暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



果てしない熱砂



翌朝、宿屋の主人は人数分の水筒を用意してくれていた。
砂漠に入ることを止められたが、もう決めたこと、とユーリ達は首を振る。

そして騎士団について尋ねると、外から来た人間と話をしないように監視をされている上に、商売人以外の外出禁止が命令されている、と言うので、皆は眉を寄せた。

「つい最近まで、執政官なんていなかったのに……」

宿の店主は迷惑そうに言った。

「そうなんです?」

「ええ、最近、ついにベリウス捕獲に乗り出した騎士団がノードポリカで動いてるとか。その波紋で、この街にも帝国の執政官が赴任してきたみたいですね」

「騎士団がベリウスをって……なんで?」

カロルが言った。

「なんでも、人魔戦争の裏で糸を引いていたらしいですから」

「ベリウスが?」

ジュディスは眉を寄せる。

「んなわけないし……」

クライヴも不快そうな顔をする。

「この街では、そう言われていますね。まぁ戦士の殿堂がある限り、帝国も迂闊に手出しはできないはずですがね」

更に質問をしようとしたが、騎士が戻ってきて昨日と同じ位置に立ったので、皆口をつぐんだ。





いよいよ砂漠に入った一行。
目の前に延々と広がる砂地に、意図せずともため息が漏れる。

「俺、やっぱ街で待ってればよかった……」

クライヴは溶けそう…とうなだれる。
足取りも重く、かなり辛そうだ。

日陰なんてもちろん見当たらず、ただ延々と砂ばかり。
照りつける太陽は想像以上に熱く、乾いた風が吹けば、舞いあげられた砂に視界を奪われる。

ただ1人、レイヴンだけはいつもより元気で、ずんずん先を行く上に、こちらを振り返って宙返りまで披露する始末。


「おっさん…暑くないのか?」

「やー暑いぞ、まったく暑い、めっちゃ暑い!」

ユーリに暑苦しく返事をする彼。
リタはうっとおしい、と呟いた。

「とにかく進もう。どこを目指す?砂丘は避けて歩いた方がいい」

ラナは目元に手で日陰を作る。

「そうね……」

と、ジュディスが言いかけた時、突然鳥のような鳴き声が響いた。

「今の、フェロー?」

エステルはキョロキョロと当たりを見回すが、それらしき姿はない。

まるでからかうようなその声に、ラナはうんざりしたが、ここに居るのは間違い無いんだ、とカロルは意気込んで拳を握った。


湿気の無い砂漠は、特に喉が渇く。
足並みは次第に遅くなり、だらだらと砂に足を取られながら進んで行く一行。
元気そうに先頭を行くのはもちろん、レイヴン。

「ほれ、たらたら歩くと余計疲れるぞ」

後頭部で手を組んでそう言った彼は、後ろから着いてくる皆を急かす。

「……なんでそんなに元気なの?」

カロルは辛そうに、先を行くレイヴン見つめ、信じられない、と呟く。

「いるよな、人がバテてる時だけ、元気なヤツ……」

ユーリも流石にため息をつく。
彼の真っ黒な服装は、熱がこもって余計に暑そうだ。


「……クライヴ、レイヴンに負ぶってもらえよ」

「嫌だよ、おやじくさくなる」

「なにさ!俺様の背中はジュディスちゃん専用よ!」

「あら、私だってお断りしたいわね」

「ぐっはっ!」

レイヴンは大げさに頭を抱え、ショックを受けたとアピールする。


「ねぇ、あんた砂漠に詳しいみたいだけど、なんで?」

リタは1番後ろを歩いていたジュディスに振り返る。

「ここの北の方にある山の中の街に住んでたの、私。友達のバウルと一緒に。だから時々、砂漠の近くまで来てたのよ」

「砂漠に……?」

リタは不思議そうに首を傾げた。


「う、もう水がない……」

カロルは水筒を目一杯傾け、喉を潤わせようと口の上で振るが、一滴として水は落ちてこない。

「全部飲むんじゃねえぞ」

ユーリは彼に自分の水筒を差し出した。

カロルはありがとう、と嬉しそうに受け取り、口に含んだ。



「……俺もう……無理かもしんない……」


クライヴは膝を抱えてうずくまった。

「めずらしいわね、あんたが弱音吐くなんて……でも、さすがに…ちょっと……休憩、しない?」

リタもかなり辛そうだ。

「まったくしょうがないねぇ」

レイヴンはやれやれ、と手を上げた。


「あ〜!!」


突然、カロルが大声を上げて駆け出した。

壊れたか?とレイヴンが首を傾げると、リタも駆け出す。

「あ!気をつけて!砂に足を取られたら危ないですよ!」

エステルも彼女を追いかける。

行く先には小さなオアシス。

「なんだよ……まだ元気じゃねえか」

ユーリも歩き出した。
レイヴンも続き、ラピードも後を追う。

「ほら、クライヴ。立てよ〜水場と日陰だぞ」

ラナは彼の背中をポンポンと叩き、彼を促した。

よろよろと立ち上がった彼も、オアシスへと頼りない足取りで歩き始めた。

「大丈夫かしら?暑いのはずいぶんと苦手みたいね」

「ああ、あいつ寒いところが好きだから」

ジュディスとラナは目を合わせてクスリと笑った。




「生き返った……」

リタは水の中で座り込んでため息をつく。

小さいながらも力強く溢れ出すオアシス。
草木も根付いていて、水は冷たく気持ちがいい。

カロルとエステルも水に浸かって体を冷やしているが、クライヴは頭のてっぺんまで浸かって、ブクブクと泡を吐いている。

「大丈夫なのか?あいつ……」

流石にユーリも心配そうに言った。

「平気だよ。いざとなったら、自分でなんとかするって」

ラナは水で顔を洗い、汗を流した。

「水場も見つけたし、もうちっと行けそうだな」

ユーリも顔を冷やしてから、水筒に水を汲んで、自分の喉も潤す。

ラナは、にやーっと笑みを浮かべ、

「うぉりゃ!」

彼を水の中に押し倒した。

ばしゃーんと音を立てて水しぶきがあがり、皆を濡らす。
水が苦手なラピードは思わず飛びのいた。

「ぶわっ!何すんだ!」

「飛び込みたかったんだろー?みんなの前だからって、カッコつけんなよ〜」

クスクスと笑う彼女もびしょ濡れだ。

「バカ、それはお前だろ。急に子どもみたいにはしゃぎやがって…」

ユーリの長い髪は濡れて乱れている。

「うわぉ、水も滴るいい男、よね」

いひひ、と笑うレイヴン。

「無駄に体力使うんじゃないわよ?水の中で暴れると抵抗かかっていつもより体力使うんだから」

「うわ〜リタってば、とことん寂しい事言うね」

カロルは言わなきゃいいのにそう言って、はぁ、とため息を吐いたが、当然お決まりのチョップをお見舞いされてしまった。

「まぁまぁ、息抜きしないと、暑くて大変ですから……」

エステルがなだめると、リタは仕方ないわね、と鼻を鳴らした。



「んなことよりカロル、ちゃんと水筒に水入れたか?」

ユーリは濡れた髪をさっと絞ると、そう言った。

「はい、汲んどいたわ。はい、リタも」

すっと2人に満タンの水筒を差し出したジュディス。
さすがジュディス!と喜んで受け取るカロルと、少しだけ頬を染め、ありがとう、と辿々しく行ったリタ。

思わずクスリと微笑むジュディスに連鎖して、ラナも笑った。







名残惜しいがオアシスを後にして、また灼熱の砂漠を歩く一行。

突然、レイヴンがピタリと立ち止まる。

「あそこになんか、変な生き物が……」

じっと彼が見つめる先には、砂の中でもぞもぞとうごめく何か。
それは突然、クロールしながらこちらに向かってくる。

「うわぁぁぁぁっ!」

びくりと飛びのいたカロル。

それはまっすぐユーリに向かって行き、がしっと彼の両足を掴んだ。

「ユーリなのじゃっ!」

ばっと顔を上げたのはパティで、嬉しそうに碧眼を輝かせている。

「びっびっくりした……」

ドキドキと煩く騒ぐ心臓を抑えるエステル。


「それは俺のセリフだ。まさか砂ん中で宝探しか?」

ご名答なのじゃ、と砂から這い出た彼女は、どっしりとした宝箱を皆に見せた。

「……いかにもって感じだが、これは麗しの星じゃないんだろ?」

ラナが屈んで宝箱を覗き見ると、パティはそうなのじゃ、と頷いた。

「でもいいのじゃ、うちは宝を見つけるのが目的ではないからの」

「記憶を取り戻す、ですよね?」

エステルの言葉に彼女は笑う。

「で、まだ記憶とやらは戻ってないのか?」

「うむ、そのようなのじゃ。でも、うちの旅はまだまだこれからなのじゃ」

にっこりと微笑む彼女は、ずいぶん元気そうだ。



「立ち直りの早い子だねえ」

「あら?私はそう言う子のが好きよ?」

ジュディスは隣に立つレイヴンに言う。

「お?俺様もそうだけど?」



「ねえ、こんなところでおしゃべりしてたら、行き倒れになるわよ」

リタが言う。


「だめ、俺、もうだめ…」


バタンと砂に倒れたのはクライヴ。

「あ……」

ラナは慌てて彼に駆け寄る。

「おい、大丈夫か?」

「……もう一歩も動けない」

そう返事をした彼は、本当に辛そうだ。

「…引き返すか」

ユーリも彼を覗き込む。

と、その時砂漠に入ってすぐに聞いた、鳥の声が響いた。

「なんか、近くない?」

カロルは不安そうに当たりを見回した。

「この先みたいだねぇ」

レイヴンは顎鬚を撫でた。

「クライヴ、負ぶってやるからもうちっと頑張ってくれ。この先の様子みてオアシスまで引き返す」

ユーリは彼を背中に背負い、立ち上がった。

「まじで……?…俺…飛んで帰るから……いい……」

「飛んでって……こいつだいぶヤバいな…」

ユーリはクライヴの謎発言に、思わず肩越しの彼に振り返った。

「治癒術を……」

エステルが歩み寄ろうとしたので、ラナは焦って彼女の腕をつかんだ。

「大丈夫です。彼に治癒術は使わないでください」

「え……でも…」

「暑くてへばっただけで、怪我はしていませんから」

本当に暑さが苦手なんです、とラナは彼女をなだめた。

「少しだけ見に行って、いなければすぐに引き返しましょ」

ジュディスはそう言って歩き出した。


鳴き声がする場所へとやって来た一行だが、突然それは鳥の鳴き声でない音に変わった。

「何かおかしい…気をつけて」

ジュディスは思わず槍を構える。

ユーリ達の目の前で妖しげに黒いもやが揺らぎ、それは次第に形を成していく。
そしてそこには、見たこともない、この世のものとは思えないような半透明の魔物が現れた。

「なっ!あれはなんだ!?」

ラナも身構える。

「あんな魔物……ボクしらない…」

「魔物じゃないわね、あれは…」

「ワンッワンッ!」

ラピードは怯えた様子で吠えたてる。

「ラピードがびびるなんて、やばそうだな……」

「にっ逃げよう!!」

カロルがそう叫ぶが、その物体はこちらへ接近して来た。

「こっちに来ます!」

「やるしかない!ユーリ、クライヴを降ろせ!」

ラナは誰よりも早く砂地を蹴った。


「仕方ねえな。おい、悪いがちょっと待っててくれ」

ユーリはクライヴを降ろし、剣を握った。





座り込んでうなだれるクライヴは、ふと視界に捉えた謎の魔物に不敵に笑った。


「フェローも……趣味悪いなぁ……」



皆が繰り出す攻撃も、当たりはするものの手応えが全くと言っていい程無い。

斬撃をお見舞いしようが、魔術を当てようが、傷を負った魔物はひるむ事なくこちらを攻撃してくる。


「さすがにこの暑さはきっついわね……」

レイヴンは汗が止まった身体に、不安を覚えた。
焦げるような日差しは、さらに照りつけている。


「砂に埋れて死ぬなんて、ごめんだ……」


ラナは弱音を吐いた彼に笑いかけた。





皆の体力は尽き果て、もう限界、というところまで引っ張られて、突然謎の魔物は消えた。

「消えた…?」

ユーリは怪訝な顔をして、思わず膝を付く。

しかし仲間も次々に倒れていき、彼も砂の上に倒れこんだ。


遠くに陽炎のような街を見つめながら、上から聞こえた羽ばたくような音に、わずかに視線をそちらに向けた。

そこには巨大な龍、カドスの喉笛で見た魔物がこちらに降りてこようとしているところだった。

どうする事もできないが、オレ食って腹でも壊せ、と悪態をついてみる。

しかし意識は熱に遠のいていき、ユーリはまぶたを閉じた。





[←前]| [次→]
しおりを挟む