お姫様のいない世界 | ナノ
お姫様のいない世界



あなたは今どこに?



「ここがクオイの森かな?」

うっそうと木々が茂り、じめっとしてそうな森。
そこへ着いた時には、すでに夕方になってしまっていた。

やっぱり予想通り、ここで野宿か。

「呪いの森にわざわざ夜いかなくても…ま、待っててもすぐには砦を越えられねえか」

「ユーリ、怖い話とか平気な方ですか?」

「……まあ、別に」

「まぁ、私もですけどね」

面白みがないけど、きゃーきゃー怖がったところでユーリはよろこばないでしょうよ。

「エステルは、おばけより魔物が怖いんじゃねえの?」

「……図星ですね。怪我したら呼んでください」







「特に呪いっぽいことはなんもねえのな」

中ほどまで来ただろうか。
森の開けた所へたどり着くと、夜なのか、はたまた森が暗いのかわからないくらいの樹の茂りようだった。
蚊とか多そう。
いるよね?この世界にも。


「そろそろ休むか」

「そうですね…あ……」

私はあるものを見つけた。
そう、打ち捨てられた魔導器。
ぶっ倒れたくないし、近づかないでおこう。


「どうかしたか?」

「あの魔導器には近寄らないでおきましょう」

「…ん?……ああ、なんで?」

「きっとあれが、呪いの森の元凶だからですよ!」

「ふーん」

ユーリは一瞬興味を持って、すぐにそれは薄れたようだった。
蒔きをくべて火を起こしはじめた。

「ユーリ、サンドイッチ作ってください」

「……偶然にも今から作ろうとしてたんだけど」

「そう、それはよかった」

ユーリのお手製!るんるん!
もう彼と2人の時間がこの上なく嬉しかった。
ラピードも居るんだけどね。

彼との関係を進展させるには、どうすればいいのか。
青春なんて遠い昔だった私には、恋のはじめ方がわからない。

「城のコックと比べんなよ?」

「お城の料理は確かに美味しいですけど、1人で食べたらどれもつまらない料理です。誰かと食べるおにぎりの方が、何十倍も美味しいですよ」

「…いいこと言うな」

「フレンを誘ったりもしましたけど、小隊長は忙しいですから」

「ふーん、結構仲良かったんだ」

「……妬いてます?」

「フレンに?冗談」

「あ!!」

「どうした?」

忘れていた。
フレンに抱きしめられたあの夜のことを!
やっべーしまった。

何か男女の中っぽい感じになっちゃってる。

「……いえ、フレンとユーリって仲いいですよね」

「まあ、腐れ縁だな」

「またまたそんなこと」

「下町にあいつがいた頃は、よく遊んだよ」

「ライバル…ですよね?女の子を取り合ったりはしませんでした?」

「まぁ、俺とあいつじゃタイプちげーから」

「言っておきますけど、私とフレンは付き合ってないですからね」

「……聞いてねえよ?」

「一応、勘違いされては困るので」

「はい、できた」

「……いただきます」

ユーリの作ってくれたサンドイッチは、やっぱりお城での食事より美味しかった。
ユーリ、大好き。なんちゃって。




本当はいろんな話をしたかったけど、ラピード含めて三人、交代で眠る事になった。
ドキドキしてて眠れない!なんて思ってたけど、私はすぐに意識を手放してしまった。
思った以上に、疲れてるな。









---


「あなたは、私?」

桃色の髪が揺れた。
それは何度も鏡で見慣れた、私の姿。
けれど彼女はエステル本人。

それは確信できた。

「エステル?」

けれど私は、確かめるように名前を呼ぶ。

「はい、そうです。あなたは?」

「私も今はエステル」

「そうですね、でもあなたは私じゃない」

「…じゃあ私はなに?」

「わかりません。でもエステルは私です」

桃色の髪の主は、さみしそうに言った。
でも、私はいなくなってしまった。
エステルでないなら、私は何?

「エステル、あなたはどこに居るの?」

一番聞きたかった。
この体の主は、今どこに居るの?

「わかりません。遠い、とても遠いところです」

「私まだ戻りたくない」

「わかってます」

「どうすればいい?」

「わかりません」






泣いていたんだと思う。
彼女は泣いていた。
だから私も泣いてしまった。

「エステル…エステル…」

ユーリの声がして目を開けると、真っ暗な中で焚き火の火が彼の顔を照らしていた。

「ユーリ?」

「嫌な夢でもみたか?」

ユーリはそっと私の目を拭いた。
ああ、彼女が泣いていたから、この体も泣いたのか。

私は急に不安になってユーリに抱きついた。
そうでもしないと、元の世界に引き戻されてしまいそうだったから。

「エステル?どうした?」

「どうもしない。でも、ユーリと離れたくないから…」

「……寝ぼけてんのか?」

「そうかも」

ユーリはそっと、私の体に手を回してくれた。

そして左手で頭を撫でた。

これはエステルの体。
でも、ちゃんとユーリの体温を感じる。
私は、ここにいる。








「落ち着いたか?」

ユーリは胸の中の私に、優しくてちょびっと甘ったるい声で言った。

「うん、でも、もうちょっと…」

「俺も寝かせろよ」

甘えるように引っ付いた私を、彼は拒まなかった。
あれ、これいい感じじゃね?
胸がキュンキュンするんですけど!

「一緒に寝よう。ラピードが見張りしてくれるって」

ラピ公はしゃーねーな、としっぽをぱたりと振った。たぶん。

「……じゃ、頼むわ、ラピード」

ユーリは体を倒した。
抱きついたままの私も一緒に倒れこんで、腕枕みたくなってる。

やだもう、抱いて。

彼も相当疲れていたようで、寝息はすぐに規則的に変わった。

そろそろと体を起こした私は、彼の寝顔を見つめた。
やっばいかっこよくて、しびれる。

さっきまでのいい感じの雰囲気はきっと彼が起きたら消えてしまうだろうから、味わっとかないと。
うーん軽い子だと、思われたかな?

なーんて言ってても、旅はすぐに仲間が増えるからなあ。

明日にはカロルにも会えるんだ。


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