暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



覚悟があるなら



クライヴが暗い雰囲気の船に舞い降りると、1番に駆けて来たのはユーリだった。

始祖の隷長である事に驚いていたのは皆同じだったが、ハリーだけは魔物の姿にびくっと身体を震わせた。

「ラナっ…」

改めて傷だらけのラナを見て、ユーリは眉を寄せる。
クライヴは彼女を背から降ろすと、姿をいつもの少年に変えた。

ユーリは、抱きとめるように彼女を受け止める。
片手で背を支え、そっと頬を撫でると、彼女は苦し気に顔をしかめる。

「……くっ……」


「ラナ……ごめんなさい…」

エステルは彼女に駆け寄り、治癒術を使おうとしたが、



「やめろ!!」


そう怒鳴ったのは、クライヴ。


彼女はビクリと体を硬くして、嫌な空気が流れる。

「……ご、ごめんなさい…怪我を治そうと……」


「お前の力はっ!…ベリウスを殺したっ!」


「……ごめんなさい……ほんとに……」

俯いてぎゅうっと手を握りしめるエステルを、クライヴは憎らしげに睨んだ。



「お前のせいだ……お前の……っ!……ぜんぶ……」

じわっと彼の瞳が、涙で滲む。





「お前が死ねばよかったんだ!!」





「クライヴっ!!」

ユーリが堪らず声をあげたが、ぼろぼろと涙を流す彼を見て、ぐっと踏み止まった。


「すみません…ほんとうに…わたし……」


エステルも、痛烈な言葉に涙をこらえることなど出来ず、苦しげに眉を寄せる。



「…ク…ライ…ヴ……」



ラナは、波の音に消されてしまいそうなほど、微かに声を絞り出した。

皆が驚きに彼女を見つめると、ユーリの手を優しく解いて上半身を起こした。

「おいで……」

弱々しい手を伸ばした彼女に近付き、クライヴは頬を伝う涙を拭って膝をついた。


傷だらけの手を伸ばして、ゆるく髪を触っていくラナ。

力が入らないのか、くしゃくしゃと撫でても、いつものように彼の群青色の髪を乱すことは無い。

その手があんまりにも優しくて、クライヴは拭ったばかりの涙がまたこぼれ落ちそうになる。


「ごめんな……私がもっとしゃんとして…いれば……」


「違う……ごめん…こんな事言ったらいけないってわかってる……でも……」


俯いた彼の手の甲に、ぽた、ぽた、と、雫が落ちた。

ラナは優しく笑って、彼を抱き寄せた。
痛みで身体を動かすのも辛いはずなのに、そんな事はおくびにも出さずに、



ぎゅう

っと。



ラナは、何も言わずに彼の頭を撫でる。

彼女のその表情が、見た事がないくらい優しすぎて、ユーリは思わず目を細めた。

「…うっ……ううっ……」

嗚咽を漏らしながらむせび泣くクライヴは、まさに姿通り子どものように見えたが、ユーリ達にとっても、彼がどれだけ悲しいのかわかってしまった。


エステルを責めずにいられない、彼の気持ちも。


「俺……どうすればいい…?」

涙声で言ったクライヴに、彼女は優しい笑みを崩さずに言う。

「どうしたい?」

「わかんない……」

「じゃあ、今日のところは保留」






「とにかく、魔導器なんとかしないとな……」

ユーリの言葉に、リタは頷いた。

「なんとかするわ…」


「とりあえず、グミかなんかくれない?」

ラナは、クライヴの背をぽんぽん、と撫でながら苦笑いした。









「中で休まなくていいのか?」

ユーリはラナに言った。
彼女は甲板で、壁にもたれかかって座っているだけなのだ。


「いいよ、クライヴ寝ちゃったから」

彼女は眉をさげた。
その膝を枕に泣き腫らした目を閉じて、クライヴが眠っている。


「……始祖の隷長、だったんだな」

ユーリは彼女の隣に腰をおろした。


「………ああ…言わなくて悪かった」

「いや……フェローの事とかも、聞いていいのか?」

「それはどうだろうな……クライヴは始祖の隷長の中でも、結構はみ出してるタイプでさ」

ラナはそっとクライヴの頭を撫でた。

「ベリウスがこいつの面倒見てたって感じなんだよ……」



「だったら、フェローの意思がクライヴの意思じゃないってことか」

「フェローの意思は、始祖の隷長の総意。そうは思っているが、各々想いはあるだろうからな…直接聞くのが1番かもしれないな」



「会いに行って平気なのか?」



ユーリは少し心配そうに言った。
なにしろ、始祖の隷長であるベリウスが死んでしまったのだから。


「それはエステリーゼ様が決める事だろ………でもまあ…いきなり襲ってくるって事はないよ。悪いけど、フェローの事は私もよく知らないんだ……クライヴはフェローが嫌いだからな」


「ふーん、確かに相性悪そうだな」

「お、よくわかってるな、ユーリ」

「そうでもねえよ。なぁ、俺も膝枕されたいんだけど」

「今は満席だよ」

「ウソだよ。怪我人」

ユーリは不敵に笑って、彼女の頭を撫で、離れていった。



「ねえ、騎士団とギルドが同じ場所で動いたのって、偶然じゃない気がするんだけど」



腫れぼったい目を擦って、クライヴが言う。

「起きたのか?」

ラナがそう言って笑うと、彼は身体を起こした。

「うん」

「やっぱ、騎士団が居たのか?というか、ベリウスの聖核はどうなった?」

「ラナがダウンした後、金髪の隊が闘技場に乗り込んで来た。聖核は黒いのが持ってる」

「そうか……おそらくは聖核を手に入れるために、ベリウスを……ってとこだろうな」

「ギルドを動かしたのは誰?あのおっさんじゃないよね?」

クライヴはくいっとあごでレイヴンを指す。


「違うな。たぶん、知らなかったんだろうな……それにああ見えてドン・ホワイトホースを慕ってる。ユニオンを絡めて戦士の殿堂の統領に何かあれば………」


「ユニオンと戦士の殿堂が戦争、でしょ?」

「……いや、ドン・ホワイトホースの意思で動いたならそうだろうが、たぶん同等の対価で事を収めるだろ」

ラナはため息混じりに言った。


「……ってことは同じボスの死…か……」


「だろうな……アレクセイは前からドン・ホワイトホースを煙たがってた。もともと、ダミュロンがギルドに出入りするようになったのも、殺害を目論んでの事」

「だったら……」

クライヴは顔をしかめる。

「ベリウスが死に、聖核を手に入れ、ユニオンを絡ませてドン・ホワイトホースも死ぬ。一石二鳥の作戦だったってわけだ」



「……ていうか、もうオヤジ、って呼ばないんだ」


「ああ、私にとって、絶対的な悪になった」

「だとしたら、ユニオンを動かしたのは……?」

クライヴの言葉に、ラナは眉を寄せて少し考えてから口を開いた。



「イエガー」



「ああ、海凶の爪?」

「あいつ、アレクセイの使いっ走りだからな……ダミュロン以上に極秘だけど」

「透明の刻晶も奪おうとしたしね」

「どっからアレの事知ったのかわかんないけど、やっぱ好かないわ……あの男」

「じゃあ、あそこでしょげてる男は、うまいこと言われてはめられたってわけか……」

クライヴは、膝を抱えて座っているハリーを見つめた。


「全部、アレクセイのせい。さて、どうするかなぁ…」


ラナは大きく息を吐いて、肩を竦めた。






「エステリーゼ様、少しよろしいですか?」

まだ潮に流されるフィエルティア号。
ラナは、1人海を見つめるエステルに声をかけた。

彼女は頷いて、後悔と自責を含んだ瞳が、こちらを見つめ返してきた。


「先ほどは、クライヴが失礼を致しました。詫びた所で、あなた様を傷付けた事は変わりませんが……」

「いえ……」

エステルはふるふると首を振った。



「わたし…とんでもない事をしてしまいました……クライヴに…合わせる顔がないです…」



「フェローにも?」


ラナが彼女を試すように問うと、少し俯いて不安そうに瞳を揺らした。

「始祖の隷長が、忌み嫌う力……」




「もしも、フェローに会う事をおやめになるのでしたら、私が知っている限りで、満月の子の力についてお話しします」




「えっ!?……それって…」


「ですがあくまで、私が知っている範囲で、です。私は始祖の隷長の事についても黙っていた……それが今回の事を招いて、エステリーゼ様を苦しめる結果になってしまいました。あなた様が私を責める権利だってあります」


「………いえ、責める事はできません。ラナはいつもわたしに選ばせてくれていました…」


エステルはぎゅっと目をつむった。
涙をこらえるように。


「答えを用意する事のほうが簡単だって、それくらいわたしもわかってます……でもラナは言いましたよね。保留でいい、間違ってたら止めるって……そうやってわたしが成長できるように道を作ってくれた……」


堪えたはずの涙は、彼女の瞳から溢れ出した。


「応えられなかったのはわたしのせいです……誰も責める事はできません…いえ……そんな資格…わたしにはありません……」




「本当は、失敗も挫折もいくらでもしてもいいんです」

ラナは彼女の頬を伝う涙を、そっと手で拭って、言葉を続ける。



「でも、命が関わる時は……失敗は許されない」



「わたし…」

「正直、厳しい事を申し上げますが……」

「言ってください…」

エステルはラナをまっすぐに見つめた。



「……エステリーゼ様は、結果的にベリウスを殺しました」



その言葉に、エステルはぎゅっと眉を寄せ、両手を握りしめた。
様々な思惑が重なったが、それは変えられない事実だ。


「きっかけは魔狩りの剣ですし、とどめを刺したのは私です。ですが、フェローはそうは思わないでしょう。その責め苦を受ける覚悟がおありなら、フェローに会って、真実を確かめるべきです」


ラナはそう言って、もうひと呼吸おいた。



「ですが……そうまでせずとも、私から説明する事もできます。フェローの考え以外は。どちらを選ばれるかは、あなた様次第です」



彼女の言葉は、エステルにとって重く、厳しい事だった。

フェローに会わずとも、満月の子の事について聞ける。
わかる範囲、と言ったラナだが、彼女は多くの事を知っているだろう。
そこに、自身が望む答えはある。

だが、彼女に聞く、ということは、覚悟が出来ない、という事でもあるのだ。

そこまでわかっていて、すぐに返事が出来ない自分を、嫌いになってしまいそうだった。






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