暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



身を賭して



月のない夜になり、一行は恐々としながらベリウスに会うべく闘技場へと向かった。
ナッツに声をかければ、ドンの使いだったな、と頷く。

「そちらは通っても良いが、他の者は控えてもらいたい」

続いて出たナッツの言葉にリタが不満そうに言った。

「あたしらが信用できないっての?」

「申し訳ないがそういう事になる」

別に何も企ててはいないが、この場で彼を信用させ、納得させられるとは思えない。

これは諦めるかな?とラナが思った時、扉の向こうから中性的な声が響く。



「よい。皆通せ」



「統領!しかし…!」

ナッツは心配そうに言った。


「よいというておる」

返って来た声は優しいが、何処か有無を言わせぬような雰囲気だ。

「…………わかりました。ですが、くれぐれも中で見た事は他言無用に願いたい」

ナッツは扉から身を引き、ユーリ達を見つめた。


「わかった、約束しよう」

彼はこくりと頷いた。








少し長い階段を上がり、ユーリ達が統領の部屋に入ると、中は真っ暗だった。

「みんないるよな?」

ユーリが声をかければ、全員の返事が返ってきた。

部屋に少しずつ灯りが灯ると、そこには巨大な狐のような姿の魔物がこちらを見つめている。

「罠とはね……」

ユーリは素早く鞘を投げたが、ジュディスがそれを制した。

「罠じゃないよ」

そう言って柱の向こうから現れたのは、クライヴだった。

「え?クライヴ、なんでここに?」

カロルが首を傾げたが、彼は意にも介さず言葉を続けた。


「彼女がベリウスだよ」


「わらわがノードポリカの統領、戦士の殿堂を束ねるベリウスじゃ」


ベリウス、と名乗った魔物に、ジュディスとラナ以外が目を見開いた。

「あなたも、人の言葉を話せるのですね」

「先刻そなたらはフェローに会うておろう。なれば、言の葉を操るわらわとて、さほど珍しくもあるまいて」

ゆったりと微笑んだように見えたベリウス。


「あんた、始祖の隷長だな?」


ユーリの質問に、彼女は頷いた。

「ドンのじいさん……知ってて隠してやがったな」

レイヴンはやれやれ、と言った様子で呟いた。

ドン、と言う言葉に反応を示したベリウスに、彼は預かってきた手紙を差し出して言う。


「ドン・ホワイトホースの部下のレイヴンだ。いまさらあのじいさんが誰と知り合いでも驚かねえけど、一体どういう関係なのよ」


彼女は手紙を受け取ると、封を開けながら質問に答える。

「人魔戦争の折に、色々と世話になったのじゃ」

「え……じゃあ黒幕って話は本当なんですか?」

カロルはびくっと肩を震わせるが、彼女は、ほほっと笑って首を振った。


「確かにわらわは人魔戦争に参加した。しかしそれは始祖の隷長の務めに従ったまでの事…黒幕などと言われては、心外よ」



「人魔戦争が、始祖の隷長との戦い……」



カロルは困ったように眉を寄せる。
そんな事は知りもしなかったから。


「いずれにせよ、ドンとはその頃からの付き合い。あれは人間にしておくのは惜しい男よな」


「じいさんが戦争に関わってたなんて話、初めて聞いたぜ」


「やつとて話したくない事はあろう。さて、ドンはフェローとの仲立ちをわらわに求めておる。無下にはできぬ願い、承知しておこうかの」

その言葉に、レイヴンは胸を撫で下ろした。



ベリウスは一瞬、ラナに視線を向けた。
すると彼女は眉を下げて、皆に見えないように首を振ると、そっと部屋を出た。


「さて、用向きは書状だけではあるまい。のう、満月の子よ」


ベリウスの言葉に、皆が息を呑んだ。
その間にクライヴもこっそりラナの後に続き、静かに閉められた扉は中の音を遮断した。





「どうしたの?」



クライヴが首を傾げるが、ラナはスタスタと階段を降りて行く。


「下が少し騒がしい……お客さんみたいだ」

彼女は、にぃ、っと笑って唇を舐めた。

「趣味悪い顔してるよ」

「クライヴこそ」

ラナは剣を抜くと、走り出した。

階段を降りれば騒がしさは増していて、そこでは戦士の殿堂と魔狩りの剣のギルド員達が刃を交えていた。

彼女は首を傾げる。
騎士団ではなく、ギルド同士が戦っているとは、思いも寄らなかった。

ユニオンでは、ギルド同士の争いを禁じているはず。
おまけに、戦士の殿堂と魔狩りの剣では規模が違いすぎる。

いくら魔狩りの剣が始祖の隷長を嫌っていようと、相手がギルドである限り喧嘩するにも分が悪いのではないだろうか。


親玉を探して、闘技場まで出るとナッツが魔狩りの剣に囲まれていた。


残念ながらラナが望む人物はそこには居らず、三日月形の身の丈ほど大きな刃がある剣を携えた少女が指揮をとっていた。

ラナは思い切り地面を蹴って、魔狩りの剣を飛び越えナッツの隣に並んだ。


「ギルドに、えにしはないが友人の恩人、ベリウスの頼みだ。協力する」

「ありがたい……」

ナッツは噛みしめるように言った。
余程状況が悪いのだろう、彼は傷だらけだ。

「悪いが治癒術は使えない。まだ戦えるか?」

「戦士の殿堂を舐めてもらっては困る」

彼は剣を握る手に力を込めた。

「それは悪かったな」

ラナはどこか楽しげに笑って、剣を構え直した。


「貴様もベリウスの配下か!?魔物に組みする輩は容赦しない!」

魔狩りの剣の1人が地を蹴ったのとほぼ同時に、一斉に2人に向かってきた。



ラナが加勢をしたものの、状況は思わしくない。

狂気すら感じる魔狩りの剣のギルド員達は、2人がどれだけ斬りつけようが向かって来る。



「闘技場は現在、魔狩りの剣が制圧した!速やかに退去せよ!」

ナンの声が響く。

「ナン!もうやめてよ!」

続いて聞こえたのは、カロルの声。

「話が終わったにしては、早すぎるな……」

ラナは眉を寄せた。
彼らが降りて来たという事は、彼女が探していた人物2人はベリウスの所だろう。

上を見上げてベリウスの部屋を見つめる。
状況はわからないが、いくら彼女でもあの2人の相手は骨が折れるのではないだろうか?





「お前勝手に居なくなるなよ!」



こちらに駆けて来たユーリが声を張った。
皆も続いて、魔狩りの剣と刃を交える。


「悪い、話はできたのか?」


ラナは剣を振り切って、目の前のギルド員をなぎ払った。



「途中で邪魔が入った」

「だろうな、あとでゆっくり話せばいいさ」

「まずこいつらなんとかしねえと、なっ…」

くるりと剣をかえしたユーリは、目の前の1人を倒す。



皆も加勢して形勢逆転できたとき、エステルはナッツに治癒術を施した。

礼をいう彼に、彼女は安心したように笑顔をこぼした。



そしてラナが、クライヴと共にベリウスの所へ行こうと駆け出した次の瞬間、ガラスが大量に割れる音が響いた。

振り返ると、クリント、ティソンが上から落ちて来て、追随するかのように傷を負ったベリウスも落ちて来た。


「なっ……!」

ラナは破片を避けるように飛びのいた。




「ベリウス様!!」

ナッツの悲痛な声が響く。

「ナッツ、無事のようだの。まだやるか、人間ども!」

ベリウスはクリント達に一喝するが、彼らは悪態をついて再び彼女に向かって行く。

ジュディスがそれを食い止める。


そして

エステルが駆け出した。




「すぐ治します!」




「ならぬ!そなたの力は……!」



「だめ!」
「やめろ!!」

ジュディスとクライヴが反応し、ラナも止めようとエステルを追いかけるが


彼女は治癒術を使った。







「ぐぁああああああっっ!!」



獣のようなベリウスの叫び声と共に、彼女の全身が光りはじめる。

眩しいその光は、彼女を包んでいく。




「こ、これは……一体……」

エステルは何が起こったのか訳がわからず、よろよろと数歩下がって口元を押さえた。


「遅かった……」

ジュディスはぎゅうっと拳を握りしめた。

「エステルの術式に反応した…?でも、これは……」

リタが目を見開く。

「………うそ…だろ…?」

クライヴは全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。




「わたしのせい……?」





ベリウスは狂ったように暴れ出し、闘技場の壁を破壊した。
砂埃が舞い上がり、けたたましい音と共に瓦礫が散る。


「もう、助けられない……」

ラナはきゅ、っと靴を鳴らした。




「きゃぁ!!」


立ち尽くすエステルをベリウスが吹き飛ばす。

「エステル!!」

リタは慌てて彼女に駆け寄ると、しっかりしなさい、と声を荒げた。

「モルディオ危ない!」

ラナが声をかけたときには既に遅く、リタもベリウスの攻撃をまともにくらい、壁に打ち付けられた。


「やるしかない!!」


ユーリは地を蹴った。

「そんなのって……!」

カロルは少しだけ戸惑って、ユーリに続いた。

ラピードが追い越して向かっていき、下から斬り上げた。
尽かさずユーリの剣がベリウスを空中で迎撃し、ジュディスが上から地面に叩きつけた。

カロルはそこへ、畳み掛けるように剣を振り下ろす。

レイヴンは魔術を唱えはじめ、パティもベリウスに銃弾を撃ち込んだ。

「……無理だ」

ラナは眉を寄せる。




ベリウスは、猛攻に怯む事無く立て直し、すうっと手をかざす。

すると燭台に火が灯り、彼女の身体は分身して2人になった。

一体は近くに居たユーリ達を吹き飛ばし、もう一体はレイヴンとパティを攻撃した。




「……クライヴ」



ラナはへたりこむクライヴを射抜くように見つめた。



「どうしよう………」


「私を空中まで運べ」


彼は戸惑いを隠さずに、揺れる瞳でラナを見つめる。


「それって………俺、やだよ……」


「早く。このままじゃベリウスが、あんまりにも可哀想だろ」


その言葉にきゅ、っと眉を寄せて彼は立ち上がる。


「後は頼むぞ」

ラナがそう言うと、クライヴは鳥の姿に変わり、翼を広げた。

その背に彼女は飛び乗って、彼は思い切り地を蹴ると舞い上がる。





「クライヴ……始祖の隷長だったのか……」

ユーリはふらりと立ち上がり、宙を駆けて行く2人を見つめた。


「……一体……何を……?」

ジュディスが困惑したように顔を顰める。





「クライヴ、みんなをベリウスから離してくれよ」

ごうごうと風を受けながら、ラナはぎゅうっと剣を握る。
ほぼ垂直に昇って行く背に、しがみつきながら。



「死なないで」


ぽつり、と呟いた彼は、羽を羽ばたかせて宙に止まった。


「……ああ、善処する」

ラナは、剣の腹を思い切り左の手のひらで叩いた。

吸い寄せられるように集まり始めたエアルを、クライヴは確かめるように首を振って、ラナをさらに上へと飛び上がらせる。


そして一気に地上めがけて降下した。

一本の矢のようにものすごいスピードで。


ラナはエアルをかき集めるように、二、三度剣を振って緩やかに重力に従い落ちて行く。


「悪かったな……ベリウス……」





「ベリウスから離れろ!」

クライヴはユーリ、ジュディス、カロル、ラピードをひっ掴むように羽で遠くに押しやった。

「な!?」

ユーリは突然の事になす術も無くそれに従うしかない。

軽々と飛ばされた三人と一匹に続いて、レイヴン達を足と口で掴むとユーリ達の所に投げつける。


「……おぉわっ!」

咄嗟に受け身を取ったレイヴン。

エステルはユーリが受け止め、リタはジュディスが受け止めた。
ごろごろ転がるパティをラピードが首根っこを咥え、皆一様に困惑した様子で、空から落ちてくる真っ赤な塊を見つめた。


「…もしかして、あれって……」

リタはハッとして眉を寄せる。

そして彼らを断絶するように、クライヴがベリウスの周りに分厚い氷の壁を作った。


「……!あれはエアルの爆弾よ!!ラナやめて!!」

リタが声を張り上げるが、大きな塊になったラナは、ベリウス向かって一直線に落ちて来た。


「うぉりゃああ!」


ラナはエアルの塊を小さく収縮させ、自分ごとベリウスに突っ込んだ。

ドォォォォォォン


耳を劈くような轟音と共に、それは弾けて爆発した。

氷の壁が盾になたったが、役目を終えてそれは溶けるように崩れ去った。

もうもうと上がる砂埃。
それが晴れるまでユーリやナッツ達は動けずにいたが、クライヴはひらりと爆発があった場所に舞い降りると、姿を戻した。

「ラナ!」

泣きそうな顔で彼は叫ぶ。

そして、砂埃が落ち着くと、ぐったりと倒れて居るラナが、ユーリ達からも見えた。

傷だらけで意識もない様子だ。

「……っ!」

ユーリは誰よりも早く駆け寄った。

「無茶しやがって……」



 「ベリウス様!!」

ナッツの声に振り向くと、倒れこんだベリウスの身体から青い光がはなたれはじめた。
いつの間にか分身は消えていて、彼女はボロボロで倒れている。

「こんな結果になるなんて……」

ジュディスは目を伏せる。

「ごめん…なさい……わたし……わたし」

エステルは覚束ない足取りで歩み寄る。

「気に……病むでない……そなたはわらわを救おうとしてくれたのであろう…」

ベリウスの言葉に、なおも謝り続けるエステル。

ごめんなさい、ごめんなさい、と涙を流しながら。

「力は己を傲慢にする。だが、そなたは違うようじゃな。他者を慈しむ優しき心を……大切に……するのじゃ……フェローに会うがよい…己の運命を確かめたければ……」

ベリウスは立ち上がり、ナッツを見つめた。

「ナッツ、世話になったのう。この者たちを恨むでないぞ」

彼は悲痛な声をあげ、膝をつく。

「クライヴ、そなたも……」

ベリウスはクライヴに微笑みかけるが、彼はふいっと顔を背けた。
その頬には、涙が伝う。


「待ってください!だめ、お願いです!行かないで!」

エステルは涙を流して声を上げるが、ベリウスの身体は光に包まれ消え去り、あとには光り輝く石が浮かんでいた。


「これは……聖核……」

リタがつぶやく。

「どういう事なのじゃ……?」


「わらわの魂、蒼穹の水玉を我が友、ドン・ホワイトホースに……」

凛とベリウスの声が響いたかと思うと、辺りは静寂に包まれた。


「……ハリーが言ってたのはこういう訳か」

レイヴンは眉を寄せた。




「そこまでだ!全員、武器を置け!!」



声を張り上げたのは、ソディアだ。

闘技場には静寂を破るように、騎士団がわらわらと突入して来た。

クライヴは再び鳥になると、意識のないラナを背に乗せて舞い上がった。

「おい!どこいくんだよ!」

「ラナを抱えては逃げられないでしょ?そっちはそっちで切り抜けてよ。船で待ってる」

ユーリにそう言って彼は闘技場を後にした。



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