暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



足並み揃えて



翌朝、ロビーに集まったのは、結局全員だった。

リタは、エアルクレーネの調査をユーリ達に着いて行ってすると言うし、ラナもクライヴと共にそのままだった。



港へ向かう一行。
一番後ろから着いていくのは、ジュディスとラナ。

「なぁ、フェローを説得したんだって?」

ラナが、ジュディスだけに聞こえる声でそう言った。

「……どうかしら?結局、彼は帰って行ったけれど」

ジュディスは読めない笑みを浮かべ、わからないわね、と自身の豊満な胸の上に手を添えた。

「私がフェローを知ってる事、驚かないんだな」
 
「あら、クライヴは始祖の隷長でしょう?」

「気が付いてたのか。あいつが何か言った?」

ラナが顔色を伺うようにそう言ったので、ジュディスは優しく笑って、どうかしら?と返した。

「やっぱりなんか言ったのか……悪い、あいつ千年以上も生きてるくせに、中味が子供なんだよ……」

「……そうね、バウルのがずっと若いけれど、彼のが年を取っているみたいだわ」

「バウル…?ああ、ジュディの相棒な」

「ふふ、あなたと話してると、ユーリと話してるみたいだわ」

ジュディスは楽しげに目を細め、笑う。

「いい意味か?悪い意味か?」

ラナは怪訝そうに眉を寄せる。

「それはあなたの捉え方次第、ね」

意味深に微笑んで見せたジュディス。
彼女との会話は、向かいから歩いて来た人物の登場によって、終わりを迎えた。

「殿下!!」

ラナはヨーデルの姿を視界に捉えると、すぐさま騎士の敬礼をした。

「ラナ!無事だったんだね。消息がわからないと聞いていたから、心配していましたよ……みなさんも、またお会いしましたね」

そう言って微笑むヨーデル。
彼の後ろを歩いていた側近の初老の男は、ラナを見て驚いたように目を見開く。

「次期皇帝候補が、こんなとこでなにやってんだ?」

ユーリがそう問えば、ヨーデルは人の良さそうな笑みを浮かべ言う。

「友好協定締結のやり取りを行っています」

「……殿下……その…どうですか?」

酷く辛そうに言ったラナに、彼は苦笑いを返した。

「だろうなぁ。ヘラクレスの登場で、ユニオンは反帝国ブームでしょ」

レイヴンが言う。

「はい、その影響で、帝国側からも疑問の声が上がっています。事前にヘラクレスの事を知っていれば、止める手立てはあったのですが…」

「次の皇帝候補が、何も知らなかったのかよ?」

ユーリはそう言って眉を寄せる。

「殿下やエステリーゼ様には、騎士団の指揮権がないんだ。動向も逐一報告が来る事もない……私が気がついていればよかったんだが……」

ラナはぎゅっと拳を握り、唇を噛んだ。

「騎士団は、皇帝にのみその行動をゆだね、報告の義務を持つ、です」

エステリーゼが言う。

「だったら皇帝になりゃいい」

ユーリがあっけらかんとそう言ったのだが、エステルは困ったように眉を下げた。

「私がそのつもりでも、今は帝位を継承できないんです」

ヨーデルも困り顔で返事を返す。

「なんでよ?」

リタは皇帝候補だろうがお構いなしに、いつもの態度だ。
もちろん、彼女のいいところでもあるのだが、ラナにとっては内心穏やかではない。

「帝位継承には宙の戒典という帝国の至宝が必要なんです。ですがそれは、先の戦争ごろから失われたままでして…」

ヨーデルが言った言葉に、ユーリが少しだけ目を細める。

「ヨーデル様、参りましょう……お時間が…」

側近がそう言うと彼は、すみませんがここで失礼します、と言って、再び歩き出した。
エステルがなんとも言えない顔で、彼の背中を見つめていると、ラナが駆け出し声をあげた。

「殿下!例え騎士団を離れていても、私は……!」

彼女の言葉に驚いて振り返ったヨーデルは、今にも泣き出しそうな彼女の顔をみて、いつものように優しく微笑む。

「ヘリオードで言った言葉に、後悔はしてないよ。話せるようになったら、訳を話してくれたらいい」

「……私には勿体無い…お心遣いです…」

ラナはそう言って俯いた。

「今の方が、あなたらしいかもしれないね」

側近に急かされたヨーデルは、少しだけ寂しそうに笑って、また歩き出した。
遠ざかっていく背を見つめ、ラナの気持ちは更に重たく沈んでいくのだった。

「よかったの?」

元気のない背中に、声をかけたのはクライヴ。

「……私は、どうしたらいいんだろうな…」






波止場でカウフマンに魚人からの護衛を頼まれ、引き換えにノードポリカまでの船便と、使った船を譲ってもらう事になった。
この上なく美味しい話だが、彼女がそんなにオマケをすると言う事は、厄介な案件に間違いないだろう。

しかし、幸いにもこちらは皆腕に覚えのある者ばかり。

うまく言いくるめられた雰囲気はあるものの、それほど怯える事ではない。

「魚人の群れに会わなければいいですね…」

エステルは遠くなっていくトリムの灯台を見つめて、不安気に手を握った。

「世の中そんな甘くないよ」

口を挟んだのはクライヴで、彼はこの船唯一の船室の屋根上に寝転び、嫌味っぽくそう言った。

「そうそう。会わないなら護衛なんていらないでしょ」

リタが同意をして、うんうんと頷く。

「……2人とも、若いのにずいぶん悲観的なのね」

レイヴンがそう言うと、クライヴはプイとそっぽを向いて、リタは現実的でしょ、と腕を組んだ。



「それにしても助かったわ。なんとか間に合いそう」

カウフマンは胸をなでおろした。
紅の絆傭兵団のゴタゴタで、相当困っていたようだ。

「海凶の爪に遅れを取るところでしたね」

部下の男がそう言ったので、ホントよ、と頷く。

「海凶の爪か……ちょくちょく名前を聞くな」

ユーリの言葉に、カウフマンは首を傾げる。

「そう?兵装魔導器を専門に商売してるギルドよ?最近、うちと客の取り合いになってるのよ」

「にしてもやつら、兵装魔導器なんて貴重品、どこから商品を調達してんすかね?」

部下の男が怪訝そうに言い、彼女はそうよね、と手のひらを上げた。

「……まさか帝国が?でも管理は魔導士……」

リタがこめかみを押さえ、目をつむったその時、船が大きく揺れた。

甲板に居た全員が、その衝撃によろめく。

「皆さん気をつけて!」

操船士であるトクナガが声を上げた。

すぐに魚人が次々甲板に飛び上がって来て、あっという間に囲まれてしまった。

「腕がなるね……」

ラナは剣を抜くと、すぐさま甲板の床を踏みしめ、魚人に向かっていく。

「ちょっと…船酔いしたのじゃぁ…」

くぐもった少女のような声が一体の魚人から発せられる。

「しゃべった!?」

カロルが思わず後ずさる。

「もしかして、あの魔物と同じ?」

エステルが驚きに目を見開く。

「そんなわけあるかよ!」

ラナはすぐにその魚人を斬り伏せた。

皆が魚人に立ち向かっていく中、彼女は言葉を発した魚人を腹を開いていく。

「ちょっとなにしてんの!?」

カロルが驚き思わず手を止める。
が、その背後に魚人が襲いかかる。

「よそ見すんじゃないわよ!」

リタが咄嗟に目標を変えてファイヤーボールを飛ばしたので、彼は頭を押さえてうずくまる。

「ご、ごめん…」

  あっという間にカタが付いた甲板の戦いに、カウフマンは手を叩いてユーリ達に賞賛を浴びせた。
が、ラナが一心不乱に魚人をさばく様子をみて、うっ、っと口を押さえる。

「え?パティ?!」

エステルは思わず口を覆った。

魚人の腹の中から出て来たのは、ここまで何度か会っては別れていた、パティだったのだ。

それ以上に驚いたのはラナ。
目を見開いて、口をあんぐりと開けていた。

「ア、アイフリード……?」

「うわぁぁ!!」

しかしそれは、トクナガの悲鳴によって追いやられ、ユーリはすぐに声が聞こえた方へと向かった。

どこに居たのか、最後の一匹がトクナガに襲いかかり、彼はぐたりと床に伏してしまう。

ユーリは斬りつけて海へと魚人を投げ捨て、エステルは彼に駆け寄るとすぐに治癒術をかけた。




トクナガは命を繋げたものの、傷は深く船室で休む事となってしまい、操船士不在の船は少しづつ海を流れていく。

「誰か操船できる人……いるわけないわよね」

カウフマンは大きくため息をついて、がくりと肩を落とした。

「うちがやれるのじゃ!」

「パティが?」

首をかしげたのはカロルだけではない。
ユーリも、信じられない、と言う風に顔をしかめる。

「世界を旅するもの、船の操船くらいできなくては笑われるのじゃ」

「そう、じゃああなたにお願いするわね」

パティは任せておけ、と胸を張った。




「なぁ、パティ?」

ラナは舵を取る彼女に声をかける。

「なんじゃ?始めましてじゃの」

パティは振り返って彼女を見ると、首をかしげた。

「あ、そうだな。ラナだ。よろしくな」

「うむ、よろしくなのじゃ」

パティは満足気に頷いて、再び視線を進行方向に戻した。

「あのさ、アイフリードの親戚か?本人にそっくりなんだ…」

ラナの言葉に、彼女は驚いたようで、一瞬だけ肩を震わせた。

「格好もそうなんだけど、顔もそのまんま若くして、声も子どもになっただけみたいな……」

「そうじゃ、アイフリードはうちのじいちゃんなのじゃ」

「え!?じいちゃん?」

「うむ」

「いや、じいちゃんって……アイフリードは女だから、ばあちゃんの方だろ?というか、孫が居たのか……」

ラナはうーんとこめかみを押さえた。

「そうなのか?うちの記憶では、確かにじいちゃんだったと思うのじゃがの」

「記憶では、って……じゃあ今どうしてるかわかんないのか?」

「そうじゃの……」

パティはさみしそうに呟く。

「というか、親は?」

「それもしらん」

さらりと言った彼女の言葉に、ラナはそうだよな、と俯いた。

「ラナは、アイフリードの事を何か知っておるのか?」

「何かってか……」


「なんだか、霧が深くなってきたわね」

後ろで聞こえたジュディスの呟き。
確かに辺りは霧が立ち込め始めている。

「こういう霧ってのは、何か良くない事の前触れだって言うわな」

レイヴンがそう言って自身の無精髭を撫でる。

「や、やめてよ〜」

カロルが怯えた様子で眉を下げた。

「余計な事言ってると、それがほんとになっちまうぜ」

ユーリが笑って茶化すので、カロルは更に怯えて肩を震わせた。

「ちょっと!前!前!」

リタは慌てた声で言う。
霧に紛れて前方に現れたのは、このフィエルティア号よりもずっと大きな船。

「ぶつかるわね、これは」

ジュディスがどうしましょう?と首を傾げる。

すぐに大きな音が響き渡り、船は目の前の巨船にぶつかり大きく揺れた。

「うわっ!」

思わぬ揺れに、船室の上で昼寝をしていたクライヴが甲板に落ちて来た。
ドサリと鈍い音がして、彼は痛そうにうずくまる。

「あら、意外とお間抜けさんなのね」

ジュディスがくすりと笑うと、クライヴはムッとした顔で彼女を睨んだ。

「何……!?」

船室から飛び出して来たのはカウフマンで、彼女は目の前に現れた巨船に眉を寄せた。

「……見た事ない型だわ……だいぶ古い船みたいだけど」

その巨船は今は無い帆船だ。
しかしながら帆は破れて朽ちていて、僅かばかりに残っているだけ。
人の気配などもちろん無く、船体もあちこち壊れている。

「アーセルム号……?」

クライヴが船体に書かれた文字を読む。

「なんか、不気味な船だね……」

カロルはどこか背筋が寒くなって、両腕を自分で抱きかかえた。

ギギギーーィッ

突然、アーセルム号からタラップが降り、フィエルティア号の甲板にかかる。

「ひゃっ!!」

リタはびくりと身体を震わせて、思わず辺りを見回した。
まるでこちらに来いと誘っているかのような雰囲気に、気味の悪さが際立つ。

「ま、まるで…呼んでるみたい…」

エステルは怯えながらも、少しだけ嬉々とした様子だ。

「バ、バカなこと言わないで!船出してよ!」

「うーむ。ダメじゃの駆動魔導器がうんともすんとも言わないのじゃ」

パティが魔導器を見つめて首をかしげているので、リタは慌てて駆け寄って調べ始める。

「千年くらい前は、こういう船ばっかだったけどな」

クライヴは興味がなさそうに甲板に寝転んだ。

「なんじゃ?船に詳しいのか?」

「ん?別にそういうわけじゃ……」



「なんで!?一体どうなってるのよ!」

魔導器の異常の原因はわからなかったようで、リタは悲壮な声を上げる。

「原因は、こいつかもな……」

ユーリは不気味な巨船、アーセルム号を見つめる。

「うひひ、お化けの呪いってか?」

楽し気に笑うレイヴンだが、リタは真っ青な顔でまだ魔導器を必死に調べている。

「入ってみない?こういうの、好きだわ。私」

面白そうよ、とにこやかに微笑むジュディスに、リタは信じられないと驚きを露わにした。

「原因わかんないしな、行くか」

「ちょっと!こっちの船はどうするのよ!」

ユーリの言葉にカウフマンは驚いて声を張り上げた。

「ん、じゃあ見張りを残していく。それならいいだろ」

「いいんじゃないか?どうせ、魔導器直らなきゃ動けないんだし」

ラナは自分も行く気だったようで、剣を持ってタラップへと進み出た。

「お前も行くのな。じゃ、行くのはオレと、ラピードも行くよな?」

ユーリの問いかけに、ラピードはワンッと同意をする。

「もちろん私も行くわ。他に誰か行く?充分じゃないかしら?」

ジュディスがにこりと笑ったのだが、リタが、あたしいかない!と身構える。

「戦力配分ちゃんと考えてる?こっちの船も、なにがあるかわからないんだから」

とカウフマンが釘を刺す。

三人と一匹は顔を見合わせて笑うと、行って来ますと手を振った。


「やっぱ俺も行こうかな」

むくりと起き上がったクライヴも、アーセルム号へと歩き出す。

部下の男が、魔導器が直ったら発煙筒で知らせる、と言うと四人と一匹は嬉々としてフィエルティア号を後にした。



「………なんか、心配だな…ボク……」

カロルは残ったメンバーを見て、不安気に眉を下げた。
それもそのはず、近距離戦の得意なメンバーが皆、探索に向かってしまったのだから。





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