暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



二度目の断罪



翌朝、街の出口に集まった一行。
リタはデュークから、特に新たな情報は聞き出せなかったようで、少しだけ不機嫌そうにも見える。

「おはよう、みんな。で、ノードポリカでベリウスに会うってことでいいのか?」

ラナがそう声をかけると、カロルが頷く。

「あたしはカドスの喉笛のエアルクレーネを調べるわ」

「だったら通り道だな」

ユーリが言った。

「……大丈夫かな?騎士団とか」

クライヴがそう言うと、カロルは不安気に眉を寄せた。

「そうだよね、マンタイクもなんだか変な感じだったし」

「今ここで気にしても仕方ねえ。フレンがまだノードポリカに居れば、しっかり問いただすさ」

「あの………」

エステルが遮るように声を上げたので、皆が彼女を見つめる。

「わたし、やっぱりフェローを探します」

「やめときなさいよ。もうこれ以上は無理よ……気になるのはわかるけど」

リタは眉を寄せてそう言った。
他の方法を探したほうがいい、と。

「…確かに砂漠をアテもなく歩き回るのは、ちとしんどいな」

ユーリもそれに同意して、皆も頷いた。

「その事なのだけど、ベリウスに会えば始祖の隷長に襲われた理由、わかると思うわ」

だから皆でノードポリカへ向かおう、と言うジュディス。

「そういや、ノードポリカを作ったのは始祖の隷長だってイエガーが言ってたわな」

レイヴンが無精髭を撫でながらそう言うと、ユーリがその言葉を信じるならな、と眉を下げた。

「それでもいいですか?エステリーゼ様」

ラナがたずねると、はい、とエステルは頷いた。

「でも、ノードポリカにはパティを良く思わない人たちが………」

「なぁに、すぐに海へ出れば問題はない」

「なら、一緒に来るか?」

ユーリが少し笑って問うと、パティは嬉しそうに頷いた。







再び熱砂の中を進む一行。
今度は目的地もはっきりしているので、最初にきた時よりもずいぶん気持ちが軽い。

またもや先頭を行くのはレイヴン。

1番後ろを並んで歩くのは、クライヴ、ジュディス、ラナの三人。


「クライヴ、こっから飛んでノードポリカまで戻ってもいいぞ?」

辛そうなクライヴの背をポンと軽く押したラナ。
彼はえーっと声を上げて、しばらく考えると

「そうしようかなぁ」

と呟いた。

「でもどうやってみんなを誤魔化すのかしら?」

ジュディスが首を傾げる。

「………散歩?」

ラナが笑うと、彼女も笑った。

「無理があると思ったのは、私だけじゃないわよね?」

「勝手に居なくなってるってのは?」

ラナは再びジュディスに笑ってみせた。

「それもどうかと思うけれど……」

彼女は肩を竦めて困ったような顔をする。

「ベリウスの事も気になるし、先にノードポリカへ向かうよ」

クライヴは2人を無視して、立ち止まった。


「あとの事は任せろ」

ラナはそう言って彼に手を振り、彼もよろしく、と手を振り返してきた。

ヨームゲンを出て、まだそれほど歩いていないので背後には街が見えている。
彼は踵を返し、陽炎のように揺らぐ街へと戻って行った。




幸いにも前を行くメンバーが気がついたのは、もう少し砂漠を進んでからだったので、ラナはしばらく別行動、とだけ伝えた。

あらそうか、と答える訳もないリタやエステルを、うまいこと言いくるめたのはジュディスだったのだが。

「別行動を取るなら、街を出る前に決めた方がよかったな」

ラナがありがとう、とジュディスに言う。

「気にしないで。彼、本当に辛そうだったもの」

彼女は少しだけ背後に目線を配り、また前方に広がる砂丘を向いた。








やっとの思いでマンタイクへと戻ると、街の入り口では目を疑うような光景が繰り広げられていた。

「とっとと乗りな!下民は本当にクズだね!」

地団太を踏み怒鳴り散らすのは、キュモール。

マンタイクの住民らしき人達が、馬車に乗せられようとしていた。


「キュモール!」

憎らし気に呟き、駆け出そうとしたリタを、レイヴンが制した。



「お許しください!私たちが居ないと子どもたちは……!」

住民が悲痛な声をあげる。

「翼のある大きな魔物を殺して死骸を持ってくれば、金はやる!!親子共々いい生活が送れるんだ。とっとと砂漠に行って来い!」

キュモールは更に声を荒げた。
まるで子供が駄々をこねるかのようだ。

「翼のある魔物…?フェローの事か?」

ラナは首を傾げた。

「帝国がフェローを探してるのか?」

「素人に捕獲してこいだなんて、無理な話よ」

ユーリが誰とも無しに言った言葉に、レイヴンは無謀だ、と言わんばかりにひらひらと手を振った。


「どうするの?このままだと砂漠に連れて行かれてしまうわよ。放っておけないのでしょう?」

ジュディスが言う。

「わたしが話を……」

エステルが両手を握りしめ一歩前に出たが、パティが今は行かない方がいい、と彼女を止めた。

「ヘリオードでの事を考えれば、エステリーゼ様の話を聞くとは思えないですしね」

ラナも困ったな、と首を捻る。
砂漠を渡って疲れが溜まっているし、今いざこざを起こして街を出るわけには行かない。
カドスの喉笛を越えてノードポリカまで一気に行けるほど、皆の体力は残ってはいないのだ。

ユーリはカロルに何やら耳打ちし、ジュディスがレンチを彼に手渡した。
どうやらギルド、凛々の明星の連携は上々なようだ。

「危なかったら……助けてよ?」

不安気にそう言い残し、カロルは草むらを渡り馬車に近付いて行く。



「ノロノロ、ノロノロと下民はまるで亀だね。早く乗っちゃえ!」

キュモールはイライラした様子を隠す事もなく、怒鳴り散らす。
見苦しい事この上ない彼の態度は、遠巻きでも嫌悪感で眉間にシワが寄る。
住民が乗り込んだ所で、騎士が全員乗りました、と彼に告げた。

「じゃ、キミも馬車に乗りな」

そう言い放ったキュモールを、騎士は唖然とした表情で見つめた。

「仕事が遅いものには罰を与えないとね」

「キュモール様!お許しを!!私には妻と娘が……」

騎士は跪いて額が地面につくほど頭を下げた。

「キミが行かなきゃ、代わりに行くのは奥さんと娘さん、かな?」

にやりと笑って、騎士の頭を蹴ったキュモール。

ユーリ達は祈るような気持ちでカロル見守った。


そして、突然馬車の車輪の一つが外れ、大きく傾いた。
驚いた馬がいななき、キュモールはビクリと身体を震わせた。


「馬車を準備したのは誰!?きーっ!!馬車を直せ!この責任は問うからね!」



「ふーっドキドキもんだったよ!」

草むらを通り再び戻ってきたカロルは、大きく息を吐いた。
お疲れさん、と声をかけたユーリに、彼は嬉しそうに笑った。

「でもこれって、ただの時間稼ぎじゃない」

解決はしない、と眉を寄せるリタ。
だが、今はこれが限界だ。

「こっちも体を休めないとな。クタクタだろ?」

ラナはリタの肩を叩いて笑った。

「うちらも旅の途中だからの」

「それに、騎士団に表立って楯突いたら…カロル先生泣いちまうからな」

ユーリの言葉に複雑な顔をしたカロルだったが、レイヴンがさっさと隠れよう、と言ったので一行は宿へ向かった。



無事に戻ったユーリ達を見て、宿屋の店主は心底ホッとした様子だった。
ご無事でしたか、と声を上げたが、相変わらず続く監視の目もあるので、すぐに店主は冷静な声色でゆっくりお休みください、と笑った。


「あのキュモールってどうしようもないやつね」

ベッドの上で足を組んで座るリタは、呆れたようにため息をついた。

「家柄で隊長やってるような騎士は残念ながら、ほとんどがあんな感じだな」

ラナは本棚の本を漁りながら言った。

「どうして世の中、こんなにどうしようもないヤツが多いのじゃ」

ちょこんとベッドの上で膝を抱えて座るパティは、むっとした顔で床を見つめる。

「あれはたぶん病気なのよ」

ジュディスは壁に背中を預け、冷淡な笑みで微笑んだ。
嫌悪感を抱かずにいられないキュモールの行動は、とてもまともな人間とは思えない。

「それはきっと、絶対、バカっていう病気なんじゃな」

パティの言葉に、リタはわかってるわね、と口角を釣り上げた。

「あいつら、フェロー捕まえてどうすんのかね」

レイヴンは首を傾げ、ベッドにあぐらをかいて座った。

ラナはちらりと彼に目線を向ける。
本当に知らないのか、探るかのように。



「わかりません、ですけど……このままだと大人はみんな砂漠行きです」


「そしたら次は子どもの番かもしれないわね」

「そんなの絶対にダメです!!」

ジュディスの言葉に声を荒げたエステル。
しかしながら、キュモールならやりかねないだろう。

アレクセイにフェロー捕獲を命じられ、無視していたもののヘリオードでしくじってしまい仕方なくマンタイクに来たのだろう。
大方、任務が面倒になって住民を砂漠に向かわせているに違いない、とラナは静かに息を吐いた。

きっと目的はひとつ。

聖核だ。



彼女は本棚に本を戻し、また別の本を捲る。
先ほどからだんまりのユーリが気になって、微妙にここから離れられない。

「わたしが皇族として話をして、やめさせます!」

「ヘリオードでのこと、忘れたのかしら?」

「そうだよ、あいつ、お姫様でもお構いなしだったんだよ」

ジュディスとカロルの言葉に、無言で俯いたエステル。
しかしながら見過ごせない、と悔し気に唇を噛む。

「ノードポリカへ行く話はどうなったのじゃ……?」

ボソッと呟かれたパティの言葉に、一瞬部屋が静まり返った。



「とりあえず、自分のことか人のことか、どっちかにしたら?」


リタは、はぁ、と大きくため息をついた。


「エステリーゼ様、今はキュモールの事はお忘れになってはいかがですか?あれもこれも、と手を出してはどれも疎かになってしまいますよ」

パタン、と本を閉じたラナは、にこりと笑ってみせた。

「そうね、知りたいんでしょ?始祖の隷長の思惑を」

ジュディスもこれには頷く。

「あんたらと意見が合うとはね……キュモールを捕まえても、あたしらには裁く権利もない。ラナだってもう騎士団は敵でしょ?だったら出来ることからするべきだわ」

リタもうんうん、と頷いて、エステルを見つめた。


「フレンなら……!」


パッと顔をあげた彼女に、皆顔をしかめてしまう。

「……どこにいるの……?」

カロルの問いかけに、またもやエステルは俯いた。

「ごめん、エステル。みんな責めてるわけじゃないの、あたしだってムカつくわ……」

「……リタ…わかってます」

「例え捕まっても、釈放されたらまた同じことを繰り返すわね、ああいう人は」

「だろうなぁ、バカは死ななきゃ、治らないっていうしね」

レイヴンがそう言うと、ユーリはボソッと彼のその言葉を繰り返した。


ラナはそれに振り返り、彼を見つめる。
その苦し気な瞳に気付いたユーリは、首を振るだけで何も言わなかった。





夜遅くなって、皆が寝静まり寝息が四方から響く中、1人気配が出ていったので、ラナはまぶたを開けた。

「……やっぱりか」

彼女は剣を持ち、静かに部屋を出て後を追った。


静まり返った夜中の街は、肌寒い。
結界の光輪が照らす道を行き、向かうは騎士団詰所。

最低な気分で、砂地を足早に歩く。
鼓動が酷く煩い。

詰所近くまでくると、何者かがひぃひぃ声をあげながら飛び出して来た。
キュモールだ。

彼は怯えて、這うように何度も転びながら街の外れまで走って行く。

すぐに詰所から出て来たユーリは、剣を構えている。

ラナがじっと見つめると、彼もこちらを見つめ返してきた。

「覚悟があるんだな……」

彼女の言葉に、ユーリは頷いてキュモールの後を追いかけて行った。


どうする事もできないラナは、思わずその場で崩れるように座り込んだ。
ぎゅっと熱くなった目頭。
じわりとこみ上げる感情に、唇を噛む。


しかし静かな街は、すぐに金属音のまじる足音によって騒ぎ始める。

フレン隊の騎士たちが、闇に紛れてキュモール隊を制圧していたようだ。
次々縛り上げられるキュモール隊を見つめていると、唐突に肩を叩かれた。

「大丈夫かい?どうしたんだい?」

フレンだ。
相変わらず、新しい鎧がよく似合う。


「フレン……もっと早く制圧作戦を進めて欲しかったな」


「どういう意味だい?」

「キュモールなら、もう居ないぞ」

ラナはふいっと顔をそらし、目をふせた。
フレンはそれに弾かれたように走り出し、彼の姿はすぐに見えなくなった。


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