暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



表と裏の真理



随分奥まで進んだ所で、ラーギィはコウモリの大群に足止めされていた。

「おい!いい加減にしてくれ。このままじゃ灼熱の砂漠で鬼ごっこするハメになる」

ラナはラーギィを睨みつけた。

「ほんとね、そろそろあなたを追いかけるのも、飽きてきたわ」

ジュディスは槍を構えた。

「こ、こんなことに…」

ラーギィはコウモリとラナ達に挟まれ、身動きが取れない。

「言い訳は後で聞いてやる」

ラナも剣を抜いた。

睨み合いが続き、先に動いたのはこちら。

ジュディスが飛び上がったので、ラナも衝撃波で援護する。

ラーギィはそれをかわそうと飛びのいたが、そこにジュディスが残月をお見舞いする。
よろめいた彼からラピードが小箱を奪い返し、クライヴの方に蹴り飛ばした。
彼はそれを拾い上げ、お疲れ、とラーギィを見下すように笑った。



背後から数人の足音が響き始め、

「いた!」

と、リタの声が続いた。



「お、取り返したか」

ユーリはクライヴが持っている小箱を指差して笑った。



「くっ、こここ、ここは………ミーのリアルなパワーを…!」


ラーギィは胸から光を放つ。
ユーリ達は眩しさに目が眩んだが、すぐにその光は消えていき、そこには因縁の相手、イエガーが佇んでいた。

彼は前髪を手で払うと、紳士的な笑みを浮かべる。


「……イエガー、やっぱお前邪魔ばっかするんだな。これもビジネスってやつか?」


ラナは不機嫌そうに眉を寄せる。

「どういうことです…?ラーギィさんに変装して…?」

困惑しているのはエステルだけではなかった。
ただレイヴンだけは、やっぱりか、と言うような顔をしていたが。

「ふん、そういう仕掛けか」

ユーリは鞘を投げ、剣を構えた。


「おーコワイで〜す。ミーはラゴウみたいになりたくないですヨ」

大袈裟に両手を広げたイエガーは、ニヤリと笑う。

「ラゴウ?ラゴウがどうしたんですか?」

「ちょっとビフォアに、ラゴウの死体がダングレストの川下でファインドされたんですヨ。ミーもああはなりたくネー、ってことですヨ」

「ラゴウが死んだ?……どうして?」

エステルが不安気に問うたが、イエガーはそれは自分からは言えない、と、にこやかに首を振る。

「…………」

ユーリは僅かに眉を寄せる。
それを見逃さなかったラナは、少し不思議に思った。

罪を償わずして何者かに殺された事に、腹を立てているのだろうか?



イエガーは突然、コウモリの集団の方へ駆け出した。

「あ!そっちは…!」

エステルが声をあげた。
通り抜けられれば、もうすぐ洞窟の出口だが、案の定、走り抜けようとしたイエガーにコウモリ達は襲いかかってくる。

「イエガー様!!」
「お助け隊だにょーん」

そこに現れたのはゴーシュとドロワットで、彼は後は任せましたヨーと声をかけた。

頷いた2人はコウモリに斬りかかっていき、イエガーはそのまま間を抜けて走り去っていく。

「逃げられちゃう!」

「行かせるかよ!」


「イエーまた会いましょう、シーユーネクストタイムね!」


イエガーの声は既に遠い。

コウモリの群れは、一つの大きな塊となって、ゴーシュとドロワットが吹き飛ばされた。


「こいつだ!プテロプスだよ!」


どうやらこれが、入り口で散々カロルが言っていた魔物らしい。

そのプテロプスは今度はこちらに襲いかかってきた。

「やっぱそうなるよね」

レイヴンは肩を竦めて、やれやれ、と首を振った。

ユーリ達に着いていくようになってからというもの、厄介事だらけ。
少し楽しんでいる自分も、おかしなものだ。

彼は矢をつがえる。

「ホント、飽きないねぇ」

それは光を纏いながら放たれ、プテロプスに命中した。
するとまたそれらは個々に離れ、元のコウモリへと姿を戻した。

「紅蓮剣!!」

ラナの斬撃が、炎を撒き散らしながら上下する。
それは数匹のコウモリを捉え、魔物は地に墜ちた。

ユーリもジュディスも居るので、飛び回る敵相手でもあっという間に片がついた戦い。

エステルはすぐにゴーシュとドロワットに駆け寄り、治癒術を施そうと術式を展開した。

「敵の施しは、受けない……」

ゴーシュは彼女を睨みつけ、よろめきながらも立ち上がる。

「バカにしちゃ、や〜なのよぉ……」

ドロワットも傷口を押さえ、立ち上がった。

「でも、その傷では…!」

「撤退する…」
「ばいばいだよぉ…」

2人はじりじりと彼女の側から距離を取り、地面に何かを打ち付け、煙幕を張った。


煙が立ち込め姿も見えなくなり、ラピード対策か、ものすごい異臭だけが残った。

「くさっ…なんだこの煙!」

ユーリは思わず鼻をつまんだ。

「というか、ラナ。あんた体大丈夫なの?」

リタが言う。

「へ?何が?」

「何がって…あんた、エアルに突っ込んでったじゃない」

「そうですよ!どこも変じゃないです?もう、無茶しないでください!」

「大丈夫ですよ、ちょっと人より体が丈夫なんです」

そう言って、不安そうに眉を下げるエステルをなだめたラナ。

「ちょっとって……」

リタは怪訝そうに眉を寄せた。




煙が晴れてから追いかけたが、もう誰の姿も無かった。
すでに洞窟の出口まできてしまっていて、向こう側からは強烈な日差しと、焼けるような空気が流れ込んで来ている。

洞窟が暗く涼しいので、その差異を余計に大きく感じる。
向こう側はもうコゴール砂漠だ。

「あらら…来ちゃったわねぇ」

レイヴンは日差しに目を細めた。

「…わたし…このままフェローに会いに行きます」

エステルはぎゅっと自分の手を握り、目を伏せた。

「エステル1人を行かせられないよ。ボクたちの仕事は、エステルの護衛なんだから」

カロルの言葉に、箱も戻ったしもういいだろ、とレイヴン。
ユーリもそれに同意して、完全に砂漠へ向かう流れになる。



「待って!本当にいくつもり?あんたら砂漠なめてない?死ぬわよ?」


と、リタがそれに割って入り話は振り出しに戻った。


「モルディオの意見は正論だが、ここで話してもラチがあかない」

ラナは、彼女に肩を竦めて笑いかけた。


「砂漠中央部の手前に、オアシスの街があるわ。水場に栄えたいい街よ」


ジュディスは後ろで手を握り、にっこり笑う。

「何の話よ?」

リタは怪訝そうに彼女を見つめた。

「込み入った話はとりあえず、そこでしようってことだよな?」

ユーリが言った。
レイヴンはそれがいい、底冷えした、と身体を震わせる。



「……ねぇ」

いつもは行動について口出ししないクライヴが、皆を伺い見る。

それに驚いた皆の視線も、彼に真っ直ぐに向かった。


「ノードポリカでも言ったけど、砂漠に海から近付ける所を、騎士団の船が何隻かで塞いでたんだ」


「どう言うこと?」

カロルが首を傾げると、彼は少し困ったような顔をした。

「つまり、陸路でノードポリカ側から向かうしかない。ってことは、こっちを塞げばその街は孤立。さらに言うとノードポリカも港を塞げば孤立する」

「……何が言いたいのよ?」

リタはあからさまにイライラしたように言った。

「闘技場で一悶着あったんだろ?なら、海路を騎士団が塞いでるのも偶然じゃないってことだよ」

クライヴはやれやれ、とため息をつく。

「漁でもしておったのかの?」

「なわけないって……」

パティにさりげなくツッコミを入れたカロル。

「確かに気になるな……」

ユーリはフレンが任務の内容を言えない、と言っていたのを思い出した。

「街に行ったら、騎士がうようよ、なんて事ある?」

レイヴンは顎鬚を撫でる。

「あるでしょうね。でも、行って見ましょ…もちろん、気をつけなけれならないけれど」

「そうだな、さすがにノードポリカに戻るのは骨が折れる」

ユーリはジュディスの言葉に頷いた。




水と黄砂の街、マンタイク。
街は不自然なほど静まり返っていた。

やはり騎士の姿が目立つ、というより、ほとんど騎士ばかりだ。
隊服はキュモール隊のもので、ユーリも顔をしかめた。

「それじゃぁうちはここでバイバイなのじゃ、宝探しの手がかりを探さねば」

パティは皆より数歩、前に歩み出て言った。
にこりと笑うその表情は何処か寂し気に見える。

「行っちゃうの?」

「なんじゃ、もう少しいて欲しいか?」

カロルにそう言って笑いかけるパティだが、それを望んでいるのは彼女ではないだろうか。

「楽しかったけど、パティちゃんにはパティちゃんの事情があるのよねー」

「………んじゃ。では、行くのじゃ」

ユーリが気をつけてな、と言うと、彼女はそのまま走り去って行った。

「記憶もなく、心細いだろうな…世間はアイフリードを憎むやつばかりだし」

ラナは静かにため息をついた。



ユーリの提案で、日が落ちるまでは自由行動になり、皆はばらばらと散っていく。

ラピードに構うユーリに、レイヴンが声をかけた。

「気ぃ遣うのも大変やね」

「ま、ちっとは考える時間も必要だろ」

「はっはっは。がんばれ、若人ども」

彼は陽気に笑いながら手を振って、歩いていった。


「そういうユーリはどうなんだ?やっぱラゴウの事、気になってるのか?」

ラナは、ラピードを挟んでユーリの反対側に屈むと、そう声をかけた。

「………死んだって話か?」

「ん、やっぱ納得行かないのか?」

「別にそう言うんじゃねえんだ……また今度話すよ」

ユーリはこちらを見ずに立ち上がって、彼女に背を向けた。

「………」




ーー宿屋

「ねえ、それ開けてどうするつもりなの?」

クライヴは紅の小箱と睨めっこするリタを覗き込んだ。

「開けなきゃどうするかも決まらないわよ。透明の刻晶が何かもわからないのに」

リタは腕を組んだまま、じっと箱を見つめる。

「でも悪党が狙うんだから、相当なもんでしょ。それをあんたはどうするのかって話」

試すようにこちらを見るクライヴ。
リタは不機嫌そうに眉を寄せた。

「ヨームゲンに持っては行きたい。鍵がそこにあるかもしれないし」

「だから開けてどーすんの?使うの?それとも、厄介な奴の手に渡らないように処分するの?」

クライヴは頭悪いなぁ、とため息をついた。

「あんたって本当、腹立つわね……透明の刻晶があの時、エアルに何らかの干渉をしたのは間違いないわ。きっとイエガーが欲しがるのも理由がある。だったらこれが何なのか確かめる必要が、あたしにはある!使うとかどうとか…今は問題じゃないわ……」

「ふーん……わかった」

彼はそれを聞いて立ち上がると、宿を出ていった。

「……なによ、あいつ。ほんと腹立つ…」





宿を出たクライヴは、この暑いのに外でぼんやり佇むラナを見つけた。

「考え事なら、中はいれば?」

「おう、クライヴこそ」

ラナの表情は、あまり元気があるようには見えない。

「俺はいいよ、さっき涼んだから。ちょっとくらい慣れとかないと、砂漠歩くの持たないし」

やれやれ、と両手をあげる彼。
一応皆と歩くつもりはあるらしい。

「行けるのか?途中で溶けるんじゃないか?」

そう言ってくすりと笑った彼女に、クライヴはため息をついた。

「騎士団、気になるんだろ?」

「………ん、まあ……な」

彼女の表情はまた暗く陰る。

クライヴは何も言わずに、彼女を見つめた。
その暗緑の瞳には、いつものような光はない。

「やっぱ、これって逃げてんのかな?」

ラナは短くなった髪を触って、苦笑いする。

「別に何もかも1人で背負う必要ないし……」

クライヴは眉を寄せて、近くの木にもたれかかった。
さすがに日向にずっといると辛いようだ。

「どうせ、砂漠に行ったところでフェローには会えないんだろ?」

彼女の言葉に、クライヴはさあね、と肩を竦めた。

「旅の邪魔をする気はないが、エステリーゼ様は……こんな風にフラフラしていていいんだろうか?ヨーデル様が色々と帝国の為に動かれているのに、ご自身の事ばかりだ…」

「万が一にも、あの女が皇帝になる事ってあり得るの?」

「さあ?でも、皇帝候補なんだ…やっぱり知ってる事教えて差し上げた方がいいのか?」

「でも、ミツバチだって何にも言わないし、いいんじゃない?言わなくて」

「どうだろうな……騎士団の動きも読めないし…どうしたもんかね……」






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