暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



三人の幼馴染



深夜にもかかわらず、監視から解放された住民達は、ぞくぞくと外へ出て来て、街はあっという間に賑やかになった。
元々の気質もあってか、すっかりお祭り騒ぎでフレン隊を賞賛している。



そうまでなっても、ラナは同じ場所で座り込んだままだった。

忙しなく街を駆け回る騎士、小躍りしながら喜ぶ住民。

それを見つめていても、彼女の心は身体から離れてしまったのでは、と思う程見るものに現実味が無く感じられて、暗く沈んだ気持ちが押し寄せてくる。


剣は人を守るためにある。


ユーリもそれはわかっている。
いや、わかっているからこそ、剣を振り下ろすのだ。

守るために。

しかしラナには拭いきれない気持ちがある。

ユーリがそこまでして"他人"を守る必要があるのだろうか。

そばにいたい、と言うくせに、こちらの気持ちはおざなり。
どうしても彼が自分の人生を賭することが、受け入れられないのだ。



どのくらい、そこに座り込んでいただろうか?

じっと地面を見つめていたのだが、視界につま先が入ってきて、すぐに青い鎧が目の前を占領した。

そっと肩に手を置かれ、ラナは顔をあげる。

「ラナ、平気かい?ちょっといいかな?」

そう言ってどこまでも優しく微笑むフレン。
針だらけの心境の今、そんな笑みを浮かべられたら、あざといな、と思ってしまう。
もちろん、彼に下心などないだろうが。

ああ、と頷いて立ち上がったラナは、人の居ない所へ行こうと言うフレンに従い、歩きはじめた。

楽し気な笑い声。
誰かが上げはじめた花火。

それを抜けて騎士団詰所へと入った。


外からは騒がしい程の気配があるが、ここは反して誰も居ない。
騎士もまだ出払っているからこそ、今は建物の中が1番静かだ。


ラナは適当に椅子に腰掛け、背中を預けて大きく息を吐いた。
フレンは、彼女が座った近くに椅子を引き寄せ腰を下ろすと、俯くように膝に肘をくっつけて、両手を組んだ。

「ラナは、知らなかったのかい?」

徐に口火をきったのはフレン。
彼の碧眼は、じっとこちらを見つめてくる。

「………ああ、数日前に聞いた」

ラナはぎゅっと瞼を閉じた。
そうしなければ、涙が溢れてきそうで。

「今回のこと……」

「止めなかったのはどうしてかって?」

先読みするように言った彼女の瞳はまるで、光ひとつない闇でも見つめるかのようだった。
その視線は空を漂ったまま、彼を見ることはない。



「……ラゴウの事を知っていながら、キュモールの殺害をなぜ止めなかった」


フレンは少しだけ、責めるような口調になった事を後悔した。


「止めるもなにも、ユーリはもう覚悟決めてた。納得いかない気持ちはあるが、それが1番早いこともわかってる」


ラナは、痛い言葉だ、と思った。
心が千切れそうだ。

「でも、殺すなんて間違ってる。それじゃ法は意味を無くす」

「法は万能じゃない。所詮は人が作ったものだから、それを作れる人間にとって都合がいいように出来てる。権力者を庇うような法なんだよ、今の帝国の法はな」



「だからこそそれを正す…「それじゃ間に合わない命もあるんだ」

フレンの言葉を遮り、ラナは首を振って言葉を続ける。

「こういう事は、珍しいことじゃない………」

彼はその言葉に怪訝な顔をする。


「綺麗事じゃないんだ。世の中は、いつも渦巻いてドロドロしてる……それをどんなに否定したって、無駄なんだよフレン」


「それを認めろというのか?」


「認めたくないならそれでいい。フレンはそれでいい……でも、光があれば、反して闇は常にある」


ラナの言葉に、彼は頭を抱えた。




「でも思うよ、なんで……ユーリがやんなきゃなんないんだろう、ってな」



苦笑いした彼女は、今にも泣き出すんじゃないか、という程辛そうだった。


フレンは立ち上がって、彼女をぎゅうっと抱きしめた。

彼が腰をおろしていた椅子がガタン、と音を立てて後ろにひっくり返る。
が、そんな事はお構いなしにラナを引き寄せる。

急にふつふつと怒りが湧いてきて、こんな思いをさせているユーリを少しだけ憎んだ。

そして同時に、彼女を守りたい、とも思った。


「やめろ」


ラナは彼の腕から逃れようと、胸を押し返して身をよじるが、フレンはさらに抱きしめる力を強くした。


「そんな辛い思いをしてまで、どうしてユーリの所に留まるんだい?」


強い腕の力とは反して、優しく言われた言葉。

「……どうしてって」

ラナは腕をだらんとおろして、抵抗をやめた。


「僕だってずっと君を見てきた。だから知ってる、いつもちょっと無理してる事も」


フレンは彼女の肩を掴んで、じっと目を見つめた。


「ユーリが好きなんだって事はわかってる。けど今のままじゃ、ラナを放っておけない」


「好きだからそれでもそばに居るんだ」



「辛い思いをしてまで貫くことじゃない。僕なら必ず君を幸せにする。
泣かせない」



射抜くような青い目。
フレンはもう一度彼女を抱き寄せて、そっと首元にキスを落とした。


「ごめん……」


ラナは、フレンの胸を押し返した。
刹那気に眉を寄せる彼の視線を避けるように、彼の胸元の魔導器に視線を落とす。



「隊長、キュモール隊の身柄を………」

詰所に入って来たのは、ソディア。
彼女はフレンが女性を抱きしめていることに驚き、赤面しながら顔を逸らした。


「も、申し訳ありません……」


「いや、すまない。どうした?」

フレンはラナの身体をぱっと離すと、ソディアに向き直った。

「あ……いえ……隊員の身柄の移送先をどうするかなんですが……」

ソディアは気まずそうに、ちらりとラナを見た。
誰だかわかっていなかった様子で、彼女の顔を見て驚きに目を見開く。



「副団長……!」



「…………」


ラナは詰所を出ようと、ソディアを見ること無く扉まで歩を進める。


「なぜあの時!騎士団長に剣を向けたのですか!?」


ソディアの悲痛な声が響く。

それはまるで、裏切られた、とでも言わんばかりだ。
虚像のように膨れたラナへの憧れは、思わぬ形で弾けたのだ。

彼女は憧れの対象を美化しすぎる。

こうで無くてはならない、という思いが強すぎて、思ってもみない行動に酷く幻滅してしまうのだ。


「今は誰かに話せることではないんだ」


ラナは振り払うように詰所を出た。





騒がしい街は、歓喜の渦に酔いしれていた。
大人達は酒を酌み交わし、子どもは音楽に合わせ踊りを踊っている。

楽し気な雰囲気から目を背けるように、ラナは足早に宿へ向かった。

皆もお祭り騒ぎを楽しんでいるのか、宿のベッドは空だった。



鉛のような身体をベッドに沈め、ため息をつく。


堪えきれない気持ちが、頭の中を支配して、途端にそれは涙に変わってしまう。
泣くことなんてなかったのに、ユーリの話を聞いてからというもの、ずっとこうだ。


受け止めてやりたいのに、受け止めきれない思いが胸を締め付ける。


誰よりも彼の理解者で在りたいのに、なんで?という思いが消えない。


どうあっても起きてしまったことは変えられないのに、あの日ダングレストを離れた事を後悔してしまう。

きっと、今ユーリから距離をおけば、彼は何も言わずにそれを良しとして、追いかけてはこないだろう。

だとしたらどんなに辛くとも、側にいるしかないではないか。


肩を震わせながら、ラナは泣いた。
叫び出したくなる気持ちを堪えて、嗚咽が漏れる。

そのせいで、宿に入ってきた人物に気がつかなかった。
その人物が居ることを知ったのは、彼がベッドの前まで来た時だった。



「……ちょ……なにがあったの」



驚きに目を見開くレイヴン。
ラナも驚いて身体を起こし、何でもない、と涙を拭うが、止めようにも止まらない雫は、すぐに頬を滑り落ちた。


「…悪い、すぐ……」

彼女は彼に手を振ってみせ、止まるから、と何度も目をこすった。




しかしすぐに、ふわりと優しく抱き寄せられ、その手が止まる。


「泣くなんてよっぽどの事だわな」


そう言ってポンポン、と頭を撫でられ、抱き寄せる手で背中を優しく摩るレイヴン。



「ダミュロン…離せ。何の冗談だ」



「やだねえ、他の男の名前呼ぶなんて。俺様は、レイヴン、それに冗談でもないし」

やれやれ、と息を吐く彼。
抱きしめられるその腕の中は優しくて、大人の余裕と言うものを感じさせられる。

「面白がってるのか…?」

「いやいや、そんなんじゃないって。女の子が泣いてたら、抱きしめるのが紳士の役目でしょうよ」

「からかうな……」

「だから……」

はぁ、と息を吐いた彼は、泣いてもいいよ、と言わんばかりに抱きしめる力を強くした。



「俺、ぶっちゃけラナちゃんに嫉妬してたんだわ」



ふっと笑う彼は、さらに言葉を続けた。


「人魔戦争を生き残った英雄。強くて意思の強い副団長。だけど俺は、死人の偽物英雄。仲間と一緒に逝けなかった、間抜け野郎」


何時の間にかラナの涙は止まっていて、思考も安定していた。


「だから俺にはできる事もないし、信じてるものもない。勝手だけど、副団長を眩しく思ってたよ」


「卑屈すぎるだろ。結局、私も偽物の英雄でしかないのに」


「偽物じゃないでしょ。少なくとも本当に生きて戻ったのは事実だ……まあでも、万能な人間も無敵の人間も居ない。騎士団から離れたラナちゃんと一緒にいて、普通の女と変わらないって気が付いたわ。今まで頑張って肩肘張ってたのか、って思うと……ね」


ごめんね、と謝る彼に、ラナは思わず笑ってしまった。

「だから泣いてて抱きしめたってか?実は私もただの女だったから?」

「そうそう」

「そりゃ、どうも。でもユーリに見られたら嫌だし、もう大丈夫だから離れてくれ」

「へいへい、青年でなくて悪かったわね」

レイヴンはパッと両手を挙げて、おちゃらけた笑みを見せる。



「…いや、ユーリでなくてよかった。というか、レイヴンでよかったよ……ありがとう」


くすり、と笑ったラナ。
彼はホッとしたように笑みを返した。



「あれ?ラナどこ行ってたんだよ〜街が大変な事になってるんだ」

そうぼやきながらカロルが戻ってきた。
騒いだのか額には少し汗が滲んでいる。

「フレン隊の活躍でキュモール隊はお縄、だろ?」

ラナがニヤリと笑うと、カロルはよかったよ、ほんと、と歯をみせて笑った。

「でも肝心のキュモールは逃げたようだけれど」

ジュディスはふぅっと悩まし気に息を吐く。


「あ〜疲れた。付き合ってらんないわね」

リタはベッドに倒れこむ。
ダンス上手だったよ、と、からかうカロルを睨んだが、まあいいわ、と枕に顔をうずめた。

すぐに残りの皆も部屋に戻ってきて、最後にユーリが入って来たので、ラナは腰をあげて彼を散歩に誘った。






少し静かになった街を無言で歩く2人。

微妙にいつもより遠い距離が、少し辛い。


「何も言わねえんだな」

無言の時間を破ったのはユーリ。

「何か言って欲しいのか?」

「いや……でも微妙な顔してっからよ」

「失礼な」

ラナが唇を尖らせると、彼はそう言う意味じゃねえよ、と肩を竦めた。

「フレンに何か言われた?」

彼女が問えば、ユーリはまだ、と短く返事をした。

「でも湖で待ってるってよ…」

そう言われて視線を追うと、湖のそばで、砂地に座るフレンの後ろ姿があった。

「行って来いよ」

ラナが背中を押すと、ユーリは彼女の腕を掴んで、お前も来い、と、こちらをじっと見つめた。

その瞳からは、感情をうかがい知る事は出来なかったが、彼女は黙って一緒に歩を進めた。



2人がフレンの背後に立つと、

「立ってないで座ったらどうだ」

と彼が言う。

ユーリはさっと背を向けて座ったが、ラナは湖へと近付き、結界魔導器を見つめた。


「話があんだろ」


まるで、とっとと済ませよう、とでも言わんばかりにユーリが言う。

「……なぜキュモールを殺した……人が人を裁くなど許されない」

フレンはぎゅっと拳を握る。

「なら法はキュモールを裁けたって言うのか?!ラゴウを裁けなかった法が?冗談言うな」

声を荒げたユーリは、フレンが何か言いかけるのを遮り、言葉を続ける。

「いつだって法は、権力を握るやつの味方じゃねえか」

彼の言葉に、ラナはぎゅっと目をつむる。
ユーリは立ち上がり、フレンの前に立った。

「だからといって個人の感覚で善悪を決め、人を裁いていいはずがない!法が間違っているなら、まず正すべきだ!そのために僕は騎士団にいるんだ!ラナだって……!」

そう言って立ち上がったフレンは、ラナを見つめる。

「長年、副団長で居ながら、私はなにひとつ世の中を変えることはできなかった……それだけ悪しき慣習の根は深い」

ラナは首を振る。

「あいつらが今死んで助かった連中がいる。おまえはそいつらに今は我慢して死ねっていうのか!?いつか法を正すから、それまで全員見殺しにすんのか!?」

ユーリは眉間にシワを寄せ、声を荒げる。


「そうは言わない!」


負けじと否定するフレンに、ラナは申し訳なさそうに微笑んだ。

「意見の相違、だな」

「ラナだってユーリの行いを認めていないじゃないか!辛い思いをしてるじゃないか!」

フレンの言葉に、彼女は視線を逸らして黙り込んだ。


「……いるんだよ世の中には。死ぬまで人を傷つける悪党が。弱い連中はそれに一方的に虐げられるだけだ、下町の連中みたいにな」


ユーリは奥歯をかみしめ、目を細めた。


「それでもユーリのやり方は間違っている。そうやって君の価値観だけで全て裁くつもりか?それはもう罪人の行いだ」


「わかってるさ。わかった上で、選んだ。人殺しは罪だ」

ユーリは冷静に言う。

「わかっていながら、君は手を汚す道を選ぶのか?」



「選ぶんじゃねえ…もう、選んだんだよ」



「それが君のやり方か……ラナを傷つけ、苦しめているというのに……」

フレンは剣に手をかけた。

2人の視線が真っ直ぐにぶつかり、嫌な空気が流れる。



「隊長、こちらでしたか」

ソディアの声が響き、彼女がこちらに駆けてくる。

ラナは溢れかけた涙を拭い、身を隠すように湖沿いにその場を立ち去った。

どうした?と、ソディアに振り返るフレン。
ユーリはラナの背中を追いかけた。

「ノードポリカの封鎖、完了しました。それと魔狩りの剣が動いているようで…急ぎ、ノードポリカへ」

ソディアの凛とした声が遠くなる。



少しフレンから離れた所で、ラナは口を開いた。

「ノードポリカの封鎖とは、クライヴが言ってた通りになったな」

「……ああ」

ユーリは彼女の背中を見つめ、頷く。

「カドスの喉笛も通れないかもしれないな」

彼女が言う。

「………こっち向けよ」

ユーリは背中に言葉を投げかけるが、ラナが振り返る様子はない。

「クライヴはもうノードポリカに着いてるだろうから、もしまずい事になっても、こっちにすっ飛んできて知らせてくれる」

「おいっ」

ユーリはラナの肩をつかむ。

無理やり振り向かせた彼女は俯くが、頬を涙が伝った。





「……俺はお前を傷つけてるだけなのか?」




彼は苦し気に眉を寄せた。
それに首を振る彼女を抱きしめて、言葉を続ける。



「もう選んだ。後戻りは出来ねえ……嫌なら離れてっても構わない」



「……離れない……けど、勝手に泣けてくるんだ……自分の不甲斐なさに……ユーリの事を全て受け入れたい。理解したい。でも……どうしてもユーリが選んだ道を肯定する気にはなれない」



「否定してくれていい、理解出来なくていい、受け入れる必要なんてない。俺が勝手に選んだ事だ……その上でお前と居たいってのは、許されないわがままだとも思ってる」


「私が……一緒に居たいんだ……ユーリが嫌だって言っても……」


ラナはぎゅっとユーリを抱きしめ返す。




「あ、だめ、ラピード!」


突然響いたエステルの声と共に、ラピードがこちらに飛びついて来た。

「アオォン!」

ラピードは吠えたてて、ぱっと離れたユーリとラナの間に入り、彼女を庇うようにユーリを見つめた。

「エステリーゼ様……」

ラナは涙を拭い、姿勢を正した。

「聞いてたのか」

ユーリがそう言うと、エステルはごめんなさい、と俯いた。

「クゥン…」

ラピードはラナの手に鼻を擦り付け、大丈夫か?と様子を伺った。

「大丈夫、ユーリに泣かされたと思ったのか?」

彼女は笑ってラピードの頭を撫でてやり、エステルに向き直る。



「すみませんが、私は失礼します」


そう言って立ち去ろうとした彼女の腕を、エステルが掴んだ。

「待ってください……わたし、ラナの事…誤解してました」

誤解?と、首を傾げるラナ。

「ええ、とても強くて、泣いたり悩んだりする事なんて…絶対に無いって」

「エステリーゼ様が思うほど、完璧な人間ではありませんから……」

思わず顔を逸らしたラナ。
レイヴンにも似たような事を言われ、今の自分がいかにしっかり地に足がついてないかが、よくわかった。

「はい、でもそれでいいと思います……ユーリがやった事は、確かにフレンが言う通り法を犯しています。でも、わたしわからないんです……それで救われた人が居るのは確かなのだから……」

「いつかお前にも刃を向けるかもしれないぜ?」

自嘲気味に笑ったユーリに、彼女は首を振る。


「それならわたしが悪いんです。ユーリは意味もなくそんな事をするひとじゃありませんから……」


エステルは再びラナを見つめ、彼女の手をぎゅっと握る。


「ラナ、わたし謝りたいです。皇帝候補として、何も出来なかった事……ユーリに法を犯させて、ラナにも悲しい思いをさせてしまった。帝国の人間として、謝ります。ごめんなさい……」


そう言って彼女は、深々と頭を下げた。

「……エステリーゼ…様……」

ラナは驚きに目を見開き、すぐにハッとして彼女の肩をつかむ。


「おやめください!エステリーゼ様が一市民に頭を下げる事では……」


「いいえ、民衆が安心して暮らす事も出来ない、誰かが法を犯して悪人を排除しなければならない……こんな事、間違ってます」


「それは……今のあなた様ではどうする事も出来ない事……簡単に頭を下げてはいけません」


「いいじゃねえか、エステルが謝りたい、って言ってんだから」

ユーリはひらりと手を振った。


「謝る以外、今の私にできる事はないですし……」


エステルはそう言って俯いた。
やや沈黙があって、ユーリが口を開く。


「……フレンと帰るなら今しかねえぞ、急いでるみたいだったしな」


「帰りません、まだ……ユーリたちと旅をしていたら、わたしも見つかる気がするんです…私の選ぶべき道が…」


エステルはそう言ってユーリに歩み寄り、手を差し出した。

「これからも、よろしくって意味です」

ユーリは自分の手をじっと見つめて、彼女の手を握り返した。

「…ありがとな」


「ふふっ……悩んでもしょうがないな、今に全力投球あるのみ」

ラナはぐいっと背筋を伸ばして、大きく息を吐いた。

エステルが笑顔で手を差し出したので、彼女もそれを笑って握り返した。





[←前]| [次→]
しおりを挟む