暗緑の灯火
エアルを感じない身体
ラーギィを追いかける一行。
ノードポリカの西に位置する洞窟へとたどり着いたはいいが、暗く肌寒い洞窟内は静まり返っていた。
「見当たらないわね」
リタが呟く。
ここまで結構な距離を進んだ上に、この山を越えればもう砂漠地帯だ。
「ここを進んだんでしょうか?」
「この先は山脈を越える最短ルートですが…危険なのであまり通る者は居ないのですがね……」
ラナはエステルに言った。
「うん、ここはカドスの喉笛って洞窟で、プテロプスって強い魔物が棲んでて危険なんだよね。前にナンが言ってた」
カロルは、人差し指を立てた拳を軽く振りながら、腰に手を当てて話す。
彼は、魔物の知識にはめっぽう強い。
「それを知らないで進んだのかしら」
ジュディスが頬に手を添え、洞窟の奥を見つめる。
するとラピードはパッと駆け出し、少し奥の影に隠れていたラーギィを引きずり出した。
「あわわ……は、はなして、く、ください」
ドロボウを、離せと言われて離す奴はいない。
皆がジロリと彼を睨んで、どういうつもりだ、と問いただす。
しかし、肩を震わせてビクビクするだけのラーギィに苛立つリタは、声を張り上げた。
「とにかく、箱を返しなさい!!」
「ししし、仕方ないですね」
ラーギィのその言葉は、少し今までよりハッキリと言ったように聞こえた。
「早くだせ」
ラナがそう言った瞬間、赤眼が数人、ラーギィと皆の間に入った。
「海凶の爪!?」
エステルは驚きに口を押さえ、わずかに後ずさりした。
すでにラーギィは一目散に洞窟の奥へと駆け出していて、卑怯者の背中は次第に離れて行く。
「……海凶の爪と繋がってんのは、あいつの方ってか」
ラナは不機嫌そうに剣を抜いた。
「面倒だなぁ、俺上から出口に回ろうか?」
クライヴの言葉に彼女は首を振って、大丈夫、と彼の頭を撫でた。
「やっぱり、手伝うふりして、研究所のものかすめ取って横流し……許せない!!グランドダッシャー!!!」
リタは無茶苦茶ご立腹で、いきなりオーバーリミッツ全開で魔術をぶっ放した。
「以下省略!」
同じ魔術が追随する。
「さらにもーいっかい!!」
そしてまた……
「二度と出てくるなぁー!!」
ドーンドーンと何度もせり上がる地面に、ユーリ達は誰も赤眼と戦えない。
呆れたようにジュディスが肩を竦めると、皆も苦笑いを浮かべた。
「はぁ…はぁ…早く追いかけるわよ!あんなやつに遺跡の魔導器を好き勝手させて、たまるもんですか!箱も返してもらうわ!」
キレる、とはまさにこの事なのではないだろうか。
リタは怒りで顔を真っ赤にし、肩を上下させながら拳を握りしめていた。
「とんでもないな、リタは」
ユーリの言葉に全員が頷いた。
赤眼は見事に"ぶっ飛ばされ"たのだから。
「とにかく行きましょう」
ジュディスが洞窟の中へと進んだので、ラナも剣を鞘に収め続こうとする。
「待って!!危険なんだって!」
が、カロルが2人を呼び止めた。
「でも、追わないと逃がしちゃうわ」
「危険な魔物が棲んでるんだって」
その言葉に、何か問題でも?と首を傾げる2人。
「なぁ、もうやめとこうぜ。俺様、ベリウスに手紙渡す仕事まだなのに、ノードポリカから離れちまう」
レイヴンがそう言って肩を竦めて見せたが、残念ながら誰一人同意はしなかった。
エステルも行く、とはっきり自分で言ったので、もちろん護衛の凛々の明星はついていく。
リタだっていかない訳はないので、レイヴンは1人入り口に残された。
「ちょっと〜引き止めてくれよ〜!」
案の定慌てて追いかけてくる彼に、ユーリは可笑しくなって笑ってしまった。
しばらく進んだ所で、どこからともなく声が響く。
「よっこいせ……」
「……なんか、聞こえなかった?」
レイヴンは振り返り、辺りを見回す。
「ここなのじゃ」
声の主は崖を這い上がってきて、ひらりと手を上げた。
暗がりでもわかる大きな海賊帽、パティだ。
「うわぁ!……ってパティ?」
取り乱したカロルに彼女は、また会ったの、と目を細めて笑って見せる。
「そんなとこから出てきて、また宝探しか?」
「うむうむ」
「ねぇ、お宝ってどんなものなの?」
カロルは実のところずっと聞きたかった。
パティが探しているのは、広い意味での財宝というより、なにか決まっているひとつの物のようだったから。
「聞いて驚け!それは、麗しの星なのじゃ!」
ふふん、と言い切った彼女だったが、皆は首を傾げた。
「……なに、それ?」
「ええと…さぁ…?」
リタの問いかけに、エステルは首を傾げた。
本の虫、歩く百科事典のような彼女が知らないお宝とは、どんなものなのだろうか。
「麗しの星は、アイフリードのお宝の中でも、なによりも貴重なものなのじゃ」
「…で、それは見つかったのか?」
ラナが問うと、パティはくるりと背を向ける。
「宝とは、なかなか見つからないから宝というのじゃ」
「それもそうだ」
彼女はうんうん、と頷いた。
「ねえ、ノードポリカで言ってた事本当なの?アイフリードの孫って」
カロルの問いかけにパティは再びこちらに振り返った。
「なによ、そうなの?ドンが盟友に孫が居ると知ったら、どんな顔するかね」
レイヴンは、興味深そうにパティを見た。
「でもさ、嘘でしょ?……そんな話、聞いた事ないし」
「本当、なのじゃ!………たぶん……」
パティはカロルの問いにはっきりとほんとう、と言ったが、すぐに自信がなさそうに言葉を付け加えた。
「たぶんなのか?でも実際、パティはアイフリードにそっくりだし……」
ラナは怪訝な顔で首を傾げた。
「え?ラナ、アイフリードを知ってるの?」
カロルは、思わず身体をびくりと硬くした。
「ん?ああ、それはいい。パティ、なんで多分なんだ?」
「…それは…うちが記憶喪失だから、なのじゃ」
パティはシュンと眉を下げた。
カロルとリタは、彼女の記憶喪失、というフレーズをおうむ返しに呟き、不思議そうにしていた。
それもそのはず、なかなか記憶がない人にはお目にかからない。
「じゃあ、本当かどうかわからないってこと?」
レイヴンがそう言うと、パティは絶対本当!と食ってかかるが、またもや、たぶん、と言葉を足した。
「つまり記憶を取り戻すためにじいさんかもしれないアイフリードに会いたい。そのために麗しの星を探してる、ってことか」
ユーリはなるほどな、と頷いた。
それに同意をしたパティに、カロルはもう一度否定をしようとしたが、ジュディスが小箱を追いかけなくていいの?、と言ったのでその場は遮られ、ユーリ達は慌てて駆け出した。
が、そこに何故かパティも着いてくる。
「なんであんたついてきてんのよ」
地を蹴って進む足は止めずに、リタが言った。
「うちもこっちへ行くつもりだったのじゃ」
おさげを揺らしながら走るパティは、どことなく楽しげだ。
だったら一緒にいこうと笑いかけるエステルに、彼女はにっこり笑って頷いた。
「……買い物に行くのとは、わけが違うんだぞ?」
楽しげに笑い合う2人を見て、ユーリはため息をつかずにはいられなかった。
「承知の上なのじゃ。何かあったら力になるぞ」
得意気に海賊帽をくいっとあげて、パティは彼に目配せした。
まあ、頼もしい、というジュディスのからかいの言葉にも、彼女は任せておけ、と返す。
「バウッ!」
ラピードが咆哮をあげた。
視線の先にはラーギィ。
どうやら追いつけたようだ。
びっくりして転んだ彼を、ラピードが追いかけようとするが、それはいきなり溢れ出した真っ赤なエアルによって阻まれた。
「ケーブ・モックと同じだ!ここもエアルクレーネなの!?」
リタはどんどん溜まり始めるエアルを見て、ギリギリと歯を食い縛った。
「強行突破…!」
「は無理そうね……」
ユーリの言葉をジュディスが続ける。
「です!この量のエアルに触れるのは危険です!」
「いい?」
クライヴはラナを見つめた。
「………ダメ」
首を振ってそう言った彼女は、またもやポンポンと彼の頭を撫でた。
「じゃあ逃がすの?」
咎めるような視線で見つめてくる彼に、ラナは肩を竦めた。
今は面倒になる、と。
そして真っ直ぐにラーギィを見つめる。
途端、前触れなく地を蹴った彼女は、大量に溢れ出すエアルに突っ込んだ。
「ラナ!?」
ユーリは彼女の腕を掴もうと手を伸ばすが、僅かに遅く、真っ直ぐにエアルを突っ切ってしまった。
ため息をつくクライヴは、こっちのが話がややこしくなる、と心の中でぼやいた。
「危ない!!」
エステルが悲鳴に似た声をあげる。
皆も突然の事に、驚く他なかった。
「な、な、なぜ…」
たじろぐラーギィの背後にも、エアルが溢れ出していき、退路を絶つ。
「びっくりしたか?さ、聖核を返せ」
ラナはじりじりとラーギィに詰め寄り、にやりと笑った。
目に見えるほど濃度の高いエアルに触れた筈なのに、別段変わらない様子の彼女。
これには彼も戸惑う。
追い詰めようとラナが剣を抜いた直後、大きく地面が揺れた。
「地震?!」
彼女は激しい揺れに、動けず体勢を低くする。
ラーギィはというと、バランスを崩し尻餅をついていた。
揺れも収まらないうちに、今度は何かの咆哮が響く。
その声は洞窟内で反響して、耳をふさぎたくなるほど。
「な、あ、あれは……」
ラーギィの視線は、ラナを通り過ぎて上を見上げる。
彼女も振り返ると、そこには巨大な竜のような魔物がいた。
「……始祖の隷長……!」
驚きに目を見開いたのは彼女だけではなく、ユーリ達も同じだった。
始祖の隷長はクライヴを見つめる。
《なぜあなたが満月の子と共に?》
そして、始祖の隷長同士だけに通じる意思疎通の仕方で、そう話しかけてきた。
《ラナが一緒に居るから》
同じように返事をする彼。
《そうですか…あまりエアルクレーネに満月の子を近付けないで下さい》
《可能な限りは、努力するよ》
《あなた自身も、共に居ては危険ですよ》
《おかまいなく》
もう一度大きく咆哮をあげた始祖の隷長は、周囲のエアルを吸い込むように食べ始めた。
ラナには見慣れた光景だが、リタはかなり動揺しているようだ。
無論、ユーリ達も。
過剰に溢れるエアルを食べ尽くした始祖の隷長は、先程の二度の咆哮よりも、一際大きくたける。
その瞬間、皆身体が金縛りのように動かなくなった。
クライヴはそうではなかったが、ここは大人しく彼女に従う事にして、様子を伺う。
そして始祖の隷長は、悠々と舞い上がりまた何処かへ去っていく。
姿が見えなくなった途端、自由になった身体。
ラーギィはもう駆け出していた。
「もう!」
ラナもそれを追いかける。
「いい加減にして!」
ジュディスも続いた。
リタがエアルクレーネを調べようとしていたが、クライヴは無視して2人の後を追う。
「さっきの始祖の隷長、誰だ?」
すぐに追いついてきたクライヴに、ラナが問う。
三人の駆ける足音が洞窟内に響き渡り、壁に当たって何度も返ってくるので、まるで何人も人が居るように思える。
「クローム」
「何か話していたみたいだけど、何を言われたの?」
ジュディスが言った。
クリティア族の持つナギーグは、始祖の隷長同士が話す時の方法によく似ている。
咄嗟にナギーグを使い話しかけようとしたところで、2人の会話が入ってきたのだろう。
「満月の子と居るのは危険だって」
クライヴはふん、と鼻を鳴らす。
「そうよね、あなた達…始祖の隷長にとっては……」
ジュディスは眉を寄せた。
「まぁ、エステリーゼ様は擦り傷一つでも治癒術使おうとするし、余計に…な」
ラナも難しい顔をしていた。
正直、彼までも共に行動することを、少し迷っていたから。
でも何も言わずに一緒に居てくれる彼に、甘えっぱなしなのだ。
「気をつけてるから平気だよ。あの女にはなるべく近付いてないし」