暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



なにも失いたくない



「なにいまの!?」

カロルが紫色に染まる空を見上げた。
問うても誰も答えを持たない。
ラナは感覚を研ぎ澄ませ、遠い地を見た。

「あれは…ザウデで何か起きている!」

彼女がそう言った刹那、ザウデの方角から伸びた光が空を割った。
それは空の結界を破壊し、星喰みから口にはできない異形のものが降り注ぎ始める。

「結界が消えて行く…あれが……本当の災厄……」

エステルは生唾を飲み込み、肩を震わせた。
本当の終わりは、今解き放たれたのだ。


「……!バウルが、星喰みの眷属が街を襲ってるって!ノードポリカよ」

「ほっとくわけにはいかねぇな、急ぐぞ!」

ユーリは誰よりも早く一歩を踏み出し、皆がそれに習った。
その時バウルの咆哮が聞こえ、皆に早く、と急かした彼は地上ギリギリまで大きな体を寄せた。

「バウル!ありがとうなのじゃ!」








ノードポリカへたどり着いた時、見覚えのある魔物が街を襲っていた。
それは結界など物ともせず、人々をなぎ倒していく。

「くそっ…!」

ユーリは鞘を投げて飛び上がった。
真っ二つに星喰みの眷属を切り裂く。

「金剛!」

レイヴンの矢は光を放ち何体かの眷属を引き裂いた。

ラナは剣を抜き、空へと舞い上がると、次々に眷属を切る。

「月光!!」

ジュディスが飛び回り、カロルも必死に跳ねながら宙を舞う眷属を叩き潰した。
パティの奇天烈な技が炸裂し、エステルの光の魔術が放たれた。
ラピードはユーリを援護するように立ち回る。

「き、きりがないよ…!」

カロルは星喰みからの援軍に空を見上げて身震いした。

「カロル!手ぇ止めんな!!」

「しのごの言ってらんない!戦士の殿堂には悪いけど、本気でいくわよ…!」

リタは大きく息を吸い込んで、帯をさばいた。

「モルディオ!!まて!街が焼け焦げる!」

「人命優先!!天光満る処に我は在り、黄泉の門開く処に汝在り、出でよ神の雷!!」

手を掲げた彼女からエアルが溢れた。
そして晴天に雷が降り注ぐ。

「インディグネイション!!」

耳を劈く轟音と共に落雷があり、眷属を一掃した。

「街がむちゃくちゃだよ……」

「しゃーないわな」

レイヴンは小さく息を漏らし、変形弓をしまった。

「あたしちょっと結界魔導器見てくる…!」

リタは止める間もなく駆け出していた。




「あなたがたは…!ありがとうございます!助かりました」

ナッツはボロボロになりながら、ユーリ達に頭を下げた。

「手当を」

エステルは治癒術をかけ、傷の癒えた彼に微笑んだ。

「ありがたい…まったく刃がたたず、街を壊滅させてしまうところでした…」

情けない、と顔を歪めた彼にジュディスが言う。

「仕方がないわ。私たちは…あれは精霊の加護かしら?ずいぶんあっさり倒せたみたいだけれど」

「そうみたいですね、ウンディーネの力を感じました」

「お礼をさせてください、どうぞ宿へ」

促すナッツにユーリは首を振った。


「気持ちはありがたいが、ゆっくりもしてられないんでね。またの機会に頼むわ」



「やっぱり結界魔導器の出力が上がってたわ。それで星喰みを引き寄せたみたいね」



リタはやれやれ、と肩を竦めながらこちらへ戻ってきた。

「なんと…街の守りを固めようとしたのですが、裏目に出てしまったようですね」

ナッツは彼女の言葉にますます肩を落とす事となった。




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「なあ……世界に存在する魔核って相当な数だよな」

フィエルティア号の甲板、ユーリが誰にともなく呟いた。


「そうですね。まだ発掘が続いてますし」


「魔核って聖核の欠片なら、精霊四体で足りない時はそれも精霊に変えちまえばいいんじゃねえか?」


「無茶言うわね。世界中の魔核ってどうやってやるのよ」

「魔核をひとつひとつ回るわけにはいかないものね」

「魔核同士にネットワークを構築すれば、あるいは……」

リタはううん、とこめかみを押さえた。

「なんとかしてくれるだろ?専門家さん」

「簡単に言わないでよ」

「でもさ、それが実現したら、世界中の魔導器が使えなくなっちゃうよ?」

「魔核がなくなるわけだから、そうなるわな」

レイヴンはそっと胸の魔核に触れた。
これがなくなれば、自分も死んでしまう。
ユーリはそれをわかっているだろうか?

「結界に守られていた安息はなくなり…生活も今より大変になるでしょうね」

ジュディスはさして不安もなさそうに言った。クリティアの街には魔導器がない。彼女の反応にも頷ける。

「武醒魔導器もだめになるよね?結界もないのにまずいんじゃ……」

「なに、魔導器がなくても、うちはオールで海原を渡ってやるのじゃ」



「……わり、俺様の魔導器は?」


レイヴンは申し訳なさそうに言う。
生きたい、そう思えるからこそ、重大な問題だ。
けれどなんだ、その子?とリタが解決策を述べ、彼の不安はすぐに打ち消された。

「生命力で動いてる限り、魔導器はあくまでおっさんの体の一部だから」


「そっか、よかったね!レイヴン!」



「なんにせよ、魔導器を手放すことを嫌がるやつは多いだろうな」

「魔導器文明を終わらせる……」

「あら、いいの?魔導器、好きなのに」

ジュディスはリタに笑顔を向けた。
けれど彼女はまたそんなこと、と首を振る。



「いいのよ。もっと大切なものがあるから」



「……仲間?か?」

ラナは憂いを帯びた目でリタを見た。

「…そうよ」

照れるでもなく、リタは頷く。

「あんたも、仲間よ。信頼してるわ」

「そうか」



「そろそろ聞かせてくれんかの?ラナ、今は体はどうなのじゃ?」

パティは似つかわしくない大人びた視線で、ラナを射抜いた。
皆も彼女の言葉を待つ。


「前にも言ったとおり、この体は既に朽ちようとしている」


ラナは目を伏せた。
後ろめたさに、耐えきれなくて。

「傷はその速度を早めているが、直接の原因じゃない。イザナミはこの世界の住人ではない。エアル自体、今の私には毒なんだ」

「毒って……エアルは世界中溢れてるよ…エアルのない場所なんて…」

ない、カロルはそのふた文字を飲み込んだ。



「イザナミはいわゆる神だ。新たな体は彼女が今別次元で管理している。私と、彼女の意識という世界の中で」

ラナは愛刀を撫で、言葉を続けた。

「この体は私がテルカ・リュミレースに下った時に作られたもので、イザナミと本当の意味でひとつになったとき、新たな体とこの星を去るというのがイザナミとの約束だ」

何故だろうか。
こんなに悲しいのは。
自分で決めた、事なのに。

「だから、この体が朽ちるまでは、意識は私が優位にある。けれど、すべて終われば、私の小さな意識はイザナミの中へ還り、記憶の一つになるだろう。まだ私の意識があるのは、この世界での後始末をつけるためだ。それまでは、もたせてみせる」


「イザナミなんて知らないわ!少なくともあたしの大事な仲間は、ラナ!あんたよ!その体が持つまで一緒に居られるなら、あたしがその体を維持する方法を探すわ!いくらでも手だてはある!エアルを遮断する術式だって作ってやるわよ!」

リタは、顔を真っ赤にして怒りをあらわに詰め寄った。
けれどもラナは憂いた顔で唇を噛むだけだった。

「私も!精霊という新しい可能性が見つかったんです!みんなでやれば、ラナが残る方法だって…!」

「私はイザナミを裏切れない……体が言うんだ、もう一人の私だって、感じるんだ…」

ラナはぎゅうっと拳を握った。
イザナミと皆の間で揺れる、自分の決意の弱さが憎い。
ヨーデルの言った、確かな仲間、とはこのことなのか。

「……なぁ」

ユーリは甲板を歩いた。ラナのところまで。

そしてふわりと彼女を抱き寄せる。


「イザナミは神様なんだろ?何千年も生きてるんだろ?じゃあラナが人としての寿命を迎えるくらいまで、待ってくれよ…なんで、待ってくれねえんだよ……」


ユーリの声が弱くなった。
ああ、なぜだろう。
彼はこんな風に皆に弱みを見せる人だっただろうか?
そうさせているのは他ならぬ自分だと、ラナは奥歯を噛んだ。

「…彼女も、彼女の力も、衰え始めているんだ。もう何年もは、待てないんだよ……ごめんユーリ。ごめん、みんな」

そう言った彼女に、誰ももう、何も言えなかった。
パティは伝った涙を拭った。
また、仲間を失ってしまうのだろうか。


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