暗緑の灯火
希望と絶望
「さ、準備はできた、ここは水の属性が強いから、流れる水をイメージして、エアルに身を任せるのよ」
「……え…っと、はい!」
そう言ったリタの足元には、術式が展開される。
寒さなど忘れてエステルは手を組んだ。
悠々と流れる水を感じて「術式に同調して」と言ったリタに導かれるように、エアルを乗せた。
エアルクレーネから溢れたエアルは、蒼穹の水玉を迷うことなく包み込む。
それは徐々に大きく膨れ上がり始め、ユーリ達を戸惑わせた。
「どうなってんだ?」
「大丈夫!問題ないわ!」
リタの言葉には力がこもっていた。
エステルはそれに応えようとさらにエアルを手繰る。
蒼穹の水玉は形を歪め、人らしき形を成した。
水が引いたそこに現れたのは、青い肌に聡明な表情をのぞかせる女性らしき誰かだ。
驚愕、絶句。
皆が息を呑んだ。
予想だにしなかった出来事、とはまさにこの事だ。
誰も何も言えないでいると、女性が言葉を繋いだ。
「わらわは……」
「ベリウス……?」
ジュディスの疑問は皆同じだった。
その声はベリウスを彷彿とさせる。
「わらわはベリウス、かつて、ベリウスであった。しかしもはや違う」
ベリウスは何を見るでもなく天を仰いだ。
「不思議じゃ…世界が手に取るようにわかる……すべての水がわらわに従う……しかし、わらわはなんであろう。人間よ、どうか名を与えて欲しい」
「物質の精髄を司る……精霊、なんてどうだ?」
ユーリは少し考えた様子で言う。
「精霊……して、我が名は?」
「古代の言葉で水を統べる者、ウンディーネ、なんてどうです?」
「ウンディーネ……ではわらわは今より精霊、ウンディーネ」
「ウンディーネ!世界のエアルを抑えるために、力を貸して欲しい」
ユーリは声を上げた。
強い意志と、決して甘くはない道を選ぶ覚悟をのぞかせて。
「承知しよう、だがわらわだけでは足りぬようじゃ。わらわが司るは水のみ。他の属性を統べる者もそろわねばなるまい」
「あとは火、土、風。最低でも基本元素は抑えたいわ」
リタはウンディーネの言葉にコクコクと頷いた。
「もう、始祖の隷長も少ないわ。フェロー、グシオス…」
「あとバウルだね」
カロルがなんの疑いもなくジュディスを見たが、彼女は首を振った。
「バウルはまだ聖核を産むほどのエアルを処理していないし、なにより私が認められそうにないわ」
「輝ける森エレアルーミン、世界の根たるレレウィーゼ。場所はそなたの友、バウルが知っておろうそれよりも……」
ウンディーネの視線はラナに向いた。
「ラナなのか?」
「半分は」
「そうか。あまりこの世界に関わるでないぞ。そなたは最早…エアルを許容できぬであろう………」
ウンディーネはそう言い残し、姿を消した。
「あれ!?消えちゃった!」
カロルは大慌てで忙しなく視線を彷徨わせるが、エステルの声に動きを止める。
「いえ、います」
「よかったなエステル」
「リタ、みんな。ありがとうございます」
「さっむ!!早くずらかろうぜ〜俺様もう限界よ!!」
レイヴンは大げさに体を震わせて見せた。
「ラナには洗いざらい、全部話してもらわないとね」
「話すよ、私にも希望が見えてきたからな」
希望?とおうむ返しにパティが言った瞬間、空を割くような轟音が鳴った。