お姫様のいない世界 | ナノ
お姫様のいない世界



初めて城の外に出たわ



「まぶしっ…あー…ったく、朝になっちまったじゃねえか…」

ユーリは朝日の指す空を見て、目を細めていた。
ああ、またまた、どこまで私を虜にするんだよ、色男。

「ユーリ…ありがとう。おかげで無事に城を出られました」

そう、汚水くさい地下通路を抜け、モルディオ(嘘)の屋敷前の石像へと出た。
イベントをすっとばしても、予定通りすっかり朝になってしまったのは、私が戦わないから地下通路で時間をくったせい。

グロいゲームだってやってきたけど、本物の血しぶきは嫌なものだってよくわかった。
魔物といえど、肉が切れるのは見ていて気分のいいものではない。
これは私にとっては大きな誤算。
戦えないかもしれないな、慣れないと。

「大丈夫か?顔色悪いぞ」

ユーリが言う。
自分でも、青い顔をしているであろう事は、わかっていた。
気分が悪くて吐きそうだもん。

「気持ち悪いもん…」

胸の悪さをなんとかしようと、私は大きく息を吸い込んだ。

先が思いやられるわ、とか思われてたらどうしよう。
思われてるだろうな。
いや、絶対思ってる!自分でも思ってるから!わかってるから!

「…ま、作戦成功ってことで」

そんな私の思いに反して、ユーリはひらりと手を上げ、笑った。
ああ…そうやってエステルにやっていたことを、私にもちゃんとやるのね。
例に習ってちょんと指をくっつける、なんて事はしないで、私は普通にハイタッチして笑った。

そうする事で、自分の中で湧いたもやもやを消したかったのかも。



「とりあえず、下町の様子見に行きたいんだけど、いいか?」

「はい、ユーリこそ、本当にハルルまで一緒でいいんですか?」

「モルディオってやつから、下町の水道魔導器の魔核を取り戻したいんだよ。下町を留守にすんのも心配だけど、騎士団は動いてくんねえからな」 


そう言ってユーリが歩き出したので、私も横に並んだ。
初めて外でみる街は、ゲームで見たより綺麗だった。
西洋的な建物に、貴族街だからなのか木々が青々として、敷き詰められた白いタイルに映えている。

人が暮らす街なんだ、と改めて感じる。

頬を撫でる風が気持ち良くて、まるでユーリとお散歩してるみたい。
ま、貴族街で走ると悪目立ちするから、歩いてるだけだろうけど。本当は急ぎたいだろうな、ユーリ。


「そこの脱獄者!待つのであ〜〜る!!」


と立ちふさがった騎士。
デコボコのデコの方、名前は……忘れた。

「ここが年貢の納め時なのだ!」

とボコの方。
ボコボコ、みたいな名前だったはず。

「ばっかも〜ん!能書きはいい!さっさと取り押さえるのだ」

ルブラン。彼はわかるよ。
ヒゲがキュートですね。

ユーリがどうすっかな…ってな感じで考えている間に、私は花壇に転がった小さな石を拾う。
と、ユーリも真似してひとつ拾った。

「私はボコボコのほうをヤるわ」

「じゃ、俺はデコデコ?」

ユーリはいたずらっぽく笑って、振りかぶる。
私もすぐに石を投げた。
ストラーイク!!

「ごがっ!」
「もふっ!」

「っしゃ、下町に逃げるぞ」

ユーリはもう走り出していた。

私は慌ててそれを追いかける。
振り返って見た城は、それはそれは大きかった。

思わず息を呑むほど綺麗で、怖かった。
ここはちゃんとした世界で、人が生き、魔物も本当にそこに居て、一歩間違えば死んでしまうのだ。

けれどちゃんと予定通り進む事が、不思議でならなかった。

私はこの世界の不協和音なのに。

世界の筋書きは、そんなのものともしないのかもね。





「ユーリ!また騎士団ともめたんじゃな!」

下町の水道魔導器を通り過ぎた所で、ハンクスじいちゃんの声に迎えられた。

「下町の惨状には目もくれず、お前さんをさがしておったぞ!」


ハンクスじいちゃんは、思ったより小柄だった。
見るからに年寄りで、もうあんまり心配かけたりしたく無いタイプだ。

「やっぱなんもしてくんねえよな、騎士団は」

ユーリははぁ、とため息をついてザーフィアス城を振り返る。
権力をただ示すだけのそれは、下町の心配をしたりしない。

下町は、いわゆる貧民街だ。
恐らく、治安がよくない場所もあるだろう。
この広場はそうではないみたいだけれど、一本道をそれれば色々あると、思う。

水道魔導器の噴水は、廃れた公園でよく見るような、汚い水が溜まっただけの水溜めになっていた。
こんな水など到底飲めるはずも無い。
蒸留の知識くらいは、あるよね?

とか心配になってしまう。

今更ながらに、これは現実なんだと実感が湧いて来る。

「そちらの娘さんは?まさか拐かしたんじゃなかろうな!?」

「菜々……あ、違った。エステリーゼです」

気の抜けていた私は、うっかり本名を言ってしまった。
じいちゃんは一瞬戸惑ったけど、とってつけたような私のお辞儀に「丁寧にどうも」と言った。

「じいさん、ラピードは?何か袋、咥えてなかったか?」

「それならお前さんの部屋だ」

「それ、みんなが持ち寄ったやつ。モルディオから奪い返して来た」

「やっぱりわしらは騙されておったのか…」

「ああ…家も空き家、貴族ってのも嘘だろうな。本人はさっさと逃げちまったよ」

どっかで聞いたような会話。
でも、丸ボタンで進めて飛ばしたくならないのは、これが自分の目で見て聞いている事だから。

「俺、しばらく留守にする。モルディオから魔核奪い返してくるからよ」

「まさか結界の外へ行くのか?」

「心配すんなよ、すぐ戻って来るからよ」

「心配なんぞ、誰がするか。しばらく帰ってこんでいいわ。フレンも、お前さんの心配をしておったぞ」

「余計なお世話だっつの、フレンのやつ」

父が子供を見送る感じかな?
そんな風に見えた。少なくとも、私には。


「ユーリ・ローウェ〜〜ル!!よくも、かわいい部下をふたりも!お縄だ、神妙にお縄につけ〜!!」

「ま、こういう事情もあるから、しばらく留守にするわ」


「やれやれ、いつもいつも、騒がしいやつだな」


「待って、ユーリ」

私はルブランの前に立ちふさがり、ガンを飛ばした。

「エステリーゼ様……」

「あなたはこの惨状をみて、何も思わないのですか?」

「しっしかし彼奴は、帝都の平和を揺るがす大罪人ですぞ!」

「違うでしょう、ルブラン。下町は今、飲み水をなくして困っているんです。他に市民街や貴族街、城だって、毎日有り余るほどの地下水が吐出しています」

「それは…」

「言ってる意味わかります?」

「はい……」

「だったらすぐに。シュヴァーン隊所属ルブラン小隊、下町のために水を確保なさい」

「はい!!……ユーリ!仕事を終わらせて、お前を地の果てまでおいかけてやるぞぉ!!首を洗って待っておれぃ!」

ルブランは慌てて踵を返した。

「んじゃま、いくわ」

「ハンクスじいちゃん、騎士団が働かなかったら、こう言うのよ、エステリーゼ様に報告しますって」



「とんでもない娘さんじゃな」

ボソッとハンクスじいちゃんは、ユーリに耳打ちしていたが、聞こえてますからね。


街の出口では、ラピードがながい尾をくゆらせて座っていた。
思ったより大きい犬なんだね…
ユーリも背が高くて忘れていたけど、ラピードは私なんか軽々と背中に乗せてくれそうだ。

「待たせたな、ラピード」

ユーリはそう言ってから、相棒に「サンキューな」と笑って見せた。
その笑顔は悪戯心に満ちていて、ラピードに対する信頼感の、ほんとはじっこだけをかじる、いや舐められた気がする。

「行こうぜ、エステル」

ユーリはそう言って、こちらに振り返る。
本当は、私の名前で呼んでほしい。

私はエステルなんかじゃない。


菜々だ。


「はい、長旅ですが、よろしくお願いします」


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