暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



始末しろ







詰所へ戻れば、フレンが書類を片付けている所だった。

彼はこちらに向かって微笑むと、判を押した書類を封筒にしまって立ち上がった。


 真っ直ぐな眼差しが、今のラナにとっては何故か辛い。


「今夜中にここを発つよ。ラナはどうするんだい?」

「殿下の護衛だな……次に会うのはダングレストか?」

ラナはくすりと笑った。

「そうだといいね。条約の件も、うまく運ぶように僕も頑張るから」

声色で彼の気合は伝わってくる。

「殿下も力を入れて根回しされてるから、きっとうまくいく」

何事も起きぬように、と祈りを込めてラナはそう口にした。


「執政官邸に居た彼の事、聞いてもいいかい?」

フレンは少し聞きにくそうに言ってきた。

「ああ、アイツは……なんていうか……情報収集の好きな友達?」

彼女は困ったようにそう言って肩を竦めた。


フレンは申し訳なさそうに笑って、じゃあまた、と詰所を出て行った。

パタンと扉が閉まり、無機質な騎士団の詰所にはラナが1人残される。

魔導器暴走騒ぎで騎士たちは出払っているのか、詰所は外からも誰の声もしないので、逆に嫌な気分だ。


「納得いく答えじゃなかったか………」


ため息混じりに呟いて、ラナは安っぽいソファーに腰をおろした。

ギシっと音を立てたスプリングが、このソファーは新しい街には似つかわしくないと思わせる。



不法侵入じゃないのか?


なんて小言が飛んで来るものと思っていたのだが、彼の反応はそれ以上につまらないものだった。


ユーリは変わらず魔核ドロボウを追いかける。
フレンはうまく出世コースに乗った。

では自分は?

副団長になって早、5年。

人魔戦争は騎士団の中ではすっかり伝説の、あったかどうかもわからないおとぎ話のようになっている。

最早シュヴァーンにも自分にもかつての威光はない。

もっとも、それはアレクセイによって作られたものでしかないが、そんなものでも、自分であるというアイデンティティになりつつある。

早計に、オヤジを斬る、だなんて言っておいて、そんな覚悟があるかどうかも怪しいものだ。


最近は楽しかった。

クライヴとじゃれて、レイヴンと呑んで、時々下町に帰る。
任務は適当に、それなりに。

でも決して手抜きをするわけでもなく、それがメリハリになって、余計に休みを楽しめた。

やれ評議会だ騎士団だ、なんてゴタゴタはオヤジに任せて、随分とお気楽様。



平和だ。

そう思っていた。

だからこそ、不穏な空気に今の今まで、気が付けずにいたのだろう。
毎度の事ながら、ほとほと自分に呆れる。

楽天的すぎるのは、ラナの悪い所だ。


「クソッ………私のやるべき事は何なんだよ……」


彼女は古いソファーに身体を預け、手で顔を覆った。





それから殿下の所へ顔を出してから自室へと戻った。

昨晩は2人で眠ったベッドも、今日は広々としていて、白さが際立つ。
なんとなく、ユーリが来るような気がして、窓を開けてみる。


が、夜風が頬を撫でていくばかりで、人の気配は無かった。


「なにやってんだ、アホか?私は……」


ラナはおかしくなってそのままベッドに倒れこんだ。

これじゃまるで恋する乙女だ。
柄じゃない。



剣を外そうとした所で、コンコン、と扉をノックする音が響き手を止めた。

「お休みの所申し訳ありません。よろしいでしょうか?」

外から響いた声には悪びれた様子はない。

「なんだ?」

「騎士団長がお呼びです」

「…………」

ラナは思わず顔をしかめた。

「副団長?」

「ああ、すまない。すぐに向かう」

彼女は立ち上がって扉を開けた。



「失礼しますよ」

ラナはそう言って団長室の扉を開けた。
アレクセイとクローム以外は誰もいない部屋を、魔導器独特の光が照らしている。


「来たか」


アレクセイはちらりとこちらを見て、再び手元の書類に視線を戻した。

最近はいつもこうだ。

呼びつけておいて、こちらを見ようともしない。
これではさらに不信感が募るばかりだ。

「で?何?」

ラナがうんざりとした様子で言った。

「竜使いの事は知っているか?」

アレクセイの言葉に彼女はさらに眉を寄せる。

「報告聞いただろ?ラゴウの屋敷でヘルメス式を壊した」

「魔物に跨っていたのだろう?」

「魔物って……わかってるだろ?始祖の隷長だ」

ラナはアレクセイを睨んだ。
事実確認みたいな質問の先に、何が言いたいのかわからない。



「始末しろ」



刺すように冷たく言い放ったアレクセイの言葉に、ラナは思い切り不快そうに眉を寄せる。

「ふざけてんのか?」

「つまらぬことを言うな。貴重な魔核をやたらと破壊されてはかなわん。取るに足らぬと捨て置いていたが、目障りだ」

彼の言葉は、吐き捨てた、という表現がぴったりだった。


「なんで壊されるのか、始祖の隷長が関わってるんだからわかるだろうが!!悪いのはこっちだぞ!」


ラナは、なおもこちらを見ないアレクセイの机を、勢いよく叩いた。

「ずいぶんとあちら側に肩入れするではないか」

アレクセイは持っていたペンから手を離し、立ち上がる。

「なんだよその言い方。感じ悪いぞ」

「お前が始祖の隷長と関わっているのは、人魔戦争の頃からわかっていたがな。デュークのようにならんか心配だ」

「それだってそもそもの原因は、帝国にあるだろうが」

ラナは侮蔑をこめてアレクセイを睨む。

「………話にならん」

彼はふっと息を吐いて、首を振った。


「オヤジ、間違ってる。今ならまだ間に合う……何をしようとしてるんだ?」



「お前になにがわかると言うのだ」



「………そうかよ、じゃあ竜使いの始末だってしないさ。理由がわからないからな」



ラナはくるりとかかとを返し、扉へ向かった。


「私の信頼を裏切るのか」


アレクセイの言葉にラナは歩みを止める。


「裏切ってるのはどっちだか」


そう言って部屋を出た。


[←前]| [次→]
しおりを挟む