暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



魔導器暴走



ユーリは夜遅くにラナの部屋を出ていき、翌朝目覚めた彼女は1人、身支度を整えていた。


しっかりと髪を結い直せば、また副団長らしさを醸し出す。

まず殿下の所に向かうべく、部屋の扉を開けたところで、凄まじい振動と、轟音によろめいた。


「なんだ!?」


あわてて階段を降りようとした所で、いつもは倉庫番の騎士がラナを見つけて声を上げる。

「副団長!結界魔導器の暴走です!」

「結界!?……っ!殿下と姫様は!?」

「エステリーゼ様は詰所に!ヨーデル様は上のお部屋でお休みです!」

それを聞いたラナは、慌てて踵を返した。




廊下の角を曲がった時に、膝をついて座り込むシュヴァーンを見つけ、立ち止まる。

「どうした!?」

彼は苦しそうに胸を抑えていて、汗も酷い。


「っ!心臓魔導器か!」


ラナは眉を寄せる。
理屈はわからないが、結界の暴走で、こちらも影響を受けているらしい。


「いいから……いけ……」


シュヴァーンは言葉を絞り出すように言った。

顔色も悪いが、ここにいても何もしてやる事は出来ない。
ラナはエアルは集められても、取り去る術までは知らない。

「……じっとしてろよ?後で運んでやる」

彼女はそう言って再び駆け出した。



最上階の皇族用の部屋まで行くと、ヨーデルの付き人と、ヨーデル本人が、窓の外を眺めていた。


「ご無事ですか?!」


ラナの声にヨーデルは振り返ると、にこりと微笑んだ。

「……ラナ、窓から結界のある広場が見えるんだ」

ヨーデルはすっとラナに見ろと言わんばかりに身を引いたので、付き人も少し窓から離れた。

首を傾げながらも彼女が窓の外を見ると、そこには目に見えるほど溢れ出したエアルが結界めがけて流れ込んでいく様子と、騎士、ユーリ達、アレクセイやクローム。
そして、結界魔導器をなんとか調整しようとしているリタと、そのすぐそばにエステル。

生身であそこに飛び込むなんて自殺行為だ、と思った矢先、エステルの身体が光っている事に気がついた。
おまけにエアルがそこだけ薄くなっているように見える。


「あれは……」


ラナは眉を寄せた。
ヨーデルは彼女の隣に並ぶ。

そしてすぐにエアルは収まり、再び轟音が響いた後には、リタが倒れていた。

「エステリーゼの力は、他のどの皇族よりも強い。そのせいで評議会に担ぎ上げられ、不自由を強いられる」

ヨーデルが言った。僅かな哀れみを込めて。

「生まれ持ったものは仕方が無いです。ですが、力を行使するには、エステリーゼ様は幼すぎる……そして何も知らなすぎるんです」



「無知は罪だと?」



ヨーデルはテーブルにつき、途中だったのであろう食事を再開した。



「罪です。それによって犠牲が生まれるのであれば…」



ラナはぎゅっと拳を握った。

力や技術を持つ者は、それを使う前に、まず知らなければならないのだ。


「食事は済んだ?ラナも一緒にどうかな?」


ヨーデルは、すっかりぬるくなってしまったスープを一口飲んで、笑った。





コンコン

ラナは宿の一番いい部屋の扉をノックした。

ここにはエステルが泊まっている。
そして、先ほどリタも運ばれた部屋だ。

「どうぞ」

中からエステルの返事が聞こえたので、ラナは失礼します、とはっきりと言って中に入った。
リタはもう起きていて、ユーリとカロルも居る。

この最上階の部屋は、壁の一面が大きく開けていて、街の外の景色がよく見える。
あいにくの天気で、その眺望はのぞめなかったが。


それよりもラナが気になったのは、ベランダが焼け焦げている事だった。


「なにかありましたか?」


ラナがエステルに問うと、彼女は困った様子で眉を下げた。

「竜使いが襲ってきたのよ」

リタが心底憎らしそうに言った。

「竜使い?なんで?」

ラナは眉を寄せる。

「さあな。こっちが知りたいくらいだ」

ユーリはそう言って外を見つめた。

「……そうだろうな。エステリーゼ様、お怪我はありませんね?」

「ええ、大丈夫です」

「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

リタは起き上がってラナのそばまで歩いて来た。

「もう体は平気なのか?」

「平気よ。ちょっと来て」

リタは手招きをして、部屋を出たので、ラナはエステルに会釈して、追いかけた。





そのまま宿のロビーまで降りると、リタはくるりとこちらに振り返る。


「エステリーゼの力と、結界魔導器の暴走。関係あるの?」


「………モルディオは、なんでそう思う?」

ひと気の無いロビーは、どこか寂しげな雰囲気だ。

「別になんでとかないわよ」

リタは不満そうにこちらを睨む。

「そうか。ていうよりわからないんですわ。私に聞くより自分で調べた方がわかるんじゃないか?」

ラナは脱力したように、大きなため息をついた。


「あんたやっぱムカつくわ」


「なんだよ。モルディオにわかんないのに、私にわかるわけがないだろ」


リタはその言葉にぷいっと踵を返し、宿を出ていった。
おそらく魔導器を調べに行くのだろう。


エステリーゼ様の力と、結界魔導器の暴走。

直接の因果関係は無いだろうが、きっとエアルクレーネには深く関わっているだろう。

ラナは言い知れない不安感に、目を伏せた。


[←前]| [次→]
しおりを挟む