満月と新月
出会うべくして
2人が城内を進んでいくとただならぬ声がして、立ち止まる。
「お戻りください」
さっと身を隠した2人は、柱の影から様子を伺う。
「まだ戻れません!」
必死さを感じる声色でそう言ったのは、青いドレスに桃色の髪の女性で、手には似つかわしくない剣を構えている。
「これはあなたのためなのですよ」
「例の件は、我々が責任を持って小隊長に伝えておきますので」
2人の騎士はそう言ってにじり寄る。
どうやら女性は追われているようだ。
城の中で、明らかに身分の高そうな女性が追われる理由など、さっぱりわからないのだが。
「そう言って、何もしてくれなかったではありませんか!」
桃色の髪の女性はぐっと剣をかまえ、言葉を続ける。
「それ以上、近づかないでください」
その瞳には強い意志が伺える。
構えをみる限り、剣の覚えはあるようだ。
「お止めにならないと……お怪我をなさいますよ?」
「剣の扱いは心得ています」
彼女は凛とした様子で言った。
「致し方ありませんね。手荒な真似はしたくありませんでしたが……」
騎士も剣をかまえる。
刃が交わるかと思いきや、突然向こうの廊下から別の声が上がる。
「おい!いたぞ!こっちだ!」
「お願いします!どうしても、フレンに伝えなければならないことが!」
それをきっかけに空気が変わった瞬間、女性は焦ったように声を荒げた。
(フレンだって?)
ユーリが聞き慣れた名前に首を傾げた。
そして、考えるより早く、素早く剣を振って衝撃波を放つ。
それは騎士を1人吹き飛ばして消えたので、女性が期待の眼差しで、こちらに振り返った。
「フレン……!?だ、誰?」
どうやら予想の人物と違ったようで、困惑した様子でユーリとベティを見る。
「貴様、何者だ!!」
騎士が怒鳴り、こちらに殺意を向けてくる。
「ったく、こっそりのはずが、いきなり厄介ごとかよ」
「ユーリが手ぇだしたんじゃん!」
ベティが素早く双剣を構え、騎士の1人を峰打ちで仕留め、ユーリは起き上がりかけた、もう1人を素早く気絶させた。
「ったく、それが騎士のやることかよ。最近の騎士団じゃ、エスコートの仕方も教えてくんないのか?」
「えいっ!」
桃色の髪の女性が壺を投げつけて来たので、さっと2人はそれをかわす。
ガシャーンと音を立てて壺は床に落ちた。
哀しく散らばる破片、いったいいくらほどの価値があるのかわからないが、間違いなく高価な物だろう。
「なにすんだ!」
「……だって、あなた方、お城の人じゃないですよね?」
「そう見えないってんなら、光栄だな」
「ユーリ・ローウェ〜ル!ベティ・ガトール!どこへ行った〜!」
「不届きな脱走者め!逃げ出したのはわかっているのであ〜る」
ユーリにはかなり聞き覚えのある声がする。
下町ではお馴染みの騎士デコボココンビだ。
「ちっ、あいつらか。もう戻る意味、なくなっちまったよ」
もとよりだめでもともと、だったのだが、こうもあっさり脱獄がばれてしまうとは、とユーリは小さなため息を漏らした。
「だから無理だって言ったじゃん」
ベティが浮かべる笑みは、どことなく不敵さを帯びていて、彼にはそんな見透かした態度がどうにも不満だった。
「馬鹿も〜ん!声が小さ〜い!」
「ルブラン小隊長は、声でかすぎて耳が……」
「ユーリ・ローウェル?もしかして、フレンのお友達の?」
桃色の髪の女性は、ユーリと呼ばれたことにフレンとの接点を見出したようだ。
「そうだけど」
「なら、騎士団にいた方なんですよね?」
「ほんの少しだけだけどなそれ、フレンに聞いたの?」
「はい」
「ふ〜ん、あいつ、そんな話する相手いたんだな。城の中で」
「ユーリが元騎士だって事が何より驚きだわん」
ベティがユーリを覗き込む。
「なんだよ、似合わなくて悪かったな」
「あの、ユーリさん!フレンのことで、お話が!」
女性からは必死さが伝わってくるのだが、ユーリやベティには事情がさっぱり飲み込めない。
「ちょい待った。あんたなんなんだ?フレンの知り合いなのはいいけど、どうして騎士団に追われてんだよ」
「こっちだ!」
ユーリの質問は最もだが、残念ながら騎士の声が響く。
「あらぁ〜ここじゃない所で話した方がよさそうねぇん」
ベティは廊下の向こうの様子をうかがって、肩をすくめた。
「そうだな‥事情も聞きたいけど、のんびりしてらんないな。まずはフレンの部屋に案内すればいいか?」
「あ、はい!」
女性が頷いたので、三人は急いでその場を後にした。
急いでフレンの部屋に入ったものの、やけに綺麗に片付いている。
窓はしっかりと施錠されていて、ベッドのシーツもピンと張っているし、机の上には紙一枚すら置かれていない。
「……こりゃあ、フレンのやつ、遠出かもな」
「かなり几帳面な男だとみたね!あたしは!」
ベティは部屋を見渡して、そう言った。
「おーあたりあたり」
「そんな……間に合わなかった」
2人のやり取りなんて眼中にも無いようで、女性はかなり深刻な様子だ。
「んで、どんな悪さやらかしたんだ?」
「どうして?わたし、何も悪いことなんてしてません」
「なのに騎士に追いかけられんの?常識じゃ計れねえな、城ん中は」
「あの!ユーリさん!」
ユーリを遮り女性は声を張り上げた。
「なんだよ」
ユーリは面倒くさそうに返事をする。
厄介ごとのにおいしかしないのだから、無理もない。
「詳しいことは言えませんけど、フレンの身が危険なんです!それをフレンに伝えに行きたいんです」
「行きたきゃ、行けばいいじゃん?」
ベティはあっけらかんと言うと、フレンのであろうベッドに遠慮もなく腰掛けた。
「それは……」
女性は戸惑うように俯いた。
「オレにも急ぎの事情があってね。下町に戻りたいんだよ」
「だったら、お願いします。わたしも連れて行ってください!せめて、お城の外まで……」
2人は顔を見合わせて何も言わない。
「お願いします、助けてください」
女性は腰を折って言う。
「わけありなのはわかった、でもせめて名前くらい聞かせてくんない?」
ユーリがため息混じりにそう言うと、いきなりドアが破られた。
「ひゃあっ」
女性がびくりと体をふるわせる。
「オレの刃のエサになれ……」
突然の訪問者は、奇抜な髪型にぴたりとした服をきている。
「ドア壊さなきゃ入れねえのかよ」
「オレはザギ……おまえを殺す男の名、覚えておけ、死ね、フレン・シーフォ……!」
ザギと名乗った男は、ユーリに向かって躊躇いなく斬りかかってきた。
「人違いだっつうの」
ユーリが剣で受け止める。
「死ね…!」
「人の話は聞いた方がいいぜ」
激しい斬り合いが続く。
「ザギだ。俺の名前を覚えておけ、フレン」
ザギはなおも勘違いを続けている様子だ。
「フレンじゃねーって、聞けよ!」
「ククッ…!なんだよお前!」
彼は少しユーリから間合いを取り、ユラユラと身体を揺らしはじめる。
「まったく…お前こそなんだよ!」
「俺はお前を殺して、自らの血にその名を刻む」
「それ、最高に趣味悪いな」
「楽しく…楽しくなってきたぜぇ‥いい感じだ」
「はあ?何がだよ。こっちはちっとも楽しくねえよ」
「いいな、その余裕もあははっ!!さあ、上がってキタ!!上がってキタ!!いい感じじゃないか!!」
「うっわ‥‥無理、キモイ」
ベティは銃を抜くとザギの腕目掛けて、四発撃ち込んだ。
「あははははははっ!!」
撃たれたにもかかわらず、ザギは楽しそうに体を揺らす。
だが、その間にもまったく隙は見えない。
「お手伝いします!」
女性が剣をかまえてユーリの隣に立つ。
「くるなっ!」
「でも!」
「ああ、いいぜ!何人でも掛かって来い!」
ザギはどうやらこの状況を楽しんでいるようで、剣を振り上げ高笑いする。
「無理しねえでやばくなったら退けよ」
「はいっ」
ユーリがそうは言うものの、恐らく女性の剣の腕はそこそこいいだろう。
少なくともキチンと鍛練を積んでいるに違いない。
「簡単に終らせないでくれよ!!」
ザギが床を蹴った。
「ユーリとフレンって似てんのー?」
ベティは今度はザギの足を狙う。
ユーリとザギの斬り合いがあまりに激しすぎて、剣の間合いには踏み込めない。女性も援護に回るようだ。
ユーリが後ろに下がった瞬間、ベティはザギの背後に回り込み双剣できりかかった。
手応えはあったが、ザギが引く様子はない。
「んなわけねぇ」
「全然違います」
「相手、完璧に間違ってるぜ。仕事はもっと丁寧にやんな」
「この人は、フレンじゃありません」
「そんな些細なことは、どうでもいい!さあ、続きをやるぞ!」
ザギにとってはもはやフレンでない事などとるに足らない事らしい。
こういう戦いを楽しむタイプは、敵に回すと面倒でしかない。
どんなに血を流していても、死ぬまで挑んでくるからだ。
「どんなよ‥結局誰でもいいんじゃん」
ベティは辟易とした様子で、剣を鞘におさめた。
「確かに、どういう理屈だよ。ったく、フレンもとんでもねえのに狙われてんな」
ユーリが言う。
戦闘が続くのかと思いきや、突然壊れたドアから赤いゴーグルの男が現れる。
「ザギ、引き上げだ。騎士団に気付かれた」
「ん?海凶の爪?!」
ベティが身構えた。
するとザギがいきなり、赤眼を殴る。
「き、貴様」
「うわははははっ……!邪魔をするな!まだ上り詰めちゃいない!」
「騎士団が来る前に退くぞ。今日で楽しみを終わりにしたいのか?」
ザギは舌打ちをして、赤眼を斬り殺し部屋を出て行った。
「ここもゆっくりできねえのな」
すぐに騎士団が来るであろうことは、安易に予想ができる。
早々にここを立ち去るべきだろう。
「……女神像の話に賭けて、さっさと退散するか」
ユーリは地下牢での言葉を頼りに、脱出を試みるようだ。
「レイヴンはあんなだけど、たぶん大丈夫よん」
「たぶんかよ‥」
「あの!!」
2人の話を遮るように、女性が声をあげる。
「わかったよ。城の外までは一緒だ」
ユーリは諦めたようで、彼女の同行を許可した。
きっと断ってもついてくる。
「はい、あの、わたし、エステリーゼっていいます」
「あたしはベティ・ガトール、エステリーゼ、よろしくね」
「あっ!はい!よろしくお願いします!」
「んじゃぁいくぞ」
ユーリが歩き出そうとすると、エステリーゼが引き止める。
「ドア直さないと……」
「んなことしてる場合じゃねぇだろ」
「でも……!」
「……ったく、待ってな」
「あははー気が抜けるわねん」
ベティは茶化すように笑う。