STORY | ナノ

▽ 四月の向き合い方


 今まで生きて、生き歩き続けてきて、本当にこれで良かったのかと振り返ることが何度もある。
 もしかしてあの時、ああいう選択をしていればこういう結果になってたんじゃないかとか、そもそもこんなことだって起こらなかったんじゃないかとか、枝分かれた先のことを、何度も。
 そんな想像の域を出ないことたちが夢にまで出てくるんだからもはや末期だ。
 でも俺達はこの道を選んだのだ。他でもないこの未来を、自分達で。ならば後悔など、あるはずがない。
 なんてかっこつけてみるものの、選択した時はほとんど無意識なもので、"選んだ"ということさえ認識せず時間は過ぎていく。
 だったら俺が願うことはただ一つ。
 この枝分かればかりの中で選んだ先に、どうかみんなと笑っていられる未来がありますように。



 被っているサンサンサンバイザーのつばをいじりながら、延々と同じところを回り続ける電車を背に掛けられたベンチに座る。気分は最悪。溜め息が止まらない。
 俺、フチドリは少し前に無事Sへと昇格した。変わるガチマの雰囲気や環境に、しばらくは底辺をうろうろしているのかと思いきや普段S+がうようよいるタグマに入り浸っていたお陰でそう遅れを取ることもなく、ウデマエの数値は着々と上がり、今やS後半というところまできた。
 しかしここからがなかなかの難所だった。S+ももう目前、ってところになると途端にウデマエの数値は上がりにくくなり、負けるといつも以上に下がってしまうのだ。まず精神打撃が凄い。そうなると頭の中では負けた原因を味方にしたくなる訳で。
 大体、さっきのモンガラエリアだっておかしいのだ。こちらが優勢で調子を乗りたくなるのは分かる。分かるのだが、俺が敵エリを見ているというのに自エリにいた味方も俺と同じく対岸にいた味方もみんな敵リス地手前にいるってどういうことなんだ。一人ぐらい自陣にいるべきだろうが。お陰で何故大丈夫だと思ったのか撃ち漏らした敵が一人左から侵入、そのまま敵みんなそいつにジャンプして逆転負け、という結果になってしまった。さすがにあれは若干キレた。
 まぁ味方みんな前にいるにも関わらず撃ち漏らした敵が来ていることに気付くまで自陣に移動しなかった俺も悪いが、普通そういうことって考えないもんなのか。…いつまで愚痴ってても仕方ないな。
 なんとなく辺りを見渡す。ハイカラシティはいつもと変わらずインクリングでごった返していて、笑い声やら叫び声やら、とにかく騒がしい。それらを見てまた一つ溜め息を漏らした。
 最近あいつらに会っていない。あいつらというのは俺が所属するチーム、クロメのメンバーだ。リーダーでありリッター使いのケイ、シャプマ使いのエンギ、赤ZAP兼ホッカス使いのカザカミと、バケデコ使いの俺の四人の固定チームである。いつもという訳ではないが、大体週末の半分以上は活動している。
 しかし最近活動どころか連絡もないのだ。なにかあったのではと思ってメールを送ってみたのだが、エンギは返事が来ず、カザカミはなんでもないの一点張り。いつもは秒で返事を寄越すケイでさえかなり時間を置いて、しかも「いい天気ね」、と内容が全くかすってないのだ。
 明らかに避けられている。俺がなにかしたのか。なにもしてないはずなんだが、と言いたいところだが、思い返せば色々とやらかしてる気がしないでもないので困る。
 別にあいつらのこと隅の隅まで知っておかないといけないという訳ではないが、さすがに心配になってくるもので。それにいつもは隣で騒がしいのに静かなのが少し、落ち着かない。
 どうしたものか。とりあえず今日はもう気分も優れないし、飯買ってさっさと帰るか。そう遠くを眺めている時だった。
 桃色にボンボンニット、イカセーラーホワイトを身に付けた、とても見覚えのあるガールとばっちり目が合った。その目の色は、黒。俺と同じ黒色である。
 そのインクリングは俺と目が合うなり慌てて逃げていった。確信した俺は急いで追い掛けた。
 こんなにもインクリングで溢れたハイカラシティで走り回るなんて命知らずにも程がある。行き先行き先で誰かにぶつかるわ視界も悪いわでその内当たり屋として通報されてもおかしくない。事実ぶつかりまくり過ぎて背後からは怒声や不満の声が耐えない。しかし構うもんか。ここで見失ったらまた行方知らずになるのだ。
 ぶつかりまくるのは俺が追い掛けているインクリングも同じらしく、他人なぞ知るか、な俺とは違ってぶつからないように必死のようだった。そのお陰で速度は半減。すぐに追い付くことが出来た。
 あと一歩、もうすぐ。俺は必死に手を伸ばす。そうしてやっと腕を掴むことが出来た。
「おい待てこら!」
「きゃー不良ー! …あうっ」
 腕を掴むなり暴れまわるインクリングの頭に一発チョップをしてやる。するとインクリングーーーもとい俺と同じチームに所属する、エンギは両手で頭を抑え暴れるのをやめた。
「ひっどーい! 痛いよフチドリ! 女の子には優しくしなきゃなんだよ!」
「うるせぇあんたが逃げるからだ」
「暴力反対不良唐変木ー!」
 うるさく叫び回るエンギ。しかしその動作はどこかぎこちなく後ずさっているが、悲しいかな。まだ俺の右手はエンギの左腕を掴んだままだ。
「どこ行くつもりだ」
「えっ。えーっと…ガチマ?」
「ロビーはもう過ぎただろ」
「じゃなくて、ためしうち」
「それも過ぎただろうが! あんたなにか隠してんだろ」
「ぎくっ! そ、そんなことないよ。うーんっとえーっと…そうだ!」
 エンギは少し悩んだ後、いかにも今思い付きましたと言わんばかりに両手を叩いた。そしてエンギの腕を掴んでいた俺の手を逆に掴み返し、そのまま引っ張っていく。
「フチドリとゲームしに行こうと思ってたんだよゲーム! ほらほらこっち!」
「絶対今思い付いただろ! おい待て分かった、分かったから!」
 俺の制止も聞かず来た道を戻るエンギ。その手を振り払おうとするも握力が強すぎて全く動じなかった。さすが元ホクサイ使い。女の握力に負けるってなんか悲しくなってきた。
 俺の感情など露知らず、エンギはハイカラシティに向かっていった。



 街の隅っこに設置されているゲーム。
 エンギが言っていたゲームとはこの音楽ゲームのことであり、到着するなりエンギがプレイしだした。
 この音楽ゲームは二人プレイが出来ないので、俺達が出来ることと言えば交代交代で同じ曲をプレイし、どちらがより良い成績を残せるか、という勝負くらいだった。
 ゲームは別に苦手ではない。昔ナノとゲームをやって大体勝ってた…と思う。記憶違いでなければ、だが。
 だから普段タグマで足を引っ張りまくっていじられてしまうが、これくらいは立場逆転が可能なのではないか。そういう自信も持ってしまうもので。
 まぁ現実はそう甘くないもので。
「勝てねぇえ!」
「やった八連勝ー!」
 己の膝に拳を叩き付ける俺の隣で嬉しそうに跳び跳ねるエンギ。
 簡単な曲でさえ負けた。というか難しい曲なんて目が追い付かないレベルなのにエンギも苦戦はすれど俺より圧倒的にミスが少ないのだ。やらせればとりあえず出来るなんて、天才とはこういうインクリングのことを言うんだろうなぁと思う。
 言い訳をさせてもらうとこの音楽ゲーム、なんと音ズレしている。音楽ゲームなのに。クソゲーなんじゃないか。まぁエンギはそれにいち早く気付いて対処していた訳だが。
「ええいもうやめだやめだ! こんなクソゲー二度とやらん」
「フチドリ負けたからって八つ当たりは良くないよぉ?」
「…」
「あああごめん、ごめんって!」
 腹が立ってエンギの頭をぐしゃぐしゃにしてやる。それにいつものように暴れるエンギ。
 気が済んで手を離すと、エンギはこれでもか、というくらい俺を睨む。
「ひっどいよフチドリ! 女の子の頭はデリケートなんだから!」
「エンギは実は女じゃなかった」
「わたしは男だった…!?」
 ニット帽をかぶり直すと、はぁ、とエンギは溜め息をついた。
「フチドリにとってわたしって男の子でも女の子でも大差ないんだね…」
「なにか言ったか?」
「別に! もういいもんフチドリが色んな女の子に手を出してるってみんなに言いふらすから」
「人権を潰しに掛かるのはやめろ!」
 注意するもぷいとそっぽを向くエンギ。
 こうなったエンギは手に負えない。このまま放っておけば本当にチームのメンバーに言いふらすだろうし、さすがにエンギの言うことは冗談と受け取るだろうが、冗談と知ってなおそれでしばらくはいじってくるに違いない。ニヤニヤしながらあれやこれやと突っかかってくるあいつらの顔が目に浮かぶ。
 どうしたものかと何気なく両手をパーカーのポケットに入れると、なにか固いものに手が当たった。それを取り出してみると、どうやら正体は飴のようだった。
「エンギ、これ」
「なに?」
「やる」
 まだ不機嫌顔が晴れないエンギに、先程の飴を差し出す。なにも色の付いていない、透明の飴。
 ハッカ飴と呼ぶには透明過ぎるそれを受け取ったエンギは、不思議そうに見つめながら手のひらの上で転がしていた。
「なあに、これ」
「塩飴だ。体にいいぞ」
「塩!? しょっぱいのなんてわたし無理だよ」
「あー確かにしょっぱいが言うほどそんなことないぞ。むしろ甘いし、エンギでも食べられると思う」
「塩なのに甘いなんて、変なの」
 しかしエンギは満更でもなさそうで、大切にするね、と笑顔を見せた。
 飴だし大切にするより食べてほしいのだが。そう言うと、大切に舐めるね、と返された。なんか嫌だ…。
 ともあれエンギは無事機嫌を直したようだ。現にもう先程のようなめちゃくちゃなことは言ってない。単純でよかった。
「もうそろそろかな」
 飴をズボンのポケットにしまうと、エンギはこっちこっち、と俺を手招きした。
 どこか行きたい店でもあるのだろうか。特に疑うこともせず、素直に俺はエンギに付いていった。
 エンギと並んで歩いていく。そこは先程エンギが逃げていこうとした道であり、つまり返ってきた道をまた戻っていっているということだ。ここから先は住宅区で、特になにかがあった覚えはないのだが。
「こっちになにかあんのか」
「まあまあ、着いてからのお楽しみだって」
 そう意味深に微笑んだ。とりあえずなにか企んでるのは間違いなさそうだ。
「また変なことじゃねぇだろうな」
「そんなことないよ! ひどいよフチドリわたしが案内してるからって!」
「そこまで言ってねぇだろ」
「でも…でももし案内してるのがわたしじゃなかったらそんなこと言わないでしょ?」
「そもそも付いていかねぇよ」
「わたし以外の女の子でも?」
「しつけぇ! てかまだその話続いてたのか!」
 あまりのしつこさにいい加減腹が立ってきて俺はいつものようにエンギの頭をぐしゃぐしゃにしてやろうと思った。が、片手を近付けたところでエンギは白刃取りよろしく俺の手を両手で受け止めた。
「ふふふ甘いよフチドリ。わたしだって学ぶんだから」
「あんた、これを受け止めることの意味を分かってるのか?」
「な、なに!?」
 狼狽えるエンギ。しかしその両手は今もしっかり俺の右手を離さない。
「あんたは両手を使い俺を止めている。つまり…」
「つまり…?」
「今あんたは隙だらけだってことなんだよ!」
「きゃあああ!」
 俺は空いていた左手をエンギの頭に向けた。一方エンギは両手が塞がってしまっているのでそれを避けれるはずもなく、結局ぐしゃぐしゃにされてしまうのだった。
 完全に完敗したエンギは騒ぐこともなく、大人しく帽子をかぶり直す。ひどい、ひどい、と聞こえた気がするが、多分気のせいだろう。
「もう少し優しくしてくれればいいのに」
「あんたがおかしなことを言うから悪い」
「フチドリがどん…ううん、なんでもない」
 エンギが慌てた様子で自分の口を塞いだ。
 そんな途中で言いやめられると逆に気になってくるが、エンギの様子的にさっきの話の延長戦だろう。また面倒なことになるし、俺は深くは追及しないことにした。
「そういえばさっきガチマ行ってたんでしょ? どうだった?」
 エンギが俺の顔を覗き込んだ。その表情に先程の悔しさはない。切り替えの早い奴だ。
 俺はさっきのモンガラエリアでのことをエンギに話した。くそ、話してたらまた腹が立ってきた。ああやってどのルールでも味方が駄目だと全く勝てないステージは本当に嫌いだ。
 エンギは俺の話を聞いて、うーん、と顎に手を当てて考え込んだ。
「気付いたらすぐに行動するといいんじゃないかな。野良の味方とは通話で連携なんて出来ないから後ろのこと気付かないかもだし」
「確かにそうだけど、普通気付くもんじゃねぇのか?」
「同じウデマエったって、上がりたての子もいればS+目の前って子もいるからねぇ。気付いててもそれこそフチドリみたいに誰かは気付くはずとか、思ってるかもだし」
 なんだか心臓に矢が刺さった気分になった。痛いとこ突いてきやがる。
「フチドリって無印とかソーダとかは使わないの? ボムあるしスペシャルも自陣で使っても大丈夫なものばかりだからいいと思うんだけどな」
「一応使ってる。ガチマではまだだけどな」
「そうなの? 偉いじゃん!」
 そう言って大袈裟に拍手するエンギ。エンギの様子を見て、そういえば本来持ちブキであるバケデコ以外の無印、ソーダも練習していることはまだ誰にも言ってなかったのを思い出した。
 チーム活動を経て、ギア的にも役割的にもデコでは役不足なのではないかと思った俺は、ガチマには持っていけないもののナワバリで定期的に練習をしていた。無印はガチマに持っていってもいいかもしれないところまで使えるようになってきたが、ソーダはてんで駄目だった。まずあのスパショが当たらない。全くという程ではないが命中率はかなり低いのだ。だからガチマに持っていく勇気がない。
「ソーダだとスパショで牽制出来るから自陣側にいても安心だと思うんだよね。そうじゃなくてもボムがあるからかなり足止め出来るしわたし的にはおすすめなんだけど、でも無印もいいよ! フチドリの立ち回り的にクイボがあるってかなり助かると思うし、トルネで味方の手助けも牽制も出来るから、また機会があれば持ってみたら?」
 わたしバケツ使ったことないから理想上だけどね、とエンギは笑った。
 俺は表情には出さないが、素直に驚いた。使ったことがないというのに普段使っている俺以上にあれやこれやと話せるのだ。しかも俺の立ち回りを交えて。俺は自分のことで精一杯で他なんて見てられないのにエンギはいつもチームの動きをよく見ている。カンスト者って凄いんだなと改めて思い知らされた。
 そもそもカンスト以前にエンギは天才肌だった気がする。使えないのはチャージャーくらいで他は人並みには使えると言っていたし。それがカンスト以降なら経験と立ち回りでブキに対する知識不足も補えるんだろうが、言っていたのはカンスト前だ。本当に頭が上がらない。バトルに関しては、だが。
「分かった。今度試してみる」
「ふふん。褒めてもいいんだよ」
「あーえらいえらい。よくやったな」
「棒読みぃ!」
 頬を膨らませ、拳を握り締めながら両腕をぶんぶんと上下させるエンギだった。
 しばらく騒がしく動き回っていたが、あ、と呟くと動きを止め、こっちこっちと手招きする。
「着いたよ。ここ」
 ようこそ我が家へ〜、とエンギが大袈裟に手を振った。
 そこはどこにでもあるような高層マンション。どこかで見たことがある。エンギに案内されるままマンションの門をくぐり抜け、階段を一階、一階と上がっていく。凄く見たことがある。三階に辿り着くとエンギはとある一室を目刺し始めた。物凄く見たことがある。
 というか、ここは。
「ケイの家じゃねぇか!」
「ん、そだよ」
「友達ん家を我が家とか言ってんじゃねぇよ」
「友達だからこそもう我が家と同じようなものだよ!」
 んなわけあるか、と声を張り上げると、エンギは走って奥へ進んでいった。恐らくまた頭をぐしゃぐしゃにされると思ったのだろう。だいぶ毒されてきている。
 ケイの部屋に行くのなら話は早い。何度か来たことがあるし部屋の番号も覚えているので、俺は歩いて向かうことにした。
 ケイの部屋にはすぐに到着。扉の前にはエンギが立っていて、既にドアノブに手を掛けていた。
 俺はエンギの隣に並んだ。鍵は掛かっていないらしく、難なく入ることが出来た。俺達が来るから開けておいたのかもしれないが、もう少し警戒した方のがいいんじゃないかと疑問に思った。あいつのことだからそもそも鍵が壊れている可能性もあるが。
 扉を閉め、玄関を通り過ぎる。辿り着いた先には、俺やエンギと同じチームに所属する、ケイとカザカミが立っていて。
 二人の姿を認識した瞬間、ぱあん、ととてつもなく大きな音が鳴り響いた。
「お誕生日おめでとう、フッチー」
 ヒラヒラと色んな物が落ちてくる。突然の出来事に、俺の頭は追い付かないでいた。
「ほら、今日フチドリの誕生日でしょ?」
 みんなで準備してたんだよ、と背後にいたエンギが前に出てきた。
「僕はやらなくてもいいんじゃないのって言ったんだけどね」
「あら、そう言うわりには細かいところこだわってたじゃない」
「やるからにはちゃんとしたい主義なの」
 にやにやしながら横槍を入れるケイに、カザカミはぷいとそっぽを向いた。
 リビングには色とりどりの輪っかが部屋中に飾り付けられていて、テーブルにはケーキとお菓子と飲み物と、とりあえず色んな物が置いてあり、まさに誕生日パーティーを始めるぞといった感じだった。
 エンギがケイの下に駆け寄ると、誘導係ありがとう、とケイがエンギの頭を撫でていた。俺がいつもぐしゃぐしゃにしているような荒々しいものではなく優しい手付きで撫でているので、エンギも嬉しそうだ。未だに思考回路が働かない中で、まるでペットかなにかだな、と思った。
「だから最近いなかったのか」
「そうだよ! びっくりさせようと思って」
「なに。もしかして心配してくれた?」
「んなわけねぇ…いや、そうだな。ちょっとだけ」
 カザカミは冗談のつもりで言ったのだろうが、その通り過ぎていつものように誤魔化すのをやめた。
 心配、というより不安になっていたのかもしれない。もはや当たり前になっていたチーム活動も、もしかしていつかなくなってしまうのではないかと、みんなと会えず、みんなの声も聞けず、柄にもなく不安になっていたのだ。その原因が俺にあるとしたらと考えたら尚更。とんだ勘違いだったわけだが。
 しばらくの沈黙。不思議に思ってみんなの顔を見渡すと、先程まで気持ちの悪い笑みを浮かべていた三人はぽかんと口を開けて固まっていた。
「なんだよその顔は」
「え、いやだって、フチドリが素直だから…」
「普通だろ」
「君どうしたの? もしかして熱でもあった? やっぱ無理に連れてくるべきじゃなかったんじゃない?」
「喧嘩売ってんのかテメェ」
 拳を強く握り締めていると、危険を察知したエンギが暴力反対、と叫んでカザカミの後ろに隠れた。カザカミは相変わらずの無表情だが、俺から少し距離を取っているのが分かる。
 俺が狙いを定めていると、くすくすとケイの笑い声が聞こえた。
「ごめんなさい。じゃあフッチーが寂しがってた分パーティーできちんと埋め合わせしないとね」
 ケイが俺の手を取ると、奥の方へ座らせた。それに続いて三人もテーブルを囲むように座る。
 エンギがお皿を配り、ケイがみんなの要望を聞いてお茶やらジュースを汲み渡していた。
「改めてお誕生日おめでとう。フッチー。ケーキは私が作ったのよ。いっぱい食べてね」
「わ、わたしも作るお手伝いしたんだよ! 材料の準備とか!」
 それって作ったことになるんだろうか、と突っ込みそうになったが、祝ってもらっている手前そんな失礼なことはさすがに言えなかった。
 切り分けてもらったケーキがみんなに回ると、いただきます、と手を合わせて、頂いた。シンプルなホイップケーキだが、少し甘さが控えめだった。エンギ曰く「カザカミが甘いの苦手みたいだからわたし我慢してあげたんだよ」、とのこと。感謝していいんだよ、と威張るエンギにカザカミは無視を貫き通していた。
「にしてもよく俺の誕生日だって知ってたな」
「私の情報網をなめてはいけないわ」
「どうせどっかで知ってノートにメモってたとかなんだろ」
「いいえ。ハッキングよ」
「あんたそんな頭良かったのかよ」
「フッチーのことになると瞬時に頭が良くなっちゃうのよ。ちなみにあなたの部屋のあちこちに監視カメラが仕掛けられているわ」
「怖ぇこと言うのやめろ!」
 どこが、とでも言うようにきょとんとするケイ。その様子を見た瞬間鳥肌が立った。今の今までも冗談だと思い込み続けてきたが、本当だったとしたら怖いどころの話じゃない。最悪寝込む。
「ケイ、冗談はそれくらいにしてよ。脳筋頭のフチドリが真に受けちゃうでしょ」
「そうね。ごめんなさいフッチー」
「もうちょいましな冗談を言ってくれ…」
 もはや突っ込む気さえ失せた。誕生日だと祝うのならせめてケイはもう少し抑えてほしい。
 俺の誕生日を教えたのはナノだそうだ。ナノとは俺の幼馴染みでありチーム、ノワールのメンバーである。そのナノが、去年も今年も祝えなくて申し訳ないな、というのをたまたま会っていたカザカミに漏らしていたのだという。それをケイやエンギに教えたところパーティーをしよう、という流れになったのだそうだ。頑張って隠してたんだよ、迫真の演技だったでしょう、と口々に言うが、本気でそう思っているのだろうか。明らかに怪しいことはばればれだったのだが。
「あと少ししたら私とフッチーが初めて会って一年が経つのね」
 懐かしい、とケイが微笑んだ。
「そうだったか?」
「そうよ。四月半ばのことだったもの。私ははっきりと覚えているわ」
 自信ありげに話す。
 思い返してみると確かナノとナワバリに行くようになったのは三月くらいで、ルームシェアを始めたのもそのくらいだったはずだ。一ヶ月も経たず家を出ていった記憶があるし、だとするとケイの言う通りかもしれない。チームを作ったのもケイと出会って少ししてからだったし、そうなるとチーム一周年にもなるのか。そのことをみんな思い出していたのか、少し静かになった。
「わたしまたみんなでどっかに遊びに行きたいな」
「いいわね。今度はナノだけでなくノワールのみんなも一緒に」
「さんせーい! ね、ね、いいよね?」
「…なんで僕に聞くの」
「だってカザカミ怒ったら嫌だし」
「カザカミは最初の方本当に怖い子だったわね」
「また肝試しやってもいいんだぜ」
「僕の黒歴史掘り起こすのやめて…」
 珍しく参っているカザカミだった。
 そんなカザカミの様子を見て、ケイとエンギが笑う。少し珍しいもののいつものありふれた風景に、ずっとこんな時間が続けばいいな、なんて柄にもなく思った。
 いや、きっとこれからも続いていくのだろう。以前ケイが言っていた通り、もうチームを壊そうなんて考える奴もいないだろうし、俺達はこのまま続いていくのだ。このままで、いいんだ。

 みんな、これからも。



2018/04/01



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