暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



10年



ラナは心地よい微睡から、引き戻されるように目を覚ました。

何時の間にベッドに入ったのか、前後の記憶がどこかあやふやで、今日は何の日だ?などと下らない事を考えてしまった。

「意識ある?大丈夫?」

左側から耳慣れた声がして、彼女はそちらに首を捻った。
視線の先には、これまた見慣れた青い髪の少年が立っていて、ますます自分が意識を夢の中に手放す前に、何をしていたかがわからなくなった。

「倒れたんだよ。満月の子と話してる時に、突然」

疑問が顔に出ていたのだろうか。
クライヴは聞こうとした答えを、先回りして言ってくれた。


「ああ、そういやエステリーゼ様と話してたな……途中から記憶ないわ」

「だから倒れたんだってば……」

クライヴは呆れた、とため息をついて、隣のベッドに腰掛けた。



「思った以上に疲れてるのかも。ユーリたちは?」

「イエガーの所に行ったよ。ベリウスの友達がそっちに殴り込みに行ったらしくて、それを追いかけて…」

「なるほど、腹くくって死ぬ前に、色々とはっきりさせに行ったわけか」

ラナはベッドから起き上がる。


「……あのさ……俺らの契約の事、あいつらに話したよ」

気まずそうに言ったクライヴに、彼女は首を傾げる。

「なんでまた……よく話す気になったな、別にわざわざ言わなくてもいい事だろ?」

責める事無くケロリとそう言った彼女。

「……ラナが倒れるから、あいつらがもうエアルに触れない方がいいって言ったんだ。でもそれは無理だから……」

「そりゃ、悪かった。なら始祖の隷長が、エアルを食べるって話もしたって事だな?」

ラナの言葉に、彼はこくりと頷いた。

「……じゃ、ユーリ達はますます色々と知ったわけか」

「こういう世界のゴタゴタに、巻き込みたくないんだよね?」

「できればな……」

ラナは起き上がると、剣を腰に携えた。
そして、ちょっと街を見てくる、とクライヴに言って部屋を出て行き、彼は眉間にシワを寄せたまま、それを見送った。





宿を出ると、すっかり夜は更けていた。
随分ベッドの中に居たらしいが、街中が日常ではない雰囲気に包まれている事は、すぐにわかった。
怯える者、いきり立つ者、様々ではあるが、一触即発の雰囲気だ。



「戦士の殿堂がなんだ!俺たちは負けない!」


男が怒声を飛ばしながらかけて行く。


「なにがあったんだ?」

ラナは近くの露天商に声をかけた。
彼はいそいそと店じまいを始めている。

「何って……戦士の殿堂が攻めてきたんだよ!入り口の大橋んとこに何十人も居るって話だぜ」

「ふーん」

「ふーんってあんた……こっちは今日は商売どころじゃねえわ」

「おう、気をつけて家に帰ってな」

ラナがそう言って笑ったので、ああ、と困惑した表情で露天商は返事をした。




彼女は様子を見るため橋へと向かおうとしたが、その方向から走ってきた少年に、足を止めた。

「カロル!!」

彼女が声をかけると、彼はハッしたように立ち止まった。

「ラナ……」

しゅん、と眉を下げたカロル。
不安と惨めさを含んだように見えた彼の瞳が泳ぐ。

「ユーリたちと行かなかったのか?どうした?」

ラナは踵を鳴らして彼に近付いた。

「いまにもユニオンと戦士の殿堂が戦い始めそうだったから……止めようと思って残ったんだよ……」

はあ、と肩を落とした所をみると、結局怖くて何も言えなかったのだろう。
1人でやろうというのだから、別にそれでも悪い事はないが、彼は自分がどこまでも情けない…とでも言いたげな顔をしていた。



「別にさ、ギルドのボスだからって1人で頑張る必要ないだろ?」



「でも、あんまりにも…ボクってダメだなあって…ユーリにあんな事言っておきながら……」



「ゴツイおっさんだらけの中で1人、声をあげれる事の方がおっかないさ。そんな事出来る子供は普通じゃないだろ?」



そう言ってやれやれ、と手をひらりと振るラナ。
カロルは、ナンならできるだろうな、と俯いた。

「ボクは……弱いから……戦いの時も、足引っ張ってるし……」

「もっと経験を積めば、強くなるだろ?ユーリだって産まれた時からあんなに戦えたわけじゃないぞ?」

ラナは、膝をついて彼に目線を合わせる。

幼さが残る丸い瞳はゆらゆらと揺れていて、少しだけ涙が溢れそうだった。

「得手不得手があるんだよ、誰だって。私もユーリも魔術は全くダメだし、リタだって近距離戦は素人以下だ。カロルは足は遅いけど、敵に撃ち込む一撃はめちゃくちゃ強い。みんなで戦うんだから、足りない所を補い合っていけば、それでいいんだよ」

彼女はじっとカロルを見つめ続ける。

「……頼りないボスだよね…やっぱり…ドンみたいにはなれないのかな……だからジュディスも…」

「ドンも、1人でなんでも出来るわけじゃないと思うぞ?戦いだけじゃ無くて、その他にもいろんな事があるよな?料理……手先の器用さ、口の巧さ、お金のやりくり、知識の多さなんかもそうだ」

「……そうだよね、全部得意な人が居たら、ボクびっくりだよ」

そう言って少しだけ頬を緩めた彼に、ラナはにっこりと笑顔を返した。

「ちゃんとわかってるじゃないか、カロル」

こくり、と頷いて拳を握った彼は、少しだけ自信を取り戻したような顔をしていた。

「ジュディの事も、ちゃんと話し合って解決すればいい。意味も無く魔導器を壊したりしないだろ」

「うん、なんかやっぱり元、でもラナって副団長っぽいね」

ニコっと笑った彼に、ラナは肩を竦めた。

「隊員ゼロの部隊だけどな」

「え?そうなの?」

キョトンとした様子の彼に、これ以上質問をさせないかのように、彼女は1番聞きたかった事を投げかけた。


「でさ、橋のとこ、どんな感じだった?」


「にらみ合いって感じ……いつ戦いだしてもおかしくないよ」

「そっか…ドンはいつ戻って来るんだろうな……」

ラナは夜空を見上げた。
結局、今の所はアレクセイの思い通りに、すべて事が運んでいるのだろうか?
口だけでまだなに一つで来ていないラナ。
きっとそれを見越して、アレクセイは彼女を捕縛しようとはしないのかもしれない。


騒がしい雰囲気の街は、真夜中でも静まる事がなかった。






朝が近くなった頃、ラナはクライヴとダングレスト上空を飛び回っていた。
1人で出かけようとした彼を引き止め、彼女が飛ぼうと誘ったのだ。


「始祖の隷長、すっかり最近は少なくなったよ」


クライヴはさみしそうに呟く。

「やっぱ、昔はもっと居たのか?」

明け方前の冷たい風に、ラナはぶるりと体を震わせた。

「元々少ないけど、今よりは…居たかな」

「最近は聖核を狙うやつが多いからだよな?」

「それもあるかも。だし、始祖の隷長になるには時間がかかるから……」

「そっか、バウルも若いって言っても数百年は生きてるんだっけ?」

「うん……あ………」

クライヴが、ふとバサバサと羽根をはためかせた。

「どうした?」

「あれ、ベリウスの友達」

クライヴが旋回し、ラナにも見えるよう体を傾ける。

森の中を駆けて行く白髪が目に入ったので、彼女は降りてくれ、と彼に頼んだ。






わざと羽根の音を立てて、ドンの目の前に舞い降りたクライヴ。

ラナは彼の背から飛び降り、ドンに軽く会釈をした。



「あの時のガキか……」


ユニオンの統率者、天を射る矢のボスでもあるドン・ホワイトホースが言う。
やや怪訝な顔をしていたが、ラナが誰か理解したらしい。


その鋭い視線は、始祖の隷長本来の姿、氷の羽根を持つ大鳥であるクライヴにも向けられた。
ドンは彼にも見覚えがあり、ふと10年前の悲惨な記憶が蘇る。


「会えるとは思わなかったよ」


ラナは不敵に笑ってみせた。
その笑みに、少しだけ不満そうにも見えたドンの表情。

なにも言わない2人の間に、ざぁっと風が吹き抜ける。
すっかり白んでいる空を見上げて、彼は眉を寄せた。

「わりぃが今は時間がねえ。用事が無いならてめぇと話すこともないんだがな」

「……引き止めて悪かった。だが、一言だけ………ベリウスを死なせてしまって悪かった」

ラナは深々と頭を下げる。



「誰が黒幕かはわかってんだ。てめぇも、俺もな。その謝罪は意味がねえよ」


「わかっていながら、あんたは自分の命を差し出すのか?黒幕の狙いは、そこまで含まれてるかもしれないのに」


ラナの言った言葉に、ドンは声をあげて大笑いした。
それに怪訝な顔をした彼女は、笑い事か?と呟く。


「おかしな事いうじゃねえか。それでもケジメつけんのがギルドなんだよ。それが俺の覚悟だ。てめぇにゃ覚悟がねえようだな……10年前はそれなりに気持ちが定まってたように見えたがな」



「……バカ言え」

ラナは首を振る。

「昔のあれは覚悟じゃない、自分の命をドブに捨ててもいいって考えてただけだよ」

そう苦笑いした彼女に、ドンはにやりと笑った。



「褒められた事じゃねえがな、子どもながらに大したヤツだと思ったもんだ」

「じゃ、今はダメって事か?」

眉を下げて肩を竦めた彼女に、ドンは途端に険しい表情をし、言った。




「ボケてふらふらしてんのは、性に合わねえんじゃねえのか?てめぇの事なんか大して知らねえが、レイヴンとは違ったタイプの腑抜けだな」



「………辛辣なお言葉で。じゃあ達者でな。あんたの覚悟とやら、しっかり目に焼き付けさせてもらうよ」








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