暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



謎の小箱と髑髏の騎士



不気味な船の中を進む一行。

「クライヴはなんでついて来たんだ?あのまま、ずっと寝てるのかと思ったぞ」

ラナは、こういった事にいつもはあまり積極的ではない彼に問う。

「気のせいかもしれないんだけど、聖核の気配がするんだよな」

クライヴは眠そうに目をこすった。

「それはまた……因果だな。一応、みんなには言わないでくれ」

「まぁ、面倒になりそうだし、言わないよ。猫背のおっさんの手に渡ったら、帝国にしろギルドにしろ、どっちかに持っていくかもしれないし」

「…………」

ラナはその言葉に、難しい顔をするだけで、返事はしなかった。


「結構、魔物が居るみたいだな…」

ユーリはさっと剣を構える。
向こうからあまりみた事のない魔物が三体、こちらに気がついて突進してくる。

暴れたら壊れてしまいそうな船内。
戦うにしても気を使う。

「やりにくいわね、すごく狭いもの」

ジュディスの長い槍は室内向けではない。
彼女の飛ぶような跳躍力も、天井の低いここでは生かしきれないと言うもの。

「サクっとやっちゃいますか」

ラナも剣をぬいた。

「アオーンッ!」

魔術が使えるメンバーが誰も居ないのも、戦闘が好きな彼らには中々楽しい状況だ。

ジュディスはいつもより小回りしながら技を繰り出して行く。
ラピードの斬撃が決まり、ユーリが身軽に魔物を斬り伏せる。
ラナは最後の一撃に振りかぶって魔物を倒す。

「よっし!終わり……っと!うわっ!」

ラナがひらりと着地したが、床がミシリと軋んで、

バキバキバキッ!!

大きな音を立てて床が抜ける。

「あっおいっ!」

咄嗟にユーリが彼女の腕を掴む。

「危ないわ!」

ジュディスの悲鳴も虚しく、落ちかけた彼女を支えようと引っ張るユーリの足元も抜け落ち、2人は階下に落ちていった。

ドシンと鈍い音に、追尾するようにパラパラと木片が落ちて行き、ユーリとラナの頭上から乾いた雨が降った。

「大丈夫?」

足元が崩れないかと、恐る恐る覗き込むクライヴ。

みれば埃と木片まみれの2人が、上を見つめていた。

「大丈夫だけど……」

ラナは大きくため息をつく。

「……流石に登れそうにねえな」

ユーリは木片を払うように、髪をぐしゃぐしゃと乱した。

「こっちも飛び降りるのは無理ね。床が抜けてもっと下まで落ちたら笑えないもの」

ジュディスも2人を覗き込んでため息をつく。

「とりあえず行けるとこ進んでみるわ、どっかで合流できるだろ」

ラナも自身にまとわりついた埃を払い、身なりをさっと整えた。

「そうしましょ。足元、気をつけてね」

ジュディスは、ひらひらと手を振り歩き出したので、ユーリ達からは見えなくなってしまった。

「しゃあねえな、進もうぜ。体、平気か?」

ユーリは怪我がないか、ラナの身体を確かめる。

「治癒術使えないからな。ユーリこそ大丈夫なのか?」

「オレはなんともねえよ」

2人は、はぁ、と同時にため息をついた。






「「………」」

クライヴとジュディスは無言のまま歩いてく。
ラピードが心配そうに2人を見つめるのが、さらに沈黙を助長しいるようにも思える。


ドーンッ


その時、大きな音がして船体が軋み、背後の鉄格子が落ちた。
埃を巻き上げてしっかりと閉まってしまい、退路を絶たれる状況となってしまった。

「……ダメね、開かないわ…進むしかないようね」

ジュディスはピクリとも動かない堅牢な格子に、肩を落とした。

「船に残ってる奴らは大丈夫かな?」

クライヴは天井を見つめた。

「あら、あなたが人間を心配する事もあるのね」

ジュディスは不思議そうに首をかしげた。

「……どういう意味だよ、感じ悪いなあ」

「あら、そんなつもりじゃないのだけれど」

彼女は感情の読めない笑みを浮かべ、ふいっと顔を逸らした。

「クゥーン……」

ラピードは2人の様子に頭を垂れた。





「行き止まりか?」

ユーリは開かない扉を見つめて、背後を振り返る。

「こっちこっち」

ラナが手招きする方向には、わかりにくいが扉があった。

「おう……」

彼女の背中を見つめながら、ユーリはなんとも言えない心苦しい気持ちだった。

覚悟を決めて選んだ道。

それでもラナに触れるたび、自分が手を汚してしまったような気になって、彼女に対して罪悪感が襲う。

もう選んだ以上、後戻りはできないし、そんなつもりも毛頭ない。

「ちゃんと、話さないとな……」

ユーリは自分の左手を見つめた。

「ん?何か言った?」

「いや、カロル達大丈夫かなって…さっき船が揺れたし、なんかあったのかもしんねえ」

はぐらかしたユーリの言葉に、確かにな、とラナは頷く。

「ま、でも…私たちもまずは外に出ないと」





階段を二度上がったところで、ユーリとラナはジュディス達の姿を見つけ、安堵の息を吐いた。

「あ、クライヴ、ジュディ。よかった…怪我はないか?ラピードも」

「ワンッ」

ラピードは苦労したぜ、とも言わんばかりにラナにすり寄った。

「問題ないわ、あなた達も無事のようね」

ジュディスはにこりと笑ってそう言った。

「なんだ、無事じゃないの」

背後から聞こえた声の主はリタ。
なんと残りの皆も一緒で、パティまでもがついて来ている。

「おいおい、来ちまったのかよ…それに、何連れて来てんだ?」

ユーリはパティの姿を見つけ、肩を竦めた。

「連れて来たわけじゃないんだけどもね……」

レイヴンはシュンと眉を下げる。

「ユーリに会いにきたのじゃあ」

パティは満面の笑みで、帽子をクイッとあげて見せた。




「全員来て、船は大丈夫なの?戦えるようには見えなかったけど…」



クライヴは怪訝そうに眉を寄せた。

「こんなところ、早く出ようよ」

カロルが急かすようにそう言った、次の瞬間、背後の扉がバタリと音を立てて閉まった。

風はなく、船が傾いているわけでもない。

「幽霊の仕業じゃな」

「ウソでしょ!?」

リタはびくりと身体を震わせ、異常はないかとキョロキョロと視線を泳がせた。

「きっと…この船の悪霊たちが、わたしたちを仲間入りさせようと船底で相談してるんです…」

不安気にそう言ったエステルに、リタが、変な事いわないでよ!と抗議した。
この手の話題に関しては、相当な苦手意識があるようだが、よくここまで着いて来たものだ。

「エステリーゼ様、モルディオをいじめては可哀想ですよ」

ラナがニヤニヤと笑うのだが、リタは彼女に文句を言うのもまま成らない様子だ。

「そこがダメなら他に出口を探そうぜ」

「そうね、いきましょ」

ユーリの言葉でジュディスも歩き出し、皆、階段を登った。




上は船長室だったようで、たくさん並ぶ本棚や、大きな鏡、そして立派な机、そこに伏している……白骨の船長。

ひぃっっと悲鳴を上げたのはカロル。
リタはこれに関しては実体があるからか、特に恐怖はないようだ。

貴重そうな本の壁を通り過ぎ、なぜか青い光の灯る蝋燭を過ぎ、航海日誌と思しきものをめくってみる。

「アスール歴…232年、ブルエールの月13…?」

ユーリは聞き慣れない年号に首をかしげた。

「どちらも、帝国ができるより以前の暦ですね」

エステルが教えてくれたので、リタが千年以上も昔か、とこめかみを押さえた。

「船が漂流して40と5日、水も食糧もとうに尽きた。船員も次々と飢えに倒れる。しかし私は逝けない。ヨームゲンの街に、透明の刻晶を届けなくては………魔物を退ける力をもつ透明の刻晶があれば、街は助かる。透明の刻晶をユイファンに貰った、大切な紅の小箱に収めた。彼女にももう少しで会える。みんなも救える。………でも結局、この人は帰る事なく、ここで亡くなってしまったんですね……」

エステルはさみし気に白骨の船長を見た。

「エステル、千年も前の話よ?」

リタが言う。
確かにそれだけ前の話なら、もはや童話と言っていいくらいだ。

「クライヴ、白骨が千年もそのままなのは、聖核のせいか?」

そっと彼に耳打ちしたラナ。

「そうかも…抱えてる小箱、中に聖核が入ってるっぽい」

耳打ちで返したクライヴ。

「どうすんだ?あいつら、持って行きかねないぞ」

「うーん……」



「なに言い出すのよ!!」



リタが怒ったように声を上げた。

「…透明の刻晶届けを、ギルドの仕事に加えて頂けないでしょうか?」

どうやらエステルがヨームゲンに透明の刻晶を届ける、と言い出したようだ。

クライヴは呆れた、と肩を竦める。

「だめだよエステル。ボクたちみたいなちっちゃなギルドは、基本的にいっこの仕事が終わるまで、次の仕事は受けないんだ」

快く受けてもらえると思っていたエステルだったが、カロルが難色を示したので眉を下げた。

「ひとつひとつ、しっかり仕事してくのがギルドの信用に繋がるからなぁ」

レイヴンはうんうん、と頷いて同意する。
今までギルドを転々としてきたカロルでも、ギルドの街で育ってきたのだから、ギルドの理はよくわかっている。

きちんとこなせ無いのに、仕事を複数受ける事は出来ないのだ。




「あら?またその子の宛ても無い話で、ギルドが右往左往するの?」



ジュディスが苦言を放ったので、リタが思わず怒鳴るが、クライヴは少し彼女に感心したようだった。

2人は意外と気が合いそうだと思っていたラナは、少し頬が緩む。


「待ってリタ……ごめんなさいジュディス。でも、この人の思いを、待っている人に……届けてあげたい…」

エステルはそう言うが、なにせ千年前の話なのだ。

「うーむ、さすがに千年は待ちくたびれるのじゃ」



「あ、あ、あ、あれ!」



カロルは突然大声を上げ、皆の背後を指差す。

「ん?……うぉ!」

レイヴンは鏡をふりかえり、思わず飛びのいた。

そこには髑髏の騎士がこちらじっと見つめているのだ。
鏡からすっと出てくると、剣を構える。

「どうやら逆のようね」

「なにが!?」

リタは慌てて身構え、帯を構えた。

「魔物を引き寄せるってこと」

ジュディスも槍を構える。



「…あれ、魔物?なんか……変……」


クライヴは髑髏の騎士をみて、眉を寄せた。

「来るぞ!」

ラナもぐぐっと足を踏み込んだ。

ラピードは臆する事なく先陣を切り、ユーリが後に続いた。
まさに阿吽の呼吸のコンビは、相手が反撃する隙を与えない。

「お邪魔するわよ!月光!」

脳天目掛けて槍を振り下ろしたジュディス、そのあとすぐにレイヴンの風の魔術が髑髏の騎士を散斬する。

「手応えないわねぇ…」

膝もつかない相手に、彼は少し眉を寄せ、矢をつがえた。

素早い動きに着いていけないのか、カロルは思わず穴だらけの床に足を取られる、が、倒れこみながら撃ち込まれた打撃に、敵はぐらりと傾いて膝を折った。

「たまにはやるわね!序でに出てこい!フレイムドラゴン!」

リタお得意の火の魔術。
まるで生きているかのような焔の龍が、敵の身体を貫く。

ここは燃えやすそうなのでいささか不安だ、と思いながらもラナは煽るように風を巻き込んだ斬撃をお見舞いした。

「これで決めます!エンジェルリング!」

エステルの光の魔術は髑髏の騎士を締め上げた。

「うちもいくぞー!ジャンパイ!!」

パティの技で、敵の頭上からは大量の麻雀牌が降り注ぎ、敵は動きを止めた。

が、途端に髑髏の騎士の胸元から赤い光が迸る。

反撃か?と思わせたが、そのまま踵を返し、鏡の中へと戻って行った。

「逃げるのじゃ!」

パティは追いかけようと鏡に張り付くので、ユーリが彼女の頼りなさげな肩をそっと引いた。

「別にあいつと白黒つける必要ねえだろ?」

「勘弁してよ、もう…」

レイヴンは変形弓を仕舞うと、この上なく大げさなため息をついて、肩を落とした。

「だったら返してあげる?あの人に」

ジュディスがそう言って白骨となった船長を指差したので、カロルが力強くそうしよう!と頷いた。

「……でも」

エステルが不満気に眉を寄せるのを見て、リタはどこか諦めたように鼻を鳴らし、腕を組む。



「あたしが届ける」



きっぱりと言い切った彼女に、パティとクライヴ以外の皆が視線を向けた。

「リタ……」

エステルはぎゅっと手を握り、嬉しそうに頬を緩ませる。

「フェロー探しとエステルの護衛。あんたたちは仕事してればいいわ。あたしは勝手にやる」

凛々の明星とか関係ないし、とリタは付け加えた。

「じゃ、ボクも付き合うよ」

「暇ならオレも付き合ってもいいぜ」

「ちょっ!あんたらは仕事やってりゃいいのよ!」

名乗りをあげたカロルとユーリに、リタは腰に手をあてて上目遣いに睨みを効かせる。



「どうせオレらについてくんだろ。仕事外で手伝う分には、問題ねえよ」


ユーリがそう言ってひらりと手を上げたので、エステルは、ありがとうございます、と頭をペコリと下げた。

「若人は元気があっていいね……ん?」

レイヴンが茶化す言葉にリタは少し頬を朱色に染めた。
が、彼が怪訝そうに見つめるのに習い、一同は窓の外を見つめた。

煙が尾を引いて上がっているので、おそらく駆動魔導器が直ったに違いない。

とたん、キイッと音を立てて奥の扉が開く。

「おや、呪いが解けたかな?」

にやっと笑ったレイヴンの足を、リタが踏んづけた。

そのまま扉に向かうユーリ達。
パティは名残惜しそうに鏡を見つめていたが、諦めたように目を伏せ、再び歩き出した。

「いいのか?聖核、モルディオが持って行ったぞ?」

クライヴはなおも鏡を見つめていたので、ラナはポンポンと彼の背を叩いた。

「ん、考えとく。それよりさっきの魔物、俺の言うこと無視したんだけど、なんで?」

彼は首を傾げた。
始祖の隷長の彼が言うことを無視する魔物など、初めてだ。

「……じゃあやっぱ、本物の幽霊だった?」

ラナも首を傾げる。

「……もういいよ」

クライヴはそっぽを向いて、皆が出て行った扉に向かって歩き出した。






フィエルティア号戻ったユーリ達は、案の定カウフマンにどやされた。

結局駆動魔導器の不調の原因はわからず、突然動き出したらしい。
やっぱり呪いだ、と騒いだり、透明の刻晶を渡すために呼ばれただのと宣っていたが、一行は再びノードポリカに向けて航海を再開した。

パティの目利きで駆動魔導器を交換してもらうことになり、カウフマンは大サービスすぎる、と肩を竦めていた。


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