月に向けるものと同じ類のものだろう。私と五条に向ける黒曜石のような三月の瞳、そこに宿る感情の種類も濃度も、その違いは一目瞭然。
指摘すれば本人は嫌がり、たちまち不機嫌になるが。
きっと、三月の頭の中では五条の将来とかキャリアとか、当主としての外聞とか体裁とか、…そんなことばかりを考えているだろう。
過去に三月の自信作を五条に壊されたことを、未だに引き合いに出しては嫌悪感を隠しもせず。真依にツンデレと言って揶揄っているが、そういうところは真依と似たり寄ったりツンデレの気がある。

三月が本当になんとも思っていなければ、そんなことすらしないというのに。
素直に認めてしまえばいいのに、どうしてそうも変なところで意地を張るのだろうか。

「五条も、もたもたしてないでさっさと三月のこと落とせってんだ」
「ハハッ、生徒に言われるなんて、自称イケメンが泣くね」
「じゃなきゃそのうち本当に三月さんと結婚しちまいそうだ」
「お、そうなったら式には呼んでくれよ」

そうなれば、五条はどんな顔をするのだろうか。
嫉妬の焔に身を焦がしながら、笑顔を張り付けて祝福するのだろうか。
きっと、三月だって、本当の意味で幸せにはなれない。



「大人になるって、良いことばっかじゃないな」

周囲の大人がろくでもないから余計にそう思うのだと言って、硝子さんが笑った。




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