お姫様のいない世界 | ナノ
お姫様のいない世界



助けない



潮の香りがして、雑木林が開けてきた。
きっと例の崖が近いのだろう。

「これ……って……」

前を歩いていたリタが、ほうっと息を漏らした。

そんな後姿の先、青く綺麗な海が空と繋がって広がる光景に私も、きれい、と呟いていた。
石垣島へ行った時、すんごい海が綺麗だと思ったんだけど、ああ言った南の海、つまりサンゴ礁的な感じではなくて、ここの海は見たことなくって言い表せない。
海の深い青と空の明るい青に、キラキラと水面に光が散っている。

海を這って崖まで登ってくる風は、潮の香りがするのに粘っこくない。
藪の中を進んできて、すっかりささくれた心を癒してくれているようだった。

「いいですね〜海。どこか泳げるビーチはないんですかね?」

「泳ぐって…あんたね…」

リタは私の言葉に呆れた、と腕を組む。

「魔物が出るし、泳ぐのは危ないと思うよ」

カロルがそう言ったので、なるほど、と納得。
確かにこの世界じゃ、おちおち海水浴など楽しめないと言うわけね。
水着はあったはずだから、貴族さまがプールでも入るくらいなのかも。
ユウマンジュの値段を考えたら、お風呂とかですら高級なんだろうし。

「これがあいつの見てる世界か…」

ユーリの長くてサラサラな黒髪が揺れ、彼は少し目を細めて、海を見つめている。
ちょーかっこいいんすけどぉ。

「追いついて来いなんて、簡単に言ってくれるぜ」

そう言った彼が私には、悔しそうな顔をしているように見えた。
騎士はユーリ向きじゃなかったけど、この旅で見つけるギルドという選択肢は、彼にとってなにより目指す道。
その道を選ぶ時は、私も一緒に選びたいけど、どうなんだろ?
副帝になった方がいいのか?
皇族の地位を捨てるのは困るよなあ〜

「エフミドの丘を抜ければ、ノール港はもうすぐだよ。追いつけるって」

カロルが的外れな返事をして、ユーリはそういう意味じゃねえよ、とあしらった。
珍しくおセンチなこと言うもんだから。

「さ、ルブラン達がくる前に行こうぜ」

「またみんなで海を見に来ましょうね」

私は、名残惜しそうに海から視線を外さないリタに言った。

「別に…」

彼女はもごもごと何か言いた気に口を動かして、諦めたように歩きだした。

「素直じゃないな〜リタは」

カロルがふふんと笑うと、リタの鋭い視線が彼を刺す。
殴られないだけマシマシ。



また藪の中をしばらく歩き、暗くなる前にキャンプの準備をした。
カロルがテントを準備したので、今日は見張りなしで簡易結界の中で休むことになった。

皆で寝転んでもまだ余裕があって、テントってすごい。
最後にキャンプをしたのは、いつの頃だっただろうか。
全く思い出せないけど、昔は家族でキャンプに行ったはずだ。

「こうやって雑魚寝することですし、怖い話でもしましょうか」

私の右隣にはリタ。左にユーリ。そしてその向こうにはカロルとラピードが寝転んでいる。
そして、口火を切った私の右側が、一瞬びくりと震えた。

「なにバカな事言ってんの!!寝るわよ!寝る!」

「なに、天才魔導士がビビってんのか?」

ユーリのからかいに、彼女はぐるんと背中を丸めて無視を決め込んだ。

「そっか、リタにもちゃんと怖いものがあるんだね」

しみじみとカロルが頷き、リタは聞こえない聞こえない、と耳を塞いでいる。

「では、本のお化けの話をしましょうか」

「寝るって言ってるのに、なんで話し始めるのよ」

「本って読む人の生気を吸うんだそうです」

「ちょっと、エステリーゼ?」

「頻繁に読まれていれば、人にも本にもなんの影響もないそうですが、長く開いていない本は、餓えに苦しみ……ある日突然、後ろからがぶりと持ち主を喰らうんだそうです。骨一本残さずに……きっとリタの本も……」

「……や、やめてよ。別に怖くないし、怖くないし!」

リタは勢いよく起き上がると、荷物の中の本を開きはじめた。

「単純すぎるだろ……」

「どうですか?ユーリも怖くて震えちゃいました?」

「別に。そもそも俺、本持ってねえし」

「ボクのモンスター図鑑は毎日開いてるから平気だね!でもリタは、家にも沢山本があったし、たいへんだね」

「あ、あれは全部読むから、だ、だ、大丈夫よ!」

「もう寝ようぜ。怪談はまた今度な」

ユーリは私をそっと撫でると、おやすみ、とささやいた。
うーん、キャンプ気分でわくわくしてたのは、私だけだったか…

「……リタ、さっきの話は嘘なんです。本はリタを食べたりしませんよ」

「わ、わかってるわよ!おやすみ!」

「明日にはノール港だね!フレンってどんな人か楽しみ!」

カロルがそう言うと、ユーリがただのカタブツ、と返した。
主人公より主人公っぽいそんな金髪の彼。


------


次の日も昨日と同じく良い天気だった。
けれどもノール港が近くなると、だんだんと怪しい雲行きになってきた。
魔導器の届く範囲に入ったらしい。

和気あいあいと歩いていたんだけど、街に入ってからのなんとも暗い雰囲気と、強く降りしきる雨に皆の口数が減って行く。

「……なんか急に天気が変わったな」

「びしょびしょになる前に宿を探そうよ」

カロルはうーっと体を縮こめ、キョロキョロと宿屋の看板を探している。
文字の読めない私には、それらしき雰囲気のものがどれなのか、全くわからないでいた。
特殊なマークがあったはずだけど、思い出せないし。

「あんたの探してる魔核ドロボウがいそうな暗い感じね。騎士の姿は見当たらないけど」

「デデッキってやつが向かったのは、トリム港の方だぞ」

「どっちも似たようなもんでしょ」

「そんなことないよ。ノール港が厄介なだけだよ」

「こっちは帝国側の街ですし、怪し気な執政官様がいらっしゃいますからね」

「そうそう、逆にトリムはギルド側の街だから……」



「金の用意が出来ないときは、おまえらのガキがどうなるかよくわかっているよな?」


おおっ
何度も聞いたセリフが聞こえてきた!
少し先に野暮ったい鎧の男2人と、濡れた地面に跪く男女の姿が。

「どうか、それだけは!息子だけは返してください!この数ヶ月ものあいだ、天候が悪くて船も出せません!税金を払える状況でないことはお役人様もご存知でしょう?」

「ならば、早くリブガロって魔物を捕まえてこい」

「そうそう、あいつの角を売れば一生分の税金納められるぜ。前もそう言ったろう?」

ぶっちゃけあの夫妻は、ユーリから貰ったリブガロの角を何に使ってしまったのか、後に騙されてキュモールにこき使われるのだ、ボロ雑巾のように。
貴族になれる、なんて甘い言葉を信じ、この街を捨ててしまう。そんな彼らを救ってやる必要はない。
もちろん、子どもは助けるけど、角までくれてやる道理はないのだ。



「なに、あの野蛮人」

「今のがノール港の厄介の種か?」

「うん、特に最近来た執政官は帝国でも結構な地位らしくて、やりたい放題だって聞いたよ」

「その部下が横暴な真似をしても、誰も文句が言えないってことね」

「この雨といい、リブガロの角の話といい、なんか胡散臭いですよね」

「どう言う意味よ?」

「船が出せないくらい数ヶ月も雨って、なーんか変だなって思いませんか?」

「まぁ、そう、ね」

リタはすっとこめかみを押さえた。
まさか…そんなはず…と小さく呟いている。

「魔核をいくつか掛け合わせたら、天候にも干渉できるかもしれませんね」

「…!そんなむちゃくちゃな事…!」

リタは私に詰め寄った。
いや、専門的な事はわからんです。
からかってスミマセン。



「もうやめて、ティグル!その怪我では今度こそあなたが死んじゃう!」

「だからって、俺が行かないとうちの子はどうなるんだ」

ティグルはよたよたこちらに歩いてくる。
そしてユーリが絶妙なタイミングで足を……かけそうになったのを私が遮った。

「ちょっと待って!!」

目の前に立ちふさがった私に、ティグルは怪訝な顔でこちらを睨む。

「な、なんだよ…あんた」

「リブガロは狩りに行かなくても平気です。お子さんも必ずお家に送り届けます。執政官の件で騎士団が内密に動いていますので、このまま家におかえりください」

「そんな話を信じられるわけないだろ!今まで何ヶ月も帝国に苦しめられて、子どもまで取られたんだ!」

「信じないのであれば、リブガロを狩りに行って下さって結構です。お子さんが帰ってきたとき、あなたが死んでいては悲しむでしょうね」

「な、なにを…」

「事実です。その怪我で1人結界の外に出ていって、何ができるんですか?騎士団を信じるのは難しいと思いますが、その体で出て行くよりよっぽど賢い判断です」

ティグルはギプスをつけた己の腕を見つめて、小さくため息をついた。
私は彼の怪我を治してやりたいとは思わない。
だから治癒術を使っても、発動しないと思う。

だって流れに任せてリブガロの角をあげたって、彼は全く成長しないし、キュモールに騙されるし。
だからって角を渡さないでユーリが足だけ引っ掛けても、ただのやな奴で終わっちゃうし。


「あれ……?ユーリは?」


カロルは、急に居なくなった黒髪の人を探していた。

彼は路地裏だ。
うーん、私は行くべきか、行かないべきか…

「エステリーゼ、あんた意外と厳しい事言うのね」

リタは、妻に支えられながら帰っていくティグルの背中を見つめて言った。

「そうですか?騎士団が動いてるなんて、適当な事言いましたけど」

「それが嘘でも、あいつがあんたに命救われたのは本当でしょ」


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