お姫様のいない世界 | ナノ
お姫様のいない世界



皇帝のいない帝国の事



「姫様、なんですかその体たらくは…」

「……すみません」

私は膝に手をついた。
つっと汗がひたいから伝い、地面に落ちる。

もう嫌だ。ほんっっとおおおに!いや!

私に静かな圧力でものを言うのは、ドレイク師匠。
本物の姫様ではない私が、剣を振れるわけもなく…
重たい剣、なれない動き、息は上がってクタクタだった。

少なくとも、本物のエステリーゼであれば、こんな事にはならないのだろうが。

「エステリーゼ、少し休んでは?今日は体調が悪いようですが…」

ヨーデルは心配そうに言った。

当然だわ。
自分よりはるかに剣の扱いが上手いはずのエステル。

そんな彼女が全く相手にもならない上に、ろくすっぽ剣も振れない、すぐに膝に手をついて休む。
そんなのを目の当たりにしたら、体調不良だと思うのは当たり前だ。


ってかやばい。
思った以上に体力がない。

体はエステルなのに、感じ方は自分の体という不思議。
多分治癒術とかも使えないんだと思う。
剣も扱えないなら、ユーリと旅に出るなんて、それこそ夢のまた夢。

「…もう一回お願いします」

私はうっとおしい汗を拭って、もう一度剣を構えた。
ぶっちゃけ、こんなに自分がストイックだとは思わなかったけど、やってやろうじゃないの。

騎士団剣術、マスターしてみせる。


「……一度休憩しましょう」

けれどドレイクは首を振った。
ダメだこりゃ、みたいな顔しててムカつく。

けどしんどかったし、休むけどね。







「エステリーゼ、大丈夫ですか?」

長椅子に腰掛けた私に、ヨーデルが言った。

「ええ、大丈夫です」

「何か悩みがあるのなら言ってください」

毒気の無い笑みで言った、ヨーデル。
逆に警戒したくなるっての。

これはよそ行きの笑顔なのか?

エステルとヨーデルの距離感がわからないから、ちょっとやりにくいかも。

しっかし、実際に自分の目で見てみると、彼はすんごい可愛い顔をしている。
くりっとまあるくて、少し垂れた目。まだ幼さの残る輪郭に柔らかそうな金髪。

こんな頼りない感じで、最後は皇帝になるんだからすごいわ。

ま、正式な皇帝候補は、はじめっから彼だけなんだっけ。


「ヨーデル、皇族の力の事で聞きたい事があるんですけど」

私は、彼に会いたかった本当の目的のために、切り出した。



「治癒の力ですか?」



「そうです」

首を傾げるヨーデルに、私はニコッと返事をした。

「私に答えられることでしたら」

彼は優しくそう応えた。





「使うとき何考えてます?」




という私の言葉が発せられてから、彼はう〜んと考え込み始めた。
治癒術が使えないってのは大問題で、ハルルの樹が治らなかったり、リタがついて来てくれなかったりと色々あるんですよ。

「すみません、よくわかりません」

返ってきたのは、ほとんど予想通りの答えだった。


「私の力は大したものではありませんし、治せるのも小さな擦り傷程度です。あまり、意識して使ったことはないですね」


「……ですよね」







それから約二週間。
ドレイク師匠の大特訓が続いた。

一から叩き込むハメになった彼に、ちょっとばかし同情するよ。

まるで別人ですな、とか言われてドキッとした事もあったけど、中身が違う事を気がつく人はいないでしょ。

寧ろ、記憶喪失のが都合が良かったかも。
いや、まあいいんだけど。








「しっかし……」


私は自室の、おっきな姿見の前に立ってみた。

もち、下着姿ですよ。


「引き締まったなぁ……」


20歳も後半にさしかかり、実は身体がたるんだと感じていた。
必死にヨガ教室に行っていたが、週に一回ぽっちで何が変わるというのか。
いや、やらないよりはマシだけどさ。

エステルの身体だから、引き締まったのは当たり前か?

「……相変わらず胸が小さい」

まぁいいや、服着よう。
まだ早いけど、お風呂行こうかな。

と考え事をしながら部屋を数歩、歩いたら……

ガツン


「……っ…ぐあぁああ!」


足の小指を家具にぶつけたあ!!

「いっったぁぁぁあああ……」

思わずうずくまり祈った。



痛いの痛いの飛んでいけ……くっそー飛んでけぇええ!



と、その時思わぬ事が起きた。

何やら聞き慣れない音とともに、辺りが一瞬光ったのだ。
そんでもって小指の痛みが嘘みたいに消えた。

「……もしや治癒術!?」

いや、今のが治癒術じゃなかったら、なんだって言うのか。
けど想像してたのは、ぽわ〜んとあったかくなってじんわり治る、みたいなイメージだったんだけど。

実際はシュンシュピーン、みたいな感じだった。

「治癒術……っ…すごい!!」

思わず踊り出したくなるのを堪えて、私は思い切りガッツポーズをしていた。

けどまあ、この力に弊害があるってのは納得したかも。
これだけ早くて便利で万能なら、何かしら代償はあるよね。


初めて一回ぽっち使えただけだったけど、何となく要領は得た。
必死さが足りなかったんだね、うん。
私のメンタルだと、いつでも使えるってわけにはいかなそうだ。

エステルにあって私には無いもの、まあそんなもんは山ほどあるけど、圧倒的に違うのはただ一つ。

擦れて凝り固まった私の価値観。
エステルの無垢で懸命なひたむきさは、私には無い。

今ふと思ったけど、エステルは私になってたりして。
だとしたら、私の人生終わったな。

こっちは向こうを知ってるけど、向こうはこっちを知らないし。

「……まあいいや、地下牢の収容者チェックしてお風呂いこっと」

もっとも、フレンが巡礼に行く予定ってのも、まだ聞いていない。
ヨーデルには昨日会ったし、魔核が盗まれている、なんて話も聞かない。

というかエステルは、誰からフレン暗殺情報を聞いたのだろうか。

もう少し情報を知らせてくれる人が居ないと、この城は何かと動きづらい。

コンコンコン

タイミング悪くノックの音が響いた。
もう、今から出かけるとこなのに!


「は〜い……あ!ちょっと待って!すぐ開けます!」

まてまて、服着てないですし。

慌ててワンピースを着込み、扉を開けると、そこに立っていたのはヨーデルだった。

「……めずらしい。どうしたの?」

思わず目を見開いてしまった私に彼は、少しお邪魔しても?と、微笑んだ。
拒む理由もないので、どうぞどうぞと招き入れてみると、なんと彼は1人でここまで来たようで、付き人も騎士も居なかった。

ほんでもって、見張りの騎士がフレンにすり替わってた。

いやいや小隊長も暇ッスね。

「入りますか?」

私はそう声をかけたが、金髪の君は微笑んで首を振った。
なにさ、ヨーデルとは始めっから仲良しなんだ、なんかジェラシー。

私はパタンと扉を閉め、振り返った。
終始にこやかなヨーデルの表情は、作り物っぽくてやだな。

「座って。お持てなしとか出来ませんけど、お茶いれましょうか?」

「いえ、結構です。あまり時間がありませんので」

彼は残念そうに首を振った。
ああ、これもお忍びってわけですかい。

「じゃ、サクっと用件を伺うわ」

「以前のあなたならば、こんな話はしなかったんですが、最近はずいぶんと雰囲気が変わられたんですね」

ちょっと待って、ドキドキする言い回し辞めてくれない?
エステルの影武者とでも思ってんのか?

ぶっちゃけ後ろめたい事がありすぎて、意味深な言葉は心臓に悪いわ。


「……ちょっと色々と考えも変わって、先の見通しがついてきたので」

またまた適当に言ってみた。
先の見通しがついてんのは本当だし、考えも変わって…ってか人が変わったんですけどね。

「そうですか……実は、近頃…評議会で不穏な動きがあるようでして」

「……不穏な動き?」

「はい。あちこちで魔核を盗んでいる輩がいるのですが、どうもその件と、評議会の何者かが絡んでいるようです」

まずびっくりしたのが、ヨーデルがそこまでわかってるって事だった。
やっぱり、裏ですべての糸を引いていたのは彼だったか。

でもまぁ、あなたには誘拐されてもらわないと、困るんですよねぇ…イヒヒヒ…なんつって。


「それは私が、評議会の後ろ盾を受けているとわかって、探りを入れているんですか?」


って言ったら、案の定ヨーデルは、ひどく驚いた様子でこちらを見つめ返してきた。

「困りましたね、そう言うつもりではないのですが……」

からの苦笑いが返ってくると、なんか私がめっちゃ悪者っぽくなってしまった。


「ごめん、冗談です。ちょっと言ってみたかったの」


「えっと……それで…エステリーゼも注意してください」

ヨーデルはめちゃくちゃ困った様子だった。
そのせいかなんか、言い回しというか、結論がよくわからない事になっている気がする。



「もしも評議会の誰かが、皇帝不在の今、帝国の権力をものにしようと画策しているとしたら、危険なのはヨーデル、あなたじゃない?」

だってそうでしょ、こちらの心配はお門違い。
ラゴウが何してるのかまでは、突き止めてないみたいだし。


「そうですね、どちらかと言えばそうなるのですが、同じく皇帝候補であるあなたにも、危害が及ぶといけませんから」

「……もし、ヨーデルが評議会の誰かに拉致でもされたら、騎士団と評議会の拮抗した今の状態が、崩れるかもしれません…だとすると、あなたは皇帝に就任するいいチャンスだと思うんですけど」

「エステリーゼ、本当に変わりましたね…」

しまった、口が滑った。
これ以上話してるとボロが出そうだ。
適当に締めよう。

「……とにかく!評議会と結託して魔核を盗んで回っているのが、ギルドだとしたら……」

「ギルド…ですか…」

うお、マズった。
この話の流れはやばい。
私が疑われる。

「例えです。ギルドだとしたら…おそらくユニオンにとっても、それらは煙たい存在でしょう。ならば、炙り出せばユニオンと帝国の友好協定締結、とかにもっていけるんじゃないですか?」

「……友好協定の話をどこで…?」

うあー!しまった。ヨーデルむちゃくちゃ怪しんでるよ!!
知らぬ存ぜぬ、でいかなきゃダメだった…
かくなる上は……

「昨今のユニオン制圧は、現実的ではありません。戦士の殿堂も黙ってはいないでしょうし。だとすると、帝国は友好協定を結び、共存していくしかありませんから、これも私の妄想です」

「そうですか…私とエステリーゼの考えが、かなり似通っているみたいで、実は今とても嬉しいです」

ヨーデルは、ふにゃっと微笑んだ。
ぎゃっ!弟スマイルはやめて!

「ええっと、今度ゆっくり話しましょう。今日は評議会にバレないよう、フレンに頼んだのではないですか?あまり長居をすると感づかれるといけないので」

「そうですね……では、今日はこれで」


と、彼は嬉しそうに部屋を出た。


彼の話はあまり語られていないけど、実は結構…孤独。
かもしれないな。
正式な皇帝候補ということは、既に両親は他界しているんだろうし、帝国の事を思っていても、まどろっこしい伝統のせいで皇帝になれず。

おまけに評議会は対抗して、無知なエステリーゼという別の候補を推し、ヨーデルを推す騎士団とは、真っ向から対立。

二分した帝国内部に、ギルドとの関係。

政治らしい政治は、行おうにも行えない。

それでいて騎士団は、彼の真の理解者ではないと来た。

いくつか知らないけど、まだ若いのに苦労してんね。



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