暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



あやしい雲行き



「騎士の巡礼なんて、今は形だけのもんなのに、フレンとか言う騎士は随分と熱心だわね」

レイヴンは腰の変形弓を触った。

「そうだな。本気で街ごとの問題解決にあたってるのは、フレンくらいだ」

ラナはくすりと笑う。

「眩しい若者だわ、ほんと」

「……レイヴンさんはこれからどこを探すんだ?」

「執政官邸だな」

レイヴンは大きくため息をついた。
少しだけ雨が弱くなった。

「忍び込むのか?」

「それ以外に家捜し出来る手段があるなら教えてよ」

レイヴンの言葉に、ないな、とラナが笑った。






ラナが街へ戻ると、フレンとソディア、ウィチルが神妙な顔つきで、書類を見つめていた。

「どうした?」

ラナが声をかけると、三人は一斉に振り向く。

「お疲れ様です副団長。魔導器研究所から執政官邸を調査するための書類を取り寄せて出向こうと思っていた所でして…」

ウィチルがそういったので、フレンもラナに頷いた。

「へえ……私も行こう。ラゴウがどんな対応してくるか見たいしな」

ラナはにやりと笑った。




相変わらず天気の悪い街は、やはり重苦しい。

再び現れたフレン達に、執政官邸前の見張りは顔を顰めた。

「こちらに運び込まれた魔導器について、研究所より強制調査対象になっている。執政官を呼んで頂きたい」

フレンは堂々と言った。

見張りのギルドの男ふたりは、こちらに聞こえないように耳打ち合うと、1人が中へと走っていき、すぐにラゴウとともに戻ってきた。
ラゴウはうっとおしそうにこちらを一瞥すると、大げさに肩を竦めた。

「まだこの街に居らしたのですね。評議会と違って騎士団はずいぶんお暇なようですな」

小馬鹿にしたように言った。

「こちらに不審な魔導器が運び込まれたとの情報が入っています。中を調べてもよろしいですか?」

フレンがそう言ったが、ラゴウは大笑いを返した。



「魔導器、ですか。お断りしますよ」



「それは肯定ととっても?」

フレンが眉を寄せた。

「それはあなたの思い込みでしょう」

ラゴウは嫌みたっぷりな笑みを浮かべる。

「この悪天候は、あなたが魔導器を使って操っているのではないですか!?」

ウィチルが声を張り上げた。

「なんのことやら。そう思うのであれば、研究所の紙切れなど持って来ないで、騎士団の有事特権とやらで乗り込んでみてはいかがですかな?」

「……なんだと!」

ソディアが眉を寄せた。

「あると思うなら、どうぞわたくしを押しのけて、中を調べてください」

ラゴウの言葉に、フレン達は押し黙った。

「まったく、あなた方のお遊びに付き合うのはこれっきりです」

ラゴウは大げさなため息をつくと、また執政官邸の中へと戻って行った。




仕方なく宿へと戻る道を歩く一行。

しとしとと振り続く雨が、余計にフレンの顔を顰めさせているように思えた。



「ほんとに有事特権使ってみるか」



ラナがぼそりと呟く。

「騒ぎでも怒らない限り難しいよ。それに、決定的な証拠を隠しているから、あんな挑発をしてきたのかもしれない」

「………ユーリが居るだろ?」

ラナは楽しそうに笑った。
フレンは困った顔をしていたが、ラナはそのまま続けた。

「ま、様子見てな。ユーリは黙ってても乗り込むぞ」





フレン達は宿に戻ったが、ラナはクライヴの返事が気になっていて、宿の前で空を見上げていた。

「やっぱまだ戻らないか……」

ラナは大きなため息をついた。

アレクセイの事が気になってしょうがないのだが、待つ以外に出来る事はない。
そうはわかっていても、うまくいかないものだ。



「待って!せっかく、ケガを治してもらったのに!」


女性の声が聞こえ、ラナはそちらに振り向いた。

男性が武器を持って雨の中街の外へ向かっている。
恐らくリブガロを探しに行くのだろう。

止めようかと考えていた所で、彼に声をかけた人物がいたので、そちらへ向けかけたつま先を止めた。



「そんな物騒なもん持って、どこに行こうってんだ?」



反対側から歩いて来たのはユーリ。

「あなた方には関係ない。好奇心で首を突っ込まれても迷惑だ」

男はユーリ達を見る事もなく、歩き出そうとしたが、ユーリは乱暴に魔物のツノのようなものを投げた。

「こ、これは……っ!?」

男性は驚きに目を見開いた。

「あんたの活躍の場奪って悪かったな。それは、お詫びだ」

ユーリは2人の間を通り過ぎた。

「「あ、ありがとうございます」」

男性も女性もユーリに頭を深々と下げた。

「ちょ、ちょっと!あげちゃってもいいの?」

リーゼント少年カロルがユーリに駆け寄る。

「あれでガキが助かるなら安いもんだろ」

ユーリは何でもないようにヒラリと手を振った。

「最初からこうするつもりだったんですね」

エステルが嬉しそうに微笑んだ。

ユーリはラナに気がつき、エステルに思いつき思いつき、と適当に相槌を打つとこちらに向かって歩いて来た。


「その思いつきで、献上品がなくなっちゃったわよ。どうすんの」

リタが不満そうに言ったがユーリは気にも留めない。

「ま、執政官邸には、別の方法で乗り込めばいいだろ」


「気前いいな。あれリブガロのツノだろ?高級品だ」


ラナが言った。


「ラナ!どうです?ラゴウはどうなりました?」

エステルがこちらに駆け寄って来た。

「エステリーゼ様、随分と雨で濡れておられますね。お風邪など召されませんように、しっかり乾かしてくださいね」

ラナはにっこりと微笑んだ。

「もう!子供扱いしないでください!大丈夫ですよ!それよりラゴウは……」

エステルはプクッと頬を膨らませたが、ユーリがラナの手をとった。

「悪りぃ、ちょっと宿のロビーで待っててくれ」

「おい!ユーリ!」

ユーリはそのまま、ラナを引っ張り港の方へ歩いて行った。





ユーリはひと気のない港へ出ると、雨をしのげる程度の屋根の下で歩みを止めた。

「なんだよ」

ラナは一言も離さないユーリに、ため息をついた。
それでも彼は何も言わずに彼女を抱き寄せる。

「………まじでなんなんだ」

ラナは困ったようにユーリの頭をポンポンと撫でた。

「年上ぶんなよ……」

ユーリは彼女の耳元で囁いた。

「あー?私は今年で25になったわけ。ユーリは今年22になるだろ?ってことは三つ上なんだけど」

「知るかよ」

彼は首筋に唇を這わせる。

「ちょっ…」

ラナは思わずユーリから離れようとしたが、彼もそれは予想の範ちゅうだったようで、引き寄せたまま離そうとしない。

「お前、俺の女だろ」

「………あ?」

ラナは素っ頓狂な声をあげてしまう。

「違うのかよ」

「本気じゃないくせによくそんな事が言えたもんだ……」

ラナはユーリの腰に手を回した。

「ふざけんな」

そう言ってユーリは彼女を壁に追い詰めた。
その表情には怒りが滲んでいる。

「確かに酔ってたし、女と別れた後だったけどよ」

「だけど本気だったってか?だったら言うタイミング、間違えたな。あの日かなり飲んでた」

「………飲んでなかったら言えねえの。わかれよ」

呆れたように言った彼女にユーリはため息をついた。

「いつからそんな小さい男になったんだ?」

「もう黙れよ」

ユーリは囁くようにそう言って、彼女を壁際に追い詰めたまま、唇を重ねた。

「…ん……」

吸い上げるように絡んでくるユーリの舌は、やっぱり身体の芯が震える。
思考を奪われるような気持ちよさがある。
時折鳴る水っぽい音に、さらに熱気が上がっていく気がした。

「んっ……」

互いの口内で唾液が混じり合い、熱を共有するように舌は絡み合う。
ユーリが唇を離した時には、ラナからは熱っぽい息が漏れた。

「やべ……勃っちまった…」

ユーリはすっと彼女の太ももを撫でた。

「あっ……」

ラナはびくりと敏感に反応を返す。



「夢中になってるとこ悪いけど、そろそろいい?」



背後からの突然の声に、ユーリはぴたりと手を止めた。

「クライヴ!何かわかったのか?」

ラナはユーリを押しのけて言った。

「微妙」

クライヴは肩を竦めた。

「おい、お前はなんでいっつも邪魔すんだよ」

ユーリはクライヴを睨む。
以前も帝都で邪魔をされたのだ。

「はぁ?いっつも外でおっぱじめる自分が悪いとか思わないの?」

クライヴは小馬鹿にしたようにユーリに言った。

「へー。じゃあ邪魔してんのはワザとなんだな?」

「被害妄想も大概にしてくれない?」

バチバチと火花が散るような、2人の視線がぶつかる。

「仲いいな、2人」

ラナは首をかしげた。

「どうやったらそう見えるんだよ」

ユーリのため息がこぼれる。

「どうでもいいからお前、金髪のとこでも行けよ」

クライヴはしっしと手を振る。

「あん?フレンの事知ってんのか?」

金髪、と言うだけでフレンと気付くユーリがすごい。

「俺の知らない事はないの」

クライヴはふんと鼻を鳴らす。
こういうところは、随分と子どもっぽいので、始祖の隷長らしくない。

「あー、ユーリ。とりあえずフレンが宿に居るから行ってくれないか」

ラナはユーリの背中をぐいっと押した。

「へいへい。邪魔なら退散するさ」

ユーリははぁーっと息を吐いて、街の方へ歩いて行った。






「クローム、帝都には居なかったよ」

クライヴはエアルにありつき、ぺろりと唇を舐めた。

「で、どこに居たんだ?」

「海の上」

「オヤジとどっか視察か?」



「ザウデの調査だった」



クライヴは心底不満げな表情を浮かべた。

「ザウデ?」

聞き慣れない言葉にラナは首を傾げて、腕を組んだ。

「ザウデ不落宮。星喰みからこの星を守ってる魔導器だ」

彼の言葉に、ラナは眉を寄せた。

「なんでそんなもの……」

「わかんない。クロームも、詳しい事は知らないみたいだった」

「………クロームがわからないなら直接聞くしかないな」

「ザウデの鍵は銀髪が持ってる、心配はないと思うけど、聖核の事もあるし、捨て置けないね」

「デュークが?……宙の戒典か?」

「そうだよ」

「………やっぱおかしいな。オヤジやばいか?」

ラナはぐしゃりと前髪をかきあげた。

「斬るんだろ?」

クライヴは彼女を睨んだ。

「そりゃ、そうなるけど……喧嘩ふっかけるにもこれだけじゃ判断が出来ない。ヘタ打てばこっちが追放だ。それで済めばいいけど、斬られるのは勘弁」

「ラナを副団長にしたの、あいつなんだろ?」

「そうだけど」



「隊を持たせないのは、謀反をさせない為かもね。シュヴァーン隊だっって、隊員はみんな飾りの落ちこぼれだし」



「側近はみんな軍事力がないってか?騎士団長になにかあれば、副団長は全隊の指揮もとれるんだぞ?」

「なにかって、それを認めなきゃ親衛隊をしもべにしてる騎士団長の勝ちだよ」

「………殿下の事が片付いたら、オヤジと話す」

親衛隊からのアレクセイへの信頼は厚い。

ラナを慕う隊長は多いが、緊急時に指揮をとるとなれば話は別かもしれない。
もしも、でしかないが、どこかあやしげな雲行きに、ラナはぎゅっと拳を握った。




「どーっすっかなー」

ラナはだらだらと執政官邸に足を向ける。
放っておいても、フレンとユーリは上手くやるだろう。
アレクセイへの疑念でやる気が一気に削がれた。

「ん?」

よく見ると執政官邸前の見張りの2人が倒れている。

「強行突破……レイヴンじゃないな」

ラナは周囲を警戒しながら中へと歩を進めた。


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