自室に戻ると文が置いてあった。
誰からだろう。
綺麗に畳まれたそれは僕の文机の隅にそっと存在していた。

残念ながら僕は一人部屋。

つまり留守中に置かれたこの手紙について知っている人物はいない。
手紙をはらりと広げると、花のような、いやそれ以上に甘い匂いがした。
あれ、なんか嗅いだことある匂い、な気がしないでも…ない?
甘ったるいその匂いに顔をしかめた。


『!! 姫香さん?!』


驚いた。

差出人は姫香さん。
内容は今夜少し会えないかという短めな文章だったんだけど。
どうしよう。
もしこれで僕が会ってしまったら兵助たちはきっと悲しむんだろうな…。
最近兵助たちと常に一緒にいる。
いや、前々からいつも一緒にいるんだけど、もっとずっと一緒にいるようになって。

僕を姫香さんに会わせないようにしてるの、実は気付いてた。
姫香さんをあまりよく思っていないみたいで、僕が接触しないように見張ってる。
でも…、


『忍んで行けば大丈夫かな…?』


ごめんね皆。
姫香さんが僕に言いたいことっていうのも気になるし…ちょっと行ってくる。

兵助も今日ぐらいは許してくれるよね。






「名前くん、来てくれたんだね」

『はい…あの姫香さん僕に言いたいことって、何ですか?』


時間通り、集合場所まで行けばすでに姫香さんが待っていた。
まだ肌寒いのに待たせてしまって悪いことしちゃったな…。
急いで僕は上着を脱ぐと姫香さんに着せてあげた。
ありがとう、とにっこり微笑む姫香さん。

…?
僕の気のせいかもしれないけど頬が紅い。


「そう、それで…あの、私ね」

『はい』


「私名前くんが好き」


『え、…わっ!///』


姫香さんはいきなり僕に抱き着いて耳元でそう言った。
ちょ、ちょっと待って。
姫香さんが、僕を好き…?


『えっと、あの、とりあえず離してもらっていいですか?』

「…わかった」


姫香さんは渋々と僕から体を離す。
いや嬉しかったんだよ?
で、でも…何だか姫香さんのまとうこの甘い匂いがちょっとキツくて。
…姫香さん、香を焚く人だったっけ?

って、違う。
今はそんなこと考えるんじゃなくて!


「名前くん、返事聞かせて?」


彼女が僕を好き。
僕も彼女を愛してるはず、だよね?
あれ……?
愛してる、んだよね?
確かに目の前にいる姫香さんは綺麗だし可愛い。

けど。

付き合った後のことが想像できない。何で。
頭に兵助の悲しい顔しか浮かんでこない。
きっと僕が姫香さんと付き合ったら、彼女が嫌いな兵助や皆は悲しい顔をするよね。

兵助が悲しいと、僕も悲しい。

……どういうこと?


『ごめんなさい』

「?!」

『姫香さんの気持ちは嬉しいけど……僕、自分の気持ちがよくわからなくて』


素直に喜べない自分がいる。
つまり僕は姫香さんのこと、愛してなかったの…?
僕の姫香さんに対するこの気持ちは、恋愛じゃなかったの?

自分の気持ちがわからないよ。


「嘘よ!!」

『?!』


いきなり姫香さんは俯いていた顔をあげると、僕をぐいっと引き寄せた(え、あの、姫香さん?)。


「何で!名前くんは私のこと好きなんでしょ!!ねぇ付き合ってよ!」

『……姫香さ、ん』

「!!な、にそれ」

『え』


姫香さんの視線の先にあったのは僕の首筋。
彼女は兵助たちが僕につけた赤い印をばっちり目にしてしまった。
う、わわ、どうしよう……すごい恥ずかしい…!

というかこれを姫香さんに見せるべきじゃなかった、よ、ね!
どっどうしよう。
ああやっぱりもっと首を被うもの着てくればよかった。…って、あ。
着てきたけど現在進行形で姫香さんに貸してるんだった。


そ、それにしても姫香さん、さっきから雰囲気がおかしい。
どうしたの、かな…?


「やっぱりあいつらが名前くんと私の邪魔をしているのね」

『あ、あいつら…?』

「大丈夫、私が何とかするからね…ふふ」

『…?』


取り乱しちゃってごめんね名前くん、そう言うと姫香さんは長屋の方に帰って行った。

さっきの…あいつらって誰のこと?
よくわからないけど、僕は姫香さんのいつもとは違った雰囲気に驚きを隠せなかった。



(何だか嫌な予感がするのは)
(僕の気のせい、だよね)








110328

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だんだんと毒が抜けてきますね