お姫様のいない世界 | ナノ
お姫様のいない世界



サクッと解決



「とりあえず、軒先で雨宿りしましょう。ユーリもどこかへ行ってしまいましたしね」

私は重厚な石の建物に身を寄せ、リタとカロルと横一列に並ぶ。
窓辺に張り出した屋根には雨樋がなく、ぼたぼたと水が落ちてくるが、三人だけなら濡れずにすむくらいには広さがある。

「ユーリ、どこ行ったのかな?」

カロルはすっかり濡れたズボンを触って、もう、とため息を漏らす。

「ねえ、魔導器が天候に干渉してるって考えたとして、もしかして執政官ってのとドロボウは関係者なの?」

不満、と顔に書いてあるリタ。
こんなかわええ顔して、とんでもなく頭がいいんだから、神様ってばいくつも与え過ぎですわ。

「……リタ、黒幕に興味あるんですか?」

「そりゃ魔導器を悪用するなんて許せないわよ」

「そうですね〜」

「適当な返事ね。まぁいいけど」

「気になるなら今から見に行きますか?」

「見に行くって……執政官のとこ?客でもないのに入れてくれるわけないでしょ」

「そりゃぁ…こっそり行くんですよ〜」

「……ふーん…………」

リタはまんざらでもなさそうにこめかみを押さえ、ブツブツと独り言をつぶやきはじめた。
そしてぱっと顔をあげて言う。

「ちょっとガキンチョ。あんたここで待ってなさい」

「え!?本当に行くの!?」

カロルは目をまん丸見開いて、ユーリが戻ってくるの待とうよ…と消え入りそうな声を出す。

「ちょっと見てくるだけよ。いいからあんたここにいなさい」

そう言ってリタは雨の中へと歩き出す。
私もそれに続いたが、内心マジで行くとは思わなかった。
カロルがえー!っと声をあげていたが、私もリタも反応せずに執政官邸へと向かった。
おいてきぼりで、可哀想なカロル。

特に会話もなく執政官邸前の橋まで来ると、セオリー通り見張りが2人立っているのが見える。

執政官邸は海に張り出していて、他に行けそうな道はない。

あの見張りの目をごまかしてなんとか中へ入るとなると、ちょいと骨が折れるよ…
何かないかと辺りを見回すと、執政官邸へと続く橋の手前から下へ降りられそうな階段があり、その下には桟橋がある。
渡し船程度の小舟も二隻浮かんでいた。

確か、執政官邸の裏手にも桟橋があったはず…となると。

「リタ?あそこから降りましょう。渡し船があるので、あれで海側から執政官邸に入れるかも」

私は、じっと見張りを見つめるリタを引っ張った。




「海の方はかなり荒れてるけど……」

リタが無理ね、と肩を竦めた。
降りてみた桟橋は用水路で、そこから海に繋がっていた。
向こうに見える海はかなりの荒れ模様で、とても小舟で渡れそうに見えない。

たぶん転覆する…そして私は足がつかない所では泳げないのです。
困ったなあ…リタと執政官邸の魔導器まで忍び込めたら、万事解決しちゃうのに。
あ、でもラゴウが野放しになるのか…
かといって、わざわざユーリに殺させてやることもないよなぁ〜。

正面から行くべきか。
よし。

「リタ、ついて来てください!」

「今度はなに…」

私は見張りが居る正面玄関へと、まっすぐに向かった。

「あ?なんだお前ら」

見張りの男が高圧的にこちらを睨む。
こちらも負けじとそいつを見た。睨んではいない、決して、睨んでは。

「ラゴウ居ますか?エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインが来たのですぐに持てなせと伝えてくださいな」

「そんな客が来るとは聞いてねえがな」

もう1人の男が凄む。

「あら、わたくしを誰だと思っているのかしら?無礼を働くようでしたら、打ち首にしますよ?」

「なんだと?!」

「あなた方のようなチンピラとは、身分が違うって言ってますのよ。旅装束とは言え、わたくしの身なりを見て気がつきませんこと?とっととラゴウをお呼びなさいな…」

「黙って聞いてりゃ…!」
「ま!まて!まじでお偉い貴族や評議会の関係者だったらどうすんだよ…」

「言っておきますが、わたくしはラゴウよりも上の立場の人間ですの。本当ならわたくしがわざわざこんな辺鄙な田舎まで出向くなんて、常識的にあり得ませんのよ?雇われと言えど、今はラゴウ側であるあなた方がわたくしを侮辱すると言うのであれば、こちらにも考えが…「わかった!!すぐに!!」

私の言葉を遮って、門番の1人が屋敷の中へと駆け出した。
なのでもう1人の門番に声をかける。

「何をボーッと突っ立ってますの?この雨のせいで濡れてるんですよ?タオルを持って来なさい。今すぐ」

にこりと笑って見せただけで、男はあわてて屋敷の中へ走り出した。

「さ!リタ!今のうちに!!」

「あんた無茶苦茶よ……」

私たちは屋敷の裏手に回った。
ゲーム通りにエレベーターが二つあり、私は迷わず奥へと乗り込んだ。

「リタ!動かして!早く!」

「え!?わ、わかってるわよ」

リタは何やらレバーを操作して、エレベーターはガラガラと上へ向かう。

「さすがリタ!中で魔導器を見つけたらよろしくお願いしますね!」

「さっきので大騒ぎになってなきゃいいけどね」

「うーん、まぁそれはそうですけど、とりあえずここからは隠密行動で行きましょう」



上がった先は実に静かだった。
下がどうなっているかはわからないけれど、屋敷の中には人がいないようにさえ思える。
私たちの独断で時間絡みがどうなるのかわからないけど、パティがもうすぐ来るか、そろそろ来てるはず。
角取りに行かなかったし、フレンと話をしていないからレイヴンには会えない予感。少なくともこの街には居るはずだから、騒ぎに便乗して現れるかもしれないけど。
そして竜使いにも遭遇しなくなる。
もしかして、やっちゃった?

「とりあえず、魔導器を探すわよ」

「あ、はい!」

リタにコソコソするような様子はなく、屋敷の中を適当に歩きはじめた。
と言っても、人がいる気配がないんだけどさ。
ヨーデルはもう船に乗せられているのかな?それとも監禁の間ずっと船だったのかもしれない。
というか、あの夫婦の子どもを保護しないといけないし、ユーリが騎士団を連れて来てくれるとすごく助かる〜

しらみつぶし、と言うわけでもなく魔導器を探して屋敷を彷徨う。
リタが言うに、天候を操作するほどの魔導器ならば、筐体はかなり大きなものになると言う。
それを保管できるだけの部屋があるはず、と。

うんうん、さすがの推理です。

ぐるぐる回って、開けた通路に出た。
奥は暗いのに人工的な青い光が漏れ、独特の起動音が鳴っている。
すぐにそれが魔導器が発するものと気付いたリタは、止める間もなく走り出していた。
待ってよ!もし敵がいたら、前衛なしの私達だけじゃ、やばいんですってば。



幸いにも魔導器の部屋も無人。
三階部分まで吹き抜けの広間になっていて、天井近くに窓があった。
なるほど、あそこから竜使いが飛び込んでくるのか。
いや、実際はそうはならないんだろうけど。

本当はなんの部屋だったんだろう?ラゴウが改装したのは間違いないと思うんだけど。

「ストリムにレイトス、ロクラーにフレック……複数の魔導器をツギハギにして組み合わせてる……この術式なら大気に干渉して天候操れるけど、こんな無茶な使い方して!エフミドの丘のといい、あたしよりも進んでるくせに、魔導器に愛情のカケラもない!」

ふむふむ、どこかで聞いたセリフね。
私はリタの隣に並んだ。
立派な魔導器だと言うことはわかるけど、それ以外に特に感じることはない。
とにかくデカイ。

「リタ、この魔導器を停止することはできますか?リタ以外は動かせないようにするか、完全に動かないようにするかのどちらかで」

「できるわよ…けどもうちょっと調べさせて。術式に気になる事がいくつもあるのよ」

「それは構いませんが、あまり長居はしない方がいい気がしますけど」

「わかってるわよ。何時間も待たせたりしないわ」

とりあえず、私は周囲を警戒する事にした。
ここは頻繁に出入りがある様子はないし、まぁ大丈夫だろう。
不安としては、執政官邸に私達が向かったと聞いて、フレンとユーリがどうするかだ。
行き当たりばったりはイカンね、うむ。

「なるほどね」

「何か参考になりました?」

「参考にはならないわ。こんな使い方、魔導器がかわいそう」

「うーん、なら何がわかったんですか?」

「あたしはこんな風に魔導器をいじめたりしないって事よ……よし、停止させた!さっさと帰りましょ」

魔導器はシューンと光を失って動く事をやめた。
外は天気が良くなっているかも。

来た道を最短で戻り、エレベーターで下へと降りたが、誰にも遭遇しなかった。正解のルートだとこんなにも楽なのか。
外は雨が止んでいて、曇り空も晴れ間がのぞきはじめている。

「やっぱり、あの魔導器が天候に干渉してたのね…」

「まぁもう解決したんだからいいじゃないですか」





「ガキの来るとこじゃねえんだよ!」



門の方で怒鳴り声がした。
行ってみるとパティが門番に止められている。おや、前後してるけどイベントが起こっている。


「子ども一人にずいぶん乱暴的な扱いだな」

今度はユーリの声が聞こえた。
ふむふむ、私達はどうすればいいのかしら。

「そのガキの親父か何かか?」

「オレがこんな大きな子どもの親に見えるってか?嘘だろ」

私とリタはごく自然に門番の背後に立った。
パティに夢中で彼らは気付いていない。

ユーリとカロルと目が合って、パティの綺麗な瞳がこちらを向いた。
かわええ〜!なんつーかわいさ!
透き通るブロンドヘアと海賊帽がよく似合っている。

「再チャレンジなのじゃ」

パティは構わず門番を突っ切ろうと走り出す。

「あう」

と、まぁ案の定彼らに剣を向けられ、立ち止まる。

「おいおい。丸腰の子ども相手に武器向けんのか」

「大人のルールを教えてやるだけだよ」

門番の傭兵は意地悪な口ぶりだった。
とりあえずパティが煙幕を張って侵入する前に、私は声を発した。

「あの、ちょっといいですか?」

私の声が背後からして、門番は勢いよくこちらに振り返る。

「てめぇ!さっきはよくも!」

剣を振り上げ詰め寄る彼は、きっと私に騙されてラゴウにどやされたのだろう。おかわいそうに。
そして私に襲い掛からんばかりの態度を見せたせいで、彼らに更なる不幸が襲った。

そう、黒衣青年の攻撃的な手刀が飛んで来たのだ。
慣れた風にユーリは彼らを沈めると、私とリタに視線を巡らせた。

私は地面とキスしてる門番だったはずの傭兵2人に、哀れみの意味を込めて手を合わせた。

「ふむ、ありがとうなのじゃ!」

パティはそう言って屋敷の中に駆け出そうとするので、私は彼女の手を引いた。

「待って!!」

彼女は不思議そうに首を傾げ、なんじゃ?と独特な返答をしてきた。

「あなた、この屋敷に何の用事?」

「お宝を探しておる。ここにそれがあると聞いたのじゃ」

「宝探しはいいけど、ここは悪徳執政官の屋敷だぜ?」

「入ったら何されるかわかんないよ」

ユーリの言葉に、カロルも一言付け加えた。

「それでも行くのじゃ。うちはアイフリードの宝を何としても見つけねばならん」

「ア、アイフリード!?大悪党じゃないのさ!」

カロルは大げさに後ずさる。パティはそれに対してそっけなく、そう言われておるの、と呟いた。

「あなた名前は?」

「パティじゃ」

「パティ、その情報はガセですよ。でも地下牢に男の子が閉じ込められています。彼を助けて家まで送ってあげれば、今日の食事と寝床をゲットできますよ」

「ふむ? しかしながら自分の目で確かめるまでは諦めないのじゃ!えいっ!」

パティは何かを地面に投げつけた。それと同時にぼわんと視界を遮るほどの煙が執政官邸前を埋め尽くす。
私はぎゅっと目を瞑り、煙で涙が出ないようにした。
痛いのはいやだ。

「うわっ!なんにもみえないよ!」

カロルがぎゃあぎゃあ喚いていると、急に強く風が吹いて私はそぉっと目を開けた。
すっかり散った煙と、紫の羽織がトレードマークの小汚いおっさんがニヤリと笑っていて、それだけで私は誰が何をしたのかわかってしまった。
ありがとう、レイヴン。そしてはじめまして。

「やぁやぁ、俺様登場。待たせたね、子猫ちゃん達」

レイヴンは無精髭をひとなですると、くいっと重心を片足に移して気だるそうにしてみせた。

「や、待ってねえよ」

ユーリはそっけなさをわざと出すかのようにそっぽを向いた。

「つれないね〜ユーリ・ローウェル君よ」

「名乗った覚えはねえけど」

「知らないやつはいないでしょ」

レイヴンは手配書をペラペラ振って、片目を閉じた。
いちいち芝居くさい。
私はじーっと彼の顔を見つめて、観察した。
なるほど、アジア顏だな…けど目の色が綺麗!見た目は小汚いのに、なんておっさんだ。
見れば見るほどレイヴンは演出された風貌に見える。胡散臭い。

あんまりに見つめていたもんだから、目が合った。
私はにこっと笑ってごまかして、おじさま、お名前は?と聞いといた。
35歳だっけ?おじさまと呼ぶにはまだ若い気がするが、お兄さんでもないし。
かと言って、おっさん呼びはおかしいし。

「……そうね、レイヴンってとこで」

彼は微妙に私を観察してへらへらと笑ったので、腹の探り合いをしたみたいになってしまった。

「ってとこでって…胡散臭いやつね」

リタはあからさまに警戒した視線を向けていた。
そりゃそうだ!レイヴンってば生で見ると怪しさが3割増しだよ。

「ま、俺様忙しいんで行くわ」

レイヴンは特に何を言うでもなく、すたすたと執政官邸に入って行った。
どうせ入るなら煙幕を突っ切ればよかったのに、ユーリに構いたかっただけか?

「君たち一体何をしているんだい」

レイヴンの背中を見送った私達に声をかけたのは、フレンだった。
ウィチルとソディアも控えている。

「フレン!ちょうどよかった!さっき怪しい人が2人執政官邸に入って行ってしまったんです。これは有事ですよ!今すぐ中へ突入してください!」

「え?エステリーゼ様?」

「天候操作の魔導器なら私とリタでなんとかしました。とにかくラゴウに逃げられないように確保してください。裏手に船があるのでまずはそこを抑えて、積荷をよく調べて。屋敷の地下で街の人が監禁されて魔物のエサにされている可能性がありますので屋敷も隈なく捜索を!」

ウィチルはリタ睨んでいたが、リタはウィチルを視界の隅にも捉えていない。
かわいそう、りんごくん。

「わかりました…!ソディア、すぐに執政官の船着場へ!執政官邸の門番が倒れている、賊が海から外へ逃れるかもしれない!ウィチルは隊員と共に執政官邸の地下の調査を!」

「「はい!」」

「エステリーゼ様、詳しいお話はあとで」

フレンはそう言うと、隊員とともにラゴウの確保へと向かった。

「……解決か?」

ユーリは首をかしげてこちらを見る。

「私たちはどうします?天気も良くなったし、海を渡りますか?」

「船、出るかな?」

「どっちにしろこのゴタゴタが収まらないと、民間の船は出ないでしょ」

「ならちょっと様子見に行きましょうか」


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