暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



水面下



「絶対入るな……モルディオ…」


フレンが小屋に貼られた、文字を読み上げる。お世辞にも綺麗とは言えない字だ。

「さて、何としても連れて行きたいんだけどな…」

ラナは首を捻る。
が、その間にフレン隊の1人が扉をノックする。

「帝国騎士団だ!リタ・モルディオ!開けろ!」

その時ガチャリと扉が開く。

「なに?」

僅かな扉の隙間から、こちらを睨んでくる少女。

「シャイコス遺跡の盗賊団討伐と、ハルルの結界魔導器について、協力要請だ!」


「無理」


「なんだと!?魔導士には義務のある仕事だぞ!?」

「うっさいわね!」

そう言って扉を閉めようとしたので、ラナが慌てて阻止しようと、ノブを引っ張る。


「まてまて!モルディオ!私だ!」

「は?誰よ!って……ラナ…?」

リタはぽかんと口を開けた。

「お前!副団長に向かってなんて口の聞き方だ!」

そう怒鳴った騎士をラナは手で制した。

「ちょっと協力してくれ。このフレン・シーフォっていう小隊長に」

ラナはビシッとフレンを指差す。


「はぁ?あんたじゃないの?だったら無理!リゾマータの公式の事考えたいから」


そう言ってリタはバタンと扉を閉めてしまう。ガチャンと大きな音までついてきた…鍵もかけられたようだ。

「………ごめんフレン。無理みたい」

ラナはポリポリと頬をかいた。
フレンは苦笑いを返す。




協力要請はウィチルという少年が引き受けてくれることになり、シャイコス遺跡へと向かう。


「フレン、先に行って。後で追いつく」
「ああ、わかった」
ラナの言葉に、フレンは頷くと、隊を連れてシャイコス遺跡の方角へと向かった。



ラナはそれを見えなくなるまで見送って、空を仰ぐ。

「おーい、もういいぞー」

そう声を張り上げると、空から突然人が降ってくる。
ストンとラナの前に着地すると、手を差し出した。
ぼさぼさの青い短髪に、緑の瞳の男の子だ。
クリティア族が好んで着るような服装をしている。

「腹減ったの?ホレ」

ラナはパンッと手を叩いた。
すると辺りは急にエアルが濃くなる。

男の子はそれをみるみる吸収していく。


「げふっ」

「おい行儀悪いぞ、クライヴ」

男の子がゲップをしたので、ラナはやれやれ、と肩を竦めた。

「うっせ、おかんかよ」

クライヴはキッと彼女を睨む。

「やめろ、こんなでっかい子供産んだ覚えはないっ!で?ユーリの方はどーなってる?」

ラナは腕を組んだ。

「あー下町の水道魔導器の魔核が盗まれた。犯人はデデッキってやつ。黒いのはモルディオだって勘違いしてる」

「ほー魔核が………ユーリの勘違いはどーでもいい。おおかた、それで帝都を出たんだろな〜モルディオんとこ行ってみればいいさ。エステリーゼ様は一緒?」



「一緒。あの女危ないよ。殺していい?」



彼はラナを恨めしい目で見つめる。

「あほか、やめろ。仮にも皇帝候補だ、飾りだけど」

「ラナ、不敬罪。バーン」

クライヴはラナを銃で撃ち抜く真似をする。

彼女は笑ってクライヴの頭をぐしゃぐしゃと撫でたので、彼の元々くしゃくしゃの髪はさらに乱れた。


「それよりも、ノール港がやばいね。執政官とバルボスとかいうギルドのボスが組んだらしい」

クライヴは髪型を気にする事なく言った。

「それは知ってます」

「なんだ、知ってたの?じゃあそこでヘルメス式が動いてんのは?」

「まじ?」

ラナは目を見開く。

「おおまじ」

クライヴは大げさに頷いた。

「どっから技術仕入れたんだ?まさかオヤジが流すとも思えないし」

ラナの言うオヤジ、とはアレクセイの事だ。
父でもなんでもないが、尊敬をこめて、そう呼んでいる。

「ラナが探してる、なんだっけ………もう1人の……」

「ヨーデル殿下?」

「あ、うんそれ、そいつもノール港に居るっぽい」

クライヴはポンっと手のひらに拳を打ち付けた。

「それ確か?カプワ・ノールの執政官ってラゴウとか言う頭悪そうなじじいだったな〜評議会の誰かだとは思ったが、やっぱあいつか」

「たぶんいるよ」

「クライヴが言うなら居るでしょう」



「どうする?行く?」



クライヴは伺うようにラナを見た。


「…………いや、ヨーデル殿下の身の安全は大丈夫そうだ。フレンを誘導して、なんとか手柄にしてやりたい……後で行く」


「えー金髪の手柄にすんの?俺、嫌なんだけど」

クライヴは思い切り顔をしかめた。

「そう言うな。あ、エステリーゼ様が帝都を出たのはなんでかわかるか?」

「うん。フレンが暗殺者に狙われてるのを伝えたいんだって。バカだよね」

クライヴはふんっと鼻で笑う。

「…………」

ラナは顎に手を添えた。


「下町の魔核盗んだの、バルボスがまとめてんのかもな。遺跡に盗賊団とか言ってたし。それならノール港のヘルメス式も、その辺が絡む」


「なんでもいいけど、ヘルメス式ならそのうち壊されるよ。クリティアのミツバチみたいな女に」

クライヴはそう言って、また鼻で笑った。

「ん?ああ、前に言ってたヘルメスの娘さんか〜始祖の隷長と行動してんだっけ?私らみたいだな」

ラナはニッっと歯を見せて笑う。

「うっせ!俺は自分の泉がねえからラナと居るだけだよ!ばーか!」

クライヴは照れたようで、プンスカ怒りながら空へと舞い上がって消えていった。

「かわいいやつめ………にしても、エステリーゼ様が外でバンバン治癒術使えば、始祖の隷長怒るだろうな」

ラナがついたため息は深い。







ラナがフレンを追いかけて、遺跡に着いたときにはもう既に調査は終わっていたようだった。

「特に変わったところはないね、ハルルに戻ろうと思うんだけど……」

フレンがラナ見つけて言った。

「この巡礼の指揮官はあなた。その辺はお任せします」

そう言いつつも、ラナはある石像をちらりと見た。

先日リタから新たに地下の遺跡がみつかったと報告を受け、調査立ち会いもしている。
ウィチルという魔導士はその存在を知らないようだが、はたして盗賊団がそれを知っているかどうかもあやしい。
調べる価値はあるかもしれないが、盗賊団如きを捕まえた所で意味はない。

そう思案していると、不意に遺跡の影に黒い影が走った気がした。

「フレン」

ラナは剣を抜く。
気配の数はざっと10人。相手の本気が伺える。
フレンも何かに気がつき、剣を抜いた。



「来るぞ」



ラナはニヤリと笑った。
黒い影の集団が、飛び出してくる。
特徴的な赤眼のゴーグル、海凶の爪だ。


「空砲連斬!!」

ラナが剣を振るうと、衝撃波が幾重にも空をかける。
そのいくつかは赤眼を捉えた。

「はあっ!!」

フレンは地を這う衝撃波をとばした。

「何者だ!」

ソディアもこちらに気がついて、剣を抜く。

「援護します!」

ウィチルが魔術を放つ。

ラナは赤眼と距離を詰めると、急所だけを狙い斬りこんでいく。
10人も居た赤眼は、あっという間にあと1人になった。

ラナは最後の赤眼の喉元に切っ先を向けた。


「誰に雇われた?」


そう問いかけたが、さすがは暗殺集団、海凶の爪。何も言わない。

「言え、雇い主はラゴウか?」

「……ふん」

赤眼の男がにやりと笑う。

「使えん」

ラナはそのまま喉元を斬り裂いた。
鮮血が飛び散り、白い石畳を赤黒く染めていき、事きれた赤眼は石畳の上に崩れた。


「フレン、狙いはあなた。充分に気をつけなよ」

ラナは剣を鞘に収めた。

「……評議会に、ばれてしまっているようだね」

フレンはため息をついた。

「どうだか?とにかく気をつけるんだ」


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