暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



己の意志



そのまま皆と別れ、ラナはユーリと街を歩く。

「クライヴのやつ、どこまで散歩行ったんだ?」

ユーリが見当たらない彼の姿をさがす。

「たぶんその辺にいるぞ」

ラナはひらりと手を振って言った。

「なんであいつは俺らに着いてくるんだ?意見も言わねぇし」

「私が居るから、一緒に来てくれてるんだよ……騎士団に居た時は、色々調べ回って報告くれてたんだけど、今は何にも頼んでないし」

「調べ回る、ね。そういうの、得意そうには見えねえけど」

「そうか?結構いい仕事するぞ?」

ラナの言葉に、ユーリは何か言いたそうにしていたが、前方から歩いて来た青い髪の少年を見つけ、その言葉を飲み込んだ。


「話、終わった?」

向かいから歩いて来たのはクライヴ。

「おう、お前ここの事、知ってたな?」

ラナが彼の髪を乱すように撫でたので、ユーリもそれに便乗して同じように撫でる。
不服そうにユーリをジト目で睨んだが、歯を見せて笑うユーリに、彼はため息をついた。

「………デュークが聖核崩したんだろ?」

クライヴの言葉に、2人はぱっと手を止めた。

「お前、何知ってんだ?」

ユーリが怪訝な顔で問えば、彼は勝ち誇ったように笑う。

「透明の刻晶が聖核で、ここにデュークが居て、この街には結界がない、だろ?」

やれやれ、と肩を竦める彼に、ラナは苦笑いしながらユーリと顔を見合わせた。



「お前、やっぱ箱の中が何か知ってたな……」

ユーリが言った。

「知ってたよ。でも、悪いようにはしないだろうと思ってさ、黙ってた。いざとなったら俺が奪うつもりで」

な、とラナに同意を求めたクライヴ。
彼女もうんうん、と頷いた。

「おいおい、確かにヨームゲンには届けられたけど、ラーギィ…いや、イエガーに盗られてたかもしれないんだぜ?」

ユーリは肩を竦めてそう言った。

「そうなったら私ら2人で地の果てまで追いかけてたさ」

笑ってそう言ったラナに、ユーリはため息をついた。

「そうならなくて良かったよ……」







ユーリとも別れたラナとクライヴは、街の外で砂漠を見つめていた。
彼がここは確かに千年前のヨームゲンの街だと教えてくれた。

「ってことは、この街は幻なのか?」

ラナが問うと、クライヴは首をひねり、うーんと悩み始める。

「なんて説明したらいいかわかんない。とにかく、この街は現実で……でも、幻でもあったり……うーん……不思議だよなぁ」

「いや…不思議って……クライヴもよくわかってないんだな?」

「そうかも。でも街を一歩出たら元通りだよ」

不敵に笑う彼は、どことなくいつもより楽しそうだ。



「よくわからないな。でもまぁ、聖核が無くなって一つ肩の荷が下りたわ」

肩を回して深呼吸したラナ。

何故か砂地からジュディスが歩いて来て、2人は首を傾げた。


「あら、何をしているのかしら?あなたたち」

にっこり笑う彼女に、ラナはこっちのセリフ、と肩を竦めた。

「バウルと話してたの」

「砂漠で呼べばよかったのに」

クライヴが言う。

「あら、あなたこそ、姿を戻してみんなを運んでくれたらよかったのに」

そう言ったジュディスに、クライヴはごめんなさい、と頬をかいた。
一応、早々にバテて足を引っ張った自覚はあるらしい。

「で、誰が助けてくれたんだ?」

ラナの言葉に、さあ?と2人は同時に首を傾げた。






街に戻った所で、エステルに声をかけられ、ラナは宿屋の前で立ち止まった。
クライヴはそそくさと姿を消したが。



「わたし、お城に帰った方がいいのでしょうか?」


唐突にそう問いかけたエステルの眼差しは、自信の無さがありありとわかる。

「どうして私にそれを聞くのですか?既に騎士団を追われた身……あなた様を連れ戻したりはしませんよ」

そう言って、優しく笑ったラナ。

「…ごめんなさい。ユーリにも自分で決めるよう言われました……いえ、旅が始まってから、ずっと言われてます。でも、自分で決めた事にまだ自信が持てないんです」

「私も、誰かをとやかく言える立場ではないですが……いまお悩みの選択肢は、どちらも実行可能ですし、後悔の無い方を選ばれてはいかがですか?」

「後悔……です?」

「はい、お城に戻るのか、それともこのまま旅をして真実を突き詰めるのか、どちらを選んでも、あの時ああしておけば…なんて思うでしょうが、より後悔の無いと思える方を選ぶんですよ」

「……それって難しいです…すごく」

そう言ってエステルは俯いた。
いままで何かを捨て、何かを選ぶ、ということをしてこなかった彼女にとって自分で決断する事はとても重いだろう。


「そうですね。選択するって難しいです……その選択に責任を持つってことでもありますから。でも、誰かに決められるより、自分の人生…自分で決めたくはないですか?」



「……はい……でも、もし旅を続ける事を選んだとして…それは皇帝候補として相応しくないです……よね?」


こちらの顔色を伺うかのような彼女の表情に、ラナは肩を竦めた。



「エステリーゼ様は、そうお考えなのですか?」



「え!?わたし、ですか……正直よくわかりません…」



「だったら、今はまだ考え中でもいいのでは?」


ラナがそう言って笑うと、エステルは、え?と驚いた様子で声をあげた。



「ご自身でわかるまでは、周りに教わればいいんです。なので……今の所は、保留、という事で」


「そんな、都合のいい感じでも大丈夫です?」

「いいんですよ。エステリーゼ様が思う、皇帝候補として振舞われたら。ダメな時はダメって言いますから」

「ありがとうございます。じゃあ……どんどん言ってくださいね?」

そう言って笑ったエステルに、ラナはもちろんです、と頷いた。





海からの風が気持ち良くて、夜遅くなってもラナはユイファンに声をかけたウッドデッキで寝転んでいた。

見慣れたはずの満点の星空も、千年前だと思うと感慨深い。


エステルにはああ言ったが、正直彼女は絶賛後悔中だ。

大して尻尾を掴まず、ブチ切れてアレクセイに斬りかかって逃げて来たのだから。

情報がなさすぎて、身動きが取れない上に、下手に騎士団を離れたせいで動向も見聞きする以外では入ってこない。


このままダラダラとユーリ達にくっついて行くわけにもいかないのだが、やっぱりこうして留まってしまう。


何も言わないクライヴに甘えているが、彼はさすが長く生きている始祖の隷長だけあって物事の流れには気が長い。
あまり当てにしてはいけないだろう。

エアルの乱れ以外では、彼が急く事はあまりないのだ。


ラナは寝転んだまま右手を天に掲げた。
軽く指を鳴らせば、引き寄せられるように彼女の指先にエアルが集まる。

ここで両手を打ち鳴らせば、クライヴが何かあったのか、と飛んでくるだろう。

それは2人の間の、緊急時のサインだから。


しばらくボーっと指先のエアル見つめていたラナだったが、誰かが近づいてくる気配に少しだけ身体を起こした。

じっと暗闇の気配をみつめる。


「いつまでもここで寝てっと、風邪引くぜ」


「ユーリ!真っ黒だからお化けでも出たかと思ったぞ!」


気配の正体はユーリで、彼はラナの言葉に悪かったな、と肩を竦めた。

ホッと胸をなでおろし、再び身体を床に預けた彼女。
ユーリも黙って隣に腰をおろした。

「風邪引くぞ」

「そんなヤワじゃねえよ」

ラナの言葉にそう言って笑うユーリ。


すぐに2人の間には沈黙が流れる

それはとても心地よいもので、丁度いい空気感だった。


「やっぱり、ユーリやフレンと居ると落ち着くな」

しみじみと呟いたラナに、ユーリは不満気に眉を寄せた。

「フレンも、かよ」

「おう」



「こんなの聞くの女々しいけどよ、お前やっぱフレンともヤった?」

「………普通そういう事聞くか?心に秘めとけよ」

ラナは、はぁ、と大きく息を吐く。

「悪かったな」

口を少しだけ尖らせたユーリ。
この話題を引っ張る気はなさそうだ。

「時々思うよ。ああ、男に生まれてたらな、って……」

彼女は目を瞑り、ユーリの股間を撫でた。

「コレが欲しかったって?冗談だろ」

それは困る、と彼が言えば、彼女は笑う。

「男同士の友情ってのが、ユーリとフレンの間にはしっかりあるんだよ……でもそこに……女の私は一歩引いたトコにしか居られない」

「そんなの俺もフレンも気にした事ねぇけどな」

「無意識に線引きはしてただろ。現に2人とも、女として私を見てる。でもまぁ……ユーリに関して言えば、それでも満足だけどな」

「俺も、ただのオトモダチじゃなくて良かったぜ」

ユーリはラナの胸を掴んだ。

「コレは友達じゃ許されないもんなぁ?」

嫌味っぽく笑う彼女をユーリは抱き寄せた。
2人で寝転んで、夜空を見上げる。


「ユーリはさ、騎士団辞めてから結構くすぶってただろ?」


不意に言われた痛い言葉に、ユーリは顔をしかめた。


「好きでやってたわけじゃねえよ」

「でも今は動き出した……そしたら今度は私がくすぶってるよ」

「お前はいままで活躍しすぎ。ちょっとくらい肩の力抜いてみんのも悪くねえよ」

「甘やかさないでくれ〜」

困ったようにそう言ったラナは、ユーリの頬をゆるく撫でた。


「このままでもいいんじゃねえかと思うけどよ……ラナは多分、またすぐに表舞台に戻ってく気ぃするわ」

「えらく突き放すじゃないか」

「そういうんじゃねえよ……でも、羽伸ばしに俺のとこに帰ってきてくれよな」

「なんか、言うようになったな…ユーリ。ちょっとかっこいいな」

「ちょっとかよ」

「ちょっとだな」





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