お姫様のいない世界 | ナノ
お姫様のいない世界



結界の外



「あああああ〜!」

私は逃げ回るようにしながらも、懸命に剣を振り回す。

騎士団で仕込まれたはずの技は、発揮される事なくユーリとラピードが活躍していた。

「ったく…何が戦えますだよ…」

ユーリは肩を竦めて、はぁーーーっと長いため息を吐いた。
心なしか、ラピードも呆れているように見える。

「ごめんなさい」

素直に謝るしかない。
そういえば魔術。
理論がわからないので、それも使い方がわからない。

リタに会ったら、ちょっとレクチャーしてもらおうかな…

「まあ無理すんな。俺とラピードが居るし、ここら辺は強い魔物もいないはずだからよ」

ユーリはやっぱ優しい。
ぶっきらぼうだし、荒っぽいけど、面倒見のよさがありありとわかるもんね。

「足を引っ張りたくないので、慣れるまで控えてます…」

「剣の腕は悪くないみたいだし、本物の魔物に慣れさえすればなんとかなるだろ」

「ワフゥ…」

「あ〜本物、ね…」

私は意図せず目を逸らしていた。
本物、そう。
本物なのだ。
その恐さや、生々しさは、紛れもない凶暴なモンスターなのだ。

一般人が、結界の中にこもりたくなるのも頷ける。

「お、デイドン砦とやらが見えてきたな」

ユーリが言うその砦は、遠くに小さくみえていた。
巨大な崖の壁の間を、砦が繋いで塞いでいる。
ゲームで見たより強固で頑丈そうな砦は、さすが魔物を凌ぐための関所と言える。

てかゲーム内だとすぐの距離、実際歩いてみるとしんどい。
めっちゃ遠い。

既に日は高く昇り、正午過ぎといったところ。
朝早くに帝都を出てたのに、この距離といったら…
長時間歩く事に慣れない私は、ますますユーリたちの足を引っ張ってしまっていた。

「結構遠いですね…夜までにハルルへ着けますかね?」

「明日の夜って話か?」

「ですよね…」

そう、そうなのだ。
ゲーム内では、パパッと済むことも実際は長い長い!
一日で歩ける距離ではないことに、今更ながらに気が付いた。

土地勘も、やりこみまくってあると思っていたけど、実際に広大な大地を歩くとよくわからない。
上から見てるわけじゃないし、GPSみたいに世界地図が自分の位置を教えてくれる事もない。
頼りはコンパスと紙の地図。

体の訛り切った私には苦行だわ。









「ここがデイドン砦か。フレンは見当たらねえな。騎士は多いけど」

「そ、そうですね…」

私はやっと安全地帯、と胸をなでおろした。
けどここは、面白くも何ともない展開が待っている。
閉まっていく砦の門を越えて、知らない人に治癒術を使わなければならない。

できないしやりたくない。

やっぱ、エステルにはなれないわ。
ま、とーぜんか。

「とっとと抜けるか」

「あ!待って!砦の上にのぼろう!」

「はあ?なんでだよ」

「いいからのぼろって!」

「……観光に来たんじゃねえぞ?」

「わかってますって」

私はさっさと歩き出した。
そう、この砦の上には、デュークが要るはずなのです!

ちょっくらからかってやろう。

予想通り、銀髪の彼は砦の上に居た。


「デューク!!」

「……なぜ私を知っている?」

「そんな事は些細な事です!はじめまして、私は菜々、じゃなかった……エステリーゼ、よろしく、デューク!」

「………」

返事がない、それは予想していたことだけど、こうも冷ややかな視線を向けられるとへこむ。

「あの……」

「満月の子か」

「え…?」

「城を出たか。大人しくこもっていればよかったものを…」

「え?え?」

戸惑う私をよそに、デュークは立ち去ってしまった。
まさか、エステルが満月の子って最初から知ってたの?

ユーリには聞こえていなかったようで、なんだ?あいつ、と首をかしげていた。

デューク実は始祖の隷長かな?

ここで下に降りたら警鐘が響くんだよね……
このまま砦の向こうへ飛び越えられないかと下を見た。
や、たぶん飛び降りたら死ぬわ。いくらなんでも。

「さっきのやつに会うために登ったのか?知り合いには見えなかったけど?」

や、だって初対面だし、でもま見えなかったかも。
私は知ってるんだし。

「エステルさ、本当にフレンに会いたいの?」

ユーリの唐突な質問に、私はうえ!?っと変な声を出していた。

「なんかそんな風に見えねえんだよな。腹に一物抱えてんじゃねえかって……まあいいんだけどよ」

さすがユーリさん、鋭い。
ま、秘密は沢山だよね。


「とにかくフレンが殺されそうなので、それを伝えたいんです」


「……うん、ま、いいんだけど」






砦を越えようと門をくぐりかけた時、悲劇はおきたのであ〜る。

カンカンカンカン

と耳が痛いほど警鐘がなった。
すぐに呻くような地響きが聞こえはじめ、遠くにイノシシに似た魔物の大群が見えた。
それは土煙をあげながら真っ直ぐにデイドン砦へと向かってくる。

「……やっぱりか」

意図せず漏れたため息。
それをごくりと飲み込んで、私は歯を食い縛った。
やらなきゃ、だめですよね〜

「ほら下がって!」

騎士の1人が私とユーリに怒鳴った。
んなこと、わかってるし!

「すげえ数だな…」

ユーリはそう呟いて、私の手を引いた。

ガラガラと音をたてながら閉まって行く門の向こうに、まだ人がいる。


「待ちなさい!まだ人が…!!」

カウフマンらしき声が響く、私は意を決して駆け出した。


「エステル!?」






「た!たてない!助けてくれ!」

「治れ!治れ!治れ!治れーっっ!」

私は知りもしない男性の足めがけて、手をかざした。
治癒術が発動しない。

やばい、死ぬかも。

って邪念が多すぎる。

治さなきゃ、この人が死ぬんだ。

「治癒術!!」

ふん、と私は鼻で息をした。
シュン!と術式が膨らんで、男性の足が光る。

「…!ほら!立って!早く!」

「あ、ありがとうございます!」



「お人形、ママのお人形〜!」

女の子の泣じゃくる声が聞こえた。
私は思わずそれに振り返る。走れば間に合いそうなところに、手作りの人形が落ちていた。

けど私より早く、ユーリがばっと飛び出して、その人形をつかむ。

「エステル!滑り込め!」

私とユーリは閉まりゆく門に無我夢中で駆けた。

ドーンッ

重苦しい音が響く。

門が閉まり、私たちはその内側に居た。
背中にドシンドシンと魔物がぶつかる振動が響く。
生々しいな。

「……よかった」

「帝都を出てすぐにこれじゃ、ツイてねえな」

「や、憑いてるよ、ユーリにね」

「かもな」

「とりあえず目立ちすぎたわ、早くここを離れよ…」








「ねえ、あなたたち、私の下で働かない?報酬は弾むわよ」

そそくさと門を離れた私たちに声をかけてきたのは、幸福の市場のボス、カウフマンだった。
赤いメガネがよくお似合いで。

無視を決め込む私たちに、横にいたしょーもない男がキレてきた。

「社長に対して失礼だぞ。返事はどうした」

「名乗りもせずに金で釣るのは、失礼って言わないんだな。いや、勉強になったわ」

「そーだそーだ」

私はひょいっとユーリの背に隠れて、唇を尖らせた。
やっべぇいいにおい。
このまま後ろから抱きついちゃおっと。

「おまえら!」

男はぶいぶい文句を垂れていたけど、私はすでにユーリの腰にぐるりと抱きついて、それどころではなかった。

「予想通り面白い子ね。私はギルド『幸福の市場』のカウフマンよ。商売から流通までを仕切らせてもらってるわ」

「ふ〜ん、ギルドね……」

「私今、困ってるのよ。この地響きの元凶、平原の主のせいで」

「平原の主?あんま想像したくねえけど、これって魔物の仕業なのか?」

「そうよ、主はこれを仕切る親玉みたいなものね」

「私たち、別の道から平原をこえるつもりなので、おかまいなく」

私はユーリに抱きついたままカウフマンに言った。

「あら、クオイの森のこと知ってたの?」

「呪いの森です、ふふふ」

からかうような笑みの私に、彼女は肩を竦めた。

「主さえ去れば、あなたたちを雇って強行突破って作戦で行こうかと思ったんだけど、協力する気は…なさそうね」

「護衛が欲しいなら騎士に頼めばいいだろ」

「冗談はやめてよね。私はギルドの人間よ?今さら助けてくれはないでしょ」

「へえ、自分で決めたことにはちゃんと筋を通すんだな」

「そのくらいの根性がなきゃ、ギルドなんてやってらんないわ」

「なら、その根性で平原の主もなんとかしてくれ」

「食えない子たちね。呪いの森、楽しんでちょうだい」



カウフマンが去ったあと、ユーリはべりっと私を剥がした。

「抜け道、知ってんのか?」

「……ここから西へ行けば、クオイの森ってとこを越えてハルルの近くに出られます。ま、呪いの森ですけど」

「なんだよ呪いの森って」

「ウワサ、所詮は噂です。ちゃっちゃと行きましょう。どうせ今日は森で野宿です」





奇しくも物語は順調。

ちゃんと予定通り。
誰かをからかってみても、面白いことはあまり起きないな。


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