兵助がやられた。

目の前で傷だらけになった兵助を見て、俺はずっと悔やんでいた。
もしあの時、俺が兵助と別れなかったら。
一人増えたところで何も変わらなかったかもしれないけど、それでも最悪の状況は防げたはずだった。


『ごめん兵助…』

「……」

『それから…早く目覚ましてよ。名前だってお前のこと心配してる』

「………」


兵助は重症だ。
昨日は出血多量で生死をさ迷った。
新野先生と伊作先輩が最善を尽くして命は取り留めたが、まだ目は覚めない。

原因はわかってるよ、兵助。

あの女がお前を陥れたんだろう?

最近は名前と接点がなかったから油断してしまってたんだ。
でも実は何かあったんじゃないかと思ってる。
今回兵助を単独で狙うことにした動機があったはずだ。
今は三郎と雷蔵が調べてくれている。

それにしてもさ…まさか自分から死期を早めるだなんて、ねぇ。
天女さまも相当早死にしたいらしいじゃないか。
もうこうなった以上、傍観しているわけにいかない。


俺は兵助の頭に乗せてあった手ぬぐいを濡らそうと思って、手を止めた。

誰か来る。


ダンッ。


「兵、助っ!」


名前だ。
急いで走って来たのかな。
汗で髪を頬に張り付けながら名前は勢いよく襖を開けた。

名前、病人がいるからそんな大きい音出しちゃダメだよ。


「へ、すけぇ…」

『やれることはやったから、あとは兵助が目覚めるだけだって』

「……っ」

『大丈夫、名前が信じてあげなくちゃ、誰が兵助を信じるの』


名前は目に涙を溜めながらよろよろと兵助のいる布団に近寄った。
兵助、兵助、と何回も兵助の名前を呼びながら手を握る。
ついにその目から涙がぽろりと流れ落ちた。

……こんな時だけど、兵助。
お前は思ったより名前に愛されてるみたいだよ。
ちょっと俺嫉妬しちゃいそうだもん。


「っ……ねぇ、勘ちゃん」

『…何?』


兵助を愛おしそうに見ていた名前のその目は、次第に俺を視界に入れる。

!!
ああ、暗く濁りきったその目!
もしかして!
もしかして、もしかして、もしかして…!!


「兵助をこんな目にしたのは…誰、なの…?許さない…僕そいつを絶対許さない!殺す!」


名前は憎しみと悲しみの二つの感情に戸惑いながら、俺に言ってきた。

だめだ、どうしよう…ふふ。
おかしくて笑ってしまう!
結局あの女のしたことは、まったく意味のないことだったんだ。
良かれと思ってしたことが裏目に出たんだ。
あーあ馬鹿だねほんと馬鹿っ!
お前が愛して止まない名前が直々にお前を殺すことになるなんてさ!!
あっははは!


『名前、兵助をこんな目にしたのはあの女だよ』

「姫、香さんが…?!」

『あいつは間者。有力な忍候補を殺しに来たくの一だ』

「!! そうだった…んだ……。ごめん、皆そのこと知ってて…僕のこと守ろうとしてくれてたんだね」


ちょっとだけなら話を盛ってもいいよね。

また名前が涙をぽろぽろと零した。
ああ、そんな泣いちゃ可愛い顔も台なしだよ名前。
今は兵助が起きないわけだし、おいしいとこは俺がもらうね。

俺は名前の涙を掬いあげると後ろから小さな背中を抱きしめた。


『あの女は学園の敵。名前、俺たちと一緒にあの女を殺そう?』

「…、うん」

『兵助が目覚めるまでに、全部片付けちゃおうね!』

「うん!」



(よかったね兵助)
(お前が目覚めた時にはきっと日常に戻ってるよ)
(だから早く怪我治せよな)








110425

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勘ちゃんが異様に黒い