暗緑の灯火
わだかまりを残して
クライヴは上空で、フィエルティア号を眼下に夜風を受け、じぃっとユーリ達が戻ってくるのを待った。
月のない暗い夜は、星がやけに明るく見える。
夜海の水面に映りゆらめく結界の光輪が、街を包囲している騎士団船の物々しい様をどこか和らげて、静かで穏やかな夜のようだと錯覚させる。
一体これのどこが粛然な夜だと言うのだろうか。
今ふつふつと彼の中に湧き上がる気持ち、それは
満月の子がベリウスを殺し
ラナに重傷を負わせた
その満月の子が
憎い
今よりずっと昔
魔導器を作ったのはクリティア族だった。
だが最もエアルを乱し、世界を乱したのは満月の子だった。
忌まわしい力
癒しの術は多く人間が歓迎したが、その力を使う度エアルは乱され、エアルクレーネは暴走した。
それによって枯渇し、枯れた土地すらあるというのに、満月の子は再び始祖の隷長を苦しめる。
近くでエステリーゼという人物を見てきた。
それによって、ラナとの関係のように人間と始祖の隷長、という垣根を越える事は無いとはわかっていたが、現実はもっと悪かった。
優柔不断で偽善的。
クライヴにとって、彼女はそんな風にしか写らなかった。
"満月の子"という色眼鏡は、もちろん否定できない。
殺してしまえばいい、と思っているわけでもない。
しかしクライヴは、いい意味でも、悪い意味でも、とても人間的で、始祖の隷長らしくない考え方をする。
彼にとって"エステリーゼ"という人間は傲慢にすら思えたのだ。
優しき心、と言ったベリウスの気持ちは、とても彼には飲み込める言葉ではない。
「知らなかったら……殺していいのかよ……」
悔しさが滲み出るような彼の言葉。
エステリーゼを責めてはいけない、でも心はそれを受け入れられない。
誰かのせいにする事の方が、こんなにも簡便で、こんなにも優しい。
もちろん気散じでしか無いのは、彼もわかってはいるが。
ぐるぐると思考をめぐらせていると、ユーリ達が船に乗り込むのが見えた。
海は騎士団の船だらけだが、突破はできるのだろうか?
他人事のように考えていると、船はあり得ない速度で加速を始めた。
ぐんぐんと水を切って進んで行く船は、空からもはっきりと見えるほど、駆動魔導器が光を放っている。
それがヘルメス式だということも、彼にはわかっていたが…
「ミツバチは、どうするかな……?」
少しだけ不機嫌そうに、呟く。
今これだけの速度があれば、騎士団の船など容易に突破できる。
が、彼女はそうとわかっていながら、それを壊すのだろうか?
ひた隠しにしてきた、皆の前で、白装の鎧もなく。
しかし、みるみるフィエルティア号はノードポリカを離れて沖へ出て、騎士団の船など、もともと居なかったかのように振り切った。
クライヴは高度をゆっくりと落とし、船に近づく。
が、突然にも駆動魔導器は煙をあげて、船は緩やかに速度を失っていく。
見ればジュディスが槍を握りしめていて、責めるようなリタの怒鳴り声が上がった。
言葉までは聞き取れなかったが、明らかに動揺しているのはわかる。
高い音の咆哮が聞こえ、クライヴが目線をそちらに向けると、若い始祖の隷長、バウルが一直線に空を泳いできた。
《迎え?》
《友達が泣いてる》
バウルはクライヴの問いに、それだけ言って船に身を寄せた。
そしてジュディスは彼に飛び乗り、その場を去った。
彼女の背中を見つめながら、ガラガラと、様々な"今まで"が崩れ去るかのように思えたのは、きっとクライヴだけではない。
停滞していたかのように思えた事が、急加速を始めた。
ーーベリウスの死によって。