STORY | ナノ

▽ 十三月と黒


はじめまして。こんばんは。
そちらは今、どうなっていますか。
そうか、そうか。あなた方はこちらのこと、知るはずがないんですね。
それってとっても、理不尽なことだと思いませんか。
これはあなたにとって些細なことで、小さなことだってことは知ってます。
ただ、これだけは言わせてください。
僕はあなたを許さない。これから先なにが起きようとも、きっとずっと恨まずにはいられない。
たとえあなたが、カミサマだとしても。



なんだか酷く苦しい夢を見た気がした。
とはいっても普段と変わらない、いつも見る夢だ。チームを作った辺りから頻繁に見るようになった、あの夢。
夕景に染まる街。誰もいないハイカラシティ。そして、どこからか聴こえてくる、あの歌。
別にだからどうって話ではない。この街に来てから毎日見る、あの夢に比べたら怖くもない。ただ不安になるのだ。不安で不安で堪らなくなる。それだけ。
ぼやぼやと靄がかかっていたように曖昧だった意識が鮮明になっていく。重たい瞼を開けると白い天井が見えた。そして周りを見渡す。きちんと整理された、シンプルな部屋。この部屋に見覚えがある。ケイの部屋だ。
何故俺はケイの部屋に。とりあえず体を起こそうとしたが、脇腹に激痛が走り起こすことは不可能だった。あまりの痛みに思わず声を漏らす。
なんだこの痛みは。俺、なにがあったんだ。
色々思い出そうにもあまりの痛みに頭が回らない。しばらくして痛みは引いたが、少し動くだけでも痛むので、文字通りなにも動けない状況に陥ってしまった。
どうしたものか。そう考えていると途端にばたばたとなにやら騒がしい音が聞こえてきた。その音はどんどん大きくなっていて、こちらに近付いてきていることが分かる。
なんとか起き上がらねば。そうは思うもののやはり痛みが勝って動けず、代わりに顔だけでもドアの方に向けることにした。
勢いよくドアが開く。そこには肩で息をして驚いた表情を見せるケイがいた。
普段穏やかな笑顔を見せるケイの、驚いた表情。
そのことにぎょっとしてなにも言えないでいると、ケイは驚いた表情から徐々に今にも泣きそうな表情に変わっていき、すぐに俺の下に駆け寄った。
「フッチー!」
「お、おう。おはよう?」
あまりにも大きい声に困惑する。なにを言えばいいか分からなくて当たり障りのないことを言ったが、この尋常じゃないケイの様子に、その原因は俺であるということに気付かされた。
「良かった…良かった。本当に無事で…」
「悪い。俺なにがあったんだ?」
「覚えてないの? あなた、チームノワールのリーダーを庇ってスイレンさんに刺されたのよ」
心配そうな顔をしてケイは言った。
刺された、と言われたところで徐々に思い出してきた。そうだ。あの時スイレンがリーダーを刺そうとしたのに気付いて、俺はリーダーを助けようとして自分が刺されてしまったのだ。笑い話にも程がある。
しかし何故スイレンはリーダーを刺そうとしたのだろうか。そんな考えに移ろうとした時、ケイの、俺より暖かい両手が、俺の左手をぎゅっと包み込んだ。
「あなたが優しいインクリングなのはよく知ってるわ。あなたのことだもの。私が知らない訳ないわ。唯一と言ってもいい、あなたの一番のいいところだものね」
「お、おう」
おい。今さらっと貶さなかったか。
「でもね、それってあなたの悪いところでもあるのよ。あなたは守ろうとして庇ったのかもしれないけれど、その時の私の気持ち、分かるかしら。とても怖かったのよ。怖くて、憎くて、生きた心地がしなかった。私あなたがいないと生きていけないの。もうこんな無茶はやめて。もうこんなことしないで」
首を横になんて振らせない、そんな強い意思でケイは俺を真っ直ぐに見た。
…別に、そんなことは分かりきっている。
ケイが俺を大切にしてくれていることを。ケイだけじゃない。エンギやカザカミだって。それに俺もケイがいなくなればきっと耐えられないだろう。そんなこと、決して口にはしないが。
それにあの時だって庇ったのではなく助けようとしただけだ。自分を投げ出した訳じゃない。が、自分の反射神経を甘く見すぎていたようだ。結局は庇う形で刺されてしまったのだから情けないことこの上ないだろう。
こんな言い訳を考えているところでケイをこんなにも不安にさせてしまったことには間違いはないのだ。そのことに凄く、申し訳のなさが募った。
「…ごめん。もうこんなことしねぇ」
「本当に?」
「本当だ」
体が動かせない代わりに握られたままの左手でケイの手をぎゅっと握り返した。
そう、とケイはいつも通りの笑顔を見せる。しかししばらくするとどんどん目は閉じられていき、俺の手を握ったまま、ケイは頭をベッドに預けて倒れてしまった。
「ケイ? …ケイ? おい、どうした!?」
驚いて必死に呼び掛けるも返事がない。焦った俺はケイの体を揺らそうとするも痛みで上手く動けなかった。もどかしくて舌打ちする。
どうしたのだろうか。体調が悪いのだろうか。嫌なことばかりあれこれ浮かび上がって消えない。なんでこういう時に限って動かせないんだよ。痛みなんて知らねぇだろ。動けよ、俺!
「フチドリー!」
その時、開きっぱなしだったドアからなにやら大きい影が飛び出してきた。そしてそのまま俺に向かってダイブしてくる。
突然のこと過ぎて頭が追い付かなかったが、これだけは分かる。これ、俺死ぬやつだ。
「ま、待て! 来んな! ……痛ってぇ!!」
俺の叫びも虚しく、大きい影、もといエンギは無事俺の体に激突。あまりの痛みに一瞬意識を飛ばしてしまったのは言うまでもない。

「大丈夫?」
「どの口がそれ言ってんだテメェ…」
睨む俺にごめんごめん、と笑って謝るエンギ。
悶絶すること数分。無事意識を取り戻した俺は突然部屋に飛び入ってきたエンギ、と呆れたようにのろのろ入ってきたカザカミに見守られ、再び大人しくベッドに寝転び直した。普段同じ目線かそれより上だったので、こうやってエンギやカザカミに見下ろされるのはなんだか新鮮で落ち着かない。
「それよりケイは大丈夫なのか」
あまりの痛みに忘れてしまっていたが、はっと大事なことを思い出した。あのまま倒れて隣にいるケイは大丈夫なのだろうか。
「大丈夫だよ寝てるだけだから」
「そうそう! ケイったら寝ずにずーっとフチドリのこと見てたんだよ」
安心しちゃったんだね、とどこか寂しげな表情でケイを見るエンギ。
そうだったのか。だとすればそりゃあ、たまたま離れていた時に起きてきたら慌てて来るわな。そんな物音を立てていないはずなのに気付いたことには若干恐怖を覚えるが、そこまで心配させていたことには物凄く申し訳なくなった。
すると、エンギの後ろで見守っていたカザカミがわざとらしく溜め息を吐いた。
「君、全く反省してないでしょ」
「…別に、そんなこと」
「じゃあ今ケイの話聞いてどう思った?」
「そりゃ申し訳ないって思ったよ。心配かけて」
「ほら反省してない。知ってる? それ、自己満足って言うんだよ」
「なにが言いてぇんだあんた」
「す、ストーップ! 折角みんなで集まれたのに喧嘩しないでよ!」
カザカミの訳の分からない物言いに腹が立ち俺の声も低くなる。しかしその間にエンギが割って入った。
だってこいつが、と声を荒げそうになったが、エンギがケイが起きちゃう、と言うとそうもいかず、俺は大人しく引いた。
「えっと、えっとね、でもカザカミの言いたいことも分かるの。フチドリが刺された後、ケイはスイレンからナイフ奪い取って刺し返そうとしたんだよ」
「は」
理解が追い付かず声にもならなかった。なにかの冗談だと思ったが、エンギの悲しそうな表情を見るに嘘ではないようだ。
「わたしとカザカミとナノの三人がかりで止めて、やっとケイは止まったんだよ。スイレンは凄く混乱しててニサカがずっとなだめてた」
「それから、どうなったんだ」
「一緒にいたら危険だからってその場で解散になったよ。ちょくちょくナノから連絡来るけど、スイレンは未だに不安定な状態だって。…ここまで聞いて、まだただ申し訳ないってだけ思ってる?」
カザカミがそう答え、俺はなにも言えなくなった。
これは、カザカミが妙につっかかってくるのも無理はない。俺がケイやみんなに心配を掛けたことに申し訳なくなったのは本心だ。ただ、それだけならもしまた同じような場面に遭遇した時、俺は同じ過ちを犯すだろう。だって傷付くのは、俺だけで済むんだから。
しかしそれは俺を大切にしてくれている仲間の気持ちを無視していることになるのだ。俺が、俺が傷付けばそれで済む、なんて言葉で片付けて、だったら仲間の気持ちはどうなる? それを自己満足と言うんじゃないのか。その結果、未遂ではあるがケイの手を汚させてしまいそうになったのではないか。スイレンが混乱することになったんじゃないのか。それを申し訳ないだなんて言葉で済ませて、無責任にも程がある。
だからといってだったらあの時どうすればよかったというのだ。あの時、スイレンは確実にリーダーを刺し殺そうとしていた。あの時俺が出て行かなかったらリーダーは死んでいたのかもしれないのだ。
沈黙は続く。気付かされて無闇に謝るなんて出来なくて、しかしそれを破ったのはカザカミだった。
「…ごめん。半分八つ当たりだ」
先程とうって変わって、弱々しい声。
「あの時さ、ケイが暴走した時、エンギどう思った?」
「どうって、とにかくびっくりして、止めなきゃって…」
「だよね。僕も同じだよ。でもあれってケイが暴走してくれてたからだと思う。誰かが暴れてくれる分自分は冷静でいられる、っていうか。もしあの時ケイが暴走しなかったら、僕達がそうなってたのかもしれない。…気付かない内に弱点になってたんだ。君のこと」
色々あったとはいえ端から見たら僕達、ただタグマや大会の為に作られた固定チームでしかないのにね。
そう小さな声で続けた。
息が、詰まる。
その時、インターホンが唐突に鳴り出した。突然のことに驚いていたエンギだが、正気に戻ると、見てくるね、と逃げるように部屋を出ていった。
そんなエンギを見送ると、カザカミは何事もなかったかのように、そこで眠っているケイの腕を持った。
「じゃあ僕、ケイを隣の部屋に連れてくね。さすがにこの体勢で寝続けるのきついだろうし」
「あんた大丈夫かよ」
「どーせ君は身長でものを言ってるんでしょ。僕だって男なんだからなめないでよね」
そう言ってケイの腕を自分の肩に乗せて連れていこうとするカザカミだが、立ち上がった時点でだいぶふらついていた。本当に大丈夫なのか。
かなり危なっかしい足取りだったが、無事カザカミは部屋を出ていった。先程までみんながいたはずの部屋に、俺だけが一人ベッドで横になっている。
弱点、か。
カザカミの言葉を頭の中で繰り返した。
そしてすぐに悪い方へ進みそうな思考を取り消した。つい考え込んでしまうのは悪い癖だ。あの言葉に、裏も表もない。それだけだ。とにかく今の俺は休んで傷を治さないと。そう目を瞑ろうとした時、突然バタバタと騒がしい音が聞こえてきた。なんかデジャブを感じる。
「ふ、フチドリフチドリフチドリー! 大変だよ大変なんだよー!」
「今度はなんなだ…」
「あ、あの、お客さん!」
そう言うとエンギはそのお客さんとやらを手招きする。来客くらい騒ぐ必要なくないか。そう思った矢先、来客の顔を見て俺も素直に驚いた。
そこに現れたのは、他でもないチープノワールのリーダーだった。



「無様な姿だな」
「助けてやったのにその言い方かよ」
「助けろと頼んだ覚えはない」
目の前にいるリーダーは無表情で、しかしかなり鋭い目付きで言った。俺が言えたことではないが、かなりひねくれ者のようだ。
ちなみにエンギやカザカミは部屋にはいない。つまり俺とリーダーの完全に二人きりというわけだ。カザカミには二人きりにさせることをかなり渋られたが、大丈夫だと言い聞かせた。その代わり何かあれば大声を出せとも言われた。その時は分かったと返したが、こんな体じゃ大声出せそうにねぇな、と他人事のように考えていた。
「で、なんで来たんだ?」
「…」
質問するとリーダーは黙ってしまった。先程の威圧感もどこへやら。視線をさまよわせ、口はもごもごしている。
「その、先日はすまなかった」
「あれは…別にあんたがやった訳じゃねぇだろ」
「しかしもとはといえば私が原因だ。それにリーダーたるものメンバーの失態に頭を下げるのも当然のこと」
どん、とリーダーは自身の胸を拳で叩いた。
強気だったり弱気だったり、かと思えば強気だったりで、表情には出さないが案外感情豊かなようだった。
「俺は気にしてねぇよ。あいつら…ケイ達はどうか知らねぇけどな。それよりもスイレンは大丈夫なのか」
顔だけリーダーに向けて俺は聞く。リーダーは少し表情を曇らせた。
「スイレンは…精神不安定の状態だ。ニサカが付きっきりで見てくれてはいるが、たまに暴れている音が聞こえてくる」
「聞こえてくるって、あんたはスイレンと会ってないのか?」
「スイレンをあそこまで追い詰めた私が会う権利などない」
そう言って首を横に振った。
しかしその表情は後悔の表情でいっぱいだ。会う権利がないなんて、自分に言い聞かせている言い訳なのだとすぐに分かった。
会いたいけど会いたくない。それを誤魔化す為の言い訳。
「スイレンは私に依存していたらしい」
ニサカが言っていた、とリーダーは続けた。
スイレンはノワールに入る前に別のチームに所属していたらしいが、折り合いが悪く破門にされてしまったそうだ。それで一人だったところをリーダーは脅し半分でノワールに入れたらしいが、実態はどうあれ居場所をくれたスイレンは誰よりもリーダーを信頼していたようだ。
居場所をくれたリーダーの為なんでも言うことは聞くし、誰がなにを言おうと信じてきた。
しかし俺達と関わってはじめてリーダーの命令を果たせなかった。その上リーダーに失望されてしまい、自棄になった結果があの行動だろうと、ニサカは言っていたらしい。
「これから私はどうしたらいい」
今までとうって変わって、素直に弱気な声。
はっとなって改めてリーダーの目を見る。その目は相変わらず鋭いが、いつ涙が溢れてもおかしくない、危うげな目をしていた。
「私はただ完璧なチームを作りたかっただけだ。見た目が他のインクリングと違うからといって珍しい物欲しさに私をチームに引き入れ、弱いと切り捨てた奴らを見返す為にも、私を裏切らない、離れていかないチームが欲しかった。しかし私の気持ちを優先し、あいつらを都合のいいメンバーだと見下し続けた結果がこれだ」
白く綺麗なゲソが揺れる。
「もしかしてチームを解散させるのか?」
「そうだな。スイレンが回復次第にでも」
「…それは、みんなには言ったのか?」
「言ってない。が、こんなことを起こしておいて解散させない訳がないだろう。もうあいつらは私に縛られる必要もないんだ」
「それでいいのか」
「なにが言いたい」
俺の遠回しな言い方にリーダーは怪訝な顔をした。
しかしそうしたいのはこちらも同じである。チーム内で自分が原因でいざこざが起こったから、解散する。しかもメンバーの誰にも相談せず。それはある意味責任逃れではないのか。
世間一般ではこれが普通なのかもしれない。しかし、リーダーの為に頑張ろうとしたナノやニサカや、それにスイレンのことを考えると、容易に決めてほしくなかった。
ただまぁ結局のところ俺は部外者なのだ。きつく言う権利はないに等しかった。
「ナノが、リーダーはひとりぼっちの自分に居場所をくれた、って言ってた」
ふと、ナノの言葉を思い出す。
「スイレンだってそうだったんだろ。あんたは確かにやり方を間違えていた。だから解散する。言い分は分かるが、もう少し話し合ってみたらどうなんだ? せっかく、間違えていたってことに気付けたんだから。あんたならやれるだろ」
別に、お互い嫌い合っていた訳じゃなかった。
むしろメンバーはリーダーの為に動いていた。
だったらまだ、やり直せるだろ。
そう続けた。
俺の言葉にリーダーははっとなって口を閉ざす。
それから目をあちこちにさまよわせた後、ゆっくりと口を開ける。
「私を誰だと思っている。リーダーだぞ。そんなこと、出来ないはずがない」
なにか間違っている気がしなくもない言葉。しかしその表情は先程と比べると晴れやかで、リーダーの中でなにか吹っ切れたのだと分かった。
「私はそろそろ帰ろう。お前の無様な姿を拝めた訳だしな」
「趣味悪ぃなおい」
「なんとでも言うがいい。…じゃあ、色々と世話になった。この借りはリーダーとして、必ず返す」
リーダーは軽く一礼すると踵を返す。
そこで、あ、と思い出した俺はリーダーを引き止めた。なんだ、とリーダーは振り返る。
「借りを返せって訳じゃねぇんだけどさ。そういやあんたの名前聞いてなかったなって」
「なるほど。そうやって前置きをして借りは別だと言いたいわけだな」
特に馬鹿にしてる風でもなく、素直に納得したように小さく頷くリーダー。俺はリーダーがどういうインクリングなのかよく分からなくなってきたよ。
「エリュ」
真っ直ぐに俺を見て、リーダーは言う。

「私はエリュ。チームノワールのリーダー、エリュだ」




自動販売機にお金を入れ、ボタンを押すと、勢いよく飲料缶が出てくる。
それを手に取ると、俺はここから少し離れた場所にある、駅を背に掛けられたベンチに座った。そして飲料缶の蓋を開け、一口、二口と口につける。たまたま購入したワカメコンブジュース、結構美味いかもしれない。
あれからというもの俺は動ける状態になく、しばらくケイの家で世話になっていた。俺が心配だから、とエンギやカザカミも俺がいる間泊まることになり、不謹慎だけどまたお泊まり会が出来て嬉しい、とエンギがはしゃぎながら言っていたのを覚えている。
ナノも時々お見舞いに来てくれた。聞いた話によると、どうやら話し合った結果チームは解散しないことにしたらしく、スイレンの状態が治り次第今後また同じ過ちを繰り返さないようルールを決めていくそうだ。
ルール、と聞くと堅苦しいイメージしか出てこないが、今ある案の一部には、一緒にご飯を食べること、買い出しは二人以上で行くこと、等を聞く限り、親睦を深める為の決まりごとのようだ。
そしてついこの前怪我も無事完治した俺は自分の家に戻ることになったのだが、ずっとここで暮らしていてもいいのよ、ととても不安そうなケイの表情をよく覚えている。ついでに拘束用の縄を背後に隠し持っていたことも。その表情で見られた時少し戸惑ったが、縄に気付いた時点で俺は逃げた。当たり前だがその縄は冗談だったらしく、後にメールで謝られた。俺としては冗談でも持っていたことに恐怖を感じざるを得ないのだが。
そうそう。以前から予定していたヤグラ杯だが、俺が怪我をしている間に受付は終了。結局出場出来ずに終わってしまった。今まで練習してきたのに俺が原因で参加出来なくなってしまった。そう思うと申し訳のなさしか出てこず、とにかく謝った。しかしクロメのみんなはヤグラ杯は定期的にやってるからまた参加すればいい、とは言ってくれた。今でも申し訳ない気持ちでいっぱいだが、少しだけ救われた気持ちになった。
長くなったがつまり問題は全て解決し、怪我も完治した俺、フチドリはリハビリがてらナワバリバトルをする為にハイカラシティに来ていた。今はその休憩中である。
そう。問題は解決したのである。問題とはいっても相手が一方的に吹っ掛けてきただけなのだが、結果オーライというものだろう。
問題は解決した、はずなのだが、なにかが引っ掛かる。全て終わったはずなのに。
「こんにちは」
唐突に声を掛けられ、ワカメコンブジュースを飲みながら考え事をしていた俺は少しむせた。
声を掛けてきた相手は俺の隣に腰掛けながら、大丈夫? と心配そうに俺の背中を擦る。
「そんな驚かなくても昔からの仕来たりみたいなものじゃない。少し傷付いちゃうわ」
「こんなもん仕来たりにさせてたまるか!」
「私的にはあなたと出会ったのもこんな感じだったのだし、仕来たりとまではいかなくても大切にしたかったのだけど…」
口元は笑っているが悲しそうに目を伏せるケイ。ケイのこの表情は、無理をしている時の表情だ。
ケイにとっては大切なのか、と少し驚いた。確かにここに座ってて、そんな挨拶をして断りもなく隣に座るのはケイくらいしかいないし、俺としてもケイ以外は考えられないのだが、てっきりケイの無遠慮さというか、性格面からくるものだと思っていたので意外だった。
「…ちょっと考え事してただけだ。悪ぃ」
「考え事? どうかしたの?」
悲しそうな表情を引っ込ませ、こちらの顔を覗いてくる。こういう入れ替えの早さを見ているといつもさっきまでの表情は嘘だったのかと思えてくる。未だによく分からない奴だ。
言うか言わないか迷ったが、有無を言わせないケイの目に諦めた俺は素直に自分の中にある引っ掛かりを素直に話した。
引っ掛かりと呼べるかどうかも分からない些細なことなのだが、怪我をして、目を覚ました時に言われたカザカミの言葉が頭から離れない。端から見ればただ目的の為だけに作られた固定チーム。だというのに俺が弱点になっていたというカザカミ。ケイのように暴れていたのは自分達だったかもしれないという話を聞いて、否定するでもなくただ黙って聞いていたエンギ。
弱点、と言われてもいまいちピンとこないが、つまり俺が原因でチームがバラバラになる可能性が高いということだ。
ならば俺達はあまり関わり合わない方がいいのだろうか。ノワール程ではないが、タグマや大会以外ではお互い干渉しない、ただただ"チームであり続ける"チームに。
そこまで言ったところで、突然ケイはくすくすと笑い始めた。右手を口元に当て、とてもおかしそうに。
「なに笑ってんだ。ひとが真面目に話してやってんのに」
どちらかというと聞いてもらってるありがたい立場なのだが、馬鹿にされてるような気分になって少し不機嫌になる。
「ごめんなさい。そういうつもりじゃないのよ。ただ、カザカミは真面目だなぁと思って」
そう言うとケイは一つ咳払いをして、真っ直ぐに俺を見た。
「弱点だなんて大袈裟よね。きっとどこかの誰かさんに吹き込まれたんじゃないかしら。フレンドになって仲良くなった以上お互いを心配するのは当然よ。だってそれが友達だものね」
「確かにそうだけど、でも元はといえばケイが一人にならないよう作ったチームで、」
「ならばこうしましょう。チームクロメのリーダーとして、メンバー同士が距離を置くなんて許さないわ」
びしっと人差し指を俺に指す。その表情はどこか自信に満ち溢れていた。
「カザカミは友達想いのとっても良い子よ。だからこそ、この世界で生き続けるとみんなで決めた。覚えてるわよね?」
「…覚えてるさ。忘れるわけねぇだろ」
いつかの日の約束を思い出す。この世界が閉じてひとりぼっちになってしまっても、クロメで過ごした思い出がある限りひとりぼっちじゃない。みんな今をこのチームで精一杯生きると話し合ったあの日。
一人になることを一番恐れていたカザカミが、端から見ればただの固定チームと口に出すのに、どれだけ勇気が必要だっただろうか。
「それに今回がレアケースだったのよ。チームを壊させようなんてインクリングそうそういないでしょう? だからもうこんなことは起きないわ。私達はずっとこのままでいいの」
俺の左手にケイが右手をそっと添える。
ケイの表情は笑顔のままだ。安心出来るような、信じてもいいような、そんな笑顔。
だというのにこの違和感はなんだろうか。
いや、俺の気にしすぎか。確かに他チームを壊そうとするインクリングなんてそうそういないだろうし、今回が特別だったのだ。これからもう、そんなことが起きるはずがない。俺達はこのままでいいのだ。きっと、このままで。
そう納得したところで、ケイ、と声を掛けようとした時、耳をつんざくような大きな声が聞こえた。ほぼ悲鳴と言ってもいい。突然のことで驚いた俺は手を引っ込めたところで、そういえばケイが俺の手に触れていたままだったことを思い出した。
「ひ、酷い! 酷いよフチドリ女の子の手握ってでれーってしちゃってさ!」
「誤解以外のなんでもねぇな! あんた目悪いんじゃねぇのか」
「自分の失態を押し付けるのはよくないと思う」
「正論ぶってるけどただの確信犯だからなてめぇ…」
悲鳴の正体、エンギは涙ぐみながら両腕をぶんぶんと振り回し始めた。それを見世物かのように嘘を広げていくのが隣にいるカザカミ。してやったり、とでも言うように少し口角を上げている。反論も虚しく進んでいく嘘の話に面倒になった俺は事態を収拾すべくとりあえずエンギの頭をぐちゃぐちゃに荒らしてやった。するとエンギはまた騒ぎ出すが、こっちはありもしない話を広げられてるのだ。これぐらいで許されることにむしろ感謝してほしい。
ニット帽を被り直すエンギを横に、ちらりとカザカミを見る。その表情はいつも通りの無表情で、なにを考えているか分かったものじゃない。距離を取らないと、なんて考えてないといいが。いや、それは許さないとリーダーのケイが言ったのだ。またこのことをみんなで話し合わないとな、と一つ心の中で決めたのだった。
「ねぇせっかく四人揃ったし、タグマ行こうよ」
調子を取り戻したエンギがぱん、と両手を叩く。
「いいわね。最近行ってなかったし」
「負けた時の言い訳も今日くらいは聞いてあげられるから安心してね」
「こちとらちゃんとリハビリしてたんだ。あんたこそ言い訳は今のうちだぞ」
「望むところ」
ちらり、とホッカスを見せるカザカミ。やけにやる気満々だ。その様子に、自然と笑みがこぼれた。
エンギとカザカミがロビーに向けて歩き出す。それに倣ってケイも立ち上がった。
「ほらフッチー。行きましょう」
いつもの笑顔でケイが振り返る。
ああ、と返すと俺も立ち上がり、歩き出した。



世の中には色んな奴がいる。
自分勝手にものを考えるインクリングから他人のことを思い過ぎて自分を苦しめていたことさえ気付かなかったインクリングまで、色々。
形が違えど、みんな心のどこかで誰かを支えにして生きている。それらは行き過ぎて、依存という形となって大きくなっていく。
それがいいのかどうかは、まだ俺には分からない。
誰かが傷付いてしまう結果になってしまうことだってある。
ただケイはこのままでいてもいいと言っていた。それだけで救われた気持ちになった辺り、俺も知らず知らずの内に依存してしまっているのかもしれない。
この気持ちが一体なんなのか、俺にはまだ分かりそうにない。
例え知ってしまってもきっとこれからも変わらず、みんなお互いを大切にして、お互いを弱点にして、このまま生きていくのだろう。思い出となってしまっても、きっと、これからも、
みんなが笑顔で前を歩いていく。
みんなの背中を見て、ふと聴こえたあの歌を思い出す。俺は置いていかれないようにと、必死に追い掛けた。



2018/02/24



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