暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



幼馴染



フレン隊は再びハルルへと向かう。

「ウィチル?だっけ?」

ラナは魔導士に声をかけた。

「は、はい!」

彼は馬には乗れないようで、ソディアの後ろに乗っている。

「騎士団にくっついてくなんて、おもしろくないだろ?」

「い、いえ…そんなことはないです」

「研究進めたいわな。でもまあ、どうだ?ばーんと手柄立てて、地位を築くのもいいんじゃないか?」

「はあ……」

ウィチルは困惑した様子で言った。

「自分の地位があがれば、研究資金も捻出しやすくなるぞ〜」

「ラナ、やめないか。ウィチルが困ってるじゃないか…折角協力要請を受け入れてくれたのに」

フレンが口を挟む。

「実際に私は副団長の地位が好きだぞ?隊はないから楽だし、かと言ってオヤジが口出してくるわけでもない」

ラナはふふんと誇らしげに笑ってみせた。

「またそんな事を……」

フレンはやれやれとため息をつく。


「副団長は人魔戦争に参加されたんですよね?」


ソディアが言った。

「おう。よく知ってるな。15歳んときだ」

「有名な話ですから……いつ頃から剣術を?」

ソディアが微笑みを返す。

「さぁ?覚えてるか?フレン」

ラナはぐるりとフレンの方に首をひねった。

「そうだな……僕が出会ったときはもうすでに、ラナには太刀打ち出来なかった、かな」

「そうだっけ?」

ラナはクスリと笑った。


「副団長と隊長は昔からのお知り合いなんですか?」


ウィチルが言った。

ソディアも聞こうか迷っていたところだった。

「そうだな。あれだよ、幼馴染ってやつ」

ラナは楽しそうに笑顔をみせた。








ハルルに到着して、フレン達は驚きを隠せずに居た。
樹は花が満開。おまけに結界も直っている。
ピンクの花びらが、頭上から舞い落ちてきて、地面までも花が咲いたように彩られていく。

「どーなってこーなった!まだ満開になる時期でもないだろ!」

ラナは樹に向かって声を上げるが、もちろんハルルの樹が返事をするわけもない。

「驚いたな……これは一体……」

フレンは樹を見上げて呟く。
もはや、空いた口が塞がらない、という状態だった。

「おお!騎士様!戻られましたか!」

騎士団服は目立つ。
すぐにフレン達を見つけた長が声をかけてきた。

「結界……どうやって直したんだ?」

「それが、三人組で犬を連れた方が直してくださって……ああ!その方々が、騎士様をさがしておられましたよ」

「間違いなくユーリ達だな……三人組って誰かと合流したのか」

「彼らはまだ街に居ますか?」

フレンがたずねたが、長は首を横に振った。

どうやらこちらを追いかけて、アスピオに向かったらしい。


「………なら、またハルルに戻ってくるでしょうね………手紙を預かって頂いてもいいですか?」


「あ、はい」
「ではあとで持って行きます」

「所で、樹は治癒術で直したのか?」

ラナが問うと、長は驚いた様子で頷く。

「よくお分かりになりましたね……最初は樹を治す薬を使われて、その後ですごい治癒術をお使いになったんですよ」

「……薬?だが、エステリーゼ様の仕業というわけか」

「信じられないよ……治癒術でこんな大きな樹を治すなんて……」

「まあ、結界も直ったんだし、結果オーライだな。もう疲れた。宿で休もう」









ラナは宿のベッドに寝転ぶ。

「フレン、ユーリになんて書くんだ?」

フレンは机に向かって、カリカリと筆を進めている。

「ちょっとまって………はい」

フレンは便箋を差し出す。

「……追いついて来い……ってか。なーにムキになってんの?フレン」

「別にそんなんじゃないよ。ユーリが帝都を出たことは僕も嬉しいんだ」

「まあいいさ、魔核ドロボウ絡みならノール港にくるだろ」

「ノール港に?」

「ああ、黒幕はそっちに居るらしい。シャイコス遺跡の件も、ラゴウとか言うノール港の執政官かもしれないしな。よからぬことやってるんだろ……」

「ノール港は今良くない噂もあるし、暗殺者を差し向けたくらいだから、よっぽど知られたくない事があるんだろうね」

フレンは、はぁ、と深く息をはいた。

「まあ、いいんじゃない?オヤジもワザと泳がせてるみたいだし」

「……騎士団長にも、お考えがあっての事なのかい?」

「ん、まあ…そうじゃなきゃこっちが困る」

ラナはベッドからするりと起き上がると、フレンの背中を撫でる。


「それより……今は2人きりなんだけど?」


そういった彼女の瞳は妖艶で、フレンは思わず顔を赤くした。

「……き、きみとは…その、何度かそういう事もあったけど……」

「なに、断る気?」

ラナはフレンの顎をぐいっとこちらに向けた。

「今はユーリが居るだろう……」

フレンは困ったように笑っている。

「あれは…ユーリも女と別れてすぐだったし、その場のノリ」

ラナは、その時の出来事を思い出したようで、クスクスと笑いはじめた。



「……もし、それが僕だったら……君は僕と付き合ってくれたかい?」



不意にフレンの眼差しが真剣なものに変わる。

「…さあ?もしなんてないから」

不敵に笑ったラナは、そのままフレンに口付けた。

「そうなってみないとわかんない」

触れるだけの優しいキスをしてそう言うと、ラナは部屋を出ていった。


パタンと閉じられた扉をみつめ、フレンは自身の唇に触れた。
熱い。そこからじわじわと熱が広がって行くように思える。別に初めてでもないし、それなりに女性の相手もしてきたつもりだけど、ラナにはかなわない。

昔からそうだった。歳上なだけあって、2人のお姉さん的な彼女はいつも先を行っていた様に思う。
人魔戦争の件だって、騎士団に入るまで知らなかった。

彼女は雲の様な存在だ。

そして2人の憧れでもある。

そんな彼女とユーリの間に何があったか知らない。
でも、ユーリが遊び半分で付き合うとは思えない。

小隊長になってから、何度かラナと寝た。

それでも付き合わなかったのは、どこか漠然と、ユーリに勝った気がしていたから。
自分はラナと深い関係なのだ、と。

「……なんでユーリなんだい…?」

縛り出した様なその問いに、返事はなかった。




ソディアが手配してくれた部屋で、1人休んでいたラナは、外に感じた気配に窓を開けた。

開け放った窓からは、気持ちのいい夜風が入ってきて、それと同時にクライヴも滑り込んでくる。

「はらへったーー!」

部屋に降り立って第一声にそう言ってダダをこねる。

「………」

ラナはため息をついて、両手を鳴らした。
一瞬で真っ赤なエアルが立ち込め、それも一瞬でクライヴが食してしまった。

「ラナも始祖の隷長だったらエアルクレーネいらずだよね」

クライヴはいたずらっぽく笑って、二つあるうちのベッドのひとつに腰掛けた。

「これはエアルクレーネが近くにないと使えないぞ」

ラナは窓を閉めて、クライヴの隣に寝転んだ。


「ってかさ、ラナは黒いのと金髪どっちが好きなわけ?」


彼の問いかけに、ラナは思わず目を見開いた。

「人間の営みに興味あるのか?」

「……別に」

クライヴはふんっと鼻を鳴らす。

「素直じゃないな、私の事だから気になるんだろー?」

ラナはぐしゃぐしゃとクライヴを撫でる。

「子ども扱いしてっけど、俺のが歳上だからな」

不服そうな顔でラナをみたクライヴだったが、特に嫌がる様子はない。

「性格が私よりも子どもなんだから仕方ない」

ひとしきり、クライヴの青い髪をぐしゃぐしゃにすると、彼女は手を離した。

「まあ、幼馴染なんてのはやっかいなもんだよ」

「やっかいなの?」

クライヴは首を傾げる。

「ああ……昔から知ってるけど、本当の根っこの部分は照れ臭くて見せ合わないから、その辺の知人よりわかりにくい」

「よくわかんない」

「どんな奴で、どんな風に振舞うか、よくわかるんだ。誰よりな……でも、何考えてるかってのは、よくわからんもんなの」

「ふーん。そぉいうもん?」

「そぉいうもん」

ラナはクスリと笑った。


[←前]| [次→]
しおりを挟む