お姫様のいない世界 | ナノ
お姫様のいない世界



かわいいよ



「ここがアスピオ?薄暗くてジメジメして…おまけに肌寒いところだね」

カロルは洞窟にどしりと構えられた門を見て言った。
けど、私とユーリから一言も返事が無く、振り返って首を傾げる。

「なに?なんかあったの?」

「……なんも」

「……ええ、別に」

「そ、そう…なんか…なんだろ…この空気…」

彼はぽりぽりと頬をかいた。
今朝から私とユーリは微妙な雰囲気になって、というか私がギクシャクして、カロルにも気どられるほどあからさまになってしまっていた。
喧嘩でもしたのかな?と彼は聞こえないように小さなため息を漏らす。
聞こえてますよ。



「通行許可証の提示を願います」



見張りの騎士にそう言われ、私はハッとした。
裏口にみんなを誘導せねば。

「忘れたので取りに帰りますわ、ありがとう」

ごきげんよう〜と私は手を振って、ユーリとカロル、ラピードを裏口の方へと誘導した。

「裏からまわりましょう!」





「裏からって言っても……都合よく開いちゃいないだろ」

裏口だよ〜と言わんばかりの簡素な扉。
光照魔導器が照らしている。
アンティークなドアノブの下には、ピッキング向きの鍵穴がある。

この世界の鍵は、簡単過ぎやしないだろうか。
エステルの部屋も、簡素な鍵だった。

ユーリがガチャガチャとノブを回すが、当然鍵がかかっている。


「これ、簡単に開けられそうですね」

にこ、っと笑った私にカロルは、訝しげに針金を二本、大きな鞄から取り出した。

「できない事ないよ……これをこうしてっと……」

「なんだ、すげーじゃん。魔狩りの剣って泥棒もすんのか?」

「よし、開いた。いや、ボクくらいだよ…こんな事までできるのは…」

「さ、入りましょう」

「エステル、こういうのに抵抗ないんだな…ま、らしいか」 

「褒め言葉と受け取りますね、ユーリ」

らしくないのが、本物のエステルなんだけどね〜




「わぁ…!!」

私は扉を開けた瞬間、感嘆の声を漏らした。
文字は読めないけれど、高い高い天井の1番上まで本棚で、びっしりと分厚い背表紙の本が並べられていた。

「すごい!」

私はもう階段を駆け上がって探検気分だった。
こんなに気持ちのいい図書館を見られるなんて!
やや埃っぽいけど、まぁしかたない。


奥には本棚で眠る宿屋まであった。
寝心地悪そうだな、とゲーム中に思ったけど、そもそもこの街に魔導士以外はあまり出入りがないのだし、宿があるのが奇跡かも。


「なんかモルディオみたいのがいっぱいいるな……」


マント、ここ肌寒いし、魔導士のマントはいいなぁ。
しかもあれならマントの下は適当なかっこでいいじゃないの。
いっそパジャマとかね。

「少しお時間よろしいです?」

私は1番近くにいた気の弱そうな魔導士に声をかけた。

「ん、なんだよ?」

そんな彼はブスっとした顔でこちらを見る。
そんなにその本がおもしろいかね?研究者はどいつもこいつも変わりもんだろうに、リタが変人扱いなのはなんでだろうね?

「フレン・シーフォって騎士が来ましたよね?」

「フレン?ああ、あれか、遺跡荒らしを捕まえるとか言ってた……」

「今、どこに?まだ街に居ますか?」

「さあ、研究に忙しくてそれどころじゃないからね」

「そう、お寂しい方ですね」

「なっなんだよ!失礼なやつだな!」

「恋の一つでもしてみては?」

「………失礼するよ」

「待った、ここにモルディオって天才魔導士がいるよな?」

ユーリは立ち去ろうとする彼を引き止めた。

「な!あの変人に客!?」

ビクッと肩を震わせ、読んでいた本が床に落ちる。
彼の顔は途端に青くなり、私達三人をまじまじと見た。
この取り合わせ、ますます不思議だわな…

「さすが有名人、知ってんだ」

「……あ、いや、何も知らない。俺はあんなのとは関係ない……」

「どこにいんの?」

「奥の小屋にひとりで住んでるから勝手に行けばいいだろ!」

「サンキュ」

ユーリは本を拾ってやり、手渡したが彼はそれをひったくるようにして受け取ると関わりたくない、とすぐに歩き出した。

「ったく、なんなんだよ…外の奴はろくなのが居ないな……」

ブツブツと悪口を囁きながら、彼は足早に図書室を去って行く。
外はろくなのが居ない、と彼が思うのならば、その外の連中はアスピオにはろくなのがいない、と思ってるでしょうよ。

「大丈夫なの?」

不安の色をありありと瞳に映し、カロルはユーリに問うていた。
その本人は「ん?」と首を傾げるだけ。

「名前出しただけで、みんな嫌がるなんておかしいよ」

「そりゃ、魔核盗むようなやつだしな。嫌われてんのも当然だろ」

ユーリに答えを教えてあげたいよ。
まぁ、そんなわけにはいかないんだけどね。
リタが仲間にならなきゃ困るし。
もっとも、初めてのお友達ですね、きゅるる〜ん♪なんてのは私には無理だけど。
治癒術見せればこっちのもんだし、問題ないない。




そして意外と街は広かった。
これはきっとこの先どの街に行っても感じるのだろうけど、街はちゃんと街として機能している。
ゲームで立ち入れるのは本当に表面的な場所で、実のところもっと複雑で、そうそう巡りきれるもんでもない。

ゲームでは広場の階段を上がったところに入れない扉があるけど、あれにもちゃんと先があるのかな?
そう思うとわくわくした。

けれどユーリを先頭にこのパーティーの足は確実にモルディオの小屋へと向かっていた。
氷柱が貫くその小屋へ。

なんでわかったか?
そりゃだって遠くに見えてきたんだもん。

「絶対はいるな、モルディオ……」

ユーリは子供の落書きのような張り紙を読み上げた。
もっとも、私には読めなかったんだけどね。いいのかな?このまま読み書き出来なくて…なんてね。


が、ユーリはかまわず次にはもうドアノブを回していた。

「あかねえな、カロル先生、頼むわ」

「はいは〜いっと」

先生、なんておだてて呼んじゃって。
皮肉にも気がつかないカロルは、上機嫌にまた針金を動かしはじめた。
仲間がそろうとこまで行って、すでに中盤くらいなんだよな〜テイルズって。
まだまだ楽しめそうだな、なぁんて。


「よし、開いたよ!!」


「ありがとう、カロル」

私は彼をねぎらった。
なんせ、ユーリがもう扉を開けてしまっていたから。

中は予想以上にぐっちゃくっちゃで汚部屋、なんてもんじゃない。
本は床に散らばり、魔導器のあれやこれやっぽいものがたくさんあって、足の踏み場もない。

「うっわ、こんなとこじゃ、誰も住めないよ」

「その気になりゃどこでも寝たり食ったりできるもんだぜ、人は」

その言葉は、下町で育ったユーリだからこその言葉、なのかも。
そう思うとちょっと切ない。

ラピードはにおいを嗅ぐでもなく、ストンと腰をおろした。

私はというと、早くリタの顔が見たいという欲求が抑えられなくなり、彼女がいるであろう本の山をかき分けた。



「モルディオさぁーん!お邪魔してますー!!」



「だぁーーーー!うるさいっ!!」

ばさばさ!私がかき分けて居たところの隣の山からマントがはえてきた!リタだ!!

「泥棒は…!!ぶっとべぇぇぇ!!」

お得意の火の魔術の発動なのか!?
シュンっと音がして、リタの周りに一瞬赤色の魔方陣みたいなのが出た。
と思ったら三つの火の玉がカロルめがけて飛んでいった。
そりゃもうビュンビュンっと!!

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

断末魔を上げたっぽい。
煤けたカロルはひどいよぉと声を漏らしていた。

「こんだけやれりゃ、帝都で逃げる必要なかっただろ」

ユーリはもうリタに剣を向けていた。
そんな姿にも、見惚れてしまう私はとことんおばかだわ。

「はぁ?帝都?何の話?」

「帝都で魔核盗んだだろ」

「勝手に人んち上がりこんどいて、泥棒呼ばわり?あんた常識って言葉知ってる?」

「ま、人並みには」

「いきなり剣突きつけるのが人並みの常識!?」

リタ。耳が痛いよ。
けど剣を向けられて怯まないあなたもすごいです。

「まぁまぁ落ち着いてください。ユーリは帝都から魔核ドロボウを追いかけて来たんですよ」

訝しげなリタの視線が私にむいた。

「その特徴が、小柄!マント!名前はモルディオ!」

ユーリはちょっと威圧的に言ったが、リタにとっては何処吹く風。
私はリタ・モルディオだけど?それがなにか?と息を吐いた。

「待てよ…その手があったか…ちょっと一緒に来て」

途端、何かを思い出したように彼女は一冊の魔道書を持った。

「はぁ?また逃げる気か?」

「……なんなのよ。せっかくシャイコス遺跡に盗賊が現れたって話、思い出したのに」

「それ、確かか?」

疑るユーリに、リタは面倒くさそうに目を細める。

リタって、こう言う感じなんだ〜
なんか意外とかわいい。
いやいや、かわいいのはもともとなんだけど、ツンツンした表情もかわいいの!
顔をしかめたり、迷惑そうにしたり、寝起きだったり。
きっと笑うともっとかわいいんだろうな。


「協力要請に来た騎士から聞いた情報よ、間違いないわ」


「ユーリ!行きましょう!さっきの魔導士も、遺跡荒らしを追いかけたと言っていましたし!」

一連の流れが面倒になって、私はユーリに詰め寄っていた。

とにかく早く全員揃い踏み、まで行きたい。

「しゃーねえな」

「素直でいいじゃないのよ。ま、ワナかもだけどね」

リタはいひひ、と不吉な予言を残し、部屋を出た。
うーむ。
ニヒルな笑みもかわいいね!


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