STORY | ナノ

▽ 十二月と黒


「それで僕らに相談せずに引き受けたの? 馬鹿なの? 死んでも治るのその頭?」
ハイカラシティにある階段の先。今日も人気のアイドル達は留守の、スタジオ前。
一通り事情を説明した後、一番に飛び込んできたのはカザカミのそれだった。当然俺は言い返せるはずもなく黙るしかなかった。
昨日ノワールのリーダーと呼ばれる女に宣戦布告を受けて翌日、俺はクロメのみんなを集めて昨日の出来事を話した。
ニサカのことはたまたま会った、程度で深くは伝えてない。ニサカにとってあまり知られたくない事情だろうし、なによりこいつらがうるさくなるだろうなと思ったからだ。面倒ごとは極力避けたい。
ナノは昨日俺が帰ってくるよりも前にリーダーから連絡が入ったらしく、今日の早朝に家を出ていった。大丈夫なの? 本当にごめん、と涙目で何度も謝られたのを覚えている。謝られる度大丈夫だと言っておいたが、普段売られた勝負は喜んで受けるエンギでさえ先程から心配顔なのだ。それほどに誰から見ても勝機の薄い勝負だった。
チームノワールは順位なんて決められない程強チームが集まるハイカラシティでも誰もが口を揃えて強いと言い出す程の上位勢。しかもその中でトップランカーとして名を馳せるニサカだっている。そんなの例え編成的に塗り勝っていたとしても立ち回り、エイム力的に負ける確率の方が高いだろう。実力差を考えてナワバリにしたのだろうが、以前サザエ杯で負けた前例があるのだ。ノワールのリーダーもそれを覚えている上でこれを提案したのだろう。全く、性格悪いにも程がある。それをほぼ即答で引き受ける俺も俺だが。
あの時引き受けたのは、ほとんど感情的なものだった。勝率なんて考えてない。とにかくナノやニサカをどうにかしてやらないとという、凄く個人的なもの。それにこいつらを巻き込んでしまったのだ。なんとしてでも勝たないと。俺達チームクロメは解散させられてしまう。
「決まってしまったものは仕方ないわ。私達なりに全力を尽くしましょう」
不安感が漂う中、先程まで聞き手に回っていたケイが口を開いた。問題を目の前にしていつも通りの笑顔を向けるケイに、不思議と心が落ち着いてくる。他二人もそうだったようで、そうだね、と納得したように頷くと、エンギはぱちん、と両手で自分の頬を軽く叩いた。
「うかうかしてらんないね。わたし達も負けないよう練習しなきゃ!」
「ところで日程は決まってるの?」
「ああ。明後日らしい」
カザカミの問いに答えつつ俺の持つイカ型端末の画面を見せた。そこには今朝ナノから届いたメールが映されている。
が、みんなの反応は薄かった。カザカミに至っては間を置いて、は? と返してくる始末。
訳が分からなくて、どうした? と声を掛けると、口をぽかんと開いていたエンギが我に返った。
「どどどどうしたじゃないよ! そんなの練習時間短いじゃん!」
「君はどれだけ僕らを貶めれば気が済むの…」
「知らねぇよ! 朝来たばっかなんだ!」
「勝たせてくれる気はないみたいね。ドンマイフッチー」
ぽん、とケイが俺の肩を叩く。
なんで俺が仕組んだみたいになってるんだろうか。確かに相談なしで引き受けたのは俺だが。なんだか解せない。
俺の弁解も虚しく、それはさておきとエンギがブキについてどうするか、と話し出した。エンギ的にはナワバリだから塗れるブキの方が好ましいのは当たり前だが、ステージにもよるし、なにより塗りを重視して扱えないブキを持ってもキルされるのがおちだと言う。ならば普段のブキで行った方がいい、というのがエンギの意見だった。それにはカザカミも同意見だったらしく、カザカミはホッカス兼赤ZAP使いでもあったので、塗り役として赤ZAPを使うことにする、とのこと。
ケイはもちろんリッターでエンギはホクサイも使えるがシャプマの方が塗れるしなによりダイオウは二枚もいらないのでシャプマにするようだ。
やはりというかなんというか、俺はバケデコ一択のようだ。まぁ当たり前ではある。実は無印バケツやソーダもこの前しばらくバトルに参加してなかったリハビリも兼ねてこいつらが見てないところで練習していたのだ。練習して日も浅いしそもそもこいつらにそれらを練習してたなんて伝えてない。だからといってバケデコ程使える訳でもないので、特に深く考えず俺はバケデコを持つという方向で話はまとまった。
そういえば、ソーダには随分と助けられた。あの日、ニサカに襲われた日、俺はソーダの練習をしていた。練習の結果といえば、まぁ俺自身がくそエイムということでお察しの通りだが。あの時スプボムがなければどうなっていたか。俺は首を絞められそのまま死んでいたかもしれない。そう思うとぞっとする。
そうと決まれば早速練習だ、とエンギが飛び出していきそれに俺達は付いていった。行き先はもちろんナワバリバトル、と言いたいところだが、見事に俺達は敵と味方に分かれ、バトル開始と同時にケイ側の味方が回線落ちしたのを見るまで俺達が野良ナワバリで練習出来ないのをすっかり忘れていた。



ナワバリの練習が出来ず、それならばとひたすらタグマで練習しまくって二日後。
俺達チームクロメは指定された時間に指定されたプラベ部屋にやってきた。事前に教えられた数字を入力し、部屋に入る。
入るとそこにはチームノワールがいた。ノワールのリーダーは俺を見るなり遅い、と睨んだ。一応俺達は予定時間より五分前に着いたのだが、その様子だと結構前から部屋で待っていたようだ。案外律儀な奴らしかった。
それからステージ、チームを決めてまたその先にある個室にチームで分かれて入る。先程まで平静を装っていたが、個室に入るなりどっと緊張感が走る。
「ステージ、タチウオだって…」
焦った声でエンギが言う。
タチウオは、チームクロメの苦手ステージだ。エリアもヤグラもホコも、全体において勝率は物凄く悪い。ここに来るまで自信たっぷりの笑みを浮かべていたエンギでさえこの様子だ。
しかしケイは違った。普段バトルのことになると控えめになるケイにしては珍しい、勝てると信じている表情だ。
「任せて。私はチャーポジに居座る。誰一人として自陣に上がらせないわ」
「僕は初動右行って塗りに徹するよ。スペ増ギア積んでいっぱいトルネードを射つ。前線を任せることになっちゃうけど、敵の動きを邪魔出来るようにする」
そう言うとカザカミは普段被っているバックワードキャップを脱ぎ、代わりにイカベーダーキャップを被った。
やる気の二人を見てエンギは笑顔になる。自信を取り戻したようだ。やはりエンギは、笑顔が似合う。
時間も迫り、試合が始まろうとしている。
俺はバケデコの柄をぎゅっと握り締める。
まだ話したいことがあるのだ。チームノワールと。そしてクロメの為にも勝たねば。
チーム存続と、崩壊と、不安と、救済と。
それぞれの思いを胸に、試合は開始した。

こちらの色は黄色、向こうは水色だった。
相手のブキは96凸、わかば、スシコラにジェッカス。以前と変わらない編成だ。
試合開始の合図と共にカザカミは右へ、他三人は正面を真っ直ぐ降りていった。三段目に着いたところで俺は右に塗り走っていく。目の端でケイはチャーポジに待機、エンギは左に降りていくのが見えた。
『96凸やったわ』
無線機からケイの声が聞こえる。
早速かよ。早いな。素直に驚いてしまう。それに対しエンギがナイス、と返す。
相手にチャーはいない。つまりいつもの様に右の段差で隠れていなくてもいいということだ。相手も迂闊に前に出ればケイに撃ち抜かれると思ってのことか慎重に動いているよう見える。まずケイが誰も自陣に通さないと言ったのだ。それを信じるしかない。
誰もいないのをいいことに大胆に中央に出て辺りを塗り広げる。一通り塗り終え、ちらりとエンギを見ると既に左から上ろうとしている最中だった。ただ影に隠れてよく見えないがなにかと対抗しているように見える。少し気になるが塗らねばという使命感が働き、中央の、ケイが塗ってくれた黄色の壁から上ろうとした。その先は、カザカミが後ろから射っていたのだろうトルネードの跡がぽつぽつとあった。
『スパショくるよ!』
エンギの焦る声が聞こえる。
俺は急いで目の前にシールドを展開。シールドの中央へ入り込むと、スパショがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。慌てて飛んできた方を見る。左の下、エンギが先程まで壁を塗っていたところにニサカがいた。スパショはシールドに吸収され、二回程飛んできたところでニサカはエンギにターゲットを変えたようだった。ここからではエンギがどこにいるのか確認出来ない。ニサカの意識がエンギに向かっている今俺が塗り進めていくべきか。
意識を坂の上に向ける。その時頭に強い衝撃を受けた。頭から不快な感覚が流れてくる。驚いて振り返ると、そこにはスイレンがいた。構わずメインを当てられ俺の体は水色に弾けた。…ここは坂上に進んで避けた方が良かったか。そう反省するもどのみちその先にナノが待ち構えていたことを知る。デスする運命は変わらなかったようだ。
数秒後体が戻るのを確認し、またすぐに中央へ向かう。カザカミは自陣塗りを終えたらしく前線に出ていた。エンギも前線にいたがやられたようだ。しかしチャーポジでケイがじっと見張っている為相手は無理に突っ走っては来なかった。
そうこうしている内に俺もエンギも前線に戻り、黄色を撒き散らし、水色を撒き散らされの攻防戦が続いた。戦況は悪くない。このままいけば勝てる。そう思い始めた頃、苛立ちを含ませたようなカザカミの声が無線機から通ってきた。
『なんか相手、変じゃない?』
『そうね。ニサカが全然私にスパショを撃ってこないわ』
チャーポジを維持したままケイが答える。
そういえばニサカはスパショをエンギにしか向けていない。しかしそれは強さ的にも位置的にもエンギが撃つ相手に最適だったからなのではないのか。そう聞いてみたもののどうやら俺の考えは間違っているらしい。
『この時自分はどうあれ味方が上手く動けない原因はケイでしょ? その原因を取り除かないと戦況は変えられないからまずなにをやらないといけないか、ニサカじゃなくてもみんな分かってるはずだよ』
『でもそもそも前線二人が前に詰めていかないから96凸とジェッカスも前に行けない印象を受けるわ』
『そう! なんていうかな、全体的に連携が取れてないし、唯一の打開策であるバリアで突撃ー! …とかもそてこない。名のあるカンストチームにしてはなんかおかしいよ』
『え、なに僕達手抜かれてるってこと? 嫌なんだけど』
エンギとケイの憶測にカザカミの心底軽蔑したような声が聞こえる。
この勝負において一番の目的は負けないことだ。負けてしまえばチーム解散。そんな一大事でもカザカミにとって限りを尽くして戦いたいようだった。その向上心がカザカミらしいというかなんというか。
しかしこれは舐めプされているというのだろうか。バトルに関する向上心においてはナノもニサカもカザカミと同じはずだ。なのに全力を出してこないのは、いや、出してこないんじゃない。出しているつもりでいるのかもしれない。もしかすると二人は、この勝負を、迷っているのではないか。
このまま勝ってしまってリーダーの命令が正しかったことになるのに、違和感を感じてしまっているのではないか。
残り三十秒。
と、その時だった。
『ごめんやられ! 96凸降りてくるよ!』
敵陣に乗り込んでいたエンギが叫ぶ。前線が崩れようとしている。そう察したのか敵エリで潜伏していたカザカミが中央まで戻ってきた。
自エリで待機していた俺は中央から降りようとする96凸を見た。それはケイも同じだったらしく、すぐにキルをした。相手もそれなりに警戒していただろうに、やはりケイのエイム力は化けている。
エンギが戻るまで維持は出来そうだ。
『っ、ごめんなさいやられたわ。ジェッカスが左から上がってくる!』
そう思った矢先、ケイの慌てた声が聞こえた。
不動だったチャーポジが遂に崩された! しかしスイレンは降りてくることなく坂を上っていく。残り二十秒。少しでも塗り広げる魂胆らしい。今まで中央付近を維持していただけなのでそれ以上塗り進められるとこちらが不利になる。このままでは、負けてしまう。
俺は急いで追い掛けようとした、が、ニサカに止められる。
『向こうがその気ならこっちも攻めよう。敵エリに二枚いる。僕が抑えてるから、フチドリは中央から登山して!』
『はぁ? でもスイレンが』
『スイレンさんなら任せてフッチー』
『そうだよ! 塗られたとこはわたしがなんとかしとくから!』
みんなの必死の声が聞こえる。残り十秒。やるしかねぇ。
俺は中央に上がり必死に塗り上っていく。もうすぐで96凸が復活する。それまでに0.1%でも塗り広げなければ。
二段に入ると試合終了のカウントが始まった。そんな時に96凸が目の前に立ちはだかる。俺は構わず溜めておいたダイオウを発動すると、96凸が展開したシールドに呆気なく跳ね返されてしまう。シールドを壊した頃には96凸は降りて少しでも塗り広げようとしていた。―――やられた! 内心で舌打ちをする。あと数秒。もう俺はダイオウで走っていくことでしか塗れない。
進んでいると俺の頭上でカザカミが発射したのであろうトルネードが飛んでいくのが見えた。そこで試合終了。俺の体は、元のヒト型に戻った。

ドンッ、と叩き付けるような音がしてエンギが小さく悲鳴を上げた。
音が鳴った方を見ると、そこには苛立ちを隠さずドアを開ける、チームノワールのリーダーがいた。
「何故だ…何故だ! 何故お前ら如きに!」
憎悪を顔に出してで一歩一歩近付いてくる。かなりの迫力だ。俺の隣にいたカザカミは既に後ろの方に回っていた。リーダーが部屋に入ってくる後ろで、ナノ達も慌てて入ってくる。
バトルの結果は、俺達の勝ちだった。
宣言通りケイとエンギはスイレンをキルした後きちんと塗られたところを塗り返したようだ。そして極めつけのカザカミのトルネードの閉め。結構な大差を付けての勝利だった。
「リーダー、もうやめよう」
リーダーが唸りながら俺達を睨んでいる中、一番後に入ってきたニサカが言った。
「ニサカ達は負けたんだ。もう争う必要なんてないよ」
「そ、そうだよリーダー! だから帰って」
「なにを…言っている」
便乗するナノの声を遮り、リーダーは振り向く。
振り向いた時、流れるように揺れる暖かい白が、今はどこか冷酷なものに見えた。
「そもそも、お前達はなんだ? 打開もせず、後ろでちょろちょろと。戦犯もいいところだ。…そうだ、お前らだ。お前らがそんな動きをするから、私達は負けたんだ! 弱者のお前らが、よくそんな口を聞けたものだな!」
癇癪を起こした子どものようにひたすら捲し立てる。
言っていることは少し、理不尽に感じた。なんというか、自分に全く非がないという言い方。ガチマで闇を見たインクリングのそれと同じだ。
「お前もだスイレン」
リーダーは振り返り指を指す。
一番後ろで話を聞いていたスイレンが、名指しされて肩を震わせる。
「お前に与えたたった一つの命令も守れず、チャンスを与えてこのざまだ。ジェッカスがジェッカスがなんて聞いて呆れる」
その時だった。
俺の一歩後ろにいたケイが静かに、一歩一歩前に進みだした。
「とにかく、」

ぱしん。

リーダーがこちらに向き直ると、なにかを叩くような、乾いた音が部屋に響いた。
リーダーはなにが起きたか分からない、といった様子で左頬に手を当てる。
周りもぽかんとその様子を見ているだけだ。
音の原因はすぐに分かった。
リーダーの前にはケイが立っている。ケイがリーダーの頬を叩いたのだ。
「なにをする!」
「あなた、言っていいことと悪いことがあるわよ。さっきからお前のせいお前のせいって。あなたそれでもリーダーなの?」
いつも穏やかなケイにしては棘のある声色だった。
表情は見えないが後ろ姿で分かる。怒っているのだ。同じリーダーを務めるものとして、いや、それ以前に言っていることが許せなかったのだろう。
「…言っていいことも悪いことも、あるものか。私はリーダーだ。メンバーはリーダーの命令を聞く義務がある。命令がないと、縛っておかないと、お前達はいつ私を裏切るか分からないだろう。お前らとは違うんだ。なにもかも恵まれたお前らに、私のなにが分かる!」
叫んだ。
叫ぶようにして、泣いていた。
実際その目にはうっすらと涙が張っている。
誰もがリーダーを見ている。見て、驚いた顔だったり悲しそうな顔だったり。決して泣くものかと言わんばかりに溢れそうな涙を堪えているリーダーを見ている。
そんな中、俺は見逃さなかった。
向かいの、一番後ろで見ているだけだったスイレンがなにやら懐からごそごそとなにか取り出していることを。
取り出したそれは、妖しく光る、ナイフだったことを。
「ともかく、私は―――」
スイレンが走り出したのと、俺が走り出したのはほぼ同時だった。俺はリーダーに手を伸ばし、力加減も忘れて思いっきり肩を押した。

そこから先は、よく覚えてない。
意識が薄れていく中、ただただ脇腹が痛かったこと、誰かが泣いて叫んでいること、それだけははっきりと分かった。



2017/12/31



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